祭り前夜
さくらとの、ピクニックを終えておれは家のベットにいた。
さきほどの、さくらの手の感触を思いだす。
慣れしたんだ彼女の手だった。
隕石が落ちてくる時に、握っていた彼女の手だった。
どうして、おれにはふたつの記憶があるのだろうか?
日本という国で学生をしていた記憶と、この村で平凡な若者として生きてきた記憶。
このふたつの記憶の共通する登場人物が、さくらだ。これは単なる夢なのだろうか?
考えてもわからなかった。
「ユウト。ハル博士が来ているよ。明日のお祭りの打ち合わせをしたいって」
さくらがおれを呼びに来た。
「わかった。すぐに下りるよ」
一階の居間には、白髪の老人が来ていた。
おれの村に住む大賢者ハル博士だ。
この辺鄙な村で隠居している老人だが、現代の三賢者とも称される偉大な人物だった。
氷魔術史上最高の使い手と言われて、若い時は世界を放浪し修行を続けていたそうだ。
明日の祭りでは司祭を務めてくれることになっていた。
「やあ、ユウト」
好々爺の優しい笑顔だった。
「博士わざわざありがとうございます」
「いやいや、明日の主役の顔が見たくてね」
「あんまり、緊張させないでください」
「すまん、すまん」
独特の笑い方をしている。飄々としたいつもの博士だった。
明日の祭りでは、おれが儀式の主役となることが決まっている。
古代の遺跡前でおこなわれる、聖剣抜刀の儀だ。
遺跡の前に封印されている聖剣を地面から抜き去る儀式だった。
この聖剣は、魔力によって封印されているため、ハル博士がその封印を解き、おれが抜き去ることとなる。
そして、抜き去った聖剣に、再び魔力を込めて封印する。
十年に一度開かれる村の祭りだった。
古くから村に伝わる伝統行事で、抜刀は村にいる若者から選ばれることになっていた。
「この儀式にいったいどんな意味があるんでしょうかね?」
おれはいつもの疑問を博士に尋ねた。
「遺跡にあるといわれる秘宝を維持する目的らしいが、わしにもよくわからんのじゃ」
「博士にわからなかったら、誰にもわかりませんよね」
そういいふたりで笑いあった。
「秘宝ってなんなんでしょうね?」
「歴史上、だれもみたことがないからな。あるかどうかもわからんよ」
「博士がそんなことを言っていいんですか?」
「わからんものはわからんからな。ただ、」
「ただ?」
「その秘宝を手にいれたものは、世界のすべてを知ることができると言われている」
「世界のすべてですか……」
「まったく、うらやましいかぎりだ」
博士はそう言うと今まで見せたことのない複雑な顔をしていた。
「まあ、わしは祭り後の宴会が一番楽しみなんじゃがな」
ざっくばらんな博士だ。
おれも明日の祭りが楽しみになる。
明日がおれの人生を変えてしまうなんて知らずに……。