第169話 カカの実
ーアトランティア帝国 帝都学園 演習場-
トコトコ テクテク ガサガサ ザ ザ
「さあ、こっちよ!」 トコトコ ガサッ
「……見られた…」 ボソ… テクテク
「今日はいい天気だね、アニスちゃん」 トコトコ
「……触られた…」 ボソ… テクテク
「あら、アニスちゃんどうしたの?」 トコトコ ピタッ
「アニスちゃん?」 サッ
「ううッ……うぐ…の…ち…」 ボソボソ… ぐす…
「え?、なに?」
「うぐ…アルテ…アレッタの…えっちッ!」 ぐす…
「あらあ…あはは、ごめんね、アニスちゃん」 はは…
「で、でもほら、女の子同士だし…ね?」 オロオロ
「うう…で、でも…あ…あんなこと…するなんて…」 ぐすぐす…
「ああ…うん柔らかったよ…弾力も凄い! 理想的、もう神よ、女神様みたいだったわ!」 ニコ
「アルテの言う通りよアニスちゃん! 自信を持って! 誰に見られても大丈夫、神々しいモノだったわ!」 ニコニコ
「だ! 誰にも見せませんッ!」 カアアッ! わ〜ん!
アニスは顔を真っ赤にして泣き出した。
「ご、ごめんね!」 よしよし
「アニスちゃんごめんなさい! 言いすぎたわ、謝ります」 ペコ!
「うぐ、うぐ、…もういいです…だ…誰にも言わない?」 カアア〜 ぐすッ…
「「 言わない 言わない 約束する!(わああ、可愛いい! 何これ、アニスちゃん、反則よッ!) 」」 ババッ!
半泣き赤ら顔で上目使いのアニスを見て、2人は何か尊いものを見た様な気がした。
「ん、じゃあ今回は許します」 コクン テクテク
「「 ほッ!(よかったあ…) 」」 トコトコ
「ん?(あれ、私は何を恥ずかしがってたのだ? え? あれ? いや、やはり恥ずかしい…恥ずかしいに決まってる?…いや…なんで?だが…私は…この感情は一体…)」 テクテク フルフル…
アニスに泣かれ、戸惑った2人だが、アニスが許してくれたので安堵した。ただ、アニスは自分に、自分の感情の変化に気がつき始めた。 その後、少しばかり歩くと、開けた場所が現れた。
「ここよ、ここら辺がスタート地点ね」 サッ
アルテが言ったその場所、そこは小さな丘のある原っぱだった。
「ここですか? 何にもないですね」 キョロキョロ
アニス達は交流戦専用の服装と装備を身にまとい、明後日の交流戦スタート位置にやってきた。
3人の今の服装は、学園仕様の野戦服、インナーは自由だが、その上にケプラー素材の黒い丸首長袖シャツ、濃緑色の長袖のフード付き上着に戦闘用ジャケット、下は女生徒用野戦キュロットスカートに野戦用黒タイツ、戦闘用ブーツを履き、肘、膝、にはブロテクターを付け、両手は指貫型ナックル付き手袋をつけていた。
さらに、キュロットスカートの腰には、模擬戦用ライトニングセイバーと短剣、ミニポーチが一つ、それとディフェンス仕様の装備、模擬弾用フォトン銃と左腕中央に小型フォトンシールド発生装置、いわゆるフォトンの盾を装備していた。
「で、相手のスタート位置はどこですか?」
「ここから約1000m先に同じような所があるわ、そこが相手チームのスタート地点よ」
「1000m…(まあ、そのくらいの距離が妥当か…)」 ふむ
「スタートの合図と共に、一斉にみんなが動くの」
「ん? オフェンスの男子が7人、一斉に動くんですか?」
「ええ…だから今まではデフェンスの女子は男子に引っ掻き回され、ついてくのがやっとなのよ」
「そうそう、作戦なんてあってないようなもの、自分が一番って言って突っ込んじゃうし、ちょっと危なくなるとすぐデフェンスを呼ぶの」 プン
「は? あの… 男子達は攻撃に際してフォーメーションやカウンターアタックなどは…」
「ええ…全くなしで、いつも敗退してるわ」 はあ〜…
「なるほど、個人プレーばっかりなんですね」
「まあ、みんな、普段から貴族の子弟気取りだから、協調性ゼロ、ようするに自分が一番ってのばっかりだから…」
「でも、相手のチームも、そうなんじゃないですか?」
アニスは一つの疑問を2人に聞いた。
「ううん、向こうのチーム、『金扇クラス』にはあの公爵家の【ゼビオ】がいるのよ、彼の命令には誰も逆らえないの、だから、逆に統率が取れてるとも言えるわ」
「うう…【ゼビオ】…聞いただけで鳥肌が立つわ…」 ゾワッ
「ん? 【ゼビオ】? どこかで聞いたような…」 はて?
「現皇帝陛下の次男の息子で、帝位継承権第3位の人物です」
「第3位! じゃあ1位はだれ?」
「現在、帝位継承権第1位は、皇帝陛下の孫に当たる、私達と同じ歳の【ラステル】様よ」
「うん!【ラステル】様ッ! 素敵なお方よ♡ 『金扇クラス』だけどあの方は別よ!」 ニコ
「ん? 【ラステル】の親はどうしたの?」
「ああ…その…」
「うん?」
「アニスちゃん、あまり言えないんだけど…お亡くなりになったわ、ラステルのお兄様と一緒に…」
「ん? ラステルの兄と一緒に亡くなった?」
「そう、だから、ラステル様が帝位継承権第1位なの…」
「一緒にか…それって、まさか…」ガバッ!
「アニスちゃん!ダメッ!」 サッ!
「暗殺…ウグッ!」 ガバアッ!
アニスがラステルの両親と兄の死を暗殺と言いかけた時、アレッタの手で口を塞がれた。
「アニスちゃんッ! それ以上口にしてはダメッ! 誰かに聞かれたら粛清対象になっちゃうッ!」 スッ
アレッタは真剣な表情でアニスに訴えた。
「ん!」 コクン
「これまでもたくさんの人が消えたわ。だから気をつけてね、アニスちゃん」
「ん、わかった。(この事だな…この学園に私を入れた本当の目的は…)」
「じゃあ、奥のフィールドも見ておきましょ!」 トコトコ
3人は、おそらく主戦場になるであろう、森の中へと入っていった。
「凄いでしょ、こんな茂みだらけだから、いつ相手が襲ってくるか分からないのよ」 ガサガサ
「そうよ、木の上や草葉の中、凄い事をする人は土の中っていうのもあったわ」 バサバサ
「ん、なるほど、『トリプルキャノピー』か、難儀だね」 うん
「なあに、そのトリプルなんとかって?」
「ん?『トリプルキャノピー』ですか?」
「ええ、聞いた事ない単語だったので…」
「んと、要するに、自分の前の『視界を遮るものの数が三つ以上ある』事を指す言葉なんだ」
「へえ、なんかかっこいい言葉だね」
「はは…(まあ、元々、ジャングルなど密林の中を活動する部隊がよく使う言葉なんだけどね)」
「さあ、もう少し先にいきましょ!」 ガサガサ バサバサ
3人は相手チームの集合場所近くまで進んでいった。 その時、アニスの目に興味を引く植物が映った。
「えッ! あ、あれはッ!」 ババッ!タタタッ!
「アッ アニスちゃんッ! どこに行くのッ!」 ババッ!タタタ!
アニスはそれを確かめるべく駆け寄っていった。
タタタッ! ザザーッ! バッ!
「こ、これはッ!…」 バサッ!
タタタッ! ハアハアハア!
「ア、アニスちゃんッ!ど、どうしたのいきなり?」 ハアハア
「ほ、ほんとよ ハアハア なんかあったの?」 ゼエゼエ
「ん、これ、この植物の実をね…」 ガサッ!
「え? なんだ、カカの実じゃない。それ、食べれもしない硬い実よ!」
「カカの実? そっか、この世界にもあったんだ…もうないかと思ってた…」
もぎッ! ぶちッ!
「アニスちゃん、そんな固い実を採ってどうするの?」
「そうよアニスちゃん、それ、実は硬いし、中は白い種ばっかりだよ」
「ん、これで、この世界にない美味しいものができるの!」 ニコニコ
「「 美味しいものッ⁉︎ 」」 ザワッ!
シュンッ! パカッ!
アニスはカカの実を、学園装備の短剣で切り裂いた。
「ん、やっぱり…」 うんうん
「でしょ、中身なんてない、真っ白な種だけよ」
「ねえアニスちゃん、これがこの世界にない美味しいものになるの?」
「ん、大丈夫、これなら」
「ほんと⁉︎」
「うん出来るよ、ちょっともらってもいいかな?」
「それなら大丈夫よ、誰も見向きもしない実なんだから」
「そうね、もうずいぶんと前からあるけど、誰も採らないからいいはずよ」
「じゃあ、全部もらっちゃおうッ!」 ババッ! ヴォン!
シュバババッバアアア―――ッ!
アニスはそこにあった色とりどりのカカの実を異空間に採取した。
「わあッ 全部なくなっちゃった」
「アニスちゃん、相変わらず凄い収納魔法ね」
「はは…(異空間収納だから無限大に入るけどね…ふたりはその事を知らない方がいいかな)」 ニコ
「で、アニスちゃん、いつ美味しいものができるの?」
「ん~、ちょっと手間がいるから一日待っていただけますか?」
「一日ね! 分かったわ! 楽しみにしてるねアニスちゃん」 ぎゅッ!
そう言って笑顔でアレッタはアニスの手を握ってきた。
「私も、楽しみにしてますよアニスちゃん」 ニコ
アルテも笑顔でそう言った時、奥の草むらがゆれ、5人の野戦服を着た人が現れた。
ガサガサ バサッ! ザッ!
「あらッ! あなたたちも下見ですか?」 バサッ トコトコ
そこに現れた5人は、アニスたちと同じような野戦服を着ていた。その先頭に立っている人物は、【ベルギット・フォン・マイヤー】、「金扇クラス」の女生徒で、今回の交流戦女子メンバーの一人であった。その彼女がアルテに向かって話してきた。
「ええそうよ、ベルギット。交流戦前の下見なんて常識でしょ」
「まあ、常識ですって、おほほほ」 カラカラ
「何が可笑しいのよッ!ベルギットッ!」 ババッ!
笑うベルギットに対し、アレッタが反論した。
「いえ、ただ…」 うふふ
「ただ、何よッ!」 グッ
「いつも負けてばかりいるチームに、下見が必要なのかと思いまして…」 クスッ
「今回は負けないわッ! こっちには凄い娘が入ったんだからッ!」 バッ
そう言って、アレッタはアニスを見せた。
「うッ!【アニス・フォン・ビクトリアス】、忘れもしないわッ!」 キッ
「ん? あッ【ベルギット・フォン・マイマイ】だッ」 スッ
アニスはベルギットをそう叫んだ。
「ちがうッ‼︎ 【ベルギット・フォン・マイヤー】よッ!【マイヤーッ!】、【マイマイ】じゃないわッ!」 ガアッ!
「ん? そうだっけ? あはは…ごめんね」 ペコ
「前にもそう言ったでしょ! あなた、わざとね! そうでしょッ!」
「ん、さああ…なんのことやら…はは、アニスちゃんわかんない」 ニコ
「キイイッ! なんか悔しいッ! なんなのよおッ! もうッ! だいたいあなたはねえ…」 ジタジタ
ワーワー ギャーギャー バタバタ ケラケラ…
アニスとベルギットは何か馬が合うのか、アニスが楽しげにベルギットと問答を続けていた。アルテはそんな様子をよそに、この状況を見ていた他の「金扇クラス」の女生徒に尋ねた。
「ねえねえ、シルティー…ベルギット、一体どうしたの」 トコトコ
「あッ アルテ、それがねえ…」
アルテが話しかけたシルティーとは、【シルティー・フォン・アイゼンベルガー】17歳、「金扇クラス」の金髪ショートカットの美少女で、この帝国の憲兵総監【ウィリバルト・フォン・アイゼンベルガー】の姪でもあった。
「ええ〜ッ! それほんとッ!」 バッ!
「シッ 声が大きいわよアルテ!」 スッ!
「(それ、本当なの?)」 ヒソヒソ
「(ええ、確かの情報よ、だって私の伯父様が言うんだもの…)」 ヒソヒソ
「(えッ! 伯父様って、あの憲兵総監だっていうあなたの伯父様? 直接聞いたの?)」 ヒソヒソ
「(違う違う、お父様と伯父様が話しているのを聞いてしまったのよ)」 ヒソヒソ
「(盗み聞き?)」 ヒソヒソ
「(やめてよ、人聞きの悪い 扉に隠れて聞いてただけよ)」 ヒソヒソ
「(いや、それを世間一般では盗み聞きっていうんだけどなあ)」 うん?
「(とにかく、あの【ゼビオ】様が参加できなくなったから、こうして私達が下見に来たわけ)」 ヒソヒソ
「そういう事か…」 スッ
ギャーギャー ワーワー 喧々諤々ッ!
いまだにアニスと言い合ってるベルギットを見て、アルテはクスッと笑ってしまった。
「アルテ、どうしたの?」
「ううん、何でもない。ありがとうシルティー」 サッ! トコトコ
アルテはシルティーから重大なことを聞き、これは帝国を震撼させてしまう程の事件だと悟った。
「だからッそうじゃなくてッ! もう少し人の言う事をですねッ…」 ガアッ!
「ん、人? 誰の言う事かな?」 うん?
「ああッ! もうッ! そこから? そこからなのッ⁉」 うぐぐ
「ベルギット、もういいかしら?」 トコトコ
「よくないわよッ! アルテッ! 何なのよこの娘ッ!」 バッ!
「ん、アルテ、重要なことは聞けたのですか?」
「「 えッ⁉ 」」 ピタッ
「ベルギット、あなたはなかなか面白いですね。交流戦が楽しみです」 ニコ
「ふ、ふんッ! まあいいわ、今日のところは引いてあげる。今度は負けないからね!」 ババッ
「ん、じゃあね」 フリフリ
「さ、さあ、皆さん行きますわよッ!」 ザッ トコトコ フリッ ニコッ
ベルギットは他の女生徒達と元来た道を帰って行った。帰り際に、わずかに振り向き、アニスに微笑みを返して…
「さあ、私達も一旦、準備棟に帰りましょ」 サッ トコトコ
「そうね、もう少ししたら男子たちも来るから、そこで待ってましょ」 サッ トコトコ
「ん、わかりました」 テクテク
こうして、アニス達は一旦、準備棟に戻るため、来た道を引き返して行った。
・
・
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ーアトランティア帝国 帝都アダム 高級貴族住宅街 アルテア公爵家ー
ダンダンダンッ!
「ぐわあッ! う…うう…ゼレオ…さま…」 ドサッ!
シュウウウ…
「ふんッ! 役立たずめッ!」 チャキッ!
ここ、高級貴族住宅街の最上区、その中でも一際大きな屋敷、【アルテナ】公爵家の屋敷の中で銃声が響いた。フォトン銃を構えていたのは現皇帝の次男【ゼレオ・ヴェア・アルテナ】公爵で、公爵に撃たれ、その場に崩れたのは、憲兵隊員のベルター中尉だった。 彼は憲兵隊総本部の事件の後逃亡し、ここアルテア公爵家に逃げて来たのであった。
「父上ッ!」 バッ
「全く、よりにもよって憲兵総監の娘を攫うとは…」 プルプル
「ごめんよ父上、知らなかったんだ!」 ガクン
「ええいッ! ゼビオッ! おまえは少し謹慎しておれッ! よいなッ!」 ババッ!
「は…はい…」 とぼとぼ ギイイッ パタン
「全く、こんな大事が迫っている時に、くだらん欲を出すからだバカ息子め!」 ふうふう
チリンチリン
「だれぞおるか⁉︎」
ギイイッ パタン スタスタ サッ
「お呼びですか、旦那様」 スッ
「うむ、ゼロス、すまんがゴミの始末と息子の休学届を出してくれ」
ちらッ
「かしこまりました」 スクッ!
「よいな、だれにも気取られぬ様になッ!」
「はい、心得ております」 サッ! ヴォンッ! シュンッ!
ゼロスと呼ばれたこの男、公爵家に仕え、当公爵家の闇の部分を取り仕切る者であった。公爵の命令には忠実で、しかも剣術、柔術、射撃に魔法、全てにおいて最強に近い強者である。 いま、その男が収納魔法を使い、亡骸となったベルター中尉を収納した。ただ収納しただけでなく、飛び散った血痕から床に落ちた痕跡、全てを収納したのである。
「では、旦那様、失礼いたします」 サッ
「うむ、頼んだぞ」
サッ キイイッ パタン
「これで手がかりは全てなくなった。奴らはもうワシに手が出せまい… 」 ドスドスドス
カチャ ポンッ トクトクトク タン…
ゼレオ公爵は、戸棚から一本のワインを出し、その栓を抜きワイングラスに注いで窓辺に立った。
「ふふ、まあ焦ることはない、兄はもういないのだからな!」 グイッ ゴク
窓の外にはこの帝国の王城が見えていた。
「いずれ、ワシがあそこに、この国の王になってやる」 ふふふ
ゴクゴク ダンッ! ドスドスドス ギイイッ パタン
ゼレオ公爵はワインを飲み干すと、そのまま部屋を出ていった。
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ーアトランティア帝国 帝都学園 演習場準備棟 横の空き地ー
ボウンッ!
「ぎゃあああーッ あちい あちいいッ!」 バタバタ モクモク
「どうしたのーッ!」 バタバタ
「なになになにーッ⁉︎」 バタバタ
「「 わああッ! 」」 モクモクモク
モクモク ケホケホ… ゴソゴソ……ヨレ…
「あはは… ちょっとやりすぎちゃった…えへへへ…」 サッ
「ど、どうしたのこれッ⁉︎」
「ん、美味しいもの作成中! もう一回やってみる!」 うん!
「だ…大丈夫なのアニスちゃん?」
「ん、それえッ!」 パアアアンンッ! ボウンッ! モクモク
「ん、もう一回ッ!」 パアアアンンッ! ドオンッ! モクモク
「もう一回ッ!」 パアアアンンッ!……
ドオンッ! ドガアンンッ! メラメラッ! モクモク…
「お、美味しいものって、爆発するんだ…はは…」 ワアアッ…
「ア、アニスちゃんに任せましょ!アレッタッ!」 ははは…
2人は何が出来るのか不安を抱きながら、準備棟に戻っていった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
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