偽物聖女はドラゴンの妻になる
何故こうなったのか。
身体を洗われ、白一色の簡素な服を着せられ、馬車に揺られてやっと頭が冷えてきた。
今、私は村の聖女としてドラゴンの妻となるため森に向かっている。
両親と妹、そして幼馴染みと別れたのは今朝のことだ。それからここまであっという間だった。
そもそも聖女に選ばれたのは双子の妹の方だった。しかし「結婚が決まっているから代わりに聖女になって」と涙ながらに頼まれて引き受けてしまった。
その時は失恋のショックで思考が停止していたのだが、今更それが理不尽な話だと気付いても遅い。
いつのまに結婚なんて話になっていたのか、私が幼馴染みの彼のことを憎からず思っていることをあの子も知っていたはずなのに。清らかな娘が聖女になるのだと聞いて「じゃあ私には無理ね」とさらりと言ってのけた妹。両親も外聞が悪いと双子の私を替玉にすることに異論を唱えなかった。
私は妹の代わりで本物の聖女ではない。しかし村としては50年に一度生贄を差し出せるのなら誰でも良いらしい。その証拠に村長は私が妹のふりをしていることに気づいていたのに何も言わなかった。そんなに息子の嫁は大事なのか、それとも村長も外聞を気にしたのか、今となってはどうでもいい。私にはこのままドラゴンの妻もとい生贄となるしか道は残されていないのだから。
一食分が入った籠だけを手に森の奥に残された。目の前には洞窟。この中にドラゴンがいるらしい。付添人はいないので逃げることもできるが、夜が近い上に食料もこれだけでは女一人どうにもならないだろう。
諦めて洞窟に入ると誰がつけたのか点々と火が灯っていた。その光を頼りに奥に進むと古びた祭壇に辿り着いた。そのさらに奥に大きな穴があったので、なるほどここに身を投げるのだろうと理解した。
籠の中の食事を広げる。最後の晩餐は固いパンと赤ワイン。それをゆっくり味わってから穴の前に立つ。
さようなら、お父さんお母さん。不出来でごめんなさい。
さようなら、妹。お幸せに。
そして、さようなら、あなた。
妹と結婚するため最後まで真実を言わなかったわね。あなただけは私が清らかでないことを知っていたのに。
清らかでない娘を捧げることで村がどうなるかはわからないけど、村長の息子として精々頑張って。
その後、村は日照りが続き井戸も枯れた。水が無いため生活は困窮、疫病も流行った。
それがドラゴンによるものなのか、そもそもドラゴンがいたのかは彼女しか知らない。