大賢者
それは一瞬のできごとだった。おれは痛みで、うずくまった。そして、顔をあげると、魔物たちは氷漬けになっていた。この荒野に、いきなり氷柱が誕生していた。
「すごい」
おれは、驚きのあまり痛みすら忘れてそうつぶやいた。
これは、博士がやったのか?
たしかに、大魔導士と言われていたけど、まさかここまでの実力だったとは……。
背筋が凍る感覚に襲われる。
「ユウト大丈夫?」
さくらが慌てて駆けつけてくれる。彼女が得意な回復魔法を唱えて、手当てをしてくれた。
「よかった。よかった」
治療を終えた彼女は涙ぐみながら、おれに抱きついた。彼女のぬくもりを感じることで、おれも安心する。無我夢中で突っ込んだので、現実感はなかった。ただ、おれの目の前の氷柱とさきほどの激痛がこれは現実だと証明していた。物語でみるような魔物たちがいる世界におれたちは来てしまったのだ。どうして、なんで。
「ユウトくん。腕を見せてくれ」
博士は心配した様子だった。
「どうやら、毒などはないようだな。無事でよかった」
「ふたりとも、ありがとう」
「いや、久しぶりの攻撃魔法で準備に手間取ってしまったよ。もう少し早く準備ができれば、きみも怪我せずにすんだのにな……」
「でも、三人とも無事でよかったです」
夜の荒野は、冷たい風が吹きぬけていた。
力が抜けて、空を見上げる。こんな世界でも、変わらず星と月たちは輝いていた。
「おや、めずらしいな。こんなところに客人とは……」
安心していたおれたちの後ろから急に声がした。
砂丘の上には、緑のローブを被った老人がいた。
「どうやら、番犬たちが、迷惑をかけたようじゃな」
老人はフラットな声でそう言った。ローブによって顔は一切見えなかった。
「お詫びに、茶でもだそう。旅のものよ。ついてまいれ」
おれたちは顔を見合わせた。
「なにか怪しいひとです。どうしますか?」
「ここでじっとしていても埒があかない。ついていくしかないだろう」
博士はそう言った。おれたちも覚悟を決めた。
おれたちは老人とともに荒野を進んでいく。




