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糸人  作者: 悔乃
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葉狗田入学式当日

「ア゛ア゛ゥン!!さぁお前達!!待ちに待ったお待ちかね!!葉狗田入学式当日だ!!のんべんだらりな日常ともこれでお別れだ!!のへーっと口開けてお前らのクソでかい鼻の穴見せびらかすのは勘弁してくれよ!何だってむこうは洛山全土から色んな糸人が集う!一時でもよそ見したら首が飛ばされてるかもな!!何だってシャキッとせないかん!シャキッと!舐められたらお終りだ!!強かな野郎はどこにでも居るもんだ!麻なんて特にそうだ!俺の同期は入学初日に首チョンパされて頭蹴り転がして遊ばれたからな!!だが麻の奴ぐらい強くないとやっていけないのも事実だ!周りは全員敵だと思え!!一緒になって蹴り転がした俺みたいな奴になるんだぞ!!分かったな!?やれることはやっておけ。以上!!解散!!」


族長の話はあまり為にならない。何かと愛される人物ではあるらしいがいつまでも自分基準だ。私たちがやっていることの真上で叫んでいるだけ。この子達にはどうすれば伝わるだろう、とかそんなことは恐らく考えてない。古い糸人はみんなこうだ。子どもの私よりよっぽど純粋である気がする。無駄なものは結局無駄なものとして脱落してしまうのだろうか。黄土色に濁った繊維が若々しく思えた。次いで副族長が現れた。


「はいっ!それでは転送式を執り行います!新入生の皆さんはこの球籠に入ってください。人数分ありますね。よし。本日の投手は守人の旭くんです!旭くん、くれぐれも気を付けて。」


「分かってますよ、そう気を揉まずとも。」


旭さんはこの村きっての豪傑だ。旅団の前衛部隊に誘いを受けたらしいが本人は多くを語らない。その誘いを蹴って虫喰いの脅威から綿の一族を守る役をかって出た。大きな体躯と柔らかく弓なりな口元が人々を安心させる。子どもの私達の面倒もよく見てくれて色んなことを教えてくれた。この村に旭さんを嫌う人はいない。


「やることは簡単だ。球籠に入った君たちを僕が学校まで送り届ける。ちょっと原始的な方法でね。目が覚める頃には違う世界が待ってるさ!」


旭さんはこの上なく上機嫌だった。何が彼をそこまで昂らせるのか、少し気になった。


「さぁ!入った入った!」


おもむろにそれぞれが球籠に入っていく。


「千宏や!千宏ー!」


私を呼ぶ声がした。見送りに来ている村人たちを掻き分けてピョンピョン跳ねている。珠子お婆ちゃんだ。こっちへ来い、と手招きしている。私は夢中で駆け寄った。


「間に合って良かったわ。あんた、年寄りを走らすもんじゃないよ。」


「だって、暫く会えそうにも無かったから…今会ってもしょうがないかなって」


「あんたは本当に可愛げがないねぇ。少しはあたしに夢見せたらどうなんだい?えぇ?」


お婆ちゃんは笑って呆れた。


「うん、ありがとう」


「素直なのはいい事だよ。どっちにしたってね。ほれ、持っていきな。」


干物みたいな腕を振って雑に放り投げた。コントロールが定まらず危うく取り損ねるところだった。


「私があんたみたいな頃に付けてた髪留めだよ。今じゃそいつに負けちまうからね。あんたに預けることにしてな。分かったら早くお行き!帰ってくんじゃないよ!」


何か言った方が良かったのだろうか。適当な言葉はあっても感情が伴っていない気がしてそのまま踵を返してしまった。お婆ちゃんはどんな顔をしていたのだろう。少しだけ時を巻き戻したいと思った。時は不連続で見開き1ページによる偶然の漸近でしかない。にも関わらず挿入したい1ページはその時にしか見い出せない。行動に先立つ感情が見つからない私が編纂した物語はふらついてとても読みづらい。


髪留めを握りしめ駆け足で旭さんの元に戻った。そこでは旭さんの言っていた「原始的な方法」の真っ最中だった。球籠に入った新入生を巨大化した旭さんが、むんずと掴んでいる。巨大化した旭さんは四肢、胴共に筋骨隆々ではち切れんばかりに漲っていた。首から上が見えないので頭の大きさはそのままなのだろうか。山の一つや二つ動かしそうな力強さがあった。今にもウボァーと叫び出しそうだ。


「はい次!ドンドン行きますよっ!早く中にお入りなさい!さぁ早く!」


副族長がまくし立てる。そそくさと私は球籠の片割れに身を収めた。たちまちもう一方の球籠で蓋をする。ゴンッと頭に鈍い音がしたが副族長は気付いていないらしい。横に出来た隙間から光が差している。


「手、くっつけてると巻き込むわよ!」


慌てて手を離すと光の隙間はどんどん縫われていく。気づいた頃には籠の中は真っ暗闇だった。


「旭くん、おねがーーーーい!」


副族長の甲高い声が篭って聞こえた。旭さんの指が球籠を掴んで、私の身体はぐでんぐでんと回った。「千宏!」と呼ぶ声がしたような気がするが気のせいだろうか。どうやら私の組で最後らしい。見送りが一段と騒がしくなった。走馬灯、ではないがここで過ごした記憶がふつふつと現れる。見送りの声一つ一つ、少し間延びした声色がこの村っぽいなと感じた。通って抜ける春の風が冷たい。


「いよいよですねぇ!」


快活な声が聞こえた。籠越しでもよく通る。声色は有頂天そのものだった。こいつは晃あきら、私の同級生。この村一番のお調子者で通っている。私が生まれて間もない頃一番初めに話し掛けてきたのがアキラだ。前はよく遊んでいた気もするが、最近は全く関わりがない。晃の遊び方がだんだん粗暴になっていったからだろうか。殴ったり蹴ったり投げ飛ばしたり、遠くに飛んだだの、誰が強いか弱いかだの、段々と合わせるのが辛くなっていて、自然と距離感が出来た。ただ、根は良いやつだから特に嫌ったりはしていない。遠くから見てる分には面白かったりする。


「俺らがこれから投げ飛ばされるのはまぁ、見れば分かるけどよ、本当に全員無事に葉狗田に着けると思ってんの?いや、俺は思わない。」


「また始まった。」


「鼻くそに唾つけた妄想。」


「まぁまぁ聞いてくれ!第一お前ら分かってないな?この村の貧乏さ。だいたいこんな猿でも思いつくようなアイデア未だに使われてるってイカレてると思わないか?あちこちから押し寄せる新入生があれよあれよと空から降ってくるとか俺には考えられないね。こんなオンボロ船に乗せられてるのは絶対俺たちだけだ。今に空中でバラバラになって永遠に森をさまようハメになるぞ!あぁ!貧乏礼賛!!」


「誰かあいつのスイッチ止めろよ」


「きびぃわ」


「…ぶっちゃけ、そこまで考えてなかった」


「…おい、やめろって」


アキラの天衣無縫なテンションがこの時ばかりはおかしな方向に働いていた。途端に不穏な空気が伝播して緊張感を生む。籠越しに不安の色が透けて見えた。当のアキラは気でも狂ったように喋り続けていた。周りが「うん」とか「そうか」とか相槌を打つことに終止しているのに対してどこか自嘲的なキチガイっぷりを発揮していた。未だ加速している。


私は彼らのそんな様が可笑しくて仕方なかった。この小さな空間で何かを考えるだけで笑いを抑えきれなかった。何がそんなに面白いのか。複雑というより繁雑というか、整理が付いていなかった。籠の中を出た時の自分がどうなっているのか、それを想像するだけでクックックと笑ってしまう。こんなに笑っている自分がいることに少し驚いて、外に出てはこうも笑うことは無いだろうと思った。ここが籠の中で良かった。


旭さんが動き始めたようだ。風が突然強くなっていく。ブュウウウウウウウウゴゥオオオオオオオオと徐々に騒がしくなってやがて身体が内壁にへばりついて身動きが取れなくなった。「イヤァーーーーーーー!」と誰かの叫ぶ声が聞こえた。これに堰が切れたのか、旭さんの手に抱えたほとんど全員が一斉に絶叫した。歓喜と恐怖が入り交じった絶叫だった。そんな絶叫を聴くのは初めてだった。


旭さんの腕はどんどん加速して、その度に風の音は強くなっていった。籠の中にいる私は徐々に気が薄くなっていくのを感じた。周りの絶叫も最早聞こえない。外の様子を伺うことも出来ないから旭さんがどんな風に自分を投げ飛ばすのかも分かっていない。


そして、突如として音が小さくなったかと思うと今までの比ではない衝撃が身体を襲った。


気を失った。

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