2.「ウチ、じつは予知能力があるんやねん」
「なんやはあらへんやろ。アンタかて、いったいこないなとこで、なにしてはんの? それに、何様のつもりや。子供じゃあるまいし、オモチャの銃なんか振りかざして」
「こっちのセリフだ。おまえの方こそ、なにしに来た。どっから入ってきた? 学校は?」
「質問のオンパレードやな、いきなり」と、娘は眼をしばたたいて言った。「一、ウチは雨宿りしに、この廃墟に逃げ込んだんや。二、どこから入ったかて、裏口からやないか。て言うか、入ろと思えば窓からでも入れるやん。あそこ、窓枠ごと外れてるんやし。三、学校は警報が出たんで休校」と、娘はハンドタオルで顔を拭きながら説明した。「アンタかて、ガッコ、通っとる身じゃあらへんの? 見たところ、年もあんまし変わへんみたいやし。なのにその恰好、なんやねん」
娘はおれの服装に茶々を入れた。上はアロハ、下は白の綿パンだったが、シャツの柄は地味なタッチだと思うし、色使いもけっして派手じゃない。数時間まえ、関空の免税ショップで隠密用にと買った品だ。はっきり言って高かった。経費で落とすつもりだ。
「おうよ、見てのとおり。どうせ中卒どまりさ。チンピラとでもなんとでも言いやがれ」
「ガラ悪ぅ。しかもこんなとこで潜伏してるみたいに、怪しすぎるわ」
「ちなみに、これはオモチャじゃねえ。正真正銘の本物だ」
「ホンマもんかいな……。なんや、穏やかじゃあらへんな」
ミーアキャットみたいに警戒している娘をよそに、おれは今しがたの悪態を反省した。
ベレッタM92F――米軍における制式拳銃だ。最近は在日米軍からの横流しも厳重なので入手は難しいらしいが、兄貴はどうにか一丁を用意してくれた。
おれはマガジン止めを押し、銃把の中から弾倉を抜いた。
九ミリパラベラム弾がすべて収まっていることを確認したあと、すばやく銃把に戻し、遊底を引いて初弾を薬室に送り込む。念のため安全装置のレバーを倒しておいた。
「おまえ、名前は?」
「はン? ウチはハルカちゅうねん。ユーミンのはぁーるーよぉー♪に、動物の鹿と書いて、春鹿――って、なんでいきなり名乗らんといかんのや」
なんだ、このノリのよさは。
「へえ……。いい名じゃねえか。風流なことで」
「名付け親はカーチャンなんやけど……姓名判断によると、地画の『春鹿』は二〇画で、はっきり言ってアカンらしいわ。なんちゅうか、人生下り坂を転げ落ちるような暗示があると」
「まったくそのとおりだな。いまの境遇を見るかぎり」
「なんや……まさかウチ、見てはならんもんを見てしもたから、消されるんじゃ……」
「だったらなかったことにしとけ。間違ってもサツにタレこむんじゃねえぞ。もしものときゃ、名前も聞き出したことだし――最後まで言うまでもないよな?」おれは凄味を利かせながら言った。「わかったら、今日あったこときれいさっぱり忘れて、もとの生活に戻りな。おまえのことはなかったことにしてやる。……ああ、それと、すぐにでも改名した方がいいな。おれからの提案だ」
「大きなお世話」と、春鹿は舌を出した。「礼儀をわきまえなアカン。あんたの方こそ、名前はなんちゅうねん。それに物騒なモン持って、なにするつもりやったん? もしかしてもしかすると、ヒットマンなわけやったりして?」
「知る必要はねえだろ。だとしても、教えるつもりはない」
「カッコつけやな」
「いいから、さっさと家に帰んな。おまえなんかと遊んでる暇はねえんだ」
「アホ言わんといてよ。やっと雨宿りできる場所に避難できたんや。またどしゃぶりのなかに追っ払う気か」
「おれの方が先客だ。ここは先着一名さまかぎりよ」
「んな、横暴な!」
「とにかく――タクシーつかまえるか、カーチャン呼ぶかすりゃいいだろ。さっさと帰んな。なんなら、タクシー代ぐらい立て替えてやる。おれは忙しい身なんだ」
「お優しいことで」
「それに、どうせ濡れてるじゃないか。また外へ行ったって、たいした差はねえはずだ」
「いやいやいや……。そーいう問題やないわ。やっと避難できたわけやし」と、春鹿は吠え面をかいたが、すぐに頭を振ってもとの陽気な娘に戻った。「アンタには気に食わんとこもあるけど、ウチ……ウチ、決めた!」
「なんじゃと?」
「ウチ、帰らへん。アンタのすることに興味あるさかい、しばらくお付き合いすることに決めた。なんかおもろそうやん。銃持って、廃墟に潜んで、よからぬことをやらかそうとしてる。これは興味津々や。そやからウチ、絶対帰らへん。テコでも動かへんで」
「バカかおまえは。遊びに関西くんだりまで来たんじゃねえんだ。コレが怖くねえのか」
春鹿は両手で持ったカバンを腹に押し当てたまま、ゆっくりとおれに近づいてきた。得意そうな顔でにやけてやがる。
「ウチ、じつはね……ちょっとした特殊な才能があるんよ。それを使うて、あんたを試したる。なかなかのもんやと思うで。どや、知りとうないか?」と、眼を細めてもったいぶった。
「なんじゃそら」
「ほんなら、教えたろ。――ウチ、じつは予知能力があるんや」
「は」まさになにをおっしゃる、だ。「マンガと現実の区別もつかねえのか。お気の毒に。これだからガキのころからスマホ中毒者は……」
「いやいや、ホントなんよ。ウチには見えんねん。アンタがこれから、なにしでかすつもりか、手に取るようにわかるんよ。感じとしては、こう、ちょこっと先の未来が、頭んなかに映像としてうっすら現れるんや。言ってみれば、フィルターごしにテレビを観てるような感じやな。人間がパクパク口動かして、もの言うてても、言葉まで聞き取れへんのやけど、絵だけで、それがなにを言わんとしてるか、なんとなく見当がつくっちゅうわけ」
してやったりといった表情で、顔をのぞき込んでくる。けったくそ悪いったらない。
「その手にはかからねえ。冗談こくんじゃねえぜ」
言うが早いか、春鹿はおれの顔を指さした。
「ズバリ、アンタ……もうじきあの喫茶店にやってくる、ヤーさん連中を襲うつもりやろ。あそこの店、御手洗組の資金源のひとつになっとるそうやないか。この界隈じゃ、猫でも知ってはる。今日、あいにくの天気にもかかわらず、幹部の数人が集まるみたいやな。どうやらアンタが、いてもうたる映像が見えるんや」
ハッタリに決まってる。この娘の推測にすぎない。だまされてたまるか。
「周辺事情に詳しく、なおかつおれが銃を隠し持って、こんなとこに待機してりゃ、おのずとそんな想像はできる。生意気な口、叩くのはいい加減にしろ。堅気だからって容赦しねえぞ。サツに垂れ込む以上に、もっとひどい目にあわせてやろうか」
「まあ待ち。まだ話は終わっとらへん。――そこでアンタ、このどしゃぶりのなか、ドサクサに紛れてヤーさんの一人を、その鉄砲で撃つんやけど、アンタも差しちがえる羽目になるみたいやで。脇腹のあたりを匕首で刺されて、血がドバドバ流れとるとこが見えるんや。そのあとアンタは息を引き取り、ヤーさんのリムジンのトランクに詰められ、夜の大阪湾にドボン」
「じゃかあしい。じゃあなにか。おれがしくじるって言うわけか!」
おれは思わず口を滑らせた。仕事を洩らしちゃならねえ。まるで誘導尋問を受けてるようだ。
「ほら見てみ。アンタ、自分から素性をばらしてしもた。……まあなんにせよ、ウチの言うこと、的を射てるやろ。警察に駆け込むみたいに悪いようにはせえへん。ウチの力信じて、やろうとしてるそないなヤバい仕事、ほっぽり出して、さっさと帰った方が利口やで。ウチはなにも、イタズラ半分でアンタを陥れるつもりはあらへん。善意のつもりで命放るマネはして欲しくないさかい、忠告してあげてんのや。ありがたく言うこと聞き」