ふたりで……
無言でふたりだけの時間を過ごしたおれたちは、さくらが落ちついた後で村へと戻った。
道中も、ふたりは無言だった。
でも、それは気まずい沈黙ではなくて……。
安心感がある無言な世界だった。
もうすぐ、村の入り口というところで、さくらはおれの手を強く握ってきた。
「君がため 惜しからざりし 命さへ……」
さくらは、ボソッとそうつぶやく。最後までは聞き取れなかった。
しかし、それはどこかで聞いたことがあるように思えた。
つい最近……。
「なんの言葉だ?」
おれは聞き返してしまう。
「ううん、なんでもないよ。ところで、なにを食べようか?」
さくらは、恥ずかしそうにそう言った。
顔は赤くなっているのがくらやみでもよくわかった。
いつのまに、おれたちの手は離れてしまっていた。
うまくごまかされてしまったような気がする。
そのまま、宴会会場へと向かった。
宴会会場では、すでに宴がはじまっていた。
大人たちは、もうすでに酒が入り、飲んだくれになっていた。みんな大声で笑っている。
「まさか、ユウトが選ばれるとはな……」
「伝説の勇者様となにか関係あるんじゃねえか」
「生まれ変わりか、おまえ、このこの」
酔っ払いたちにからかわれる。
これでは、落ちついて食事ができる状況ではなかった。
「わたしが、ユウトの分まで持っていってあげるよ。池の前でふたりっきりで食べよう」
さくらがボソッとそう言う。こんなことを言われるとドキドキする。
ふたりっきり。
とても素敵な響きだった。
「じゃあ、肉多めで頼む」
「了解」
彼女はいつもの優しい笑顔に戻っていた。
おれは池の水に反射した月を見ながら、彼女を待っていた。
「月が綺麗だね」
後ろからさくらの声が聞こえた。
「そうだな」
そう言いながら料理が盛られた皿をおれは受け取る。
そして、おれたちは料理を食べはじめる。
「ところで、さくら。ひとつだけ聞いていいか?」
おれはさきほどから感じていた違和感の正体にたどり着く。
「なに?」
彼女はもくもくと食事をしていたのを止めて、こちらを見つめる。
「君がため 惜しからざりし 命さへ 長くもがなと 思ひけるかな」
おれは彼女が口にした歌を繰り返す。
聞き取れなかった部分も付け足したうえで……。
「えっ」
彼女は驚愕した表情になった。
「どうして、おまえが百人一首を知っているんだ」
これをつい最近、聞いたことがあった。
それは、この世界ではなく、日本の学校の授業でだったが。
異世界のさくらがどうして知っているのか?
そう、これはこの世界に存在しないはずの歌だったのだから……。




