第1話 転生者の結末は神のみぞ知る
「お先失礼します」
はぁ…疲れたなぁ…
俺は田中真。36歳の至って普通のサラリーマンだ。
生まれてこのかた、俺の人生は極度の普通。普通を極まりし存在だった。ただ一つ、これから起こる出来事を除いては。
「…なんだ…!?」
気がつくと、視界が歪み、平衡感覚を失った。
「まずい…!」
ここは電車のホーム。頭が割れるように痛い。どうしてこんなことになったんだろうか。そういえば昨日不慣れな酒を一気飲みしたなあ…やっぱり酒は駄目だな。
「あぁ…俺の人生ここまでか…せめて彼女くらいはつくりたかったな…」
そんなことを思いながら徐々に迫りゆく死を待っていると、突然目の前が真っ白になった。
「死ぬってこんな感じなんだな…それにしても意外に痛みは無いのか…」
これがこの世界で俺が感じた最後の感情だった。
「…?」
気がつくと、目の前には青い空が広がっていた。
「助かったのか…?」
そう思ったが、どうやら駅でも病院でもなさそうだ。それどころかおそらくここは地球ですらない。俗に言う「スライム」という生物を遠くに見つけたからだ。
…この状況…もしや…
期待や不安など色んな感情を胸に、俺は周囲を歩き回ることにした。
歩き回った結果、一つの結論に辿り着いた。
ここは俗に言う「異世界」だ。
となれば俺がまずやるべき事は一つ。
ギルドを探すことだ。
数分程歩くと、遠くに大きな街が見えた。どうやらここら一帯で最も大きな街らしい。ギルドの一つや二つあるだろう。そう思いその街に向かった。
そして10分程歩き、俺は件の街に着いた。途中魔物に出くわしたが、自分の実力がわからない以上全力で逃げた。
しかしこの世界の言語も日本語なのか。もしかしたら俺の脳で勝手に補正されているだけかもしれないが…
街の中央の建物の中に入り、受付の女性に尋ねる。
「すいません、冒険者登録をしたいのですが」
「わかりました、それではこの紙に記入をお願いします!」
参ったな…住所などを聞かれたら分からないぞ…?
ほどなくして紙を渡され、俺は安堵した。どうやら名前と年齢を書くだけでいいようだ。
名前は…マコトでいいな。年齢は…
俺はギルド内を見回し、鏡を見つけた。
ふむ…18歳といったところか…
「はい、ありがとうございます!ではこちらの石版に触れてください!」
受付の女性に触るよう促されたそれは、手のひら程の大きさで、文字の部分が緑色に光っている。おそらくこれでなんらかのステータスを測定するのだろう。
俺がその石版に触れると、石版はとても強い光を放ち粉々に砕け散った。
「なんですって…!?」
受付の女性は俺を置いてけぼりにして奥の部屋へ走っていった。
石版の上部に映し出されたステータスは、LV:100 ATK:99999 DEF:99999…と、全ての数値がカンストしたことを表していた。なるほど、やはり俺の推理は間違ってなかったようだ。
数分程高貴な服を身に付けた女性を引き連れて戻ってきた。
「この方が例の方です」
「あなたが噂のレベル100、能力値測定不能の化け物ね」
「すいません、化け物呼びはやめていただけますか?」
「おっと、失礼。それにしてもこのステータス、尋常じゃないわ…あなた出身は?」
「すいません、あまり素性は明かしたくないもので」
「…そうね…これほどの強さなら人に知られたくない事情もあるわね…とにかく冒険者登録を済ませてしまいましょう。」
そう言うと、女は俺を奥の部屋に案内した。
「この石で職業を判定してもらうわ」
俺は身の丈ほどの大きな石に触れた。
すると、女が持っていた紙が光った。
「なるほど…勇者ね…ある程度は覚悟していたけど、やなり見たことない職業ね…」
「それにしてもあなた、うちの魔道協会入るつもりは無い?あなたならかなり高い地位につくことが出来ると思うのだけど」
「いえ、遠慮しておきます」
「そう…これで計測は終わり。受付で待っててね」
「これが冒険者手帳よ。冒険者の証明になるから、失くさないでね」
かくして俺は、最強勇者なった。手始めに村を探した。
この村なんか良さそうだな、手頃な大きさだ。
俺は宿屋を探し、今夜の宿泊場所を確保した。幸いにもこの世界に来た時ポケットに金貨が20枚ほど入っていたおかげで、難なく予約がとれた。金貨1枚で10000円ほどの価値らしい。
そしてその日の夜、俺は宿屋を抜け出し、村全体を見渡せるほどの場所にある丘の上に来た。そしてゴブリン達に少ししたら攻めるよう指示した。昼のうちにゴブリン達を従えていたのだ。
ゴブリン達に攻めてもらい、それに気づいた俺が追い払う。村の建物は破壊されるも人的被害は俺のおかげで少なく、俺は返しきれないほどの恩を押し付け、報酬を貰って立ち去る。完璧な作戦だ。
俺は宿屋に戻り、待機した。しばらくすると松明の火と、ゴブリン達の鳴き声が聞こえてきた。どうやら攻めてきたようだ。俺は宿屋の人達に避難を促した。でも人々は避難できない。全方位にゴブリンを待機させておいたからだ。
少し被害が出始めた段階で、強烈な音波魔法<ブレイン・エコーズ>を仕掛けた。村人達には割れるような痛みが走るが、ゴブリン達にはノイズすら聞こえない。対人用の魔法だ。
しかし、ゴブリン達は事前の打ち合わせ通りに逃げ出していった。そして村人達は見事に俺が追い払ったと勘違いしてくれた。
「ありがとうございます…ありがとうございます…!お礼は何が良いでしょうか…!」
「金貨500枚、それに女を連れていく」
「…!かしこまりました…」
めでたく俺は村の中で最も可愛いであろう女と、袋にパンパンに詰め込まれた金貨、それに馬車を手にした。そしてゴブリン達に報酬の金貨50枚を渡した。これで契約解消だ。ゴブリン達に別れを告げ、俺は女を連れて次の村へと続く道を歩いた。
こうして一日で、この世界で一生暮らせるような金を手に入れることができた。持ちきれない分は次元魔法で収納しているが、今持っているだけでも村中のものを買える程の額だ。
翌日、女をギルドのある街の宿屋に置いていって街の近くの草原にまで出かけた。この草原には世界でも倒せる人が10名にも満たない程の強力なモンスターがごく稀に現れるらしい。女には隷従魔法をかけたので逃げる心配は無い。
草原をしばらく歩いていると、突然頭痛に襲われた。攻撃を受けたと思った俺は、すぐさま索敵魔法を展開した。すると、直ぐに頭痛の正体がわかった。目の前から強い魔力源の反応がある。
「あなたが例の勇者ですね」
「まずは名乗るのが筋では?」
「失礼。私はレギーネです。あなたの行いを”清算”しに来ました」
「清算?」
清算ということは、俺が何かをしたとでも言いたいのだろうか。
「それでは始めます」
「窃盗罪、魔物共謀罪、殺人教唆罪、国家転覆未遂、人格侵害」
「これらの罪により、異世界追放の刑を求刑し、審判法第15条に基づき即刻執行を発令します」
「…俺が元の世界に戻されるということか?」
「はい、記憶は失われ、あなたが元いた世界でもう一度新しい人生を歩んでいただきます。」
「なんだと…!?」
そんなのごめんだ…せっかく掴んだ千載一遇のチャンスを逃してたまるか…!
「クソッ…俺はあんまり人を殺したくはないが…仕方ない…!行け、魔物共!」
「やはりそうきましたか…無理もないですね。あなたはこの世界では最強の存在…」
「分かっているならわざわざ手を出さなければ良いのにな…」
しかし、ここまで来たら後戻りはできない。レギーネには申し訳ないが、消えてもらう。
「<クレッセント・ボルケーノ>!!」
「…!生きている…だと…!?」
「ふぅ…やはりこの感覚は慣れないものですね…」
「残念ですが、あなたの攻撃は私には通じませんし、この世界の全ての攻撃手段は私には通用しません。」
「お前、何者だ…!?」
「そうですね…私はあなたの世界で言うところの<神>という存在でしょうか。」
――「それでは、緊急会議を始めます。司会は私、レギーネが務めさせていただきます。」
「今回の議題は<異世界転生者の増加と対処>についてです。」
「世界最初の転生者が確認された神暦65535年から30年。転生者は増加の一途を辿っています。」
「転生者の手によって街が破壊され、無法地帯と化し、世界自体が壊滅した事例もあるそうだな」
「そうね。このまま異なる世界同士で多くの干渉が起こった場合、世界と世界との境界が無くなり異なる世界が一体化、概念が崩壊し一体化した世界の生物が全て無効化される可能性もあるとの報告もあるわ」
「原因はやはり、”結界”の弱体化でしょうね」
「そうだな、我々が自我を持つ前から既に存在していた、最古の生命体であるベステル様の力の反応が弱まっている事が確認されている」
「それと同時に、転生者が発生したと。」
「…議長、どうしますか?」
「…うむ。現在有効な手立ては見つかっていない。しかし、このまま転生者を放っておくと下界に壊滅的な被害が及び、最悪の場合概念の崩壊が連鎖、我々を含む全ての存在が消え去るであろう、そんなことは絶対に阻止しなくてはならない」
「なので、レギーネ、エルナ、キュルテンの3人には異世界に直接赴き転生者を直接追放してほしい」