プロ(レタリART)とコントラ(BASS)
CONTRA
「廃墟」
自らの精神の軌跡を記す為に、人間はさまざまな手段を講じる。
あらゆる点からいって、それを完璧に成すことは不可能にちかい。
だがそれでも、人々は模索を続ける。
その不可能性自身が何か大きな魅力であるかのように。
徐々にその記す行為は手段から目的に変わってゆく。
目的となった手段は本来の役割を忘却し、一個の精神の廃墟となる。
「……への呪い」
われわれは、大人になれば、瞳が乾く。我慢するでなく、水の流れが滞るのである。
しかしほんとうの悲しみは、そのまま凍って一塊の氷となり、われわれの胸に残る。
時として、それが嗚咽となって、この世に飛び出してくる。それが歌であり、詩である。
芸術は、少なからず、神への呪いを含んでいる。
生きる苦悩とは、そういった人の子の遊びの、喜びの日々であり、楽しみの記憶である。
最期の時には、ああ、楽しかった。と言うべきであろう。
「無題」
私は何も求めてはいない。とわかってもらえることを求めている。
なぜ目がさえているのだろう? 何か起きる気がする。
私の意識しない私の部分が、わずかにそれを知らせる。
何を求めているのだろう? なにも求めてはいないのに。
ただこうして問うことだけが、求めていることなのか。
まったく新しい、まったく無かった、まったく知らない何か。
私は戻りたいのだ。何もなかった時間に。
そこに求めるものはある。そこを求めている。
それは茂みに隠れ、私には見えない。
嗅ぎつけることしかできない。私は犬になる。
主人に服従する。灰になる。そこにまた咲く。
私よ、私を憂うなら、私を求めるな。
私は、私を求めてはいない。とだけ言っておく。
「情景」
魚はつねに海を吐き泳ぎつづけ
泡のはじける音で話す
人は己の吐いたものの中で泳がぬ
吐くのは毒だけだ
言葉を食う人
口を引き裂いて語る
月が引き上げ
日が焼きつくす
吐くもので汚染された海
あぶくが沸き立ち
魚ははじけ
人は泳ぐ
人は魚
過去でも未来でも魚
海という毒を吐く
引き裂かれた言葉だ
「海じゃない」
海は生きてない
海は死んでない
よく見ろ
海は父じゃない
海は母じゃない
海の子はいない
海は問わない
海は答えない
海に問うても
海に答えても
失敗だ
海は書けない
海をうまく書くやつがいたら
お前がそいつに惚れてるだけさ
気持悪い
海に惚れてるやつは書かない
黙っている
海を干上がらせる薬ができて
そいつで海がぽっかり無くなっても
海はある
海は見るだけのもの
海に泳ぎにいくやつはモグリ
観念しろ
海に唾を吐いても
海に糞をたれても
海に有毒汚染物質を排出しても
海は海
海から来たんじゃない
海にはかえれない
海を見ていないから詩なんて書けるんだ
「神の週末」
相対性とは何たる福音キノコ雲
相対性とは 何たる馥郁キノコ雲
相対性とは何 げに馥郁キノコ雲
その日から黒い雨ふる雲焦げて
「」
吾輩は 甘んずるを 厚く 頗る 来ました 生涯を 潔しと まだ 名前は 猫 である 多い 性 自ら恃むところ 賤吏に 恥の 送って しなかった 無い 狷介
潔しと 厚く しなかった 来ました 甘んずるを 多い 恥の 名前は 狷介 である 吾輩は 無い 性 送って 自ら恃むところ 頗る まだ 賤吏に 生涯を 猫
PRO
「ごめん。」
隣りの部屋で誰かがはげしく鍵盤を叩いている。息をつめて壁にはりついた。目をつむると、ひたいの中に落ちていく。水面に立つ影。遠くで、古い電話が鳴っている。踏み出した一歩から輪がひろがる。波紋の織物。発して、消えてゆく。受話器をとったら、私か声が、ごめん。と言う。わかっているから、たどり着くまえに朝が来る。
「刹那い若さ」
青い感情と、赤い論理とで
ときに闊達に、ときに陰鬱に
踊り歌い、泣き喚き
歓楽を、恋わずらいを求める若人たち
近くで聴けばかまびすしいが
遠くから眺めるには目に良い
彼らは自分が永遠に若いだろうと信じている
だが私は知っている
その若さは一瞬のものだと知っている
私も若かったから、それは刹那かったから
そう思いいたると、彼らのせわしない幸福が
さえずる小鳥のようにいとおしく見えた
「美の守護者」
汝 美の守護者よ
薔薇の花束で武装せよ
だがその棘は君をつらぬく
汝 美の実行者よ
薔薇の冠でこうべを飾れ
月桂冠は君に似合わぬ
汝 美の殉教者よ
薔薇の園で斃れし君よ
地に血は流れ薔薇は咲く
君という空間よ、その内の炎を活かす強き拡がりを持て。
「砂漠の神話」
《砂漠とは天から長い時間をかけて降ってきた砂の集まりだ》
かすかな声でそう囁く神話がある。それを信じよう。
……とすれば、その砂の最初の一つぶは、さぞかし心細かったことだろう。
広大な空間にたった一つぶ、ちょこんと在るだけのそれ。
次の一つぶ、その次の、またその次の一つぶも、同じ孤独を感じていたのだろう。
そのなかで、かすかな連帯感も砂つぶたちの間に生まれたのだろう。
だが、やがて長い時を重ね、星の数ほどの同胞に囲まれたかれらは、今、やましい息苦しさを感じているのだろう。
だが、もう互いに離れることはできない。なぜか?
……孤独とは贅沢な感情だ。たった一人の時だけ見ることのできる淡い夢だ。一つのひそかな快楽だ。
だがこの美しい謎は、同胞の登場によって儚くもかき消えてしまう。
あなたは友情によってひと時の喜びを得る。
しかしそれも束の間のこと、やがてまた孤独を求めだすだろう。どうすれば孤独を再び味わうことができるのか考える。
そうだ、また一人になればいい。あなたは同胞たちから離れ、一人になる。
そして知る、甘美な孤独に二度目はないと。なぜか?
あなたは友を知った。愛も知ったかもしれない。
そんなあなたはすでに孤独に耐えられる身ではない。
あなたはもう生の真昼にいる。もはやむきだしの肌は灼熱の太陽に焼かれひりつくばかり。
孤独な冷たい夜に耐える苦痛こそが甘美なのであったと、あなたは今更ながらに知る。
我々は我々のためにお互いを成り立たせているわけではない。
我々自身が乱雑に積み重なった結果として周囲との関係から在ることの歪みの上に成り立っている。
生命とは乱雑さに依存する砂つぶの共鳴だ。
「夢みなずみて」
あてのない手紙をしたためかけて
夜 ひとり 机のまえ
うつらうつらとしていると
誰かの透いた手がおぼえのあるしぐさで
私のかわりに筆をとる
あなたにいおうとしたことが
筆のさきからしたたりおちて
記憶のない旅路でいまだけにいきる
窓から光がさせば
輪郭のないみちゆきはあなたの影をきざみ
その指はやさしく虚をかいて空をなぞった
誰かと須臾のときさえもあえたふしぎは
朝 ひとり 机のまえ
あれこれをてきぱきとおもいだすにつれわすれて
あくびとともに涙はしたたりおちて
また私は私の記憶をしたためていく
「水牛」
恋する水牛の瞳は悲しい
屠殺された水牛の瞳は悲しい
瞳は悲しい
あーなんだ
おれは黙る
おれは何もわかっちゃいない
おれはことばだ
おれは黙る
父を 母を 兄を 妹を
どぶに祖先と子孫が放流される
さらばだ ことばよ
おれはもののうえでダンス
時計の針は記憶にそっておれを再生する
「」
あは、わらた。
いいひ。いきいき。いひひ。
うう、うっくつ。うるうる。
え、ねえねえ。めでて。
おそ。もお、おこ。
愛、飢えお。