2.監督引き継ぎ
一部、加筆いたしました。
面白かった、続きを読みたいと思った方は、ブックマーク、いいね、評価等よろしくお願い致します。
@クラブハウスに向かう車中
『トゥルルルル………トゥルルルル……ギュンター・ハイツマン監督から入電です(カーナビ音声)』
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ギュンター・ハイツマン監督はノッティンFC直近の4シーズンを率いていたドイツ人監督だ。
そして俺のリバプール選手時代の恩師であり、俺の監督ノウハウをこの数年で学ばせてもらった師匠でもある。
ちなみに、ハイツマン監督の就任6年間でリバプールはプレミア優勝4回(3連覇含む)トップ5が2回の黄金期を作った。他にもドイツリーグでの優勝経験などもある名将だが、昨年65歳の誕生日を迎え監督業は引退すると決めたようだ。
ハイツマン監督は、この十数年間2部リーグを彷徨っていたノッティンFCを昇格争い常連にまで引き上げている。
俺はそれを引き継いでプレミアで闘えるチームに昇華させるのだ。
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『繋いでくれ。』
『かしこまりました(カーナビ音声)』
『プッ……あ!もしもし、レオか?もうすぐ集合時間だが大丈夫か?この雨模様じゃシティへの幹線道路はけっこう混んでるだろう?』
就任初日の晴れの日だと言うのに今日はあいにくの天気。
ここノッティンガムはロンドンと違い、都市部自体は大きいが周りは緑が多く田舎の中心地といった様相だ。
街の郊外からの道路は全てノッティンガム都市部の中央に集まってくる形のため、こういった天気の日には中心へ向かう幹線道路は渋滞を引き起こす。
『ハイツマン監督。すみません。けっこう道路が混んでまして…』
『まぁゆっくり来てくれて構わない。まだ私の監督業引退と定年退職のスピーチ原稿がまとまってないんでなッ。ハッハッハ』
長年指揮をとってきたとはいえ、まだまだ元気な初老の老人といった見た目のハイツマン監督。
彼の老練な戦術と選手を鼓舞する熱い振る舞いは、まだまだ俺には真似ができない。
『ハイツマン監督には僕の師匠としてまだまだ助けてもらいたいんですがねぇ…もうあと10分ほどで到着しますので、そしたらチーム挨拶前に監督室でいろいろお話ししましょう。』
『お前はもう十分一人前の監督としてやっていけると思うがね…それに私はもう[前]監督だ。今日からは…君が新監督だよ。それじゃ安全運転運転で来てくれたまえ。また後で。……プーップーップーッ………』
監督就任とはいえ、まだシーズン開始まで2ヶ月以上ある。今日やることと言えば、チームへの挨拶と軽い親睦を兼ねたランチ、フロント陣とのチーム方針や補強について打ち合わせなどだ。
だが、正直なところ、選手への挨拶は必要ないかもしれない。というのも、昨シーズンまでの3年間、俺はユースチームの監督兼トップチームの作戦スタッフとして運営に関わってきたからだ。
特に、トップチームの若手でCBのブランズ・ホワイト(イングランド)やSTのファビアン・シルバーノ(ポルトガル)やRWのケンゴ・タナカ(日本)は俺がスカウトしてきたメンツだ。
この3年間ユースチームで指導に関わって、前監督のお眼鏡にかなって引き上げられた奴らは能力やポテンシャルはよく知っている。他の元々のトップチームメンバーも見知った顔だ。
おっ!ようやくクラブハウスが見えてきた。まずはハイツマン監督のとこに顔出してチーム挨拶と行きますかねえ。
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ギュンター・ハイツマン 視点(ノッティンガムフォレスト前監督)
私の長かった監督人生も今日で一区切りだ。数多のサッカーの才能を持つ人間に出会って、共に成長し、辛苦を共に経験してきた。
私自身はサッカー選手として早々に自分の才能に区切りをつけ、指導者として40年近くやって来れたのも、全て選手やチームに関わるスタッフ達のおかげだ。
そして私のこの監督人生の最後に、最高の素質を持った監督を弟子として育てることができて満足もしている。
さて、スピーチ原稿がようやく書き上がった。
あぁ……監督業を始めた時には考えたこともなかった引退が、もう目の前まできているとは……
私がさまざまな思い出に耽っていると、
『コンコンッ……』(ドアノックの音)
どうやら愛弟子が着いたようだ。
『どうぞ。開いているよ』
『遅くなって申し訳ありません。監督』
『構わないよ。無事に着いたようだね。会見までまだ時間はあるよ。紅茶でもどうだい? 』
『ありがとうございます。ではお言葉に甘えさせていただいて……』
彼はそう言うと優雅に私の向かいへ腰掛けた。
『茶葉はどこだったかな……あぁ、あった』
紅茶の準備をしながら私は愛弟子のこれからについて思いを馳せた。
私と違いサッカー選手としての才能を持った彼は、選手としてしっかり36歳までプレーしてから指導者へと転身した。
「名選手が名監督になるとは限らない」と言う言葉もあるように、イングランド代表として歴史に名を刻んだ彼が、名監督になるかはわからない。
だが、師として彼を見てきた私にはこう言える。
「レオンは名選手であるが、名監督でもある」
『ハイツマン監督? 紅茶を入れる手が止まっていますが……なにか考え事でも? 』
『あーすまないね。今日の会見で引退だと思ったらいろいろとねぇ』
『まだまだご活躍できると思いますが……』
『いやいいんだ。優秀な後任がいる今が最良だと私は思うんだ。それに、ここノッティンガムの英雄に早く指揮をとってくれってサポーター達も思っているだろう』
『サポーターも選手達もハイツマン監督への感謝こそありますが、早く代わってくれと思っている人はいないと思いますがね』
この愛弟子はかわいいことを言ってくれるねぇ。選手時代から驕り高ぶることなく、ほんとによくできた子だ。
『それは大変嬉しいことだけどね。だがね、”老兵は死なず、ただ去るのみ”……というものだよ』
『うーん……』
納得のいかなそうな顔の彼の表情に、すこし親心的な愛おしいものを感じる。
『さぁ紅茶の蒸らしも終わった。ドイツ人の私も、長年のイギリス生活で紅茶を入れるのが上手くなったと思わないかい? 』
彼と私は紅茶を楽しみながら会見までのしばしの時間、昔話に花を咲かせた。