Ⅴ チョウム・ベプゲッスムニダ。
そして、来日して初めての日曜日がやってきた。
その日は綺麗に晴れた。
湿ったアスファルトを踏みしめ、熾子は浅草へと向かった。胸裏には期待と不安が縦横に織られている。そもそも、相手が本当に女子高生だという確証はないのだ。本当はオジサンなのかもしれない。
人々の顔も街の景色も韓国と変わりない。それなのに、聞こえてくる言葉や、街にあふれる文字などは全く違っている。
まるで韓国語の通じない韓国へ来たようだ。
しかし街の清潔さには明らかな違いがある。路上にゴミはあまり落ちておらず、違法駐車も少ない。何より、気温は韓国より暖かった。
浅草駅は古い洋館を思わせるビルであった。待ち合わせ場所は、その前の三角形の広場だ。
待ち合わせ場所でしばらく待った。
午前中ということもあり日はまだ高い。空には雲一つない。
ビル風が絶えず熾子の髪に吹きつけている。
駅ビルから吐き出される人込みに混じり、やがて一人の少女が姿を現した。彼女は熾子と目を合わせる。髪は長く、醤油のように黒い。頭の上には銀朱の背をした海老を載せている。
頭の海老の尾を揺らしながら、彼女は近づいてきた。
「キム・チジャさんですか?」
これが「つかさ」であろうかと思った。
そうです――と熾子は答える。
少女はぱっと明るい顔をした。
「『つかさ』です。――チョウム・ベプゲッスムニダ。」
ほっとしたことは言うまでもない。その韓国語には日本語の訛りが強かったが、意味が通じたことには変わりなかった。思わず熾子も「つかさ」の挨拶を真似る。
「金熾子です。――처음 뵙겠습니다(初めまして)。」
それが、一年ぶりの初めての出会いであった。