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梅雨の調べをきくまえに

九マイルは遠すぎる オマージュです

山田肇はテーブルの上にあった夕刊と小学3年の妹「山田純」の名前の書かれた切手のない封筒をみつけた。ヨタヨタとした漢字は幼い印象であった。そして封筒を手に取った。最初は、読もうというつもりがなかった。しかし、このご時世なら小学生でもスマホで連絡をとればいいものをと、きっと相手はしめやかな容姿の女の子だろうと勝手に想像した。




封筒のなかで、しゃかりと音がした。


まさかと思い、慎重に開封して逆さまにするとカッターナイフの替刃が落ちて、フローリングにあたり甲高い音が響いた。





「いきなり呼び出したと思ったら純ちゃんがいじめられてる?」


「……そうみたい」


恋人の鈴音さんを家の近くの喫茶店に呼び出した。そして彼女は同封されていた手紙に目を通した。




『梅雨のしらべを聞く前に図書準備室に』




「なんでこれがいじめよ」


肇は掌サイズのチャック着き袋に入れた替刃をだした。


「替刃なんて嫌がらせ以外のなにでもないでしょ」


「そうかもねぇ、でも」


「文章の意味がわからない、というわけ?」肇は妹に無断で手紙を持ち出した。


「本人に聞いたら?」


「い、いじめだったら、純が傷つくじゃないか」


「でも、本人ならすぐに分かるでしょ。普段から図書準備室に呼ばれて嫌がらせされたりとか」


「そんなことがおきてるのか」


「知るわけないでしょ。たとえばよ」


肇はホットコーヒーをがぶ飲みした。舌が火傷することすらお構いなしに。


「それが、どういう意味かわからないうちは、妹に見せられないよ」肇は頭を下げた。「鈴音さんに考えてほしいんだ」


「嫌だ。悪いけど、これだけで分かるはずがない」


「そんなあっさり……。あれだよ、その、推理というか推論でもいいから」


「それは意味がないでしょ」


しかし肇は頭を上げなかった。鈴音はため息をついた。




「手紙の内容をベタに解釈すると」


彼女はノートを取り出して文面をうつした。そして『図書準備室に』の下にアンダーラインを引いた。


「に、の後に続くのは、きっと『来てください』や『いてください』が続くはず」


「それくらい分かるよ。純が誰かに呼ばれて「なにか」をされそうになっている」


肇はノートを覗きこんだ。


「それは、分からない。『来て』も『いて』でも、倉庫に何人いるかわからないでしょ。もしくは、誰もいないかもしれない。すると倉庫に呼ばれる目的がかわる」


鈴音は準備室という文字の下に『0 or 1人以上 ?』と書いた。


「誰かがいるに決まってるでしょ。なんのために呼ぶんよ」


――あぁ、純はいじの悪い女の子たちに髪をひっぱられたりしていじめられるのだ。可愛いからか、可愛いからかこのやろう。


「そこに誰もいない場合、純ちゃんが何を要求されているのかが疑問になる。誰かがいる場合、単独か複数かによらず、仮にXさんとすると、Xと純ちゃんが何をするのかが疑問になる。そして、Xと純ちゃんの関係が疑問になる。どれから検討する?」


肇は頭が痛くなった。



「じゃあ、ここは一旦ストップして文頭の検討にうつる」鈴音さんは呆れるように笑った。


『梅雨のしらべを聞く前に』の下に赤色のアンダーラインを引いた。


「この意味がわかる?」


「比喩表現でしょ。しらべ、つまり音。梅雨の音がする前だから、梅雨入りの前、ってこと」


「文学的にはそうかもしれないけど、事務的に考えてみれば?」


「事務的? どういう意味」


「……まわりくどい表現をしていないってこと。しらべっていったら調査とかでしょ。『梅雨の調査を聞く前に』これならわかるでしょ」


「梅雨の何を調査する必要があるんよ」肇は笑った。


「肇くんは小学校のときから『梅雨』の意味を知っていたの? 妹さんの年齢なら課題ででてもおかしくないでしょ。そして私はこっちの解釈をとるかな」


「その理由は?」


「人に頼むなら、よりはっきりしている方がいいから。梅雨入りかどうかは、いつになるか分からないけど、課題の提出なら期限が決まっているから」


「つまり、純になら分かるということ?」


「そういうこと」


「じゃあ 課題の提出より前に準備室に ってことか。で、肝心の準備室に何があるの」


「小学校の宿題なんてクラスでしか共通していないから、同じクラスの人が差し出したってこと。そして課題は図書に用があるってこと」


「ということは、純が人に聞いてばかりいたから、図書準備室に行って一人で調査をしなさいって言われたと。でも、それじゃあこの替刃は?」


「しらない。でも、悪意がないとすると解釈は何でもできると思うよ。たとえば借りたのを返すとか。それは分かるでしょ?」


ありがとう、といって、肇は封筒に手紙と替刃をおさめた。その封筒を見た鈴音さんはすこしばかり驚いて、笑った。そして大声でいった。


「それじゃあ主語が、前提からして違うじゃない!!」


「え、なんのこと?」


「いや、差出人が。それに宛名が呼び捨てでさ、しかも漢字だからとてもスッキリした。純ちゃん3年なのよね? とてもしっかりした子だなと思って。すぐに帰ってあげて。あ、それと、小学生は私たちより早く帰るんだったね。夕刊は彼女がとったのだと思うよ」


肇はなんのことか分からなかったが、家に帰った。




「お兄ちゃん、封筒どこやったの? 新聞の近くにおいていたはずだけど」


妹は家中をひっくり返していた。


「えっ、これだろ。純、これお前のなのか? おまえいじめられてるんじゃないよな」


「いじめって何よ? それ返して渡さなきゃならないんだから」


純は肇の手から封筒を奪い取った。


「ほんとうにいじめはないんだよな?」


「そんなわけないでしょ、マイコちゃんに替刃借りたから返しに行くだけよ」


「……それって、梅雨の調査とかで使ったのか?」


「なんで知ってるの? もしかして中みたの? べつにいいけど。

ウチとマイコちゃんで梅雨の仕組みの図を切り貼りで作ってるねんけど、私のカッターの替刃が錆びてたからマイコちゃんの貰ってん。でさぁ、聞いてよマイコちゃん全然、調べてくれへんとウチにばっかり押し付けるねんで、どう思う?」


「どうって、べつに」


「だから、替刃は返すけど文句も書いたわけよ、ほらウチの名前だからはっきりしてる‼ エラいやろ‼」純は胸を張って笑顔になった。


純はマイコちゃんの家にいってしまった。


――マイコちゃんへ 私に「梅雨のしらべを聞く前に」自分で「図書準備室に」行きなさい


文章の書き方を教えるべきであろうか?でもまぁ、可愛いから許してやる。と肇考えた。


なにより「純」の字を習うのは小学6年なのだから、クラスメイトではなく純が自分で書いたともっと早くに気がついてやるべきだったのかもしれない。



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