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帝国へ

 どこへ、向かっているの?


 少し眠っていたようだ。


 目を覚ますと馬の歩みはゆっくりとしたもので、月明かりが頼りの薄暗い森の中を進んでいた。


「ローザンド帝国へ向かう」


 帝国?


 ローザンド帝国は、位置的にはディバロ王国の北西に位置する大陸一の広大な領土を持つ大国だ。


「あの国には、冒険者支援ギルドがある。そこに登録して仮の身分証を発行してもらう。それがあれば、そこに住めるから」


 帝国の冒険者と言えば、家庭教師だったアイーダ先生のことが脳裏に浮かぶ。


 仕事の依頼が多岐にわたる冒険者をやるの?まぁでも、テオは腕が立つし器用だし要領がいいから、すぐに名を挙げそうね。私は……


 思考が途切れた。


 馬上のせいなのか、目の前がクラクラしていた。


 そして、体が痛いだけじゃなくて、胸が痛み、息苦しさも感じていた。


「熱が出てるな」


 テオが前を警戒しながらも、チラリと私を見た。


 そうか。これは熱が出てるのか。


 たったそれだけの思考でも怠くて仕方がなかった。


 このまま死んじゃったりするのかな。


 せっかく“外“に出られたのに、それは嫌だな。


「バカ!死ぬわけがないだろ!」


 すぐさま叱るような言葉が、上から降ってきた。


 少しだけ開けたところで馬が止まる。


 テオは地面に外套を広げて、そこに私を横たわらせてくれた。


 さらに上から、テオの上着やら外套やらをかけてくれる。


「水を汲んでくるから、横になってろ」


 そう言い残して、テオは近くの湧き水を汲みに行った。


 薄暗い森の中は、不思議と生き物の気配がしなかった。


 何かしらの生物はいるはずなのに。じゃないとこんな森は生態系を保てないだろう。


 しんっとした空気の中、テオが戻るのを待ちながらうつらうつらしていると、頰に生暖かい息がかかるのを感じた。


 何だ?と思い目を開けると、黒い双眸にぶつかる。


 元気があれば悲鳴の一つでもあげていたかもしれないけど、あいにく、身動きすらすることができなかった。


 そう言えば、声も出せないんだった。


 横になっているすぐそばで銀色の毛並みの獣が、私を見下ろしている。


 狼に似ていたが、それとは違う生き物のようだ。


 毛が長いし。


 獰猛さはなく、獣のくせに、やたら穏やかな目つきで私を見下ろしていた。


 その鼻先が、私に触れる。


 その途端に、流れ込んできた光景があった。


 これは、過去の光景だ。


 この獣と、1人の女の子との出会いの場面。


 女の子に頭を撫でられ、この獣が男の子の姿になっていた。


 女の子には2人の弟がいて、彼女達は酷い事をされる場所から逃げてきた。


 やがて、女の子と人の姿を保った男の子は、成長して家族になって、女の子の弟達もそれぞれ家族を持って、少しずつ他の人も増えていき、村になり、町になり、やがて私の生まれたあの国ができた。


 それはほんの短期間でのことだ。


 男の子は、この獣は、あの地に棲まう聖獣だ。


 王家の血とは、元を辿ればこの聖獣の血が流れているということなんだ。


 そして、ミステイル王国から逃れてきた者でもあるんだ。



「キーラ」



 テオが剣の柄に手をかけて、警戒しながら近づいて来る。


「大丈夫。彼は、聖獣だよ」


「声が出せるのか?」


「あ、そう言えば。あなたのおかげ?」


 何となくそんな気がした。


 薬を飲まされて潰されたはずの喉から、声が出せていた。


 それだけではない。体の痛みが消えていたし、熱による気怠さもなくなっていた。


 聖獣は、今度はテオのお腹へ鼻先をくっつける。


 彼の怪我も癒してくれているのかな。


 テオは、不思議そうに聖獣を見ている。


「痛みが、引いた……?」


「私もなの。ありがとうと、言うべき?」


 彼が何をしにきたのか分からなくて、お礼も素直に言えなかった。


 私もテオも、彼の動向を見つめていたけど、


『僕が直接あの国で何かをすることはできない』


『例え滅びても、国の事は、人の手で』


『そういう約束だから』


『ごめんね』


 頭に直接響く声でそう言い残して、呆気なくその聖獣は去って行った。


 私達を責めるでも、連れ戻すでもなく、私達の傷だけを癒して何処かへ行ってしまった。


 テオと言葉を発せずに、呆気にとられて聖獣が去った方を見ていた。


 先に口を開いたのは、私だったけど。


「テオも聖獣も、操ってまで引き止めようとはしないよね……」


「キーラにそんな事はできない」


「聖獣にそんな能力があるかもわからないか」


 そんな事を話していた。













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