家族
妊娠が発覚して半日足らずなのに、テオがやたら過保護になった。
口うるさい。
鬱陶しい。
「鬱陶しいって言うなよ。当たり前のことだろ。妊婦は体を冷やすもんじゃないんだよ」
「言ってないもん」
「心で思っただろ」
「口に出してないからいいのよ」
「何だ、痴話喧嘩か?」
喧嘩ってほどでもない掛け合いの最中に、のそーっとカルロスがやってきた。
本日2度目の来訪だ。
邪魔だ。暇人め。
「子供ができたと聞いて、栄養を摂らないとだろ?差し入れを持ってきた」
さっさと帰れと思っていたけど、差し入れと聞いて、ちょっとだけ興味を引かれた。
食べ物かな?
私には今のところ吐くほど酷い悪阻と言うものはないらしい。
食べ物を見たら、やたら食べたくなる。
「クロム医師から聞いたのか」
ああそうだった。あの白髭の医師は、毒の治療をしてくれたクロム医師か。
建物が違うから分からなかった。
「で、こんな時間に何しに来たんだ」
カルロスの持っているカゴに視線をやってたら、テオが用件を聞いてくれている。
「婚姻届の証人欄には、俺が自ら書いてやろう。出すんだろ?」
うっ。必要ないとは言えない。
誰に頼もうか、ちょうど悩んでいるところだったから。
「お前達には俺が相応しいだろ。有り難く思え」
「その尊大な態度に、素直に喜べるか」
「俺は偉いのだから、仕方なかろう」
「カルロス・アラバスターって、役所の人間がふざけてるとしか思わないだろうが」
「俺が出しといてやるから、早く書け。今、書け」
「もう書いてあるよ。はい、これ。よろしくね、カルロス」
カルロスの前に婚姻届を出すと、サラサラとそれに名前を書いてくれている。
「また後で受理証明書を届けてやる。これで晴れて夫婦だな。おめでとう、テオドール。キーラ」
その言葉に、テオは真っ赤になって俯いてごにょごにょとお礼を言っていた。
「あ、そうか。夫婦なんだ。改めてそう言われるとなんだか不思議だね。ありがとう、カルロス」
そっか。テオとこれで家族になれたんだ。
嬉しいけど、この上なく嬉しいけど、まだ何もかも実感がないのが本当だった。
信じられないような気持ちで、どこかフワフワしたまま、テオと一緒にカルロスを見送る。
テオが晩御飯の支度をしてくれると言うので、ソファーに座ってポーッとしていると、睡魔に勝てずにいつの間にか寝てしまったようだ。
それは、そんなに長い時間ではなかったけど、眠っている間に私はその光景を見ていた。
微睡が終わりふっと目が覚めると、隣にはテオが座って私を支えてくれていた。
慈しむように、深緑の瞳に私を映している。
テオの体温を感じて安心できるはずなのに、それを見てしまったばかりに小さな不安が生まれていた。
だから、すぐにテオには話した。
「テオには隠し事ができないから、言うね」
どうした?と、先を促してくれる。
「夢を、見たの」
「この先に起こる事か?」
「うん、多分。今ウトウトしている時に見たの。寝ている時に未来視とか見た事ないから、自信ないけど」
手は無意識のうちにずっとお腹に触れている。
「この子が、ギフトを持ってるの」
すぐに私のその懸念を察してくれた。
「順番的にディバロ国王の戦死だろ。心配するな」
「まだ小さいこの子が、男の子だった。テオによく似てる。その子が、すごく綺麗な御屋敷の庭で、たくさんの優しい人に囲まれて走り回っているの」
「俺が一攫千金で、成功を納めたってことか。やったな!」
「アア、ウン、ソウカモネ」
「おい、こら!今、カワイソウな子を見る目で見ただろ!!」
「チガウチガウ」
「誰が、頭がカワイソウな子だ!!」
バカだなぁと思いかけていたら、
「心配するな」
不意に、テオが真面目な顔で言った。
「妊娠中は、気持ちも不安定になるって言ってただろ。そんな不安が少しだけ影響した、ただの夢だ。大丈夫だ。嫌な夢じゃない。俺に似た男の子が生まれてくるなら、俺は嬉しいよ。キーラに似ている子なら、もっと嬉しい。その子が女の子なら、絶対に嫁にやらない」
あ、こいつやっぱりバカだ。
「バカって言うなよ!!」
「言ってないし」
テオの言葉に、心が少し軽くなった。
ただの、夢だ。
そう思うことにして、私の奥底に蓋をして、厳重にしまいこむことにしたんだ。




