アカシックレコード③
「『ありがとう』ですか?」
おれは老人に聞き返した。
「いったいどういう意味なのだろうかと。わたしは今でも考えている。だが、彼女の声には、一種にあざ笑う感情がこめられていた。そして、わたしは思ったのだ。『はめられた』とな」
「はめられた?」
「おそらく、やつらは、わたしにアカシックレコードの知識を授けたように見せかけて、意図的に操っていたのだと思う。そして、わたしはやつらの考え通りに動き、世界を亡ぼしてしまった。それこそが、やつらの目的だったのだ」
『豚は太らせて喰え』と言っていたエンシェントドラゴンを思いだす。手口が完全に同じだった。力を授けて、泳がせ最後には捕食する。
「いったい、乙姫とは何者だったんでしょうか?」
おれは老人にそう問いかけた。
「これは、わたしの推測だが、時を操るものだったと思う」
「時を操る者ですか?」
「そうだ、やつらはいろんな姿に化けて、われらに接触してくる。神様、怪物、美女などなど。最初は我らに甘い言葉を投げつけて篭絡し、最後には崩壊をもたらすのだ。そして、崩壊から生まれた絶望を糧にやつらは生き続けているのだと思われる」
「どういうことですか?」
「わたしはこの数千年間で、いくつもの神話を集めてきた。その神話たちには、やつらの痕跡がところどころに見つけることができたのだ」
「例えば?」
さくらはおそるおそるそう聞くのだった。
「例えば、バベルの塔という神話だ。人間に知恵を身につけさせて、最終的には天罰を下し努力を崩壊させた神々。他にも、シンデレラの魔法の鏡。これらは、やつらの意図的な介入の跡だと私は考えている」
「……」
「しかし、わたしはこれで終わるわけにはいかなかった。かつて、世界を亡ぼしてしまった人間のひとりとして、贖罪をしようとしたのだ」
「どうやって?」
「神殺しだ……」




