第170話 交流戦 男子メンバーと女子メンバー
ーアトランティア帝国 帝都学園 演習場準備棟ー
日の光は真上をすぎ、午後の日差しになり始めた時、演習場の準備棟に彼らはやって来た。
ドカドカドカ ザザッ!
「おうッ!アルテ! 待ってたか?」 バッ
準備棟前にいたアルテにそう声をかけてきたのは、同じ「銀翼クラス」の男子生徒、今回交流戦でチームリーダー、侯爵家の【ザッツ・フォン・ユンカース】だった。彼は他の男子メンバーと共に昼を過ぎてからやって来た。
「ザッツッ!遅ーいッ! もう昼はとっくに過ぎてんのよッ!」 プン
「はんッ! お前らが早いんだよッ!」
「もう、ザッツたらあッ! そんなんじゃ今回も負けちゃうよ!」
「あん? 今回は大丈夫だぜ、アレッタッ!」
「え、えらく自信があるのね…どうしたのよ?」
「ふん、今回の俺は違うんだ! まあ見てなって!」
「なんかすごく張り切ってる、あやしい…」 ジ〜
「なあ、それよりエマのやつはどうしたんだ? 見かけないが…」 キョロキョロ
「彼女なら来ないわよ」
「え! 何でだ? 体調でも崩したのか?」
「違うわよ、彼女はメンバーを交代して降りたの、だから来ないのよ」
「なにッ! じゃあ誰がエマの代わりなんだ?」
ザッツがそう言ったその時、準備棟の横の空き地で爆発が起きた。
ドオオオンーッ! ブワアアーーッ! モクモク…
「「「 うわああッ! 」」」 ババアアーッ
「うッ! またなの?」 ビュウウウーッ
「アニスちゃん、またやったのねえ…」 ザアアアーーッ バサバサ…
サアアアアーーッ……
「おいッ! アルテッ! なんだよあれッ! なにが起きたあッ!」 ザッ!
「え? ああ…あれはねえ…」 えっと…
ケホケホ モクモクモク テクテク…
爆炎の中から1人の少女がススだらけで出て来た。
「ん、できたできたッ!」 ウンウン テクテク
激しい煙の中から出て来たのは、両手に大きな鍋を持ったアニスで、顔を黒くしてやって来た。
「ア…アニスちゃんッ! 顔ッ! 顔おッ!」 タタッ!
「わああ、真っ黒だね、うふふ、そんなアニスちゃんも可愛いです」 クスッ
「ん? 顔?… 」 ゴシゴシ
慌てたアレッタに言われ、何気にアニスは顔を拭った。
「うわッ! 真っ黒だ、 あはははッ!」 ケラケラ
「あはは…って、平気なの?」
「ん、大丈夫だよアレッタ」 ニコ
「そう、よかった。それで、なにができたの?」
「ん?ああッ これッ!」 ザラッ!
アニスが見せたそれは、鍋の中に黒く焼かれた、カカの実の種がぎっしり入っていた。
「ええーッ!これ⁉︎ カカの種、真っ黒に焦げちゃってるよ!」
「あらほんと、アニスちゃんこれでいいの?」
2人は、あの真っ白だったカカの実の種が、鍋一杯に真っ黒な状態で見せられたので驚いてた。
「「「 なんだ、なんだ? 」」」 ザワザワ ゾロゾロ
アルテ達の騒ぎに、男子メンバー達も集まって来た。
「あれ、君は転入生の【ビクトリアス】さん! ここで何をしてたんですか?」
「ん、アルテ、この人だれですか?」 うん?
「「「「 え⁉︎ 」」」」 ザワッ!
「ア…アニスちゃんッ! ほら、同じクラスの男子、ザッツよ! あとその後ろの男子も皆同じクラス、覚えてない?」
「ん〜、ん、今覚えました。ザッツとその仲間達だね!」 うん!
「「「「「 いやいやいやッ! 」」」」」 ササッ!
「ビクトリアスさん、ザッツ以外を一括りにしないでよ! 俺の名前は【ラルク】、【ラルク・フォン・カルマン】、侯爵家です」 サッ!
「ん、【アニス・フォン・ビクトリアス】、侯爵家です」 サッ!
ラルクが貴族紳士の挨拶をしたので、アニスもまた、貴族女性の挨拶 カーテシで挨拶を交わした。
「あじゃあ、次、私が…」 ササッ
「じゃあその次、僕ね…」 サッ
ラルクの挨拶を皮切りに、「銀翼クラス」交流戦メンバーの男子が、次々に挨拶をして来た。
【フィン・フォン・キーセル】 伯爵家
【フラッツ・フォン・コールマン】 伯爵家
【ヒルツ・フォン・モーゼル】 男爵家
【ランハート・フォン・マーデリング】 男爵家
【フレディ・フォン・リヒテンラーデ】 男爵家
いずれも各貴族家嫡男、跡取達だった。
「よし、挨拶は一通り終わったな。で、ビクトリアスさん、それはなんですか?」 ジッ!
男子メンバーの代表、ザッツがアニスの持っている鍋を覗きながら聞いて来た。
「ん、カカの実の種ですよ」 グイッ
「カカの実? あの硬くて食べる所がない実の種ですか?」 うん?
「ええ、その種です」 ニコ
「で…これをこんなに真っ黒に焦がしてどうするのですか?」
「もちろん、食べるために使います」 ウン!
「「「「 えッ⁉︎ 食べるッ⁉︎ あれをッ⁉︎ 」」」」 ザワザワ
アニスの持った鍋の中身を「食べる」と聞いて、男子メンバーは皆ざわめきたった。
「(おい、あれ食べれそうか?) 」 ヒソヒソ
「(無理だッ! 悪いが俺は食べれそうにない)」 ヒソヒソ
「(だよなあ、俺も無理だぜッ!)」 ヒソヒソ
「(誰か食べてみるか?)」 ヒソヒソ
「(大事な交流戦前だ、出場する前にリタイアは勘弁だぜ)」 ヒソヒソ
男子メンバーは皆、中身を見て「これは食べるべきではない」と結論付けた。
「はは、まあ俺達はいいかな…またの機会に頂こうか、ビクトリアスさん」 サッ
ザッツは颯爽と挨拶をアニスにし、持っていた鍋の中身を拒絶した。
「ん、わかった、じゃあこれは私達で全部食べる! あなた達にはあげませんッ!」 バッ
「「 えッ‼︎ 」」 ドキッ!
「ん? どうしたの2人とも?」
「えッ あッ いや… そのう…ねえ、アレッタ…」 はは…
「えッ! ええ…うん、あのねアニスちゃん…」 ちらッ…
「ん? なんですかアレッタ?」
「そのね…それ…美味しいの?」 スッ
「ん? あ…そうか、2人とも何か勘違いしてるんだね」 うん
「「 勘違い? 」」
「ん、このカカの実の種、これは焦げてるんじゃなくて、発酵後の焙煎っていう状態なの」 ザラッ
「「 焙煎⁉︎ 」」
「ん、焙煎です」 ザラザラッ
「ちょっと待ってアニスちゃん、それってコーヒー豆を作る時にする工程じゃないの?」
「正解、その工程とよく似てるんだけど、ちょっと火力調整が難しくてね、記憶を頼りに色々やってたんだ」
「ああ、それで何度も爆発してたんだ」
「ん、最初は全部、炭になっちゃったけど、ようやく納得できるものができてね」 ザラザラ
「じゃあ、これはまだ材料って事なの?」
「そう、今から仕上げちゃうからちょっと待ててね」 ニコ
「「 わああッ! なんか楽しみッ! 」」 ワクワク
アニス達3人がそんな会話をしていると、ザッツが話にわって入って来た。
「ああ、悪いけど、それ後にしてもらえますか」
「なによッ! いきなり」
「あ、いやな、俺達まだ着替えてもないしな、それに、エマの代わりが誰か聞いてない、交流戦の作戦も話したい。だから、食べることの方は後にしてほしいって事だ」
「まあ、それもそうね。アニスちゃんどうする?」
「大丈夫ですよ、話が終わってからでもできますから」 ニコ
「そう、よかったあ。じゃあそうしてくれる?」
「ん!」 コクン
「それでだ、アルテ、もう1人のデフェンスは誰なんだよ」
「誰って…彼女よ…」 スッ
「えッ! 彼女って、ビクトリアスさんの事か?」 バッ
「ええ、そうよ。もう担任のキャサリン先生と事務局にも承認を得ているわ」
「でも、ビクトリアスさんは転入したばかりだろ? 大丈夫なのか?」
「それは大丈夫よ、 ねッアニスちゃん!」 サッ!
「ん? ん〜…んッ!大丈夫ですよ」 コクン ザラザラ
「そ、そうですか…ではビクトリアスさん、デフェンスの方、お願いします」ペコ
「ん!」 コクン
「じゃあ俺たちも着替えるぞ!」 グッ! ダダッ
「「「「「 おうッ! 」」」」」 ババッ ダダダッ
ザッツをはじめ、男子メンバーは、演習場準備棟に入って行った。
「ん? あれ?…」 キョロキョロ
「どうしたのアニスちゃん?」
「ねえアレッタ、ベルギット達ってどこにいるの?」 はて?
「ベルギット? ああ、『金扇クラス』のメンバーは反対側、向こう側にもここと同じ準備棟があるのよ。ここは『銀翼クラス』専用の準備棟ってわけ」
「ん、なるほど別々か、確かにそれなら、作戦やフォーメーションなどの漏洩も防げるね」
「そう言う事、少ししたら男子も着替えて来るでしょうから待ってましょ」 スッ
「そうね、じゃあアニスちゃんこっちにって…何してるの、それ?」
ヴォンヴォンヴォンッ! ギュルルルルーッ!
アニスは創造者の能力と魔力を使い、カカの実の種の加工を始めた。既に能力でカカの種を発酵後焙煎した鍋いっぱいのカカの種、その種を水洗い、乾燥、再加熱、皮むきをする。次に細かく刻み、鍋の中でソレにゆっくりと回転を加えペースト状にして、中身がなめらかになるまで続ける。途中、苦み成分を取り除きバターと砂糖を投入し艶の出るトロトロの状態までもっていく。このような作業を、能力と魔力をさらに使ってアニスは行っていた。
「ん? いや、男子が来るまでカカの種を使ったお菓子作りの下ごしらえです」
ギュルギュル…
「「 ええーッ! これってお菓子になるのッ⁉︎ 」」 ババッ!
「ん? あれ、言ってませんでしたっけ?」 シュルルルルル……
「「 言ってないしッ! 聞いてないッ! 」」 ババッ!
「ん、ごめんね…後で『甘くて、美味しいの』作りますから…ちょっと待ってて下さいね♡」 ニコ シュシュシュアアアーッ
ゴクッ!
「「 あ…甘くて…美味しい… 」」 フルフル…
アルテとアレッタの2人は、アニスの『甘くて美味しい』の言葉に魅了された。
「ア、アニスちゃん、それは一体どんなお菓子なの?」
「ん? これですか?」 シュサアアアアア――ッ クルクルクル
「「 うんッ! うんッ! 」」 コクコク コクン!
「えっと…確か… チ…」 う〜ん… サササアアアア――ッ クルクル
「「 チ? チなにッ‼︎ 」」 ソワソワ
「ああ、そうッ! 『チョコレート』ですッ!」 フワアアア―― クルン
「「 『チョコレート』ッ! 」」 ゴクッ!
アルテとアレッタの2人が驚くのも無理がなかった。 この世界、様々な甘いものが存在するが、それは全て自然の甘いもので、砂糖、果物、蜂蜜、ほとんどがこの3種のアレンジで、アニスのように、カカという植物の種を焙煎して砕き、ソレを使って甘味を作ることなど誰もしなかったのである。 つまり、この世界にチョコレートは存在しない甘味だった。
「『チョコレート』…なんだろこの響き、心の奥底から湧き出るもの…」フルフル
「アルテ、私もよ…なんかこう…女性の本能が呼び覚まされたって感じ…」ブルッ
「はは…そんな大袈裟な…」 トロトロ トロリ…
そこで男子メンバー達が揃って出て来た。
「あ、みんな出て来たみたい」
「ん、じゃあ続きは後で…」 ヴォンッ! シュンッ!
アニスは制作途中のチョコレートを異空間に仕舞った。
「う〜、 なんか待ち遠しいッ!」 ググッ
「ん、アレッタ、待っててくださいね」 ニコ
「うん、お願いね、アニスちゃん」 ギュッ!
「私も楽しみにしてますね! アニスちゃん」 ギュッ!
「ん!」 コクン
アニス達が握手を交わしていたそこに、ザッツが近寄って来た。
「待たせたな」 ザッ!
「ん、服装はズボン以外女子と変わらないんだね」
「まあそうだね、違うのは、野戦用ズボンとこの装備だな!」 ガシャッ!
彼ら男子の装備は、ズボン以外は女子とほぼ同じなのだが、所持している武器が違う。男子メンバーは全てオフェンス装備なのだが、その装備にもばらつきがあった。 ザッツとラルク、フィン、フラッツの4人はオフェンスでも前衛のフォワードの位置で、所持している武器は、模擬弾用突撃フォトンライフル、「ブッシュマスターACR/35A」、帝国陸軍正式突撃フォトンライフルと同じで、取り回しの良いアサルトライフルである。その他腰には演習用小型ライトニングセイバーに模擬フォトン手榴弾が3弾、予備マガジン3セットという出立ちで、上に着ている戦闘ジャケットに小型ナイフを装備していた。
残りの3人、ヒルツ、ランハート、フレディはミッドフィルダー、中衛でザッツ達フォワードのバックアップを務める。 彼ら3人の所持している武器は、同じく模擬弾用突撃ライフル、「ステアーAUG/3A 」小型の突撃銃で、帝国陸軍コマンド部隊が使用するアサルトライフルである。その他には支援用野戦擲弾筒ワンセット、擲弾用弾頭各5発、腰には演習用小型ライトニングセイバーと予備マガジン2セット、着ている戦闘用ジャケットに小型ナイフを付けた装備であった。
これに後衛の女子メンバーのディフェンスが3人のチームとなっていた。
「じゃあ、作戦会議と今回、俺が考えたフォーメーションを検討しよう!」
そう言って、全員が準備棟の前の広場に集まって、ザッツの考えたという作戦とフォーメーションについて検討し始めた。
・
・
・
ー帝都学園 演習場準備棟 「金扇クラス」専用棟前ー
「きゃああッ!」 ダンッ!
ドンッ! バタタッ!
「ベルギットッ! 大丈夫ッ!」 タタタッ! サッ!
「うう…ありがとう…シルティー…」 スタ…トコ…
「ちょっとッ! なにするのよッ!【アディオス】ッ!」 ババッ!
「なにをだと? そんな口をきいていいのかあ? ああッ!」 ダンッ!
「ぐッ!」 ワナワナ
「やめなさい、シルティー…」 スッ
「ベルギット…でも…」
「いいのです、さがって、お願い…」 スタッ ザッ!
「うん…」 ササ…
「聞き分けがいいじゃねえか、そういう事だシルフィー引っ込んでいろ」 ふん
「アディオス、あなた、私達にこんな暴力まがいの事をすればどうなるかわかっているのですかッ!」
「ふん、どうにもなりゃしねえよッ! 公爵のゼビオはもういねえ、いや、もうこの学園にはこれねえだろうな。 だからよ、今度の交流戦には俺がリーダーを務めさせてもらう! 異論はないなッ⁉」 ババッ
「あなたがリーダー? 御冗談を…」 ふふんッ!
「なにいいッ!」 ググッ!
「あなたなんかじゃ役不足と言う事いですわ!」 ふんッ!
「言わせておけば図に乗りやがってええーッ!」 バッ! キイインッ!
「はッ!何をなさるのですッ!」グッ
アディオスはベルギットに向け右手を差し出し魔法陣を展開した。
「お前はいちいち生意気なんだよッ! 《ディオルガ.レイッ!》」 バババッ!
「ベルギットーッ!」 バッ!
アディオスの魔法陣からは漆黒の矢が数本放たれた。 シルティーがそれを見てベルギットに声をかけた時、ベルギットも魔法で対抗した。
「ふ…《アルクスライト.シェルッ!》」 キュンッ! パアアアンンッ!
ドドドドッ! パパパパアアアーッ! パラパラ…
「ふん、マイヤー家の『鉄壁の盾』か…」 シュウウ…
「ベルギット…よかった…」 ふうう…
「これは一体なんの真似ですか? アディオス、事と次第によっては当家と貴方の家との全面戦争になりますよ…」 キッ!
「全面戦争結構ッ! やれるものならやってみるがいい」 ふふふ
「なッ!」 ババッ
「だが覚えておけ、ベルギットッ!」 ふふん
「な、なにをですのッ!」 ジリ
「全面戦争になった引き金は、お前が引いたと言う事にしてやる」 ククク
「なッ! そんな事ッ!」 プルプル
「今の俺なら簡単な事さ、それが嫌なら俺を認め、今回のリーダーとして俺に従え、お前を始め女子全員なッ! わははははーッ!」 ゲラゲラ!
「べ…ベルギット…」 プルプル
「なんと…卑劣な…」 クク…
「まあ、交流戦までは自由にしてやる。よく考えることだな!ベルギットッ!」 ダンダンダン
ガチャ ギイイ パタン…
アディオスはベルギットとシルティーをその場に残し、『金扇クラス』の準備棟へと消えて行った。
「なぜ…こんな事に…」 うう…
「ベルギット…とにかく明日、担任の【アシュア】先生に相談しましょ!」
「無理よ…」 フリフリ
ベルギットはシルティーの提案に首を横に振った。
「え?」
「無理なの…シルティー…」
「な、なんでッ⁉︎ どういう事よッ! 答えてベルギットッ!」 ユサユサ
ユサユサ ユサユサ
シルティーに激しく肩を揺らされても、ベルギットは答えなかった。
「(シルティー…先生は…アシュア先生は…もう…)」 ユサユサ
「ベルギットッ! なんとか言ってッ!」 ユサユサ
ユサユサ ユサユサ
シルティーに激しく揺らされる中、ベルギットは誰かに縋る思いで祈っていた。
「(誰でもいい…誰か…誰か助けて…お願いッ!…)」 ギュッ! ユサユサ
「ベルギットーッ!」 ユサユサ
準備棟前ではシルティーの声だけが響いていた…
いつも読んでいただきありがとうございます。
次回もでき次第投稿します。