報い
「てお……?」
その名を呼ぶ声が震えていた。
さらに震える腕で、テオを抱き起す。
浅い呼吸を繰り返して、赤い血が噴き出すように止めどなく流れ続けて、それは手で押さえても、止まるものではなかった。
力無く微笑むテオが、私の頰に手を伸ばす。
「これ以上は、キーラの傍に、いられない……」
聞きたくない。聞きたくない。聞きたくない。
「やだっ……」
「愛してる。キーラ」
「やめて。最期の別れみたいな事を言わないで」
それ以上テオの言葉を聞いていると、ソレを認めないといけなくて怖かった。
「恨みも、何もかも、全て忘れて、静かに暮らせ。リュシアンが、助けてくれる。生まれてくる子が、ギフトを、もってるから、心配するな。大切に、してやってくれ」
最後のは、私の横にしゃがみこみ、必死に止血処理を行おうとするリュシアンに向けて言って、それにリュシアンは歯を食いしばって、頷いて答えるしかないようだった。
リュシアンが、この傷が致命傷だと分かっているんだ。
「忘れろ。キーラ。そうすれば、この先辛くない」
私の頰を撫でて、私の目を見つめてそう告げた。
それは、とても残酷なことだ。
かぶりを振る。何度も、何度も。
「忘れるなんて無理よ。イヤ。貴方がいないと、私は」
生きていけない。
「目を閉じて、寝て起きたら、悪い夢を見ていたと、そう思えるから」
「待って、テオ。私は」
テオは、私の目をその手で覆った。
「寝ろ。忘れろ。辛いことは終わる」
その途端、急激な睡魔に襲われて、寝たくないのに、意識は薄れていく。
膝の上には、テオの体温を確かに感じていた。
そして、テオが最期に、私のお腹を慈しむように撫でていた事も、その手の体温も感じていたのに。
私の記憶に、この先残る事は何一つなかった。
これは、報い。
沢山の人を犠牲にした上で、幸せになろうとした報いだ。
唯一人愛した人を失い、愛してくれた人との記憶すら失うことは、私に対する最大の罰だった。




