15.監督とダイヤモンドの原石達
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@ノッティンガムフォレスト 練習用コート
ケンゴ・タナカ 視点
8月ももうすぐ終わろうとしているのにここイギリスは日本と違って過ごしやすい気候だ。ノッティンガムの最高気温は25度に届かない程度で、湿度も低く、日陰や夜は過ごしやすい。
このしっかり整備された環境でプレーに集中できる事は幸せだし、スカウトしてくれた監督に感謝だなぁ。
『今日の練習はここまでッ! みんなお疲れさん。明日の午前は戦術の打ち合わせ、午後は軽い調整メニューで明後日のアウェー戦に備えるからそのつもりで! 居残りで練習するやつは終わったらしっかりストレッチや風呂で疲労回復することを忘れるなよ! 俺は監督室にしばらくいるから何かあったら来てくれ。それじゃ解散ッ!! 』
『『ガヤガヤ……ガヤガヤ……(みんなの雑談の声)』』
『あー疲れたぁ。ハーグ(ハーグリーブスの愛称)、飯食って一緒に帰ろうぜー。ノッティンガム城のとこまで車で送ってくれぇ〜』
『はぁ…。飯を食うのはいいが、ブレイディ。お前、自分の車はどうした。何度俺に家まで送らせるつもりなんだ…俺はタクシーじゃねえぞ。そもそも朝どうやってここまで来たんだ? 』
『そりゃ、ランニングしてきたに決まってるだろ。俺んち市内だし』
『お前……。ハァ…まぁ練習に支障がないなら何も言わんがな……』
『よしッ! そうと決まれば、早く食堂行こうぜ! お〜い! ケンゴもストレッチ終わってんならメシいかねぇか? 』
『あーすみません。今日このあとクイーンスポーツ紙の取材が入ってて……』
『あー! そういえばネヴェスさんも今日取材だって言ってたな。んじゃあ仕方ないな! メディア対応も仕事のうちだからな。ネヴェスさんにもお疲れ様って伝えといてくれ! ……お〜いぃ〜、ハーグいつまでストレッチやってんだぁ、早くメシいこうぜー』
『わぁかったよぉ! 今行くから! ……俺はお前みたいに身体が柔らかくねぇんだよ!ったく……すまんな、ケンゴ。先上がるわ。お疲れ様』
『お疲れ様でした! また明日! 』
ハーグリーブスさんとブレイディさんは同い年なこともあってとても仲がいい。チームの両ウィングを担うスタメンだし、ハーグリーブスさんはキリッとした茶髪イケメン、ブレイディさんは金髪で人懐っこい笑顔から女性ファンがたくさんいてちょびっと羨ましい2人だ。
『僕もそろそろ取材ブースにいくかぁ』
今季、チームは開幕戦から3連勝中と好調だ。サウサンプトン戦の2-1、ブラックプール戦の3-0、コヴェントリーシティ戦3-0と複数得点の試合が続いている。
ちなみに僕自身はブラックプール戦と途中出場のコヴェントリーシティ戦でそれぞれ1得点ずつ挙げている。
今回の取材はクイーンスポーツ紙さんから「活躍している選手への取材」ということでチームがオファーを受け、僕と第3戦で2得点を挙げ、今季通算2G1Aのネヴェスさんが推薦された形だ。
僕は初めてのメディア出演ということでちょっと緊張しているのだった。
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@ノッティンガムフォレスト クラブハウス内取材スペース
ケイティ・ファルブラヴ 視点(クイーンスポーツ紙 記者)
『お二方とも、取材を受けていただきありがとうございます。クイーンスポーツ紙ノッティンガムフォレスト担当のケイティ・ファルブラヴです。よろしくお願いします』
『ケンゴ・タナカです』『ジョナサン・ネヴェスだ』
『今日はあまり堅苦しい取材ではありませんので、気楽にお話しください! 今回のインタビュー内容はクラブ側にも掲載前に提出するので、不都合があれば該当部分は掲載から削除します』
『そりゃ助かるぜ! 俺はけっこう口が悪くてよ。取材にはきっちり対応すっから、記事では敬語で喋ってたってことにしてくれや』
『フフフッ、わかりましたわ! タナカさんもフランクにいきましょう。では、チームは開幕3連勝しかも複数得点での試合が続いてますがなにが要因ですか? 』
『いろいろ要因はあるだろうが……1つ挙げるなら、監督……だな』
『僕もネヴェスさんと同じく、監督……ですかね』
『お二方とも監督ですか……それは指導力や戦術的なことがってことですか? 』
『あぁ〜もちろん指導や戦術がいいってこともなんだが、なんて言ったらいいかなぁ……俺たちのような比較的若い選手には共通点があるんだ』
『共通点ですか……それは、監督によるスカウト、育成選手の活躍……ですか』
『オオォォ! お嬢さんよく調べてるねぇ。中堅・若手組はほとんどエドワーズ監督がユース監督、クラブスカウトマンだった時にエドワーズ監督が評価して連れてきた奴らだ。あとは最近のブラシッチやマルセルのような移籍組もな』
『ユース昇格選手達はほとんどみんなジュニア時代に監督に直接声をかけてもらって入団を決めてる選手がほとんどです。
……あ、ブランズ君やハーグさんはここノッティンガム市の出身ですけどね。
僕は日本でスカウトを受けました。でも実はスカウトを受けた時はエドワーズ監督のこと、知らなかったんです。
でもそのあと監督の選手時代の映像を見せてもらって、この人の下でプレーしたいって思って入団したんです』
『「エドワーズ監督が育成・スカウトした選手に間違いはない」こんなことを言う方に私も何度かお会いしたことがあります。
実際、これまでノッティンガムから引き抜かれた選手達、特にアーセナルOMFステファン・ジェラード選手やトッテナムLBカイル・ムスタフ選手などは素晴らしい活躍をプレミアでもしていますね。
たしか、彼らはエドワーズ監督がスカウトマン時代にノッティンガムが獲得した選手だったはずです』
『俺もウルブズで燻ってた頃、当時のエドワーズユース監督が声かけてくれたんだ。あの時はチームでも少し浮いた存在でな……』
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@ウルヴァーハンプトン 某所 (2シーズン前)
ジョナサン・ネヴェス 視点(当時25歳)
『やぁ、ジョナサン・ネヴェス君。会えて嬉しいよ!俺が電話で何度か話をしてたレオン・龍馬・エドワーズ。ノッティンガムフォレストのユース監督兼スカウトマンだ』
『ジョナサン・ネヴェスです。エドワーズさんのことは知ってます。同じポジションのかつてのイングランド代表選手ですから……。それで……本当に俺を獲得するつもりですか。ウルブズが俺の契約延長はしないってことは知ってますが……』
『いやぁ、直球で聞いてくるねぇ。ハハハッ』
『ウルブズは俺を見放してる。今の監督に3年前代わってから俺はずっと控え選手だ。このチームの誰よりも強くて上手い自信があるのに…。実際、俺が試合に出れば中盤は俺のやりたい放題だ。なのにアイツは、前監督のお気に入りの俺が気にいらねぇんだ』
『なるほど……それでそんな派手な見た目と態度をするようになったってことかな?』
『……素行が悪いのはもともとです……』
『フフッ……じゃあそういうことにしておこう。たとえ君が「ウルブズの悪童」と呼ばれていても俺も、ハイツマン監督も気にしない。
君の実力と将来のポテンシャルに確信を持っているからね。……実は、僕はウルブズが前監督時代の時から君に目をつけていてね。
現監督に干されても君は努力を怠らなかった。そこがぜひうちに来てほしい理由なんだ』
『なんで努力してたなんてわかるんです? みんな俺はチームの厄介者、ゴシップばかりのお荷物として扱う。派手な見た目の「悪童」としか見ないのに』
『実はね……俺は人の才能ってやつが見えるんだ。みんな信じてくれないけどね。ハハハッ』
『人の…才能…? 』
『俺は君の才能が干されてる期間もしっかり成長しているのを知っている。
将来のポテンシャルがしっかり伸びているのを知っている。俺は君のその、挫けない努力をし続ける強い心を知っている。
私たちノッティンガムフォレストは努力する才能ある者たちを歓迎するチームだ。ぜひうちに加入してほしい』
『ヴヴゥゥゥ……』
『おいおい…その見た目で泣くんじゃない……。今日返事ができなくてもいい。落ち着いたら返事を聞かせてくれ。待っているよ。それと、ここのコーヒー代は払っておくからもう少し居るといい、じゃあまた。…ガタッ(席を立つ音)』
『んッ!!!待ってぐださい!!………いぎまず…俺に…ノッティンガムでプレーをざせでぐださい……』
『……そうか。こちらこそよろしく頼む。細かい契約内容はまた正式に時間をとって行おう。今日は君の気持ちが聞けてよかったよ』
『よろしぐお願いじます。ズスッ(鼻を啜る音)』
『それとさっきの才能の話、ほんとだからね?み〜んな信じてくれないけどさ。フフフッ。君はMFとしてイングランド代表にもなれるような素質を感じるよ。代表キャプテンだった俺が言うんだ。目標高く頑張ろうぜ。…じゃあ俺は行くから。コーヒー飲みきってから帰るといい』
『ガランガランッ……』(お店のドアが閉まる音)
俺は席に座り直してしばらく放心していた。自分が青年だった頃、イングランド代表として活躍していた憧れの選手に認めてもらえた。
自分を信頼してくれるチームでプレーができるかもしれないという期待で俺の心は温かいものが溢れていた。
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@ノッティンガムフォレスト クラブハウス内取材スペース
ケイティ・ファルブラヴ 視点(クイーンスポーツ紙 記者)
『ネヴェス選手の移籍にそんな裏話があったとは……』
『まぁそんなこんなで今は自由にプレーできてるってわけだ。あーそれで…今の話、記事にするのはいいが泣いたってことは書かないでおいてくれ。ケンゴも誰にも言うんじゃねぇぞッ』
『ネヴェスさんにそんなことがあったなんて知りませんでした。もちろんチームのみんなには言いません! 安心してください! 』
『私もその部分は書きませんのでご安心を! やはり、エドワーズ監督は「人の才能」を見抜くことができたんですねぇ』
『そりゃもちろん比喩だろうけどな。やっぱ監督はイングランド代表で活躍するほどのお方だからな。練習やプレーからその選手の力量がわかるんだろうな』
『なるほど…今日は貴重なお話をありがとうございました! チームの活躍の鍵となるのは、「監督とダイヤモンドの原石達」ということで記事にしようかと思います』
『おう! 俺らはダイヤの原石ってことか…それでよろしく頼むよ。話せて良かったぜ。うちのチームの担当記者ってことは今後も会うんだろ?よろしく頼むぜ』
『初めてのメディア取材で緊張しましたが楽しかったです。またお話できると嬉しいです!!
……あのこれ、僕の連絡先です。よかったら今度お食事でも……』
『おいおい、ケンゴ……そういうのはあとでコッソリ渡すもんだろ。まったくお前は謙虚なのか大胆なのかわからんな……
じゃあ、俺は先食堂行ってるからな。…ファルブラヴさん、またな』
『ネヴェス選手、ありがとうございました。……タナカ選手もありがとう。フフッ、帰ったらメールしますね。明後日の試合頑張ってくださいね』
『はいッ!!がんばります!!それでは失礼します!!』
『ガチャッ……』(取材ブースの閉まる音)
『ふ〜ん♪ 』(鼻歌の音)
最後のはびっくりしちゃったけどいい取材ができたわ。
タナカ選手、イギリス人とは違う顔つきだけど、背が高いのに可愛らしくていい人そうね…年齢は17歳だから、24歳の私の方が少し上だけど。
帰って今日の取材をまとめたらメールしましょ。ノッティンガムフォレストの担当になって良かったわぁ。明後日の試合もしっかり取材しなきゃ。
私は取材完了の安心感と年下からの嬉しいお誘いに鼻歌を歌いながら、上機嫌で帰りの支度を進めるのだった。
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