向こう側へ(最終回)
おれは、聖剣を握りなおす。
さくらを殺す。
おれが、この手で……。
もうなにも考えることができなかった。
「ダメだ、ユウト」
浦島さんの声が聞こえた。
「ダメだ、ユウト。さくらを殺してしまえば、隕石は落ちなくなる。そうすれば、キミの前世はそこで終わらずにまだ続く。さくらも同じだ。キミとさくらは、永遠に会えなくなるぞ」
浦島さんは、そう言っておれを止めてくれた。
おれたちが、転生しなくなるということは、未来でさくらと過ごしていた生活もなくなるということか。
おれは、前世で生き続けているために、転生することもなく、未来の家族からも忘れ去られる。
おれが、どうなってしまうのかはわからないけれども、ひとりになってしまうか、存在自体が消えてしまうということは確定している。
浦島さんは、自分の目的、仲間の思いを捨ててまでおれのことを考えてくれている。
「お願い。わたしは、世界を亡ぼしたくない。誰も犠牲にしたくないの」
さくらはもう懇願に近い言い方だった。
目には涙を浮かべている。
やるしか、なかった。
「うわああああああああああああ」
おれは、絶叫しながら、あいつのもとに駆け寄る。
ごめん、ありがとう、大好きだ、どうしてずっとにいられないんだ。
いろんな気持ちが交差する。
おれは、聖剣を高々と掲げた。
「ありがとう、ユウト」
さくらは、そう言って笑った。
※
気がついた時、さくらは血まみれで倒れていた。
浦島さんは崩れ落ちている。
「さくら、さくらっ」
おれは、彼女の体を抱きしめた。
まだ、辛うじて息があった。
「ユ、ウト、泣かないで」
最期の時でも、彼女はおれのことを心配してくれた。
「ごめん、ごめん」
少しずつ彼女の体が軽くなっていく。
「だい、じょうぶ、だよ」
さくらは、無理をして笑っていた。
「あ、りが、とう、ね。にせ……の……を……いしてくれ」
少しずつさくらの体が冷たくなっていく。
「おまえは、偽物じゃない。本物だ」
「さい、……、抱き……て」
おれは言われるまでもなく、彼女を抱きしめた。
そして、口づけをする。
おれたちの最後のキスは、冷徹な感触しかなかった。
その瞬間、聖剣がまばゆい光をはなった。
彼女の気持ちがおれに流れこんでくる
※
「(ありがとう。ユウト。ずっとそばにいてくれて)」
ユウトが、絶叫しながら、突っ込んでくる。
「(本当は、あなたさえいれば、わたしはよかった。ただ、一緒に笑って、ただ、一緒に泣いて、ずっと一緒にいられたら、世界なんてどうなってもよかった)」
聖剣が振り下ろされた。
「(でも、それは偽物のわたしの単なるわがまま。これじゃあ、ユウトは幸せになれないんだよ)」
いつの間にか、わたしは地面に倒れていた。
ユウトの顔がのぞき込んでいる。
わたしの大好きな顔だ。
「(ありがとう、ユウト。ずっと一緒にいてくれて)」
それは私のこころからの本心だった。
「(偽物のわたしをこんなに愛してくれて、本当にありがとう)」
私の声は、もう声にならなかった。
彼は、何かを言っていた。
でも、もう聞き取れなかった。
ああ、わたしは、死ぬんだな。
「(最後に抱きしめて)」
そう口を開くと、彼は強く私の体を抱きしめてくれた。
もう、視界はまっくらだった。
ただ、不思議と恐怖はなかったのだ。
彼に抱きしめられている幸福感が、わたしを包んでいた。
「(ユウト、本当に大好きだよ。ずっと、一緒にいてあげられなくて、ごめんね)」
二度の最期の瞬間に、彼と一緒にいられたことが嬉しかった。
彼の唇を感じた時、わたしの意識は完全に消滅した。




