第四話 救いのヒーロー、ただいま出動
「おっと、いけねえ。俺にはまだやることがあるんだったわ」
飛鳥は変身したまま走り出す。先程見た、街を囲う壁の崩れた方向である。
途中、異形の兵士達がこの国の兵士や民を襲っているのを見たので、通りかかるついでに倒していった。
爆発するので、槍で心臓を穿ち、空高く放り上げる方針である。
「な、なんだお前は!? 」
兵士の一人が話しかけて来るが、飛鳥は一度振り返り、口を開いた。
「無辜の民が、悲痛な叫びをあげている。お前と同じ、そいつを救うもんさ」
兵士の背中を叩き、喝を入れる。
「駄弁っている暇はねえ。さあ、行こうか!」
「え、え!?」
それだけ言うと、戸惑うこの国の兵士を引き連れて、目的地までへと急ぐ。
○
外壁は上からも崩されているが、その右斜め横下にも大きな穴があり、そこから異形の兵士達たちが侵入している。
彼らが作り出しているのは地獄だ。外壁は崩れ落ち、粉々になっている家の数々があった。
この街での基本的な家づくりは、土台となる一、二階が石造りとなっており、そこから上は木造となっている。
なので、崩れた外壁によって建物は粉砕されたことにより、それを作りなした木材や煉瓦といった素材が辺りにばらまかれているのだ。
これなら火災がこれ以上広まることもないだろうが、問題は他にいる。
高らかに、凶暴な生き物が吠える。
異形の兵士達が人々を傷つけ、行進して行く様が見て取れた。
人々は嘆き悲しみ、悲痛な叫びをあげている。
それは、瓦礫に埋まっている者や、異形の兵士達にいたぶられている者、親から切り離された子供達の声。
探せばそれ以上に多くの嘆く者達がいるだろう。
「――――聞いてらんねえ見てらんねえ」
そこに、赤い閃光を描くヒーローが現れる。
その後ろに走り疲れているこの国の兵士がへばっているが、それこそ誰も気にしない。
瞬く間に異形の兵士達を槍で薙ぎ払い、その奇怪な格好をした戦士は、戦いながらもその口を止めることはない。
「よーく聞け。お前さんらの悪逆非道の行いは、この俺が許しはしねえ。往生しな」
敵の数など関係ない。その赤い戦士は自分を傷つけることを許さず、槍の長さを臨機応変に伸縮しながら、異形の兵士達を蹴散らしていく。
瓦礫を舞い上がらせるその力強さは、人々にとって頼もしく思えた。
その姿、まさに一騎当千。
異形の兵士が人質を取ろうと人々に近づくが、伸ばされた槍を叩き込まれ宙を舞う。
「おーい、大丈夫か?」
赤い戦士は鉄仮面の口部分を外しながら、人質になりそうだった人々に話しかける。
この国の兵士達もこの場所にやってこれたので、少し余裕が出てきているのだろう。
「は、はい。ありがとうございます」
突然話しかけられ、戸惑う住人。
「そっかそっか。そりゃ上等だ。だけで、ここはあぶねえから、さっさと逃げな」
「ですが、子供がまだこの瓦礫の下に!」
そう言われて赤い戦士が瓦礫の隙間を覗き込むと、少年少女たちが確かにいた。
外の惨状に怯え、自分たちのいる状況をうまく呑み込めず、小さく震え縮みこんでいる。
ここにいる人々は、それを救おうと瓦礫を除去しているのだ。
「んじゃ、こうするか」
シネマガンを取り出し、『巻き戻し』のボタンを押した。
「そんじゃあちょっと、奇跡ってやつを見せてやる」
今なお崩れそうな外壁に照射する。
するとだ。瓦礫はまず右斜め横下の大きな穴をはじめとして、パズルのように埋め込まれていく。
物の数秒で城壁は、元通りに戻ったのだ。
少年少女たちを牢獄のように捕らえていた瓦礫はほとんどなくなり、すぐにでも出られるようになっていた。
赤い戦士がひょいと残っている瓦礫を取り除き、少年少女たちを抱き上げる。
「よしよし、よくがんばったな」
「へーしさん、真っ赤でへんなのー」
「えー? かっこいいだろこれ」
しかし、その子供達に自分の格好を疑問視されてしまう。
確かにこの世界観ではおかしな格好だろう、と飛鳥は納得する。
「へんなぼうしー」
「えェー!? かっこいいだろこれ!?」
そこは自分のセンスで選んだものだったので、ショックを受ける飛鳥。とはいえ、演技かかってるのだが。
笑みを浮かべ、子供達と他愛無い話をしながら、子供達を両親らしき二人に渡す。
突然の事態にさらに混乱している様だが、無理もないだろう。
「お父さんお母さんと、ちゃーんと逃げるんだぞ」
「うん、ありがとー! あかい人!」
子供達にそういうと、赤い戦士は戦場へと舞い戻る。
両親も遅れてありがとうございますと言っていたが、赤い戦士は振り返らない。
「赤い人じゃねえ、よーく聞いておけ」
もう逃げられないな、と意地悪な笑みを異形の兵士達に向けて、槍を振り回す。
既に力を使いこなせている飛鳥を、止められるものは誰もいなかった。
異形の兵士達は逃げるために必死こいて外壁を砕こうとするが、穿たれるだけで穴は開かない。
飛鳥の槍に突かれ、投げられ、異形の兵士達は紙屑の様に舞い上がっていく。
「無辜の民がもがき苦しむ。そいつぁ聞いてらんねえ見てらんねえ! だからこそ俺が立ち上がる! 俺こそは救いのヒーロー、飛鳥武蔵!」
槍にフィルムコアを取りつけ、赤い力の帯が巻かれるのを確認すると、すぐさま異形の兵士達に槍を伸ばし、薙ぎ払う。
「どうしようもなく困った時、俺の名を呼びな!」
空で爆発する異形の兵士達。
それは、新たなヒーロー誕生を祝う、花火のようにも見えた。
人々はそれに歓喜し、大声を上げて『アスカ』というヒーローを受け入れた。
この後、飛鳥はレーラが来るまで、その場にいる人々と共に人命救助に勤しんだのであった。
○
人助けをしながら異文化交流をしていた飛鳥は、現在レーラと二人だけで個室にいた。
とは言っても、男として魅惑的な状況で無い事を、飛鳥はできている。
「なあ」
頬杖をしながら、どこか遠くを見ている飛鳥。
「なんですの?」
飛鳥の発言を、一言一句逃さず紙に記していくレーラ。
「俺って、拝み奉られるようなことしたんじゃねえのかなあ……」
厚顔にも程がある発言だが、実際城下町の人々には慕われており、レーラが来るまで人命救助の手伝いや、この国の兵士達の手伝いをしていた。
あの真っ赤な格好で。
「ええ、迅速に対応してくださって、感謝しておりますわ」
「だったらさあ、この扱い、どうなのよ?」
ジメジメとした地下室を見回し、帽子で泣きそうな目元を隠した。
ここは地下の一室、机と椅子と蝋燭しかない場所で、飛鳥は明らかに事情聴取を受けているのだ。
「もうちょっとさあ、疲れてるんだからねぎらうとかして欲しいわなあ」
ぐでー、と椅子に体重をかけ、椅子の前足を浮かして遊び始める飛鳥。
急に態度がデカくなりやがりましたねこの野郎、という怒りをレーラは大きな胸の内にひたすら隠し、平静を装い優雅を意識して口を開く。
「……ここから先は国の重要機密になりそうなので、誰にも聞かれない場所がいいと思っただけですわ」
信頼できる兵士に見張りはさせておりますが、ここまでは届きませんわ、とレーラが付け加える。
「……国の重要機密だぁ? そいつはいったい、どういう意味だ?」
その言葉に反応し、深く座り直す。
「異形の兵士達、あれらはすでに封印された者達なのです」
飛鳥は自分の記憶の中をひっくり返し、『ローレライの騎士 最終章』の事前情報を探してみる。
前作までの主人公とヒロインを両親に持つ今作の主人公であるレーラが、一族の因縁に決着をつけるため、魔物の国であるヘルヘイムと人間の国であるミズガルズの全面戦争、と聞いている。
封印するのであれば、この映画は前提としてあり得ない。
そこで飛鳥は、既に物語を終えている世界なのではないか? という仮説に至った。
「……あー、お前さんは、ヘルヘイムに完全勝利したってわけか」
「犠牲は大きく、多いモノでしたわ。ですが、魔王アブグルミナルを討ち取り、ヘルヘイム自体を封印したのです」
魔王アブグルミナ、第一作で主人公一行のラスボスを務め、卑劣な罠と圧倒的な力で主人公たちを苦しめた強敵である。主人公と対面したときに、初代ローレライによって封印されているはずだ、と飛鳥は記憶している。それが最終章で出て来るとは、あまり予想しておらず、とんだネタバレを食らったものだと飛鳥は苦心する。
しかし、この映画での封印とは、総じて数百年単位閉じ込めておけるものだ。だが目の前の主人公は、あまり歳をとっていないように見える。
これはいったいどういう事なのだと、飛鳥は疑問を浮かべた。
「そりゃ何年前の話だ」
「……一年前ですわ」
顔をくぐもらせ、苦い顔をしながら告げるレーラ。
「おいおい、そりゃいくら何でも早すぎるだろ。適当な封印をしたんじゃねえだろうな?」
この映画を最初から最後まで見たから確信は持てないが、このシリーズの映画の封印というのは、百年打のなんだのとそれなりに長い年月封印できるはずだった。
「……父と母、そして数々の仲間たちが、命を引き換えにして封印したものが、適当?」
どんな展開でそうなったと目を見張る飛鳥だが、そんな場合ではない。
封印は大量の魔力を使う、という設定は知っていたが、まさか命を使ってまでも封印するというバンザイアタックに衝撃を隠せない。
映画を見てからこの世界に来たかったなあ、と不謹慎と分かっていながらも、飛鳥は思ってしまう。
しかし、自分が飛んでもない失言をしていたことも分かっていたので、とても申し訳ない気持ちになった。
「……あー、そうとは知らなかったんだ。まことにすまねえ。だがよ、じゃあそれがなんで、あんなにワンサカ出てるんだ?」
困ったような顔つきで、手を組んで顔を俯くレーラ。
「封印は完璧でした……何度も何度も読み返して、あの封印は計算上約五千万と六百年は封印できるはず、だったのですけども……」
「あー……、つまりは、全くもって分からんと?」
「ええ、まったくもって遺憾ながら」
誰もが一目見ただけでも落ち込み、イラだっていると分かる表情をしながら、頭を抱えるレーラ。
それを見ながら、飛鳥は帽子を深くかぶり直して、色々と考えていた。
「なあ、それをなんで俺に話すよ? むしろ俺が色々と、質問に答えないといけないんじゃねえの? 変身の事とか、変身の事とか変身の事とか?」
そう聞かれると、レーラは苦い顔をして頭を抱える。
「では聞きますが、あのコス……変なアーマーなんですの?」
「すまんが、俺にも全く分からん」
今度は飛鳥が苦い顔をしたが、レーラは予定調和とばかりに頷いた。
「でしょうね。あの時ご自分でそう言ってましたし?」
「ああ、そりゃ聞かんわなあ。うん」
わかっていることを聞くだけ時間の無駄なので、省いたということらしい。
もっとも、分かりもしないのに質問してほしいと妙な推しをされた為、レーラは質問せざるを得なかったのだが。
「それともう一つ。……アナタ、あの奇怪な化け物の言葉、わかりましたの?」
「あ? ヘルヘイムのやつも、兵士以外の騎士とかは喋るやつはいただろう?」
質問の意図がよくわからない、と首をかしげる飛鳥。
映画では強キャラなどは普通に喋っていたし、最終章の予告編でも喋っている怪物を見た、と飛鳥は記憶している。
だが、レーラの様子からすると、どうも勝手が違うらしい。
「あの燕尾服の化け物の言葉、少なくともわたくしと近くにいた兵士達にはわからなかったですわ。しかし、アナタはわかっていたような素振りを取っておりましたが、それはいったいなぜでしょう?」
「……それってマージ?」
そういえば、と飛鳥はこれまでを振り返ってみる。
燕尾服の化け物に最初に教われた時は、何を言っているかさっぱりであった。しかしその次の襲撃の時には、名前まで呼ばれている。
その二つの襲撃の間に、何か違いはないだろうか? そう考えると、飛鳥は一つだけ思い浮かぶことがあった。
トランクを、開けたか否かだ。
ウエストポーチから、シネマガンを取り出してみる。
「……これに触れたから、かね?」
「便利ですのね、それ」
飛鳥は思い出す。そういえば、外国の映画に出てきている登場人物なのに、町の人や子供達とも何の問題もなく話せていたと。
もしかすると、このシネマガンガンには翻訳機能があるのかもしれない、と弄くっていると、案の定『翻訳』と書かれたボタンがある。何らかの形で押してしまったのかもしれない。
そう考えてしまえば、飛鳥も納得できたし、レーラにその事を話せば、「そういうことですのね」と頷いた。
「んでよ、この会話が国家機密になりえるってのか? そりゃよ、俺の使った力は規格外かもしれんが」
「勿論そうなのですけども……実は、お願いがありますの」
真摯な眼差しで飛鳥を見つめ、今にも吐き出してしまいそうな不安な顔をしながら、震える唇で語りかける。
「私を、助けて欲しいんですの」
「――――いいぜ? 俺は一体お前を何から助けりゃいいんだ?」
間髪入れずに返事をし、帽子を深く被り直し、身を乗り出して話を聞く体制に入る。
一方のレーラと言えば、その返答に戸惑っていた。
無理もない。話の流れでお願いを察せるかもしれないが、まだ何をしていないかも言っていないのだ。
だいたいそこは興味深そうに頷き、「どういうことだ?」と聞く場面ではないだろうかと彼女は思った。
「え、ええと? そう、軽い感じでそういう事を引き受けちゃって、いいんですの?」
あまりに簡単に承諾するので、逆に心配になってしまう。
最初にあった時は警戒心があったのだが、今はなんだか子供の様に無防備だ。
疑うけどもだんだんと懐柔されていく詐欺とかにあってしまうタイプだと、レーラは思い、この飛鳥の招来が心配になった。
いや、レーラにとって、今はそんな事を考えている場合ではないのだが。
「ん? まあヘルヘイム残党とか、封印の何やかんやを一緒に調べてほしいってことだろ? 封印がどういうモノかは全く分からんが、まあ専門家を護衛しながら進んでいくとか、そういう事をすりゃいい感じかねえ?」
色々とレーラが考えている間に、ペラペラと口の回る飛鳥。
本当に最初の時とは別人で、出し惜しみ無し、水湯の様に言葉が出てくる。
「勝手に話を進めないでくださいまし!」
「え? なんか違ったか?」
はて、と首を傾げる飛鳥。
「大体あっておりますけども……ちゃんとお話は最後まで聞いてくださいまし。早急な男は紳士とは言えなくてよ?」
「いやあ、すまんすまん。あんなことがあっちまったもんだから。つい」
その言葉で、レーラは考えを改めた。ああ、この男は、力におぼれている、と。
先ほども話したように、この男は力を手に入れたてのようだ。
拾った時に嫌というほど見たが、もう一度容姿を見てみる。
灰色Vネックの白Tシャツの上に黒いジャケット。下はレザーパンツにベルトとチェーン。
足元は黒い靴下に黒い運動靴。頭には白いソフト帽だというのに、後頭部からは長い髪を適当にひとまとめにしている。
顔は綺麗に整っており、イケメンではないが男前だとかワイルドといった雰囲気を感じる。
後八重歯がとても気になった。矯正してほしい。歯の並びをどうにかしろ。
若い、ダサい。若ダサい。自分が一番かっこいい、とこの男は思っていそうだとレーラは頭を抱えた。
そこまで考えて、少し話が脱線したとレーラは考え直す。ファッションセンスが壊滅的なのは今はもうどうでもいい。問題は若い、ということである。
若いというのは、自分を特別視して欲しいという願望や、自尊心といったものも成人男性の何十倍も傾向がある気がするとオリヴィエは思っている。
そんな者が急に力を持ってしまえば、有頂天になってバカになってしまうのも必然だ。
しかし、そんな馬鹿でも、今の自分には必要なのだと、レーラは自分にいい聞かせる。
「……実は、そのヘルヘイム軍団の本拠地は調べがついているのです。そこをわたくしと共に叩いてはいただけないかと、思いまして」
「いいぜいいぜ、任しておきな」
ニカッ、といい笑顔で了承する飛鳥。なんだか考えることを放棄してしまったんじゃないかと思えるほど清々しい。
「と、なるとだ。この国の兵隊ってのは何千……いや、本拠地と言うと向こうの籠城戦となるから、無理してでもかなりの人数は連れて行きたいな。あー、戦力の方はどうなってる? できりゃ今回燕尾服の化け物とか、向こうの戦力についてとかも考えておきたいんだが」
あ、意外と考えてる、と飛鳥の切り替えスイッチについていけないレーラ。
というかこっちが話の主導権を握っているはずなのに、色々と向こうの思考回路がおかしいせいで振り回されていた。
なるほど、異文化の壁か、とレーラは頭のどこかでそんなことを思っていた。
しかし、まともな日本人は、こんなにおかしくはないと、ここで明言しておこう。
「それなんですが……まずあの空を飛ぶ魔物の方。あれ、わたくしは見たことがないどころか、記録にすら残っていませんでした」
「……ほーう、新種か?」
そういえば、と飛鳥は振り返ってみる。
ローレライの騎士に出てくる異形の戦士たちの数々は、異形の兵士達やといった雑魚とラスボス以外には、モチーフとなる動物がいる。監督曰く、その方がインパクトや最近の需要があるらしい。
しかし、燕尾服の化け物は動物モチーフにはなっていなかった。となると、あれがラスボスということになるのだが、飛鳥が圧倒的に強いという点を加味しても、あそこまで一方的な戦いになるとは思えない。
案の定、レーラも分からないようで、首を横に振っている。
「違う、と思われます。過去の文献を漁っても、どうにもあれは異質すぎます。ともあれ、あれについて考えていても仕方がないでしょう。わたくしから確実に言えることについて話していきましょうか」
いったん間を置くと、とても申し訳なさそうにレーラは口を開く。
「……今回、その本拠地に行くのは、わたくしとアナタだけになりそうなのです」