第三話 ヒーロー誕生
飛鳥は帽子を荒々しく被り、今自分に何ができるかを、観察しながら考える。
「……これは壁が砲撃の類でも受けてんのか?」
「何が一体、どうなってますの!」
急いで部屋を飛び出すレーラ。外に待機させていたメイドも困惑しており、外の様子の事は知らなそうだ。
「おい! 俺にも何か手伝わせろ!」
それに続くように部屋の外に出ようとした飛鳥は、気が付かなかった。
はるか上空からこの部屋に急降下してくる謎の物体に。
直後、風が吹き荒れ、部屋にある物は例外なく吹き飛んだ。
帽子を頭に抑えながら壁に叩きつけられた飛鳥に、全身に痛みが走る。さらに頭には先ほどのトランクが落ちてきた。
「帽子被っても頭痛ぇ……」
トランクを床に置き、帽子を抑えるようにさすりながら起き上る。
対してレーラはメイドを抱えて、体制を崩さず華麗に着地した。
「どこのどちら様ですの?」
メイドを降ろしたレーラは、指に付けている鉱石の指輪を構え、そこにあるダイヤルを回す。
すると、服の上から瞬時に装甲が装着され、煌びやかに埋め込まれる数多の宝石が柄に埋め込まれた宝剣が腰の鞘に収まっている。機動力を重視している鎧のためか、フルアーマーではないが顔以外の肌色は見えない。
つまり足の絶対領域が消えてしまったと言うわけでもあり、そういう意味では半べそ気分の飛鳥。
戦闘準備が完了したレーラは、飛鳥と飛来した謎の物体の間に割って入る。
「……わお、マジの魔法だ。それ、幾らで譲ってもらえる?」
「売る気はありません。軽口などを叩いてないで、今はこの化け物に集中させてくださいまし」
「あいよ」
飛鳥は軽口を叩いてみるが、レーラから一蹴にふされてしまう。
柄に手を添え、乱入してきた人物を見据えるレーラ。
その目線の先には、青空に相応しくない化け物がいた。
それは人型ではあったが、背中からマントのような翼が生えており、その眼は赤くギラツイテいる。
服装は燕尾服という気品あふれた代物だが、そのすさまじい顔には下劣な笑みが張り付いており、その口の中には人とは思えないほど凶悪なる牙を覗かせていた。
燕尾服の化け物はレーラの言葉を聞きとどめることなく、レーラを避けて飛鳥に飛び掛かる。
「この場面で俺か。明らかに舐められてんなーオイ!」
先ほど床に置いてあったトランクを蹴り上げ、飛び掛かってくる化け物の顔にぶつける。
まさかの行動に驚いたのか、まともに顔に受けてしまい、よろめき呻く化け物。
その隙を柄を握るレーラが見逃すはずもなく、すぐさま鎧戸方面に斬りつけて外に押し出した。
「いい判断でしたわ。ですが、危険ですのであまりやらないように」
「そう言われても、こればっかりは状況次第だな」
ふと、先ほど蹴り上げたトランクを見る飛鳥。
よく見るとどこかで見覚えがある気がして、記憶を呼び起こす。
そして思い出した。このトランクは、映写機に吸い込まれたときに掴んだものだ。
取っ手を握ってみると、あの時握った感触と同じで間違いないと分かる。
あの映画館にあったものだ。もしかしたら、何か手がかりがあるかもしれない。
「なあ、これって、俺と一緒にあったのか?」
レーラに問いかけるが、返答はない。
振り返れば、いつの間にかいた兵士達と、なにやら英語で話し合っている。
話を聞くたびに、顔を青くし、とうとう頭を抱え始めた。
早口で飛鳥には聞き取れないが、レーラの表情からすると、いい話題ではないだろう。
そんな彼女に話しかけるのは気が引けたので、とりあえず中身だけでも見ようと、トランクを開けた。
「……なんじゃあこりゃあ?」
中にあったのは三つ。一つ目はウエストポーチ。二つ目は昔の撮影で使うマガジン(フィルムにカメラにセットするための入れ物のようなモノ)だ。
そして、この三つめが特に奇抜だ。カメラと銃を、足して割ったかのような機械だ。
「奇怪な機械だなあ……」
基本は銃の形を模しているのだが、銃口がレンズでできており、接眼窓もちゃんとある。これだけならカメラと言えるかもしれないが、トリガー取りつけられており、尚且つ早送りボタンや停止ボタンと言ったものまで備わっていた。何やら差込口のような物があり、これにマガジンをセットするのだろうとわかる。
しかし、どういった意図で使うものか、さっぱりわからない。カメラのオモチャかとも思ったが、電源を入れるボタンがそもそもない。
とりあえずマガジンと組み合わせてみたが。何か起きる兆候はない。
引き金が電源になっているユニークなオモチャなのかもしれないが、あの映画館にあったものだ。使用用途のわからないものを、変にいじくりまわさない方がいいだろう。
「……あの。少しお話よろしいくて?」
慌てふためく兵士達をの中、ローラが話しかけてくる。
「あ? ああ、悪い悪い。外に出るって話だったな」
よくわからないが手に持ったまま立ち上がろうとするが、その視界の隅に奇妙なものを見つけたからである。
なぜならば、先ほど突き落とした燕尾服の化け物が再び舞い上がり、飛鳥に襲い掛かって来た。
「コンチクショウ! なんだってんだ!」
対して飛鳥は跳び蹴りで応戦するが、当然のごとく弾き飛ばされる。
壁に叩きつけられたが、慣れたものでなんとか床には着地には成功。
しかし、二度も床にたたきつけられると、痛みで思考が鈍くなってきた。
「アスカムサシ。貴様の命も今日ここまでだ。潔く散れ」
「……いやあ、俺が有名人だってのはわかっちゃいたが、こんな所にまでファンがいるとは思わなかったぜ。仲良しの握手してみる?」
軽口をたたき、帽子を何とか被り直しながら立ち上がる。
「お前のファンなどいるモノか」
「ファンクラブあったと記憶してるんだけどなー。アレー?」
飛鳥を怖がらせようとしているのか、ゆっくりとした足取りで飛鳥に近づく。
そんな油断しきっている状態を、レーラ達は見逃さない。
レーラを筆頭に斬りつけようとするが、燕尾服の化け物が腕を振るうだけで天井に叩きつけられてしまう。
落ちていくレーラを、鈍い思考の中で見ていた飛鳥の目に、闘志が宿った。
「おいお前さん、何のためにこんなことをする。なぜそこまでして俺を狙う必要がある」
「答える必要はない。お前は、ここで散っていけば、それでいい」
「そうかい」
先程トランクの中にあった奇怪な機械を構え、レンズと言う名の銃口を向け、引き金らしき部分に指をかける。
「そんなオモチャで何ができるというのか」
腕を広げ、笑う燕尾服の化け物。
そうだ。これは本物の拳銃ではない。そもそも、レンズから何が出てくるというのか。
「日本の主人公の常套句を教えてやる」
だが、この時の飛鳥武蔵には確信があった。
この引き金を引けば、自分はとんでもない道を辿ると。
「『やってみなきゃわかんねえ』ってヤツさ」
そう思っても、トリガーを引く。何も迷いはなかった。ただ、目の前の行いを許せない、その一心であった。
レンズから、光弾が撃ちだされる。
赤く光るその光弾は、曲線を描きながら――――飛鳥へと放たれた。
「え」
さすがに自分に当たるとは予想の斜め上をいっていたため、回避行動すらとることができない。
直撃した飛鳥は、飛んでいく帽子を抑える動作もできずに、赤い光に包まれる。
「……色々と説明願いたいのですが」
あまりに唐突な出来事に、周りもついて行けずただ呆然とするのみ。
燕尾服の化け物ですらどうすべきか迷う素振りを見せている。
しかし、それは一瞬の出来事だ。赤い光はすぐに収まった。
「そいつは俺のセリフだ」
気が付けば、飛鳥の服装が変わっていた。
真っ黒な布地の上に赤いメタリックなボディアーマー。ボディだけではなく、手甲や足甲といったモノまで煌びやかに装着されている。
ただ、赤いロングコートで手甲はあまり目立っておらず、ロングコートを上からまいているベルトでデザインとして引き締まっている。その腰には先ほどのウエストポーチが取り付けてれている。
顔は全体に鉄仮面で覆われているが頭には何の装飾もなく、その為か黄色く光る複眼が眩しい。
一言でまとめてしまえば――――特撮ヒーローそのものだ。
「なるほどなるほど、こういうやつか。いいね、気に入った」
こんな時に、いや、こんな時だからこそだろうか。
彼は思い出していた。幼き頃に夢見た、ヒーローの姿を。四角い画面の中で大活躍する、数多のヒーローの姿を。
幼い頃は、当然自分もなれる物だと思っていた。
――――夢というのは、星の輝きに似ている。そこにあるとわかっていても、手の届かないもどかしさがまさにそれだろう。
生まれて二十六年間、彼は様々なことに挑戦してきたが、どれもこれも彼の目指していたヒーロー像とは違うものだった。
どんなに良い事をしても、色々な人に持てはやされても、ヒーローになったとは思えなかった。
どれだけがむしゃらに手を伸ばしても、ヒーローの輝きだと思えるものを、この手に入れることはできなかった。
けれど、今ならはっきりとした手ごたえがある。ヒーローになれる手ごたえが、実感できる。
憧れるヒーローの背中を、これでなら追いかけられる――――!
「よっしゃあ! 俺は、ヒーローになる。なってやる!」
自分に喝を入れて、真っ白なソフト帽を拾い、鉄仮面の上から被り直す。
「んじゃまあ、クランクインと洒落こもうか」
拳を握り、燕尾服の化け物と相対する。
「何を言いだすかと言えば、ヒーローだと? バカバカしい。見掛け倒しもはなはだしいわ! すぐさまクランクアップにしてやろう!」
燕尾服の化け物も、黒い霧をまき散らし、そこから深紅の剣を取り出す。
すぐさまそこから攻撃体制に転じ、剣を振りかざす燕尾服の化け物。
だがその程度の事で飛鳥は臆する事はなかった。
襲い掛かる剣の側面を左拳ではたき落とし、右拳で鳩尾に叩き込む。
すると燕尾服の化け物は、ボールの様に鎧戸の外へと叩きだされてしまう。
「……なるほど、こういう感じか」
鳩尾に叩き込んだ右手を開いたり閉じたりして、感慨にふける飛鳥。
「あの、どういうことですの? これ?」
恐る恐るといった様子で、飛鳥に話しかけるレーラ。
「それこそ俺が聞きたいんだがね。まあ、とりあえずアイツをどうにかしてくるわ」
そういうと、鎧戸から勢いよく飛び出す。
「無茶苦茶ですわ……!」
驚いたような声が聞こえたような気もしたが、飛鳥は気にせず降下していく。
不思議なことに、なんとなくだが、力の使い方を理解し始めている。
誰かに説明されることなく、変身したこの身体の機能を扱うことができる。
その証明に、降下しながらもウエストポーチからある物を取り出す。
ガンマイク(撮影などでマイクマンの持っている棒の先にあるマイク)とブーム(撮影などでマイクマンの持っている棒部分)を模した槍だ。こういう武器があることを、なぜだが飛鳥にはわかってしまっていたのだ。
「こりゃ意匠が凝ってるな。製作者の愛を感じるね」
落ちながら燕尾服の化け物を観察する。
あっちは打って変わって、上昇しようと翼をはためかせている。
そうはさせるかと言わんばかりに、ブームの長さを通常の法則上ではありえないほどに伸ばす。
特にツマミなどがあるわけではない。どういった理屈かは分からないが、飛鳥の意思によって伸びている。
どことなく、西遊記の孫悟空の持つ、如意棒を連想させた。
「ウオリャッ!」
そのまま振り回し、燕尾服の化け物にガンマイク部分を模した刃を穿つ。
呻きながら槍を抜こうと手をかける燕尾服の化け物だが、その前に地面に叩きつけられた。
勢いは十分。飛鳥の全体重も相乗され、ひとたまりもないとばかりに呻く。
「は、ぅぐっ……! クソ、こんなアメコミヒーローみたいなやつとは聞いてないぞ!」
「悪いが、俺はアメコミヒーローみたいに牢屋にぶち込むなんて、器用な真似はできねえぜ」
帽子を押さえながら地面に着地し、槍を燕尾服の化け物に突き刺したまま振り回し、放り投げて壁に叩きつける。
「それによ、こいつはどちらかといえば、日本の特撮ヒーローってやつさ」
槍を地面に突き刺し、ウエストポーチからフィルムコア(フィルムを巻く中心部分道具)を取り出し、しゃがんで足首に取りつける。
「なんせ、必殺技なんてものがあるんだからな!」
すると、フィルムコアが回転し始め、どこかからフィルムのような光る赤い帯を巻き取りはじめる。
燕尾服の化け物は、フィルムコアに巻き込まれていく力の奔流を見て、顔をひきつらせた。
その表情を見るだけで、飛鳥はこの力が目の前の化け物を倒しうる力だと確信できる。
「降伏して街で暴れているやつらを止めるか、それともここで散るか。選ばせてやろうか?」
決して逃がさぬようにと、睨みつけながら脚を広げ、構えを取る。
その立ち振る舞いは、先ほどまでの無力な男とはまるで違う。
力を持ったところで、ここまで淡々と物事をできるとは思えない。
殺すという事に、これっぽっちも戸惑いがないからだ。
だが、選ばせる余地があるだけ、まだまだ甘い。
「わ、分かった! 降伏しよう!」
白旗を振るようにブンブンと奇妙な手の上げ方をする燕尾服の化け物。
それに満足した飛鳥は、フィルムコアを外そうとしゃがむ。
「んじゃさっさと町のやつら引き揚げさせ――――」
そこまで言ったところで、飛鳥はフィルムコアを取る手を止めた。
飛鳥は気が付いた。燕尾服の化け物が、笑みを浮かべていることに。
それは死を免れた安堵の笑みではない。人を陥れたと確信した時の笑みだと、飛鳥は知っていた。
飛鳥は即座にあたりを見回すが、もう遅い。
上から映画館で見た、異形の兵士達が、城の塀から飛び降りてきたのだ。
その手に各々武器を持ち、飛鳥を殺そうと振り上げている。
身体能力がいくばくか向上した飛鳥でも、全て避けれるとは思えない。
アーマーがあるのだから防御力もあると思うが、どれほど硬いのかを飛鳥はまだ理解できていない。
わかったのは使い方、どれほどの性能なのかは、使わなければわからなかった。
自分の甘さが招いた結果に、頭を抱えてしまう。
「……しゃーねーなあ、こいつの性能でも試してみるか」
冷や汗をかきながらも、一か八かの賭けに出ることを決めた。
ここまで来れば、もうなんでも来いと、少し自棄になっている部分もあるのかもしれない。
ウエストポーチから、先ほど変身に使ったアイテムを自分の手に放出させる。
それを流れるように掴み、そのまま勢いを付けて上に振りかざす。
画面にできるだけ多くの異形のの兵士を入れて、『スロー』のボタンを押し、引き金を引く。レンズから光線が放たれ、画面に入っていた異形の兵士に襲いかかる。
するとだ、異形の兵士達の動きがゆっくりとしたものになっている。それどころか、落ちていくスピードさえも遅くなっている。
そうこの変身アイテム『シネマガン』は、撃ち抜いたもの時間を操る事ができるのだ。(制限はいくらかあるのだが)
その光線に当たっていない異形の兵士も外側にいるのだが、ゆっくりと動く眼前の仲間たちが邪魔で飛鳥のいるところまで進むことができないでいた。
「ちょいとばかし痛いが、自業自得だ。覚悟しな」
しゃがんでいる体勢から、全身の筋肉と地面に突き刺さる槍を使い、螺旋しながら舞い上がる。
「――――ゥオラァァァアッ!」
丹田に力を込めて叫び、回転しながら動きの遅れた異形の兵士達を言葉の通り蹴散らしていく。
フィルムコアに巻きついた赤い力の奔流は、一脚という尺ではとどかない敵もまとめて薙ぎ払う。
全ての兵士達が蹴り飛ばされ、もがき苦しみながら起き上がろうとする。
しかし、それは叶わない。
なぜならば、その身体が膨れ上がり、爆発してしまったからだ。
日本の特撮ヒーローを自称していた飛鳥も、これにはさすがに驚いた。
「爆殺させる気はなかったんだが……特撮ヒーローでも敵兵は死ぬし、まいっか」
ふと燕尾服の化け物の方を見てみれば、飛び立って城から逃げ去ろうとしている。
「っと、逃がすかよ!」
足を振り上げ、フィルムコアを槍に装填する。
槍に赤い力の奔流をかき集めながら、まっすぐ走り、まっすぐに跳躍する。
無論、狙うは燕尾服の化け物ただ一つ。
「待て待て! 降伏する! 降伏するから助けてくれ!」
怯える燕尾服の化け物を無視して、飛鳥は突き進む。
「お前はチャンスを与えられたのに、それを蹴った。その時点で、信頼は失ったんだぜ」
三次元のジグザグの軌跡を真っ赤に描きながら、高速で舞う飛鳥は、燕尾服の化け物を穿とうと突き刺しに行く。
燕尾服の化け物も楯のような魔法陣を空中に描き、身を守ろうとする。
「死ぬほど痛いオシオキだ! 歯ァ食いしばれ!」
だが、飛鳥には関係ない。
赤い力の奔流を一点に集中させた槍は、守りを砕き、醜い肉体さえも貫いた。
「ば、バカナァァァァァァアアアアアア!」
化け物の断末魔を聞きながら、槍を引き抜き飛鳥は街へと着地する。
それと同時だったか、前だったか。
燕尾服の化け物もまた、爆発し、その身を粉々に粉砕されたのであった。
鉄仮面越しに、飛鳥はそれを見つめる。
「……これにて一件クランクアップ。ってか?」
まだ慣れもしない決め台詞を呟いたが、それを聞くのは誰もいなかった。