第七話 惚れた強さと安心感
今回は、少し長いです。
オリヴィエ。オリヴィエ・アルダーソン。
アメリカを代表する女優で、業界では期待の新星として知らぬ者はいない。
彼女の憧れである父はイギリス人であるが、アメリカで映画界にブームを巻き起こし、巨万の富を築いた。仕事上の付き合いで知り合った日本人と結婚し、その男の人生は勝利の道を突き進んでいた。
父は厳しく、たまにしか褒めたり甘やかしたりはしてくれなかったものの、仕事に情熱を注ぐ父がオリヴィエは大好きだった。
彼女は父の英才教育の手腕もあり、演技という父の仕事に役立ちそうなスキルを手に入れた。
それを自覚してから、彼女の人生は輝きを増したと言っても過言ではない。
映画界では頼れる新人として持てはやされ、アカデミー賞でも主演女優賞を獲得するという快挙を成した。
さらには憧れの父の代表作である『ローレライの騎士』の最終章で主演に選ばれたのだ。
今まで父の映画に関わることができなかったので、とてもうれしかった。最高のものにしようと神と父に誓った。
失敗のない人生を送ってきた憧れの父の作品に出られると知って、彼女は今までの作品以上に熱を入れ、最高の演技を最初から最後までしきった。
途中、おかしな事故があり撮影が中止になりそうにもなったが、父が映画人として最後の情熱を注ぎ込むとオリヴィエは知っていたので、あちこちを回ってそれを阻止した。
そうやって、撮影は終わり、映画は完成した。
関係者だけで映画試写会をやることになり、父と共に観賞することができた。
それが、オリヴィエという女優の最高潮だった。
見ようとすると、スクリーンに撮った覚えのない男が現れ、更にはそこから映画の敵キャラクターが出てきた。
まず父がスクリーンに引きずりこまれ、オリヴィエ自身もスクリーンの中に引きずり込まれてしまう。
――――気が付けば、自分は映画の世界にいた。オリヴィエ・アルダーソンではなく、レーラ・オルウッドとして。
最初は周りの人間のドッキリなのかと思った。しかし、自分がそんな事を言っても、そんな素振りは見せず、逆に心配された。
あたりを見回せば、自分が知っているはずの人間が全くの別人で、今まで生きてきた環境とは全く違くて、ただレーラ・オルウッドとして振る舞うしかないかった。
心が休まる日々はなかった。自分ではないモノを隙なく演じなければならなかった。
これ以上不審な行動をすれば、さらに過酷な地に放りだされるだけなのは、目に見えていた。
人形の中に自分の血肉を詰め込んだような気持だったが、オリヴィエはそんな苦痛を我慢して演じ続けた。
この物語が終われば、現実の世界に帰れると信じて――――。
ヘルヘイムとの全面戦争が始まった。
異形の兵士達や最後の敵を戦っても、何も思わなかった。シナリオ上、自分が勝つとわかっているからだ。
何をしても、オリヴィエではなくレーラがやったことなのだ。生き物を殺した罪悪感など、あるはずがない。
しかし、最後の最後で、オリヴィエは重要なことを忘れていた。
自分が最後にしなければならない。重要なことがあった。
――――自分の命を捧げる封印だ。
憧れの父は言っていた。ヒーローの最期が悲劇的なモノであれば、その神性は高まると。
なぜ忘れていたのだろうと、死の恐怖を前に足がすくんだ。
やれば、自分は帰れるのかもしれない。しかし、まったくの確証はない。
自分の役割が終われば、帰れるはずなのだ。ここまで頑張ったのだから、それが筋と言うモノだ。
だから自分は死なない。帰れる。自分がこんな所で死ぬわけがない。
そう悩んでいる自分を、周りの人がどう思っていたかなどオリヴィエは知らない。
ただ、父と母の役割を持った役者の先輩たちが、仲間という役割を持った俳優仲間たちが、自分の代わりに封印を行うと言い出したのだ。
映画の中の登場人物だ。虚像の存在だ。自分と同じ映画に引きずりこまれた被害者というわけではない。
本当にその人物が死ぬわけではない。
だから、そうしてもらった。
そして沢山の人が死んで、自分だけが生き残った。
だが、虚像の身体で、偽りの心を持った者達が死ぬ様を見て、オリヴィエは罪悪感を感じた。
偽物の命が消え去るだけでなぜ自分が苦しまなければならないのか。
やっているのはレーラであって自分ではないのに、なぜここまで苦しまなければならないんだと。
後悔した。俳優としての先輩や、仲間たちの死に様を見て、初めて自分がとんでもない悪魔的な人間なのだとわかった。
もちろん、本物ではない。だけども、それは確かに自分の知る知人達のものだ。
胸が張り裂けそうで、それを和らげようと泣き叫んでも、ただ自分はそこにいた。
――――それでも、現実世界には帰れなかった。
その後も、レーラ・オルウッドとして映画の世界で生きることにした。
物語は終わっても、国の民はいる。シナリオには書いてない白紙の未来に、オリヴィエはどうしていいかわからなかったけども、自分ができることをした。何かをしなければ、罪悪感が膨らんで、死んでしまいそうだった。
オリヴィエ・オルダーソンは、数々の罪を重ねても、生きたかった。死にたくなかったのだ。
もしかしたら、現実世界での事は夢や幻のような物だったのではないか。
周りが自分を王族と持ち上げるので、本当にそんな気がしてきてしまう。
誰かに言っても信じて貰えない。
もし信じる者がいるとしても、苦しいモノを全て吐き出してしまえば、自分の命惜しさに仲間を見捨てたことが分かり、自分は追われる身になるだろう。
そんな思いに誰も気づかず、皆が皆無邪気な子供の様にレーラレーラと自分を呼ぶ。
誰にも言えない毒は、オリヴィエの心を蝕んでいく。
そして、仲間たちが完全に封印したはずのヘルヘイムの残党が巷を騒がせた。
死が迫ってきたと思い、オリヴィエはできるだけの対策をした。
そして、その混乱の中で、現代の服装をしている飛鳥武蔵と出会ったのだ。
彼を見て、帰れるかもしれないという希望が、オリヴィエの中で宿った。
だが、自分と同じように巻き込まれただけの人間かもしれないし、自分をまきこんだ人間なのかもしれない。
要するに、敵か味方かわからなかった。なので、レーラはそれなりの扱いを命じたのだ。
アジア系というのは分かったが、自分はそちら方面だと母の母国語である日本語くらいしか知らない。
日本語で話しかけてみたが、見事ビンゴだった。
そして、飛鳥に質問していくたびに、ただ巻き込まれた人間なのだと分かり、希望が無くなって混乱した。自分の粗を突かれた時は焦ったが、丁度いいタイミングで襲撃を受けた。
燕尾服の化け物を見て、この映画にこんな化け物はいないと衝撃を受けたが、一度は何とか撤退した。
その時、兵士達が報告に来た。何でも怪しい男がレーラと会わせろというのだ。さらにその男は『オリヴィエ・オルダーソン』『現実世界』と言えば彼女は分かると言っているという。
その名前は、この世界では知られていないはずの名前だった。
二度目の燕尾服の化け物の襲撃を受け、飛鳥がアメコミびっくりの変身を披露し、追撃しにかかる。
用済みとなった飛鳥はもうどうでもよくなり、その男と面会をすることにした。
たった二人きりで話したいと言うので、地下の作戦会議室を使う。
その男こそ、魔術王ザカールだ。
何かの映画で見たような姿をしていたが、その辺りは気にしない。
彼の取引というのは、この世界に君がいるのが邪魔だから、現実の世界に変えそう。ただし、アスカという男を殺すのに協力してほしい、と言うモノだった。
虚構の人物とはいえ、数々の仲間を見捨てた身だ。それで帰れるのであれば、それぐらいやってやろうと思った。
しかし、そのアスカという人物が想定外だった。
その男は、あまりにも思考がおかしかったのだ。のらりくらりと受け答えをし、デートだのなんだのとのたまい始める。主導権を握ろうと思っても、話の流れを変えにくい。
さらには、惚れてるだのなんだのと言い始めた。酔っ払いの冗談かとも最初は思ったが、その眼が嘘ではないことを教えてくれる。
お世辞なんて言われ慣れてるのに、こんな気持ちになるだなんてとても不思議だったが、そんな事を今言わないでほしかった。
情が少しでも移ったら、現実世界でまともにいられるかどうか分からなかったからだ。
だがアスカは、ここに来るまでの道中、その洞察力で更に心を揺さぶってくる。
自分が売ろうとしていることに気が着いているんじゃないか、だとしたらなぜ殺気も出さずに自分についてくるのか。
まったくもって、アスカの事を理解できなかった。
さらにだ。
打ち合わせ通りアスカを斬りつけても、恨み言を一言も発せず優しく微笑むだけで、床の下へ落ちていく。
もしかしたら、今まで疑うような素振りを見せていたのは、彼なりにレーラを信じようとしていたのかもしれない。
それもそうだ。彼も自分と同じで、不安に思わないはずがないのだ。
罪悪感が込み上げてきた。
――――かつて、仲間達を犠牲にした時のように。
でも、だからこそ、その犠牲を無駄にしない為にも、罪を重ねながらもオリヴィエ・アルダーソンは現実世界に帰らなければならないのだ。
強迫観念にも似たその気持ちだけが、今のオリヴィエを突き動かさせていた。
○
オリヴィエの言葉に、ザカールは満足気に頷く。
「ああ、ああ、もちろんだとも。映画の主人公にダブる現象が起きるなんて不幸、お前さんくらいのものだ」
その言葉を聞いて、オリヴィエの頬が少し緩む。
「では、本当に、父と共に?」
「ああ、かえしてやろう」
ザカールは杖を振い、呪文を唱える。
だが、オリヴィエは感じていた。レーラとして養った直感が、危険だと感じ取った。
「あの世にな!」
杖から放たれる死の光線に、オリヴィエはレーラの身体能力を使って回避する。
「な、何をするんですの?」
「だから、還してやろうと思ったのだよ。あの世にな」
その言葉に、動揺を隠せないオリヴィエ。
「な、なぜ? あの男を陥れるのに協力すれば、返すという契約までしたのに……!」
「ん? あれか? あんなもの、私の知識さえあれば、何の問題なく無効化できるわ!」
オリヴィエの言葉がおかしかったのか、嘲笑うように高笑いするザカール。
「騙しましたのね!?」
「騙される方が悪いのだよ」
ザカールは杖を振い、数多の光線を豪雨の様に乱射する。
それをレーラの身体能力で、避けて、受け流し、なんとか死ぬまいと必死の形相で切り抜ける。
「だが、それを言いたいのは、お前に斬りつけられたアスカムサシではないのかね?」
その言葉に、体が震えだしてしまうオリヴィエ。
「大女優、オリヴィエ・オルダーソン。お前の演技に騙されて、奴はここで死んだのだ」
杖の先で飛鳥の落ちた仕掛けのある床を示す。
「お前が! 家に帰りたいというエゴイズムで! アスカムサシは死んだのだ! お前の所為だ! お前の責任だ! お前がそんな自分勝手な事を願わなければ、奴は惨めに死にはしなかった! 全て、全てお前が悪いのだ!」
その言葉が耳に入ってしまうオリヴィエは、とうとう足がすくみだし、倒れ込んでしまった。
「う、動け……! 動いて……!」
足を叩くが、一向に動く気配はない。大した怪我をしたわけでもないのに、足は震えて動かない。
「この世界の覇王を封印するのも、本来はお前の役目だったのだろう?」
魔術王ザカールは、ゆっくりと語り掛けながら、一つ一つ、歩み寄る。
剣を向けて魔法で対抗しようと光線を放つオリヴィエだが、今の精神状態でまともな攻撃が繰り出せるわけもない。
杖を軽く振り払うだけで、その光線はいとも簡単に打ち消された。
「だというのに、仲間の命を犠牲に自分が助かったそうじゃないか」
とうとう倒れ込んでいるオリヴィエを見下ろす位置にまで、歩いて来れた。
「今度は、誰を犠牲にするんだ? お前の傍には誰もいないぞ?」
ねっとりとした口調で、煽りをいれるザカール。
「……い、いや、やめて。来ないで!」
涙を流して、振える声で悲願するオリヴィエ。
いやいやと怯え、剣を手放し、頭を抱えて縮みこんでしまっている。
つまらんな、と呟き、ザカールは仰々しく手を拡げ高らかに大声を上げる。
「見ろ! この情けない姿を! これがお前達を追い込んでいたものだ! こんなに情けないものなのだ! そこらの家畜よりたちが悪い!」
その声を聞いたヘルヘイムの異形の兵士達が、どこからともなくと現れ、下品な笑みを浮かべながら歩み寄ってくる。
「こんなやつには、たった一つしか価値が無い。食ってよろしい!」
湧き上がる異形の兵士達の歓声。
「いやぁぁあ――――!!」
気持ち悪さを覚えたオリヴィエは、這いつくばってでも移動をしようとする。
「これは傑作だ! 尻を振って誘っているぞ!」
無論、オリヴィエにそんな気はない。ただ、絶望し、見知らぬ誰かに祈るしかなかった。
「こんな、こんな所で、終わりたくない。助けて、助けて……!」
「傲慢だな! 助けてくれそうなやつを殺しておいて! 何様だ貴様は!」
その時だ。先程の床が突如として開いた。何人かの異形の兵士達が落ちて、辺りは混乱に陥る。
「……誰だ? 仕掛けをまた作動させたのは」
そして、その開かれた床から血だらけの男が浮かんで来たかと思うと、床は閉じられる。
「――――聞いてらんねえ、見てらんねえ」
さらにその男は、シネマガンガンのボタンを一つ押し、床を撃つ。
「ちなみに、そいつは俺さ」
その男の名は、飛鳥武蔵。
「そこを退きなスキンヘッド。お姫様が怯えちまってるだろうが」
シネマガンをザカールに向けて、歩み寄る飛鳥。
「……斬られたというのに、鈍い男だ。いや、それ以前になぜ生きている? 貴様は床の下で地獄の業火に焼かれたはずだ」
嫌味ったらしい声を振り絞って、口から出すザカール。
「お前に教える道理はねえよ」
自分をシネマガンのコマ送り機能で床のすぐ下で揺蕩い、その後巻き戻し昨日で床を開いて、自分もまき戻し昨日ではせ参じたといった手順で助かったなど、飛鳥は敵に教える程甘くはなかった。
流石にこの男が襲ってくるのはまずいと感じたザカールは、精神攻撃を仕掛けることにする。
「この女は、自分が助かるために貴様を捧げたのだ! なのに助けようとするとは、滑稽よな!」
「滑稽だあ? そりゃ結構」
シネマガンから光線を連射し、ザカールの顔に全て狙い撃つ飛鳥。
動揺すると思っていたザカールは、まさか飛鳥がすました顔で攻撃するとは思っておらず、慌てて防御の魔法陣を貼る。
その隙をついて、飛鳥はすぐさまオリヴィエの元へ走り寄った。
「おい、大丈夫か。オリヴィエ」
笑顔を浮かべ、オリヴィエに手を差し伸べる飛鳥。
それを、オリヴィエは茫然と見ていた。
「おい、人の話を聞いてなかったのか貴様は!」
後ろからやかましくザカールが叫ぶ。
「聞いてたよ。床の裏でスタンバイしながら、ぜーんぶな」
シネマガンを帽子を被った頭にコンコンと叩く。
「聞いていたというならば、なぜその女を助ける!」
なんでそんな簡単なことを聞いてくるかね、と面倒くさそうな顔を浮かべながら、飛鳥は三つ数えることにした。
「一つ、助けを呼ぶ声がしたから。二つ、俺がそれに応える救いのヒーローだから。そして三つ、そいつが俺の惚れた女だったからさ。Do you understand?」
至って簡単だろ? とでも言うかのようなウィンク付きで教える飛鳥。
「お前実は話を聞いてないだろ! そいつは、自分が死にたくないから仲間を見捨て、現実世界に帰りたいからお前を切り捨てた女なんだぞ!」
ザカールの言葉に、首を傾げる飛鳥。
「俺を切り捨てたってのは、もう許したからいいよ」
「な……!?」
それに絶句したのは、ザカールだけではない。オリヴィエ自身もだ。
「なぜ、なぜ? 私は、自分の可愛さあまりにあなたを見捨てたのよ?」
心底不思議そうに、震えた声で飛鳥に問いかけるオリヴィエ。
「誰だって自分が可愛いと思うのは当たり前だ。けど俺は、お前の方が可愛いのさ。……ん? この理論だと許すも何も、『当たり前』だという結論になるな」
したり顔で語る飛鳥だが、敵の数を確認するように見回して、少し苦い顔をする。
「あー、でもさすがにこの数はキツイな。かっこよく助けに来たばかりで申し訳ないが、お前の背中貸してくれ。後で俺の胸でもなんでも貸してやるから」
そう言って、再びオリヴィエに手を差し出す飛鳥。
そんなわけはなかった。ここにいる異形の兵士達は、城や街を襲い掛かった者たちに比べればまだ少ない。
例え飛鳥がオリヴィエに傷つけれられたとしても、オリヴィエの力を借りずとも、倒すだけならばどうとでもなる。
「裏切った女をそこまで信用するなんて、あなた実はトンでもなくおバカなんじゃありませんの?」
飛鳥の突き抜けた発言に、信じられないものを見るような顔で問いかけるオリヴィエ。
「裏切ったのが惚れた女だから信頼してるんだろうに」
相変わらず憎たらしい笑みを浮かべながら、気障な言葉を囁く。
なんだかその言葉に、オリヴィエは心の底から救われたような気がした。
飛鳥という男は、察しのいい男だ。けれども、彼の出す答えというのは、とても単純で、とても綺麗なもの。
例え何度も手酷く裏切られたとしても、彼は人を信じることをやめないだろう。
そんな、愚直に突き進むような男だと理解できた。
「……まったく、そこ抜けたおバカさんですこと」
オリヴィエは差し出された手を取り、飛鳥に引っ張られてしっかりと立つ。飛鳥の背中に立って、剣の柄に手をかけた。
それに、と呟き、魅力的に微笑む。
「ですがわたくし、アスカに応えたくなりましたわ」
白いソフト帽を手に持ち、飛鳥はそれに満足そうに頷いた。
「そいつは嬉しいね」
変身と呟き、シネマガンを自分の側頭部に撃ち込む飛鳥。
そこには、真っ赤なヒーローが、白いソフト帽とマイクの類を模した槍を持って顕現する。
「か弱き乙女がもがき苦しむ。そいつぁ聞いてらんねえ見てらんねえ!」
口上を上げる飛鳥に数多の光線が撃たれるが、当たりそうなものを拳で粉砕。
当たらなかった光線は、飛鳥の背後で爆発し建物を崩していく。
「悪逆非道の罠にはまり、自責の念に駆られた乙女。俺が救わず誰が救う!? 救いのヒーロー飛鳥武蔵! 再・登・場!」
口元のマスクが外されており、飛鳥の笑みが見えた。
それはまるで、憎たらしいいたずら小僧の様な笑みだ。
「そんじゃ、クライマックスと洒落こもうか!」
帽子をかぶり、槍を構える。槍の穂先が向けられたのは、魔術王ザカール。
名乗り口上をする飛鳥に呆れながらも、オリヴィエはそのバカさ加減に微笑んだ。
「かしこまりましたわ」
飛鳥と同じように聖剣キャメローンを引き抜き、剣先を魔術王ザカールへと向ける。
「……貴様ら、我を差し置いてイチャイチャと言い雰囲気になりおって。わけのわからん物言いで、我の立てた計画を滅茶苦茶にしおって!」
怒りに震え、強く杖を握りしめるザカール。
「許さん! 我がお前らを滅茶苦茶にしてやる! かかれ、ヘルヘイム兵達よ!」
異形の兵士達は指示に従い、二人に襲い掛かる。
数え切れぬ敵を前に、二人のヒーローは槍と剣で切り払っていく。
大きく振り回す槍に対して、その隙を補うような細かい剣戟。その剣でも倒しきれない敵も、すかさず槍が止めを刺す。
一見、初めてに見えない見事なコンビネーションだが、型が崩れた乱暴な槍戟を、縫うように繊細な剣戟でカバーをしているのだ。コンビネーションと言うよりは、マイペースを崩さない飛鳥をオリヴィエがカバーしているというのが正しい。
「ええい、敵はたった二人だぞ! 情けない!」
杖を潰す勢いで握りしめ、大きく振り回すザカール。
そこから多くの魔法陣が現れ、様々な色をした光線が豪雨のように降り注ぐ。
「あれ、叩きに行くぞ」
「かしこまりましたわ」
飛鳥とオリヴィエは互いの目を見て頷くと、ザカールに向かって走り出す。
オリヴィエも魔法陣を剣先で描き、光線の豪雨を相殺させるように氷結の嵐を捻じりだす。
それで全て撃ち落とせるわけがない。だが、ある程度相殺されたのであれば、飛鳥がそれを槍で薙ぎ払う。
あっという間にザカールの眼前まで走り着く飛鳥と、それに続くオリヴィエ。
「ウォラァ!」
走った勢いを槍の穂先に乗せてその心臓を穿とうとする飛鳥だが、ザカールも杖でガードをする。
だが、それでも飛鳥は止まらず、ザカールを窓ガラスに押し込むかのように、ガラスを割って飛び出した。
○
「ヒャッフウゥ!」
そのまま窓を突き抜けた飛鳥とザカールは、太陽に照らされながら地面に着地する。
そこは森の中ではなく、荒く削り取られ、岩壁があたりに佇んでいる。
さらに踏んでいるのは土の感触ではなく、砂利そのものだということに気がついた。
木々は生えているが、森というには寂しいものだ。そもそも元々あったモノと種が違う。
「太陽だと!? バカな! 今は深い夜が刻まれた時のはず! いや、そもそもここはどこだ!?」
突如自分の知らない場所に来たザカールは、慌てる様子を隠しきれない。
後から続いてやってきたオリヴィエも、頬に手を当て首を傾げている。
「そううろたえるな。日本の特撮ヒーロー名物、『特撮ワープ』。またの名を『いつもの場所』ともいう。今回の舞台は、栃木県栃木市の岩舟山採石場跡だぜ」
腕を大きく広げ、火薬使い放題だなあと笑みを浮かべる飛鳥。
「まあ、俺が有利に戦える場所だと思っておきな」
飛鳥の言っている事は、あながち間違いではない。これは飛鳥のヒーローとしての能力だ。
自分の有利となりうる世界を作り出し、異空間を通じて敵を引きずり込む。地形を自由に作り変え、籠城している敵のアドバンテージを奪える。ということもあるが、この空間での飛鳥は普段とは比べ物にならない力を発揮することができるのだ。
この世界は飛鳥の世界。法則は飛鳥の無意識化によって捻じ曲げられ、飛鳥にとって有利に動く世界。
だが、必ず勝てるわけではない。なぜなら、飛鳥は救いのヒーローであり、常勝の戦士ではないのだ。
大きな力でねじ伏せたり、飛鳥の無意識の死角を突かれたりすれば、たちまち敗北するだろう。
――――だが飛鳥は、これら全てを知らない。
ぶっちゃけ勢いで飛び出したらこんなことになってたので、飛鳥も理屈なにもは分かってはいないのだ。
だが今この場面でそんな事をいったらカッコ悪いので、知ったかぶることにする。
オリヴィエは、飛鳥の一言で思いついたように顔を明るくした。
「銀河刑事ベルモンドの、ジャドー空間ですわね」
得意げに自分の予測を語るオリヴィエ。
銀河刑事ベルモンドとは、日本特撮史に名を刻む名作である。宇宙からやってきた銀河刑事である主人公は、シルバースーツを身に纏い、悪の宇宙犯罪組織ジャドーと戦うのだ。
ジャドー空間とは、その宇宙犯罪組織ジャドーの組員たちが有利に戦える異空間だ。なお、その空間で主人公の圧倒的な力にやられてしまうのは、特撮ファンには有名な話である。
なお、ハリウッドでデザイン引用され、超大作のモデルとなっているというのも特撮ファンには常識的な話だ。
「お、良く知ってるなあ。大体あってる」
まさかその名前をオリヴィエの口から出てくるとは思っていなかった飛鳥は、機嫌よく頷く。
「何度かお父様と見たことがありましたの。でもそれ敵が使う技でしょうに」
「あっはっは、まあそれがヒーロー使えるんだから、めっぽう強くなったってことにしておいてくれ」
海外でも放映していると聞いたことのあった飛鳥は、なるほどと頷いて納得した。
「この……! 法則を捻じ曲げるなど滅茶苦茶なことを何度も何度もしおって……! 徹底的に滅茶苦茶にしてやるぞ!」
杖を振り、魔法陣を形成するザカール。そこから放たれるのは大きな炎の渦。
それに対し、飛鳥は槍にフィルムコアを取り付ける。フィルムコアは回転し、赤い力の粒子を奔流させ、槍の刃先に赤い光を纏わせる。
そのまま高く飛び立つと、オリヴィエがキャメローンから斥力を生み出す魔法陣を形成し、飛鳥の跳躍を大きく、そして素早さと力を乗せた勢いのある動きと化させる。
「美女を騙した罪は重いぜ? スキンヘッド!」
炎の渦をあたかも当然のように槍で突き抜けられる。
穿たれてしまった炎の渦は呆気なく散り、地面に着弾すると大きな爆炎を生み出す。
「シャオラァ!」
爆炎という光景を背に、まっすぐに穿ちに行く飛鳥。
ザカールはそれを杖で弾くが、魔法陣を描く余裕が無く打ち合いの勝負に持ち込まれてしまう。
「なぜだ! なぜ爆発した!? わけがわからんぞ!」
ザカールは、わけのわからない法則に戸惑っていた。
一瞬にしてこんな場所へ放り出され、炎の渦が散ったかと思えばそれは爆発と化す。それはザカールの意図したことではない。
さらに、魔術王だというのに不利な肉弾戦に持ち込まれている。
飛鳥の槍の扱いは大振りだが、戦いに慣れていくにつれ、槍捌きは洗練されたものとなっていく。
更にはオリヴィエが走って合流しよう走っていた。
このままでは不利、いや、敗北してしまうと悟ったザカールは、まだ慣れ切っていない槍さばきから抜け出し、速攻で飛行する魔法陣を描いて離脱しようと飛び立つ。
「オリヴィエ!」
「承知しておりますわ!」
飛鳥がオリヴィエに何か頼もうとするが、それを既にオリヴィエはやっていた。
魔法陣を描き、空高くから大きな氷塊をザカールに落とす。
「こんなもの、今更私に効くとでも思っているのか!」
再び炎の渦を作り出し、氷塊にぶつける。氷塊が急激な温度の変化に耐えきれず、気化して大きな水蒸気爆発が起きたが、これに関してはザカールも想定したうちであった。爆風の余波で身体が少し揺れたが、問題ない。
「十分すぎるな」
だがそこに追い打ちをかけるように、飛鳥がシネマガンで狙い撃ってくる。
それを防御しようと思った矢先、ガクン、と体が落ちる。
空を飛行する魔法陣に問題は見られない。ならば何が原因だとザカールがあたりを見回せば、オリヴィエがまた新しい魔法陣をザカールの真下の地面に作っていた。それは重力を増す魔法陣。それで飛行の妨害をしていたのだ。
いつの間に、とザカールは思ったが、水蒸気爆発はあちらも想定してやっており、それを目隠しとして使って飛鳥がシネマガンで撃つという動作で警戒させ、ザカールの真下から意識を逸らさせたのだ。しかも、水蒸気爆発のきっかけとなる攻撃は、オリヴィエの方から撃ち込まれている。
自分の行動が明らかに読まれていたという事に、激しく怒りを覚えるザカール。
それより恐ろしい、多くを語るまでもなくそういった連帯が取れるという二人のコンビネーションの良さには、まだ気がついてはいない。
制御のうまくいかないザカールに、容赦なく打ち込んでいく飛鳥。飛行の魔法陣さえも破壊されて、地面へと落ちる。
「魔術王ザカール! ここで往生しな!」
飛鳥は槍に取り付けていたフィルムコアを、手動で回転を加速させ、赤い力の奔流をさらに溜める。
明らかにまずいと判断したザカールであったが、重力の魔法陣の所為で体が上手くいかず、魔法陣を書くことさえ敵わない。
オリヴィエはさらに風の魔法陣を作り出し、飛鳥が飛び出すと同時に発動する。
飛鳥は風に押され、加速しながら、赤い光を帯びる槍を構える。
「死ぬほど痛いオシオキだ! 歯ァ食いしばれ!」
一直線にザカールの胴体を穿ち、ザカールの背中撃ち抜いても勢いはまだ止まらない。
走り抜けた所で槍を地面に突き刺し、何とかブレーキをかけた。
「ぁ、がは……!?」
ザカールは穴が開いた胴体を手で押さえ、倒れ込む。
それと同時に、ザカールは大きな爆炎を上げて散った。
飛鳥とオリヴィエの手によって、魔術王ザカールは倒されたのだ。
「これにて一件クランクアップ、ってな」
爆炎を背に、飛鳥は右手で槍を森、左手で帽子を押さえる。
笑みを浮かべ、オリヴィエのいる方向に向かってサムズアップをしてみせた。
「アスカ!」
ザカールの爆炎を避けて、心配そうに飛鳥に駆け寄るオリヴィエ。
「すぐそのスーツを脱いでくださいまし! 治療しますわ」
すぐさま飛鳥を治療しようと、ロングコートをいともたやすく脱がすオリヴィエ。
さらに飛鳥を回転さえ、後ろのチャックを下げて脱がそうとするが、一目では見当たらずに懸命に探しす。
「いいっていいって! 大した怪我はしてねえよ!」
それを慌てて止める飛鳥だが、オリヴィエは止まらない。
「嘘おっしゃい! わたくしが斬りつけた傷があるでしょうに!」
そういやあったなあ、と忘れかけていた飛鳥だったが、淑女が特撮ヒーローを脱がす図はなんだか色々とマズい気もする。
主に子供達の夢を壊すという意味で。
「まあそれは帰ってからでいいだろ」
オリヴィエから離れ、ロングコートを着直す飛鳥。
「今から帰るんじゃ時間がかかりますわ。応急処置でも早く治療させてくださいまし」
真摯に治療を行うと物申すオリヴィエであったが、飛鳥はオリヴィエの肩を抱き寄せて歩きはじめる。
「す、少し強引ですわよ」
顔を赤くし、形だけでも抵抗して見せるオリヴィエ。
「強引な男は嫌いか?」
そんな乙女の顔を覗き込んでくるアスカ。
「……強引なのがアスカでしたら、嫌いじゃありませんわ」
真っ赤な顔を逸らして、オリヴィエはそう呟く。
○
「ってなわけでただいまー!」
「はい!?」
オリヴィエが気が付けば、自分の城に戻ってきていた。
辺りを見回せば、昨日の晩に飛鳥を眠らせていた部屋だ。
「……あー、もしかして?」
「そう、帰りも特撮ワープ」
無茶苦茶な人ですわ、とオリヴィエは思いながらも、なぜだ笑みがこぼれて仕方がなかった。