第129話 アニスと新任ブレードライナー
―駆逐艦ライデン―
カルディナ軍港を出て1時間、駆逐艦ライデンは巡航速度に落ち、アトランティア帝国、山岳部へと進んでいた。
「現在速度 27ノット、 目標地到達まで約4時間です」
「うむ、副長」
「はッ!」
「私は今から席を外す、後を頼む」
「はッ! 了解しました」
艦長のグレイは、艦橋指揮を副長にまかせ、アニス達のいる、ライナー待機室へ向かった。
―駆逐艦ライデン ブレードライナー待機室―
そこには、先任士官のハリス少尉と新任ライナーの4人の少年少女が詰めていた。だが、ハリス少尉は少し困り顔で、その新任ライナー達を見ていた。
4回生のマシューと3回生のアラン、マイロ、ジェシカの対立が生じていたからだ。
「ああ、君達、これから一緒に行動する部隊の仲間なんだ、お互いを認め合おうじゃないか?」 ニコ
「御言葉ですが少尉殿、俺はこいつらを認めません!」 グッ!
「ああ、俺たちもお前なんざ認めないぜ!」 グッ!
「グッ 3回生があッ! 上級生を敬えないのかッ!」 バッ!
「ふんッ! 上級生と言っても、今は階級も同じ准尉、そんな事を言う人に敬う必要はないですね」ふん!
女性であるジェシカに言われ、マシューは、ハリス少尉に助けを求めた。
「うぐぐッ! 少尉殿ッ! いいんですか⁉︎ こんな奴らを放っておいて!」
「あ? ああ、まあマシュー准尉、君ももう少し落ち着きたまえ。そんなんじゃあ、ブレードナイトにも搭乗できないぞ!」
「うッ…失礼しました」
「なあマシュー准尉」
「はッ!」
「学校では上級生、下級生という上下関係があるけど、軍に入り、階級を与えられれば、そんなことは言ってられないんだぞ」
「は、はあ〜」
「たとえ、この前までは3回生で、下級生であっても、軍に入れば実力主義の世界だ。君より実力がある者はどんどん階級が上がり上官となる、そうなれば上官の命令は絶対だ。君はそんな状況が多々ある世界にいるんだよ、彼らと仲良くなって、自分の力をつけたほうが良くはないかい?」
「はあ〜、ですが…」
「なんだよ! まだ何か文句があるのか?」
「うるさいッ! ただ俺は納得出来ないんだよッ! 3回生でいきなり准尉とは、どんな手を使ったかはしれないが、俺はお前達が俺と同じ准尉とは認めないからな!」
「なんだとお! そんなにいうなら俺達だってお前を准尉とは認めないからな!」
ワー ワー! ギャーギャー!
4人はまたお互いを認め合わず、待機室に中で騒いでいた。
「はあ〜、…」 やれやれ ストン ギッ
ハリス少尉は、ため息をしながら椅子に深く腰掛けた。
「(レオハルト隊長もこんな経験があったのかなあ?)」 う〜ん
そんな喧騒の中、ライナー待機室の扉が開いた。
プシューッ! ヒョコ
「ん? 何やってんの?」
そこには、帝国学園の制服から、帝国軍の女性士官用の制服に着替えたアニスが入ってきた。
「やあ、アニスさん、実はって…ヒイイッ!」 ガタンッ! バッ! サッ!
ハリス少尉は、待機室に入ってきたアニスを見て驚き、椅子から立ち上がって敬礼をした。
「あ、アニスちゃ…ッ! ヒイイッ!」 ババッ! サッ!
「なんだよ、また女…ッ!」 ババッ! サッ!
ハリス少尉だけでなく、他の4人も、アニスのその姿を見て直立不動の態勢になり、敬礼をした。
「え? どうしたのみんな?」 テクテク
「と、特務大尉殿ッ! 失礼しましたッ!」 ザッ! ペコ!
「「「「 失礼しました! 」」」」 ザッ! ペコ!
その場にいた全員が、アニスに頭を下げた。
「ん、なんかよく分からないけど、みんな楽にして席についてね」
「「「「「 はッ! 」」」」」 ザッ! スチャッ!
ここにいる全員が驚くも無理がなかった。アニスが着てきたのは、帝国軍の制服で、白銀髪のセミロングヘアを揺らし、純白のシャツに濃紺のジャケット、膝上スカートと紺色のストッキングに艦内用ショートブーツを履いた、女性士官用の制服、そして、その襟章には、特務大尉の階級章がついていたからであった。
その制服は女性兵士の中でもあこがれのデザインで、上官のみ許された制服である。所々に金糸と銀糸で刺繡とラインが引かれ、軍服にしてはかわいらしいデザインであった。
特務大尉、階級こそ大尉なのだが、実質少佐権限を持つ階級である。
「で、どうしたの? 何か騒いでいたようだけど?」
「え、え~っと、それがですねえ…(すっげえ、かわいい)」カアア ポリポリ
ハリス少尉が、顔を赤らめ、どう説明しようか迷っていると、マシュー准尉が話し始めた。
「大尉殿にお伺いします」
「ん?大尉?」 スッ
アニスは自分を指さした。
「はい!」
「そっか、大尉なんだ。で、何ですか?」 ニコ
「うッ! な、なんか話しずらいんですけど…(かわいい!)」 カアア
するとジェシカが話し始めた。
「ア、アニス…大尉、あのね」 オドオド
「ああ、みんなはいいよ、いつものアニスで、ね!」
「え⁉ で、でもねえ~」
「ああ…やっぱりなあ….」
「私がいいと言ったらいいんじゃない?」 ニコ
「じゃ、じやあ、アニスちゃん、あのね聞いて」
「はい、聞きます」 コク
「この人が横暴なのよ!」 ビシッ
ジェシカは、離れたところに座っているマシュー准尉を指さした。
「横暴? なんで?」
「人聞きの悪いことを言うなッ! 女のくせにッ!」
「あ、それ!差別用語だから!」
「う、くそッ!だから女ってやつは…俺は横暴じゃないって!」
「じゃあ、何なのですか?さっきから『3回生のくせに』とか、『どんな手を使って准尉になったのだ』とか、ましてや、私を『女のくせに』って言ってましたよね!」 ビシッ
「い、いや、あれはその、その場の勢いで…でも、いきなり准尉はやっぱおかしいだろ!」
「おかしかねえよッ! 俺達はそれだけの力をつけてここにやって来たんだ。それに見合った階級もな!」
「ああ、アランの言うとうりだ! それはもうッ! 死ぬかと思ったほどの訓練だったんだぞ!」
「ああ、わかる、私はあの時、2回くらい死んだかと思ったわ!」 ジッ!
「ん? もう一回する?」 ニコ
「「「 い、いやだああッ! 」」」 ビクウウ!
「大げさだなあ」 あははは
「(おい、アラン、もう一回耐えられるか?)」 ヒソヒソ
「(むりむりむりッ! 今度は本当に死ぬ!)」 ヒソヒソ
「アニスちゃん、私、もう限界なの…お願い…許して…」ウルウル
「じゃあ、また今度ね」
「「「 ふう~、」」」
「なんだよお前ら!そんなに大尉の訓練が怖いのか?だらしねえなあ!」
マシューにそう言われたが、アラン達三人は睨みつけるだけで、何も言わなかった。
「ん、なあ、マシュー准尉は私の特訓受けてみる?」
「いえ、辞退させてください」
「なぜ?」
「じぶん、こう見えても、自主トレで十分強いですから」
「強い? そうなの?」 クルッ!
アニスは、ハリス少尉に尋ねた。
「ま、まあ、他の連中よりかは強いな、内包魔力量も多いほうだし、ブレードナイト慣熟訓練も120時間ほど受けてるしな!」
「そうなの?でも…」ジ~
「な、何なんですか大尉殿」
アニスはマシューをジッと見つめて、そして、しばらくして目を閉じた。
「(ん~、ん? なんだろ?…まあ、いいか、様子見だね)」ん!
「俺はこいつらより1年も前からやってるんだ、それと一緒にはされたくないですねッ!」
「ん! 1年? 訓練を1年前からしていてこの程度なのか?」
「アニス大尉殿、帝都学園の生徒は皆、そんな物なんですよ!」
「ハリス少尉、マシューでこの程度だと、他の者は更に悪いのでは?」
「正直、最近の新兵、特にブレードライナーはお粗末そのものです」
「それみろ!、大方、貴族の力でブレードライナーになった者ばかりなんだ!、俺とは違う! お前達だってそうなんだろッ! 力もないのに貴族の力で准尉になったんだろ!」
「なにおおおおッ!…えッ!…」グイッ!
マシューの言葉に怒ったアランが、マシューにつかみかかろうとした時、マイロに肩を掴まれ止められた。その場の雰囲気が変わったのだ。
「マシュー…本当にそう思うのですか?」 ギンッ!
「え⁉ ア、アニスちゃん…」 ビク
「や、やばいッ! アニスちゃんが怒ってる!」 アセ
とその時、再びライナー待機室の扉が開く。
プシューッ! スタッ!
「艦長ッ!」 バッ!サッ!
再びアニス以外の者が直立、敬礼した。
「うん? ハリス少尉、どうしたんだね?」
「あ、グレイさん、そうだ、服、ありがとうございます」 ペコ
「おう、よく似合ってるじゃないか、特務大尉殿」ニカッ!
「茶化さないでね、でもいいの?これ着てて?」 モジッ
「なあに、アニスはそれを着る資格はある! 問題ないさ」 ウン!
「まあ、グレイさんがそう言うならいいかな」 ニコ
「おお、その制服にその笑顔、可愛いぞアニス! レオンが惚れるわけだ!」ハハ
「グレイ! その話は後でじっくり聞かせてもらいます」
「お、おお…(なんか悪いこと言ったかな?)」
そんなやりとりを見ていたアラン達は、さらにアニスの言動に驚く。1人を除いて。
「(艦長に為口だぜッ! すげえッ!)」
「(全く、アニスちゃんって何者なんだ?)」
「(私、アニスちゃんに一生ついて行く)」
「(な、なんだよあの女は、気に入らないな)」 ふん
「で、何か揉め事かねアニス」 ドサッ! ギッ!
艦長のグレイは、側にあった椅子に腰掛けた。
「ん〜、揉め事といえばそうなのかな?」
「どう言うことだ? 少尉説明できるか?」
「はッ! 実は新人のライナー達の間での揉め事でして…」
「新人ライナー? アニスが選んだこの者達のことか?」
「(え⁉︎ 俺を選んだ? あの特務大尉の女が?)」
マシューはこの時、初めて自分がこの駆逐艦ライデンのブレードライナーに選ばれたのが、アニスのおかげだという事を知った。
「はい艦長、で、今、話し合いの最中でして…」
「アニスそうなのか?」
「ん、まあ、私も今来たばかりだし、アラン達とマシュー准尉との間でかなり揉めてたみたいなんだよねえ」
「そうか、で、何が原因なんだ?」
「ああ、階級のことみたい」
「階級?」
「ん、マシュー准尉は、『私が連れてきたアラン達が、いきなり准尉なのはおかしい』って事なんだそうです」 ヤレヤレ
「なんじゃそりゃ? マシュー准尉」
「はッ!」 ビシッ
「アニス大尉の言っている事は事実かね?」
「は、はあ…事実であります」 ビシッ
「それで、いきなり彼らの階級が准尉だから、それが不満だと?」
「はッ! 自分は、准尉になるまで1年を要しました。それが、コイツらはいきなり准尉です。おかしいと思うのは当然です!」 ビシッ
「マシュー准尉…」
「はッ!」 ビシッ
「彼らは既に、少尉でもおかしくないほどの実力を持っているのだぞ!」
「は? はああ⁉︎」 ガタッ
事実であった。アラン、マイロ、ジェシカの3人は、アニスの手解きと特訓を受け、大幅に実力をつけていたのであった。グレイは手に持っていた情報端末のタブレットを操作し、待機室の作戦モニターにそれを映し出した。
「本当は機密事項なんだが、ここだけの事だ、よいな!他言無用だぞ!」 ピピッ!
ポンッ! タタタタタタタ…
【アラン・フォン・ウィルソン】 侯爵家
帝国学園3回生 17歳 男 B級ブレードライナー
階級 准尉
学力 A
体力 A +2
魔力ライフル技能 S
内包魔力量 8700
熟練度 ブレードナイト慣熟訓練時間 760時間
ブレードナイト実戦訓練時間 100時間
レベル ブレードライナー Lv.B
搭乗可能機種 ブレードナイト『アウシュレッザ』
ブレードナイト『ウルグ・スパイアー』
【マロン・フォン・カルヴァン】 侯爵家
帝国学園3回生 17歳 男 B級ブレードライナー
階級 准尉
学力 A
体力 A +2
魔力ライフル技能 S
内包魔力 8200
熟練度 ブレードナイト慣熟訓練時間 760時間
ブレードナイト実戦訓練時間 100時間
レベル ブレードライナー Lv.B
搭乗可能機種 ブレードナイト『アウシュレッザ』
ブレードナイト『ウルグ・スパイアー』
【ジェシカ・フォン・ルーカス】 侯爵家
帝国学園3回生 17歳 女 B級ブレードライナー
階級 准尉
学力 A +2
体力 A
ライトセイバー技能 S
内包魔力量 8000
熟練度 ブレードナイト慣熟訓練時間 760時間
ブレードナイト実戦訓練時間 100時間
レベル ブレードライナー Lv.B
搭乗可能機種 ブレードナイト『アウシュレッザ』
ブレードナイト『ウルグ・スパイアー』
「へえ、君たち凄いじゃないか、これなら僕とすぐにでも出撃できそうだね」
ハリス少尉はその表示を見て言った。
「マイロッ! やったぞッ! ブレードライナーだ!」 グッ!
「ああ、アラン!やったな! B級、しかも『アウシュレッザ』搭乗可能だぜ!」 グッ!
「うそ! 私、こんなにも強くなってたの⁉」
アラン達3人は、このモニターを見るまで、自分の事は全く知らされてなかった。だから、それを見た時の感動は一際大きかった。ただ、それを見て、愕然としている者が一人いた。4回生のマシューであった。
「う、うそだろ…3回生が、俺より下のはずなのに…」 ガクン…
マシューはショックだった。自分より下の3回生の3人が、ブレードナイトの搭乗資格を持っていたからだ。マシュー自身はまだ初級ブレードライナーで、内包魔力量の少なさから、まだブレードナイトの搭乗資格を持っていなかった。
「(マシュー准尉…)」 ハア~ テクテク
アニスはマシューの落胆ぶりを見て、ため息をつきながら、彼のもとへ行った。
「そんな…どうして、どうしてあいつらが…俺はいったい…」 ブルブル
床に膝をつき、落胆ぶりを見せていたマシューに、アニスは声をかけた。
「マシュー、君は悪くない、君がかなり努力をしている事は、私は知っている」
「大尉殿…」
「だが、今のままでは、君は彼らに、アラン達には全く歯が立たないのは分かっただろ?」
「はい…了解してます…」
「私が君を強くしてあげようか?」
「アニスちゃんッ!」
アニスがマシューに話しかけていた時、ジェシカがアニスに声をかけて来た。
「いいのッ⁉ そいつは私達を散々バカにしてたやつよ!」
「ん、ジェシカ、彼を許してあげてくれないかな?」
「アニスちゃん…」
「彼もね、焦っていたんだと思うんだ」
「焦っていた?」
「そうでしょ、【マシュー・デニス・ドライアース】」 ニコ
「ぐッ! な、何の事ですか?…」 ピク
「うん?【ドライアース】?…あッ!」
「ジェシカは気が付いたみたいですね」
「【フレデリカ・デニス・ドライアース】ッ! 同級生の女の子!」
「そう、今回、皇太子達と一緒に拉致、または誘拐された生徒の中の一人に、彼の妹がいたの」
「なるほど、それで俺達みたいな下級生が、救出部隊に選ばれ来たのが不満だったのか」
「ふむ、なるほど、アニスの洞察力はすごいな、それとも…」
「とにかく、マシュー、今回の救出任務は私たちに任せなさい」
「しかし、俺は…」
「大丈夫!」
「は?」
「私が手ほどきをしてあげる」
「え、手ほどき?」
「そう、短時間で君をアラン達ぐらいまで、鍛える」
「そ、そんな事、できるわけが…」
「ちなみに、彼らはできた、マシュー准尉、君もできるはずだよ」
「俺が、アラン達ぐらいに…ブレードナイトに乗れるぐらいに…」
「どうしますか?」 ニコ
「わかった、アニス大尉殿、お願いします」 バッ!
「ん、じゃあさっそく、時間が惜しいもんね」シュイイイイン
「え?あ、わあああーッ!」 シュンッ!
マシューはその場から一瞬で消えていった。
「お、おい、アニスいったい…」
「あ、グレイ艦長、ちょっと行ってきます。2時間で戻りますね」シュンッ!
アニスもまた一瞬で、その場から消えていった。
「おい、アラン!」
「ああ、たぶんあれだ! あれをやりに行ったんだ」
「ま、マシュー准尉にはいい薬だわ!」 ふふふ
・
・
・
そして、かれこれ2時間後、完全に憔悴したマシューと、やり切ってやったぞという顔をしたアニスが、ライナー待機所に戻ってきた。
「アニスちゃん…その、彼はどうなの?」
「ん、彼は頑張ったよ」ニコ
「ぜえ!ぜえ! し、死ぬかと、死ぬかと思ったッ!」バタン ぐてえ~
マシューはその場で床に倒れ、伸びてしまった。
【マシュー・デニス・ドライアース】
帝国学園4回生 18歳 男 初級→B級ブレードライナー
階級 准尉
学力 A→A +
体力 A +→A +2
魔力ライフル技能 A +→S
内包魔力量 3800→6700
熟練度 ブレードナイト慣熟訓練時間 450時間
ブレードナイト戦闘訓練時間 40時間
レベル ブレードライナー Lv.C→Lv.B
搭乗可能機種 ブレードナイト『ウルグ・スパイアー』
「ちょっと時間がなかったから、『アウシュレッザ』には、また今度ね」
プシュー、テクテク
床に倒れこんでいるマシューにそう言って、アニスは格納庫の方へ歩いて行った。
いつも読んでいただきありがとうございます。
次回もでき次第投稿します。