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罪に背を向けて

 その瞬間は、テオに守られるように抱きしめられて、加護の防壁をすり抜けた。


 テオは振り返らずに馬を走らせていくけど、私は遠ざかって行く後ろの光景を見ていた。


 国全体を覆う防護壁と呼ばれている半透明の膜が、少しずつ失われていく様子を。


 二人のギフト所持者が去り、今後、防壁はほとんど形を成さないだろう。


 待ち望んだ瞬間だったはずなのに、心はちっとも晴れなかった。


 テオが、唇を噛み締めているのが見えたから。


 もう、何も見たくなかったから、テオの胸に頭をもたれて目を閉じた。


 痛む体に馬が駆ける振動が響くけど、テオの心音にだけ意識を向けていた。


 私のただの意地に、この先、どれだけの犠牲が出るのか。


 こんなもの(ギフト)がなければ、ただ国を捨てて逃げるだけで済んだのに。


「もっと早い段階で、キーラの意思なんか無視して婚約してその立場を守るべきだった。後悔しかない。周囲の心を操ればどうにかなるだろうって、俺の驕りが招いた結果だ。俺が、キーラと同じ境遇なら、国なんか愛せない。閉じ込められた小さな、暗い世界で全てを恨みたくなる。誰だってそうだ。逃げたいと思う事は当然だ」


 心を、読むな。


「今さらだ」


 今さらか。そうだよね。


 ずっと、テオには、私が思っていた事は伝わっていたんだよね。


 その上で、一緒にいてくれたんだ。


「俺が、一緒にいたかったんだ。起きてるのが辛いだろ。休んでろ」


 テオはどうなの。傷は。


「俺は大丈夫だ。ちゃんと手当てしてもらっているから」


 そう。よかった。


「寝て起きたら、もう嫌なものは視界に入らない。あの国の事は、忘れろ」


 忘れたい。


「あの男に、キーラに手を出すなと命令していたんだ。けど、キーラへの執着が強すぎて、別の欲求をキーラにぶつけようとしていた。狂気を帯びた奴は、精神干渉が効きにくいみたいなんだ。いっそのこと最初から狂わせてしまっとけばよかった。俺のギフトは、結局、役立たずだよな」


 あの男がそもそも狂気そのものなんだ。テオが役に立たないだなんて、そんな事はない。


 知らないうちに、テオに守られていたんだね。


「全く守れてない。守る事ができていないだろ。俺は、狂気を増幅させてしまっただけだ。俺があの男を殺したかったよ」


 テオらしくないから、やめて。


「………さっき、少しだけ嘘をついた」


 今度は、独り言のように、テオは喋る。


「キーラの存在が公になった時に、リュシアンの立場はどうなるのか。最悪、キーラとリュシアンの縁談に発展するんじゃないかと考えた。そうしなければ、正統な王家の血筋を残せない。リュシアンが望むなら俺はそれを支持するけど、でも、キーラといたいと、誰にも渡したくないと思う矛盾も抱えていた。あの国を地獄に落とすのは、キーラのせいじゃない。罪があるのは、俺の方なんだ」


 テオに罪なんかあるわけない。


 巻き込んだのは私だ。


 でも、国を、リュシアンを裏切ってまで私といたいと思うそれは、何なんだろうと、薄れ行く意識の中で考えていた。


 意識が途切れる寸前、


「そんな事は、言わなくても分かれよ……」


 そんなテオの微かな呟きが聞こえた。















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