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独り言のはずでした

「聞いてくれますか?陛下は噂通りの、とても素敵な方でした」


 今日も私は話しかけていました。


 誰もいない城壁の内側で、小さな花達に私の話を聞いてもらっていました。


 私には友人がいません。


 ミステイル王国の侵攻から生き抜いたお母さんは、目立たず、慎ましやかに静かに生きなさいと、私に言いました。


 それを守って、誰の目にも止まらないように、静かに今まで生きてきたつもりでした。


 ミステイルから逃れてきたお母さんが、あの国の出身者だと気付かれないように随分と苦労したことと思います。


 私がお城勤めに採用されたのも、たまたまの偶然が重なった、奇跡のようなものでした。


「あの方が国を治めてくださるのなら、大丈夫と、皆さん仰っています。私も、初めてお会いしたのに、そう思えました。だから私は、少しでも陛下のお力になれるように、これまで以上に、頑張って働きたいと思います」


 それはいつもの、誰も聞く事のない独り言のはずでした。


 静かに、小さな花達が風に揺られて、私の話を聞いてくれていたはずでした。


「ありがとう。その期待に応えられるように、私もしっかりと国を守っていくよ」


 頭上から、そんな声が聞こえました。


 と、同時に私に人影がさしました。


 振り向くと………


「へ……あ、へい、陛下」


 そこには、国王陛下が、花達に負けない美しい微笑をたたえて、立っていました。


 慌てて立ち上がって頭を下げます。


「突然話かけて、驚かせてしまっただろうか?どうか、楽にしてほしい。話を聞くつもりではなかったのだが、その、聞こえてきて」


 優しげな声でそう言葉をかけられたので、この前の騎士様に言われたことを思い出し、そっと、頭を上げました。


 ディバロ王家特有の、スカーレットの髪を少しだけ伸ばし、深い緑の瞳は、声と同じように優しげに私を見つめていました。


 両親以外で人に見つめられたことなど皆無で、ましてやそれが国王陛下なので、緊張しない方が、おかしなことでした。


「陛下、お一人ですか……その……」


「心配しなくても、大丈夫だよ。近くに騎士が控えているから」


 安堵しました。


 こんな素敵な方と二人っきりなど、命がいくつあっても足りません。


 本当に緊張で、心臓が止まってしまいそうです。


「よければ、向こうにとっておきの綺麗な花が咲くところがあるんだ。案内したいのだが、時間はあるだろうか?」


 時間なんかいくらでもあるのですが、私はすでに色々と緊張の限界を迎えていて、返事もできずにオロオロとするばかりでした。


「すまない、何か予定があるのに話かけてしまったようだね」


 陛下はすまなそうに私を見て、


「私に付き合ってくれて、ありがとう。また、君と話ができたら嬉しいよ。じゃあ」


 すぐに離れて行こうとされたので、


「あのっ」


 思わず呼び止めてしまっていました。


 陛下は、足を止めて私を見てくださっています。


 何か、言わなければ……


 わずかに震える手を握り締めて、


「お花が、見たいです」


 それだけ伝えるのが精一杯でしたが、私に向けられた陛下の笑顔に目を奪われて、見惚れているうちに手を引かれて案内された先で、また言葉を失っていました。


 王族しか入れない場所で私が見たのは、薄いピンクの花が満開に咲いた樹から、たくさんの小さな花びらが舞い落ちる、幻想的な光景でした。


 花が散る姿が美しいと思う日がくるとは、思いませんでした。


「東にある国のサクラという樹なんだよ。その国は、水の女神が守ると言われていて、代々女神様に仕える巫女を中心として国を治めているそうだ。この大陸の他にも、大きな大陸や国はたくさんあって、世界は本当に広い。それを、私の育ての親でもある方が教えてくれた。いつか、行ってみたい国の一つだ」


 この国を後にしたリュシアン様の事を仰っているのか、サクラの樹を見て懐かしむような顔をされていました。


 ギフトを所持されている陛下が、国から出ることはなかなか難しいかもしれませんが、陛下の願いが叶って欲しいです。


「花が好きだと聞いたから、エレナにこれを見せてあげたいと思っていたんだ。散ってしまう前に見せてあげられて良かった」


「私の為にですか?そんな、もったいない事で、感謝の言葉しかありません。こんな綺麗なものを見せていただき、ありがとうございます」


 何故、会ったばかりの使用人に、陛下が心を砕いてくださるのかは分かりませんでしたが、目の前の幻想的な光景と、陛下に向けられる笑顔も相まって、非現実的な事に、フワフワとした夢心地でいました。









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