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決意

 10歳を過ぎた頃に、私に家庭教師がついた。


 家庭教師までつけてもらえるようになったのは、世界がひっくり返ったのではないかと思ったほどだった。


 これは学園への入学を見込んでのことで、さすがにある程度学力を身につけさせなければマズイと思ったらしい。


 先生の名前はアイーダさん。


 隣国、ローザンド帝国の貴族であり、冒険者でもある女性だ。


 スラリとした長身で、色素の薄い髪を腰まで伸ばして灰色の瞳はクールな印象を与えたけど、話すととても人懐っこい人だった。


 気さくに話せる大人は初めてで、私は勉強以外のいろんなことも教えてもらえた。


「じゃあ先生は、帝国では冒険者でもあって、その依頼でこの国に立ち寄ったのですね」


「そうだね。私は運が良かった。用事が済んで帰ろうとしていたらうっかりお金を落としてしまってね。ここには冒険者ギルドはないだろう?だから、君のような可愛らしい女の子の家庭教師になれて良かった」


 帝国の貴族ではあっても、冒険者だから安く雇えたとは途中で知ったことだけど、それでもアイーダ先生に会えたことは幸運だった。


 私のこれからの目標ができたから。


 先生は、とても良い方だ。


 私が初めて出会ったまともな大人だったけど、アイーダさんの家庭教師期間は数ヶ月でおしまいとなった。


「もう少し貴女に色々と教えてあげたかったけど、実は、私には娘がいるんだ。今は夫が面倒をみている」


「それは……早く帰ってあげないとダメですよね。留守を任せられる旦那さんがいるのは頼りになるでしょうけど」


 家族を信頼しているのだと言葉の端々からわかり、この公爵家とは大違いだと密かに嘆息する。


「じゃあ元気でね、キーラ。貴女が帝国に遊びに来た時は、ぜひ冒険者ギルドに寄って。そこで私達と連絡がとれるから」


「はい」


 私は屋敷の外までは見送りができないから、アイーダさんが部屋の扉を閉めてお別れとなった。


 信頼できは唯一の大人がいなくなり、これでまた私一人となる。


 大丈夫。


 目標があれば大丈夫。


 自分に言い聞かせる。


 そして、先生とのお別れからおよそ一年後。


 その日が近付くにつれて、屋敷中が浮き足立っていた。


 公爵家の愛し子、ローザが学園へ入学する。


 使用人達でさえローザの事を自慢げに話し、その子の入学を楽しみにしているようだった。


 そんな浮かれた様子が鬱陶しくて仕方がない。


 随分前から色々と張り切って準備をしていたし、その日は、朝から両親が真新しい制服を着た彼女を囲んで、楽しそうにしていた。


 私はできるだけその視界に入らないようにしていたのに、


「お姉様!」


 あの子は、わざわざ話しかけてきた。


「私も、お姉様と一緒に行きたいわ」


 胸の前で両手を組んで、身長差はないのに、上目遣いに私を見てくる。


 他の男には効果があるかもしれないけど、私の前でやられても気持ちが悪いだけだ。


「私のような下賎なものと、一緒にいるべきではありません」


 そう言うと、ローザの向こうであの男が満足そうに頷いているのが見えた。


「そんなことを言わないで!貴女は私の大切な姉なのだから。例え、半分しか血が繋がっていないとしても。どんな血が流れているのだとしても、貴女と私は平等な姉妹だわ」


 吹き出しそうになった。


 両親に吹き込まれた事を、真に受けている。


 私の元の髪の色を知っているクセに、どんな思考回路なら、こんな、無条件に嘘を信じられるのか。


 優しい両親が私に嘘をつくわけないと、思っているのだろう。


「お気遣い感謝いたしますが、先に行かせてもらいます。では、失礼します。ローザ様」


 さっさとボロい馬車に乗り込む。


 馬車が用意されているだけマシだ。


 腹を抱えて笑ってしまいそうだったから、無理矢理ローザを視界から追い出し、不機嫌そうな馭者を見ているしかない。


 私とローザはギリギリ歳が1年離れていないのと、生まれたタイミング的に学年は同じになってしまっているのだ。


 ローザの入学は、つまり私の入学でもある。


 アレと6年もの間同じ学園で過ごすなど、どれだけ私にとって不幸な事は続くのか。ほんと、忌々しい家族達だ。家族とも呼びたくはないな。


 忌々しいことは、まだあった。


 入学するにあたって、直前に行われた試験では苦労させられた。


 アイーダ先生が帰国してからは、私には新しい家庭教師を招いてはもらえなかった。


 だから、試験勉強は自分一人でこなさなければならなかった。


 先生が試験問題を予想し、そこを重点的に教えてくれていなかったら、結果は悲惨なことになっていたと思う。


 点数はローザと比べてかなり劣っていたから、それがあの男や、使用人を含む他の貴族から、バカにされる要因になった。


「お勉強が理解できないだなんて、お姉様、可哀想……」


 と、ローザから憐れみを込めた目で見られる始末だ。


 腑が煮えくりかえった。


 絶対にこの国から出て行ってやるんだと、心に決めた瞬間だった。














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