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3.舎弟頭のご到着

 畜生。こいつの思わせぶりなペースにはまっちまう。

 こうなったら毒を食らわば皿までだ。


「そいつはおかしい。おまえは未来を予知できるって言ったな? 未来ってなあ、あらかじめ決められてるもんじゃねえのか? どうもがいてもその通りになる、ならざるを得ない運命って奴じゃねえのか」


 おれもおれだ。こんなところで運命論を展開してなんになる。

「それは偏見。運命はなんぼでも変化させることができるもんや。それこそ自分の気の持ちようで新しい道を切り拓ける。ええ方向にも、あるいは悪い方向にも」


「聞いたふうなことを。安っぽいヒロイズムなんだよ」と、犬歯をむいて食ってかかった。「むしろ、おれの正体を知った、おまえの方こそ身の安全を心配すべきだぜ。さっきまでは情けをかけて逃がしてやろうかと思ってたが、もう我慢ならねえ。おれのサジ加減ひとつで、どうにでもなるってことを教える必要がある。試し撃ちに、制服に穴を開けてやろう」


 どしゃぶりのなかとはいえ、銃声があたりに響き、仕事がおじゃんになる恐れがあった。

 おれは苦々しげに思いなおした。春鹿の方こそ撃たれまいと自信があるのか、まったく動じない。あごを突き出して身体を反らせている。


「……くそが。調子、狂うぜ」

 銃をおさめるより、ほかなかった。




「アンタがどこの組の下っ端で、どうゆう経緯があって、いつからここで待ち伏せしとんのか、そこまでは予知能力の範囲外やから、ウチも推測でしか、ものは言えへん。けど、ひとつだけ声を大にして言えることがある。――いずれにしたって、今回の仕事の件だけはやめといた方がええ。ウチみたいな冷静な部外者から見て、アンタはしょせん捨て駒にしか映らんのや。捨て駒は利用されて、あとはポイや。それにウチと同様、あんたまだ若いやん。それこそ人生これからおもろなるっちゅうのに、若い命、散らさんでええやん。やめとき。ヤーさんいてもうたるのも、鉄砲玉でコキ使われるのもぜんぶな。いまからでも遅くない。やくざの世界から足、洗うのは」


「てめえはおれのママか。それとも進路指導の先生か。でなきゃ立てこもりの犯人、説得する刑事のつもりか。いい気になるんじゃねえ。たとえ勝ち目のない戦いでも、やらなきゃなんねえ時があるんだよ、男にはな」

「任侠映画の観すぎや。アンタ、ホンマに平成生まれか?」

「腰抜けとはわけがちがう」


「アンタってなあ……ホンマどうしようもない。ホトホト愛想尽きるわ」春鹿の顔が紅潮しはじめた。しまいに臨界点に達したらしく、目尻を吊り上げてつかみかかってきた。「この頑固モン! ドタマ電柱にぶつけて、中身ブチまけるがええわ! さっさと死にくされ、フニャチン野郎!」


 ついに逆ギレしやがった。

 おれはあっけにとられた。すると、春鹿はシャッター開きの出入り口から、どしゃぶりのなかへ飛び出していった。そしてなにを血迷ったのか、


「ここに拳銃持った鉄砲玉が隠れとるでー! 御手洗組のヤーさん連中を狙おうとしとるさかい、誰か警察に通報してー!」と、わめき出したからたまらない。


 あわてて春鹿の首根っこをつかまえて、工場内に連れ戻した。

「てめ、そんなにあの世行きの片道切符が欲しいか! ああ?」と、ベレッタの銃口で頭を小突いた。「お望みとありゃあ、いつでも死んだバアちゃんのとこへ送ってやる!」


「痛いわ、アホンダラ!」と、おれの腕のなかで娘は烈しく抵抗した。「ウチのバアちゃん、まだピンピンしとるわ! 失礼やないか、ボケ!」




 もつれ合ったまま、やいのやいの言い争っていたそのときだった。

 カラオケ喫茶『つぐみ』の前に、黒塗りのリムジンが三台、立て続けに停まったのだ。

 見るからに物々しい車列。


 まちがいねえ。ターゲットのご到着だ。

 おれは春鹿を突き飛ばして、腕時計を見た。いつの間にか予定の時刻をオーバーしていた。

 この調子っぱずれの娘に揺さぶりをかけられ、いざ決行のときが来ても、心の準備ができていないじゃないか。気後きおくれがおれの脚をからめていた。

 思わず胸もとのネックレスに手がいった。ロケットを握りしめる。

 頼む、ルミ子。おれを守ってくれ!


 先頭車両から、スーツ姿の恰幅かっぷくのいい小男と、赤いワイシャツを着た禿げ頭、黒服の二人組がそそくさと出てきた。すぐ店のなかに避難した。二番目の車も、ガラの悪そうな連中四人を吐き出した。


 殿しんがりに停まったリムジンからは、まず助手席のドアが開き、おそろしく背の高い紫色のスーツ姿がおりた。

 難儀しながら傘をさし、男は次に後部座席のドアを開け、車内に向かって頭を垂れた。内部をのぞき、なにごとか喋りかけているが、この風雨だ、声は聞き取れない。


 ほどなく、後部座席の主がのっそりと車外へ現れた。

 ビンゴ! おれの心臓が踊った。

 よく肥った体型の男だった。まるで『鏡の国のアリス』に出てくるハンプティ・ダンプティの実写版だ。胸もとに白い塊を大事そうに抱えている。

 犬だ。ダルメシアンらしい。おれはぼんやり、葬式まんじゅうみたいだと思った。


 あらかじめ狙うべき舎弟頭の特徴は頭に叩き込んでいた。

 見まちがえようもない。御手洗組の資金源である木積ぎづもマンションの経営者としての側面を持ち、御手洗親分の義兄弟でもある木積ぎづも 紳一郎しんいちろうその人だ。

 皮下脂肪さまさまの体型、常にかけているレイバンのサングラスといい、そして一心同体と化しているダルメシアンといい、まさに私が舎弟頭の木積です、と言わんばかりにその存在を示していた。


 木積は車外へおりるべく、手下と思われる紫のスーツの長身に支えられていた。

 腕のなかの相棒は濡らすまいと努力している。ようやく長身がさし出した傘の、慰み程度にできた安全地帯に身体をおさめた。

 が、この雨だ。傘はほとんど役に立っていない。二人はしきりに周囲を警戒しているらしく、落ち着かない様子だ。


 そのうち、おれが潜伏している工場の方に眼を向けてきた。

 おれはあわてて物陰に身を押しつけた。まさか情報が洩れてるわけじゃ……。

 木積たちのいる場所から『つぐみ』のスイングドアまでは、たった四メートル足らずしかない。おれに残されたチャンスは数秒。グズグスしてる場合じゃねえ!


「待たんかい、アンタ」と、背後で春鹿がささやいた。「さっき言ったろ。いま、出ていったら差しちがえるで。ホンマホンマ。それこそ犬死もええところや。そんでもって大阪湾に放り込まれるんや。死体があがんのは、明くる日の昼からで、夕刊にはハデな見出しが載る。アンタのカーチャン、泣きよるのが眼に浮かぶわ」


「ちょっと黙れよ。気が散る。シンデレラは待たせるべきじゃあねえ。行くったらおれは行くんだ……」

「あれま。気取ってんな」

 おれはベレッタを握りなおし、安全装置を外した。

 が、まさか銃がこれほど重量感あるシロモノだとは思いもよらなかった。あまりの重さで脚が前に踏み出せない。

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