4 パンの魔法
イノシシはまたもぶつかってきたが、また俺に吹き飛ばされた。
これ、イノシシがぶつかるたびにイノシシ自体が喰らっている微妙なダメージのほうが大きいだろうな。
「なんで、あいつ、無事なんだ?」
「力を受け流す武闘家なんじゃないのか?」
「そんな大物がこんな浅い階層にはいないだろ!」
後ろのパーティーも混乱しているようだな。
とはいえ、俺も自分のスペックが全然わかってないので手探りもいいところなんだけど。
さてと、いいかげん、攻撃をしてみないとな。
俺は銅製の剣を握り締めて、さくっと地獄イノシシを攻撃。
それなりのダメージだったらしく、イノシシの腹が裂けた。
そのままイノシシは苦しんで、絶命した。
極端に攻撃力が低いというわけでもなかったので、ひとまずよしとしよう。
また、後ろから「すごい!」などという声が聞こえる。この攻撃力がどこまでのものかわからないが、一人で地獄イノシシを倒したこと自体がすごいのだろう。
「この皮を剥げば、それなりの値段のものになりそうだな。モンスターだけど、肉も食えるのかな?」
そちらのほうはなんともわからなかったが、皮が売り物になる可能性はありそうなので、そちらは手に入れることにした。
俺はさらにダンジョンを進んで、数体のイノシシとシカを狩った。
これにどれだけの商品価値があるかわからないが、最初の冒険としては悪くないだろう。
今日はリーチェさんがギルドの受付にいたので、皮や角を持っていった。
「これでどれぐらいの価値になりますかね?」
「ええええっ! ヒョーゴさん、まさか、これを一人でやったわけ!?」
「はい、そうです。どうも、この体、ものすごく生命力に満ちあふれているようで、全然ケガもなかったんです」
あのあともシカともイノシシとも戦ったが、俺を傷つけられるような存在はまったくいなかった。
もしかするとモンスターに対して偶然強いだけかもしれないので、少し躊躇したけど、洞窟の壁に思いきって頭をぶつけてみた。
やっぱり、それもダメージがない。痛覚がないのかもしれないというほどになんともないのだ。これは体力が高すぎるせいだと結論づけてもいいだろう。
もしかすると、防御力のほうが高すぎるのかもしれないけど、大差がないと言えなくもないし、皮膚が硬質なわけでもないから、その可能性のほうは低いだろう。
そういった話を怪しまれないように(といっても、すでに十二分に怪しいが)リーチェさんに話したが、終始あっけにとられていたようだった。
「そうですか……これは困ったわね……。いえ、すごいことではあるんだけど、ヒョーゴさんをどう扱うのがいいのか……」
リーチェさんからは銅貨七十枚を渡された。これが日本円で七万円とすると、かなりの収入だろう。少なくとも、冒険者として生きていく分には何の問題もない。
生活が安定することはわかってきたので、建設的なことを考えられそうだ。
しばらくの間は、ここで暮らして、様子見だな。
まだ使っていないような特技も魔法もあるはずなので、そちらも実践してみよう。
●
翌日、俺は洞窟に入って、魔法を使ってみることにした。
だが――
「魔法ってどうやって使うんだろう……」
ものすごく初歩的なところで止まってしまった。
こういうのってメニューにずらっと魔法が並んでいるものだと思ったのだけど、どうもそういう機能はないらしい。機能がないのは別にいいんだけど、それではどんな魔法を使えるかもまったく知らないので何もできない。
もしかすると詠唱なんかが必要になるのだろうか。あるいは魔法陣を作らないといけないとか。もちろん、そんな知識もないから、唱えようがない。
せめて特技のほうが使えればな……。
俺はダンジョンの中を探索しながらゆっくりと考えることにした、兵庫県が性急に何かを決める必要もないんじゃないか。急激に変わったら県民も困る。明日から県庁所在地を神戸市から姫路市にしますとか言われたら大変だ。ああ、今は県民のことは考えなくていいのか。
ちなみにダンジョンの中はイノシシやシカなど動物に近いモンスター以外にもイモムシのデカいのもいれば、ハチみたいのも、一つ目の悪魔みたいなのもいたが、とくに問題はなかった。
ぼよん。ばごん。ぶがん。
全部、俺を攻撃した時の音だ。で、全部、敵のほうがなぜか吹き飛ばされたようになる。
たしかに人間が壁に向かって思いっきりぶつかれば、はじき飛ばされるだろう。まして、こちらは県なのでそうそう負けたりはしない。
この洞窟は初心者向けということもあって、地下は五階までしかないらしい。とはいえ、地獄イノシシが飛び出してくる恐れもあるので、リスクもちゃんと存在する。逆に言えばイノシシの攻撃に耐えられる俺には何のリスクもないということだ。
で、地下三階でまた地獄イノシシを銅製の剣で倒した。
また、皮をはがせてもらおうか。
そして、解体作業をしている時、ふっと大きな問題が起きた。
腹が減った。
それも、ものすごく減った。
「そっか、人間って一日三食ぐらいいるんだった……」
人間の期間が短すぎて、そういう基本的なことすら失念していた。おかげで食糧を持ってきていない。今から帰っても時間がかかるしな……。
その時、頭の中に奇妙な言葉が浮かんできた。
なぜか、その言葉を口にすればどうにかなる気がしたのだ。
「総務省家計調査の都道府県庁所在市及び政令指定都市別ランキングでは、兵庫県神戸市はパン消費量で京都市といつも一位二位の接戦を演じているっ!」
俺の左右の手の中にサンライズとクロワッサンが一つずつ出現した。
サンライズというのはいわゆるメロンパンだ。
神戸市周辺ではメロンパンはまた別のパンの名前なのだ。
「もしや兵庫県に関することが魔法になってるのか……?」
そんなことを考えながら、俺はクロワッサンをかじった。
うまい。
たしかに神戸市はパンの店の数がやたらと多かった。駅前ならたいてい競合してつぶれないのかというほどにパン屋さんがあった。神戸市民はひいきの店があったのだろう。
他人事みたいに言っているが、俺はあくまでも兵庫県であって、兵庫県民じゃないので、パンをよく食べていたわけでもないのだ。
これで最初の魔法は使えたわけだが――
「攻撃魔法とかじゃないのか……。炎とか出したかったな……」