3 実質不死身
「リーチェさん、俺はこのあと、どうしたらいいんですか? 冒険者としてダンジョンに行くんですよね?」
「いや、待って。私が無知なだけかもしれないし、もうちょっと専門の部屋で調べるわ……。これでほっぽり出したら罪悪感があるし……」
そのあと、俺は数時間待たされて、個室に連れていかれて、ほかの職員も立ち合いのもと、もう一度ステータスなどを調べられた。
リーチェさんの先輩方と思われる人たちが、やたらと首をかしげて話をしていた。
「やっぱり、生命力の数値がおかしいな……」
「わたし、実際に会った人の生命力、最高で380ですよ」
「ほかの数値が???なのもおかしいな」
「そもそもヒョーゴ県って何なんですかね? そんな県ないですけど」
「冒険者さんの人名と同じだから何か関係があるんじゃないか?」
結論は出ないようだ。ここまでイレギュラーなものに出会ったらどうしようもないだろう。心中お察しする。
「ごめんね。時間をとらせちゃったのに、何もわからなくて」
リーチェさんが謝罪をしてきた。いえいえ、悪いのは兵庫県である俺のほうですと言いたいけど、意味不明なことを言ってる奴と思われるだろうな……。
「こんなこともありますよ。俺、ダンジョンに行こうと思うんですけど」
外を見るとかなり暗くなっている。この世界も太陽はあるらしい。
「今日はもう遅いですかね。どこかで寝てまた明日行こうと思うんですけど、宿ってあります?」
「ああ、うん、駆け出し冒険者には銅貨五十枚を出してるの。一泊だいたい銅貨五枚ぐらいで泊まれるけど、今日はこちらで拘束しちゃったし宿代は出すわ」
「それじゃ、お言葉に甘えますね」
その駆け出し冒険者の町あたりに住み着いてる人も多いので、ちょっとした町もできていた。とはいえ、高級志向の人間がこの町にはいないせいか、宿はどこもボロい。
神戸の旧居留地あたりの高級ホテルみたいなものはないか。と言っても、兵庫県の俺が泊まったことはないので謎だけど。
食事がついてくる宿に銅貨六枚で宿泊した。
鶏肉が入っているシチューだけどそこまで美味くはない。まあ、おそらくこの宿は一泊六千円ぐらいのものだから、高級なビーフシチューを要求するのはお門違いだろう。
ベッドに寝転がって天井を見上げた。人間として一日生活したが、なかなか興味深いことがたくさんあった。
明日はダンジョンに潜るんだな。
リーチェさんたちギルドの人には、最初は複数人で潜ったほうが安全とは言っていたけど、職業が謎すぎるのでパーティーを組むのは大変そうだ。
こういうの、回復魔法を使える人がいないから僧侶を探すというような、形で足りない箇所をほかの冒険者で補う思考だろうからだ。
謎の職業なんで協力してくださいというのは虫がよすぎる。いわば、意味不明な料理ですけど、この料理を買ってくださいと言ってるようなものだ。それでは誰も手が出せない。
よし、明日は一人で潜ろう。
この生命力840093が事実なら、おそらく死ぬことはないはずだ。
●
翌日、俺は転生者の町からほど近い洞窟に向かった。
モンスターも弱く、冒険者はここで基礎的な技術を学んで、巣立っていくという。
中では洞窟ジカという大型のシカがいて、この角なんかを取ってくれば、金にもなるらしい。
たしかに金を稼ぐのは人間の個体で生きていくうえで必須の条件なので、そこは無視できない。見つけ次第倒させてもらおう。
それと武器や防具に関しては冒険者ギルド安価に中古品を売っているし、さらに質の悪いものならタダでくれる。俺はそのタダのものを使っている。
銅製の刃こぼれが目立つ剣は、まあ、銅製なら打撃中心で使うものだから大丈夫だろう。
鎧は傷が多い革の鎧だ。着ているとまるでベテラン冒険者みたいだが、ベテランがこんな質の悪い鎧を着ることはないので、初心者だとわかる。
洞窟の前では、ずいぶんと多くの冒険者が集まっていた。
「いや、剣士は間に合ってるんだよ」
「そこをなんとか! 三人分の働きするから!」
そんな声が聞こえてくる。ああ、ここでパーティーの交渉をしているわけだな。たしかにダンジョンの目の前でやるほうが効率がいい。ここに来る奴は間違いなくダンジョンに行く奴だからだ。
仲間同士での冒険に心惹かれる部分もあるけど、ここはパスだな。
剣士と錯覚させることはできるだろうけど、相手の命もかかっているところでウソをつくべきではない。
さて、いよいよダンジョンに入った。
洞窟の中なのに、内部は結構明るい。
おそらく室内を照らす魔法みたいなものがあるんだろう。
しばらくダンジョンを進んでいると、こっちに向かって走ってくる冒険者たちがいた。
「ヤバい! ヤバいのが出た!」
「なんで上のほうの階であんなのが出てくるんだよ!」
かなり慌てているな。
訳アリだと思うので、俺は声をかけてみる。
「なあ、いったい何が出たんだ?」
「超巨大なイノシシが出たんだ!」
「地獄イノシシっていう大物で中級冒険者でも苦労するレベルらしいのよ! 逃げるしかないわ!」
ただ、俺はかなり落ち着いていた。
「ああ、イノシシか。なつかしいな」
かなりイノシシはいたからな。神戸市の中にも相当数がいた。
「おい! 逃げないと死ぬぞ!」
善意で言ってくれてるんだろうけど、多分大丈夫だろう。
「イノシシには慣れてるんだ」
こっちが歩いていく必要すらなかった。
真っ黒で目だけが赤いイノシシが突っ込んでくるのだ。サイズも俺が知っているイノシシの三倍はある。
「ああ、これはモンスターって言われるだけのことはあるな」
その地獄イノシシは俺をターゲットに選んだらしく、ぶつかってくる。
これぐらい華麗に回避――しようと思ったけど、とくに動きは早くなかった。
やっぱり兵庫県なんだな、俺って。速度のほうはしょうもないようだ。
そしてイノシシが俺に直撃する。
後ろからさっきの冒険者の悲鳴が聞こえる。たしかに駆け出し冒険者なら即死級のダメージだったんだろう。
そんなに俺が落ち着いていられるのは、ほとんど何の痛みも感じなかったからだ。
おそらく、まだ羽虫が腕を這うほうが気になるぐらいだっただろう。
そして、地獄イノシシは壁にぶつかったみたいにはじき返されていた。
「それはそうだよな。兵庫県に住んでるイノシシが兵庫県にぶつかって勝てるわけがない」
人間の姿に妙にそう納得してしまった。