第六話 分かりきっていた罠
飛鳥がヘードヴィックとの話を終えると、ヘードヴィック隊長と共に外壁の外へと移動する。
今回の作戦はヘルヘイムの残党に知られてはならないので、できるだけ秘密裏に行動する必要があるのだ。
集合場所に来てみれば、予定通り馬に跨ったレーラと、ここまでの付き添いの兵士がいた。
「遅いですわよ」
一瞥すると、すぐに前を向いてしまうレーラ。
どうやらあの告白紛いの所為で変に警戒されいてしまっているらしい。
「悪い悪い。そんじゃ、行きますか」
こういう対応も仕方がないかと、自分の行動を反省する飛鳥であった。
アルコールが抜けたらしく、そういったことははっきりと考えることができていた。
飛鳥が馬に乗ると、この場にいる兵士一同が静かに見送られながら、山の奥へと進んでいく。
行く前に、姫様を何卒よろしくお願いしますと、兵士達に言われた。
「馬、乗れたんですのね」
進んでる最中、飛鳥より現地に詳しいので先導していたレーラが、振り向かずに飛鳥に語り掛けてきた。
「少し、意外でしたわ」
「若い頃は、企画とかで、色々とやってたからな」
昔を思い出し、ほくそ笑む飛鳥。
「若い頃って、あなたまだ十代でしょうに」
「いや、二十六だぜ。俺」
そういうと、しばらく微妙な空気が流れた。
レーラには自分が高校生くらいにくらいに見えていたのだろう。
なので頭の中で整理しているのかもしれない、と飛鳥はこの空気の意味を察する。
「……マジですの?」
「マジですの」
乗馬中の会話は、これっきりだった。
二十六でも十分若いという疑問点は、出ることはなかった。
馬を置いておく地点にやってくると、馬を近くの木に待機させておく。馬は隠れている兵士が回収し、ヘルヘイムの残党にはわからないよう、近隣に隠しておく。そして飛鳥たちが帰ってきたら馬を出す、といった手筈になっている。
二人はより一層警戒しながら、山の奥へと進んでいく。
太陽が落ちているのもあるのだろうが、段々と暗く薄気味悪くなっている。
「俺さ、どうしてもわからない事があるんだよな」
馬に降りても、相変わらず先導して顔を合わせないレーラに問いかける。
「唐突ですわね……一体何のことですの?」
一考に飛鳥には顔を向けず、足取りよく進んでいくレーラ。
「クランクアップだ」
「……はい?」
何を言ってるんですの? とでも言いたげに首を傾げ、思わず飛鳥の方に振り返る。
「あの燕尾服の化け物の化け物、レーラみたいに、この世界にはない言葉を知っていた。アメコミヒーローとかも知ってたぜ、アイツ」
その言葉に、レーラの表情が固まり、その場に立ち止まった。
飛鳥も追いかけるのをやめて、その場に立ち止まる。
変身した時、飛鳥は『クランクインと洒落こもうか』と言った。
それに対し、燕尾服の化け物は『すぐさまクランクアップにしてやろう……!』と返したのだ。
言葉の意味を知らなければ、行うことのできないやり取りだ。
「……あら、わたくしに何か関係があるとでもお思いで?」
それでもなお、気丈な振る舞いを崩さないレーラ。
「さあ、そいつは俺にはわからん。ただ、お前さんには何か心当たりはないかと思っただけさ」
「知りませんわ。わたくし」
表情を変えず、睨みつけるように飛鳥を見るレーラ。
飛鳥も同じように、睨みつけるようにレーラを見る。
「本当に、か?」
「本当に、ですわ」
そう言って、互いの腹を探るような懐疑的な目で互いを見つめ合う。
森の静粛とは別に、居心地の悪い重い空気が流れる。
それを先に壊したのは、レーラだった。
「……人の粗をハイエナの様に見漁って、それが惚れた女に対する仕打ちですの?」
「惚れた女だから目で追っちまうんだろ?」
下らないですわね、と目線を外し、飛鳥に背を向けるレーラ。
「そんなに疑うなら、付いてこなくてよろしくてよ? その場合、多くの人々があなたを恨んで死んでいくでしょうがね」
飛鳥に見向きもせず、山奥へと進んでいくレーラ。
「んな言い方しなくても俺は行くって。俺は救いのヒーローなんだぜ」
それを慌てた調子で追いかける飛鳥。
「ヒーローならそういったモノ言いも何とかしなさいな。敵を増やすだけですわよ」
「姫の仰せのままに」
レーラは冷や汗を流しながら、苦虫を噛み潰したような顔でほくそ笑んだ。
決して、飛鳥には見られないように。
○
弦月が闇夜を照らす時間。
飛鳥とレーラは、敵の根城である廃墟になった屋敷の目前へと来ていた。
「これでいんだな?」
「ええ、間違いありませんわね」
地図を飛鳥に見せて、胸を張りしたり顔を見せるレーラ。
「しかし、ここまで何もなかったなあ。見事によ」
「ええ、そうですわね……。何かあるかもしれません。警戒しておきましょう」
そういうとレーラは装甲を換装する。
途中でヌードが見えたら魔法少女の変身なのに、と残念に思う飛鳥。
「んじゃ、俺も」
そう言ってシネマガンを懐から取り出すが、レーラに手で制止される。
「戦うのは交代制で参りましょう。その方が体力が温存できますわ」
「んなら俺は最初から変身してた方がいいんじゃねえの?」
再度シネマガンを構えるが、またしてもレーラに手で制止されてしまう。
「日本のヒーローって、戦うにも制限時間があるのでしょう? なら、ここで変身しないのが得策かと思いますが」
なんでそんなことを知っているんだという言葉を飲み込み、ふと疑問が沸き上がる。
自分はこのシネマガンなどといった武具の事を、手に取るように理解できている。
それもそれでもちろん疑問なのだが、その理解の中には武器の制限などといったことに関しては、まったくと言っていいほど情報がない。
メリットだけを知らされており、デメリットは聞かされていない、という感覚だ。
日本のヒーローは変身時間に制限のある者が数多くいるが、変身その物にデメリットを負うヒーローだっているのだ。このシネマガンもそうでないという可能性はなくもない。
「……それもそうか」
レーラの言葉に納得し、シネマガンを懐にしまう飛鳥。
互いに納得し、廃墟となった屋敷の中へ入る為、守りの薄そうなところを狙う。
偵察隊の言っていた通り、ヘルヘイムの異形の兵士達はそこを根城としていた。
扉や窓といった出入りできそうな場所には、全て目が行き届いている。
だが、二人にはそのことは関係ない。
レーラの剣から、炎が燃え上がる。その剣先を正面出口へ向けて、撃ち込んだ。
扉は木製でできていたのか、よく燃えている。
急なことで驚いたヘルヘイムの異形の兵士達は、水を持って来て消火をし始めた。
「さて、準備もできましたし、裏口から回りましょうか」
「……ああ、そうだな」
飛鳥はレーラの後ろを見ながら頷く。
そこには、赤く輝く魔法陣が数え切れないほど浮いていた。時間差で炎が発射される魔法陣で、少しは時間稼ぎができる高スペックなものなんだとか。
それもそうだろうと飛鳥は納得している。こんなのが一時間も連射されるんだから、まさか一人でやってるとは思わないだろう。対応もここで追われ、その隙に後ろから襲う寸法である。
これもレーラの持つ聖剣キャメローンの力の一端で、ありとあらゆる魔法陣を生成し、操ることができるのだそうだ。レイピアの刀身を少し太くしたような剣だが、その刀身をよく見ると細かく術式が刻み込まれている。
この術式を全て把握し、戦場で使い分けて使用ができ、彫などが浅くなってきたら自分で修正するのだというのだから、レーラはすさまじい記憶力と繊細な物事が得意なのだろう。
聖剣というより魔剣、というより剣ではなく杖じゃダメなのか作戦会議の時に聞いたのだが、接近戦にも対応できる、国のシンボルが杖とかなんだか寂しい、という理由であった。国の士気を上げるためにレーラが制作したのだとか。
前情報では歌が得意ぐらいな情報しかなかったが、やっぱり主人公ということもあって、性能が桁違いだなあ、と飛鳥は思いながらレーラの後に続いていった。
○
裏口から入ってみたはいいものの、異形の兵士達の姿は見えない。
全て表門に回っているのか、と思えるほど誰もいないのだ。
「……もう残党もそこまでいないってことかね」
「油断は禁物ですわ。ヘルヘイムの残党のリーダーを探し出して、さらに混乱を招きますわよ」
「了解」
そうやって探しているうちに、大広間へと出た。
天井には大きなシャンデリアがあり、窓もいくつかある。これといって特徴のない、普通の大広間だ。
柱の陰に隠れて敵を探すが、どうやらここにもいないらしい。
「ここにもいないようですわ。先へ進みましょう」
「あいよ」
そう言って飛鳥はレーラの後に続いて行く。
丁度、飛鳥がシャンデリアの下あたりに来たあたりで、そいつは現れた。
遥か後ろから、天井が崩れた音がし、飛鳥はとっさに振り返る。
「――――よくぞ来た人間ども! 我はこの世界の真なる魔法王、ザカールなり!」
それは人間のような何かであった。
蛇のような形相を持ち、ゴリラのような肉体を持ち合わせている。
それを包む意匠は黒く長いローブただ一枚。その手には木製の棍棒の様な杖が握られている。
何より飛鳥が注目したのは頭部。その頂きには、毛が一本も存在しなかった。つまりスキンヘッドである。
飛鳥はどこかで見たような気がして首を傾げたが、見た目で判断してはならないと思い直し、すぐさま警戒する。
「レーラ、俺も――――」
振りかえると、飛鳥が今まで見たこともない、凄まじい形相で剣を振り上げているところだった。
反射的に構えを取ったが、飛鳥はすぐに腕を下ろして無防備に自分の身体を晒す。
戸惑いの表情を見せたレーラだったが、それでも剣を止めることはせずに、飛鳥の胸を切りつけた。
傷口から血を流し、飛鳥はその場に倒れ伏してしまう。
「なん、で……?」
そういったのは飛鳥ではない。レーラだ。
信じられないものを見るかの様に飛鳥を見下ろし、後退りするレーラ。
「なんで、そんな風に、貴方は笑うの……?」
震えた声で、疑問を呟くレーラ。
だが、飛鳥は優しい笑みを浮かべるだけで答えない。
床が突如として戸のように開かれ、飛鳥はそのまま落ちていった。
落ちるのが分かるとすぐさま床は閉じられ、もう出られないようになってしまう。
レーラは、それをただ呆然と眺めている事しかできなかった。
「よくぞやってくれた。レーラ・オルウッド」
ザカールに呼びかけられ、ゆっくりと頭を上げるレーラ。
笑顔を作ろうとしているのだろうが、その口元は引きつりあがっており、瞳からは涙が零れ落ちそうな程赤くなっている。
さらに胸を掴み、苦しみ喘いでいた。
解放感と罪悪感が生み出すコントラストが、ズタズタに引き裂かれた絵画をちぐはぐに繋ぎ合わせたような表情を生み出している。
「これ、で、私は」
事実、一言を口から出すだけで、彼女は胸が苦しかった。
けれども、確認して安心を得なければ、彼女の心臓が握りつぶされ、失意のあまり苦しみながら死んでしまう。少なくとも、彼女はそう思った。
だからこそ、エゴに塗り固められたその言葉を紡ぐ。
「――――現実世界に、返していただけるんですよね?」
「ああ、そうだとも。オリヴィエ」
レーラという人物を演じていた、オリヴィエという女優がそう言った。