第二話 映画の中の世界
まどろみの中、飛鳥は自分がベットで寝ていると感じていた。
うまく働かない思考の中、こうなるまで何をやっていたのかの記憶が鮮明に蘇っていく。そう、不気味な映画館での出来事だ。
「……あ?」
目を開けてみると、おかしな天井であった。電灯がないのだ。
部屋を見回してみれば、現代建築ではないような石材や土などで作られている。
壁にはタペストリーなどが書けてあり、どことなく気品さが溢れている。更には壁には蝋燭が立てかけてあった。
扉は木製でできている様だが、丁寧に模様が掘られており、雑な作りでないことがうかがえる。窓はあるが、ガラス製ではなく鎧戸のようだ。
自分のソフト帽が置かれている棚や、机とイスがあるが、どれもこれも木製だ。
「随分と古い造りだな。外観からして……うん、明らかに日本式じゃねえな。西洋あたりの造りか、こいつは?」
飛鳥が詳しく見ようと立ち上がろうとすると、ベッドの傍に自分の靴とこの風景に見合わぬトランクが置いてあった。
床を見ると、濡れた靴跡が扉へと続いていた。飛鳥の靴のモノではない。
「はーん、西洋式の文化っていう感じか。こりゃ?」
それをみて自分の靴を履くと、鎧戸に近づいて、多少不器用ながらも戸を開く。
開けた先に広がっていたのは、この建物の様に石材、土、木材などで作られている家々が、ぎっしりと詰まっている。奥には街と草原である外を分けるかのように、壁がそびえたっている。
そんな光景を、飛鳥は見下ろしていた。
「……ありゃ外壁ってやつか? 随分と凝ってんのな」
呑気に感想を漏らしている飛鳥だが、正直に言ってしまえば彼は今とても混乱している。それもそうだろう。映画館での怪奇現象を経てのこれである。
現に不敵の笑みを浮かべようとしても、苦笑いにしかならなかった。
「……いや待て、この光景どっかで見たような……?」
状況整理ができないまま外を眺めていると、ノックが四回鳴り響く。
ここで飛鳥は対応に迷った。なぜなら自分をここに連れてきた人物というのものに全く心当たりがないからだ。
拘束されていないようだし、悪い人物ではないのかもしれない。だが、あえて油断させようとこのような扱いをしているのかもしれない。ならば襲い掛かって話を聞くか? そうだとするともし善意であった場合人として最悪だしこの対処は野蛮すぎる。ああノックは四回していたという事は、結構礼儀の良い人物か? いや習慣ってこともあるだろうし……どうするよ俺!
そう飛鳥が混乱している頭の中で必死こいて考えていると、ノックをした人物はまだ飛鳥が起きていないと判断したのか、ドアを開いた。
とりあえず友好的な人物だと神に祈って鎧戸の傍に立つ。
扉の先には――――控えめに言って美女がいた。
空に浮かぶ雲のように真っ白な長い髪を、ウェーブをかけて一房で纏めあげられている。その瞳は蒼く煌めくサファイアのようだ。
服はボレロのような物を着ており大きな胸が服を盛り上がらせているが、彼女自身の佇まいもあってか気品があるように見える。胸部が凄まじい魅力を放っているので、そこらへん飛鳥は男として目のやりどころに困ってしまう。
白いブーツと白いスカートの間の絶対領域が太陽のごとく眩しい。
「……ひゅー」
飛鳥はそんな彼女に、窓に寄りかかりながら見惚れていた。
恋に落ちた乙女の気分って、こんな感じなのだろうか、と現実から少し離れて変な考察まで行っている。
「あら、もう起きて大丈夫ですの?」
声をかけられて、ようやく脳内の処理が落ち着く飛鳥。
「え? あー、よくわかりませんが、体の方は快調です」
笑みを浮かべ、思わず敬語で返事をする飛鳥。
彼の言っていることも事実で、疲れや怪我といったものはなかった。
「こちらとしては、元気でいればそれに越したことはありませんわ」
柔らかい微笑みを添えて言葉を返す女性。
よくよく見てみれば、その女性には見覚えがあった。
『ローレライの騎士 最終章』の主人公のレーラ、という誉れ高い騎士の家系の者であった。
飛鳥が覚えている限り、第四章の最後で主人公とヒロインとの間で生まれた赤ん坊として登場し、最終章の制作記者会見でも、当時人気がうなぎ上りであったオリヴィエという若手女優を起用していたのが記憶に新しい。
物語の役割としては、前作までの主人公とヒロインを両親に持つ今作の主人公であるレーラが、一族の因縁に決着をつけるため、魔物の国であるヘルヘイムと人間の国であるミズガルズの全面戦争、というあらすじであったはずだ。
未公開の映画でさわりぐらいしか知らなかったが、確かそんな感じだったはずだと記憶を掘り起こす飛鳥。
そういえば、街の情景も映画の予告編とかで見た気がする。と、ここまで来てとある可能性に思い当たる。
あれ、これもしかして、映画の中じゃね?
顔を青くし、きっとこれは夢とかドッキリの類だと思い込むようにする飛鳥。
しかし目の前のこのハリウッド女優を使ったり、CGで作られているはずの街の情景を完全再現、これらは自分の格では贅沢すぎる予算の使い方である。それに映画の発表中止を機に映画関係者共々行方不明とかいう不穏な噂があった気がする。その一人に、女優のオリヴィエもいたはずだ。
となると明らかに冗談の類ではないし、鎧戸に寄りかかっても冷たい感触がするので夢ではない。
だが、彼女が映画の登場人物のレーラと決まったわけではない、ということに気づく。
「……私は飛鳥武蔵という者なのですが、どうやら私を救ってくれたらしい貴殿のお名前を教えてはいただけないでしょうか?」
こういった時、どんな言葉使いをすればいいのかわからず少し口調がおかしくなる飛鳥。
貴族相手の話し方に普通の敬語で大丈夫なのか。二人称は貴殿でいいのだろうかと、緊張で心臓が破裂しそうである。
多分自分は苦い表情をしているんだろうなと思いながらも、精一杯の笑みを浮かべる。
対してレーラは、そんな飛鳥に対してクスリと笑みをこ零す。
「ああ、そう言えば言ってませんでしたわ。わたくし、レーラ・オルウッドと申します。遅い自己紹介となってしまいましたが、どうか許して下さいまし」
ドンピシャである。
いや、まだ判断材料が足りないと思い直し、とにかく聞けることは聞いてみようと口を開こうとするが、何を聞けばいい判断材料になるかわからない。
考えろ、何か色々と考えろと飛鳥は自分に言い聞かせるが、今のところ飛鳥に良い案は出てくることは何もなかった。
「では早速ですが、わたくし、あなたに色々とお聞きしたいことがあるのです。よろしいかしら?」
そうレーラに言われ面食らった飛鳥だったが、普通に考えてみれば何もおかしくはない。
正体不明の人物に物事を聞くと言うのは、ごく当たり前なことだろう。この場合の正体不明の人物というのは些か納得しがたいが、第三者の視点で状況を見て判断しなければならない時もある。
「はい、わかりました。レーラ・オルウッド殿の質問に答えましょう。できれば、その後に俺の質問にも答えて欲しいのですが、構わないでしょうか?」
本当であれば状況のよくわからない飛鳥が先に質問したかったが、相手に好印象を与える事を優先した。理由は美女に好かれたいからという、その程度の理由である。
レーラは少し考えた素振りを見せて、頷いた。
「ええ、構いませんわ」
レーラが指を慣らすと、メイドが部屋の中に入ってくる。
ティーセットを乗せた台車を引いており、部屋にあるテーブルに用意すると、壁際に静かに佇んだ。
その様子を見て、レーラが少し困ったような顔をしてこう言った。
「Please wait outside of the room(部屋の外で待っててください)」
それを聞いたメイドは、扉の傍でお辞儀をし、扉を開けて外に出て行った。
その発言に疑問を覚えた飛鳥だったが、今は質問せず思考に至るだけにしておく。
「さ、お気遣いなく、お茶でも飲んでゆっくりとしてくださいまし。起きたばかりで喉も乾いているでしょう」
そういいながら早々に席に座り、メイドの淹れたお茶を飲むレーラ。
「あ、ありがたき幸せ」
たどたどしく飛鳥は答えるが、どうもこう言った場での話し方がわからない。
教養はそれなりにある飛鳥だが、こういった貴族然とした人物と話す機会と言うモノが彼にはなかった。
かと言って普通の敬語で話すというのも違う、というのが彼の思うところであった。
「別に、話しにくいのでしたら、砕いた話し方でもよろしくてよ? その方がわたくしも分かりやすいですし」
そんな飛鳥を見計らってか、お茶を飲んで一息をついたレーラがそんな事を言った。
「ああ、んじゃお言葉に甘えて」
その言葉を素直に受け取ると、飛鳥は少し荒っぽいが、行儀よく椅子に座る。
「そんで、俺に聞きたいことってのはなんだい? 名前の次は……趣味か何かでも聞かれるのかね」
呑気な素振りで問いを投げかける飛鳥。
どんなお茶かを気になった飛鳥は、コップを覗き込む。見たところ、紅茶のように思えた。
「それはまた機会があったらにしましょう。それよりわたくしが聞きたいというのは、あなたがどこから来たのか、と言う事ですわ」
レーラは真面目に話せ、とでもいうかのように真摯に見つめてくる。
それに対して飛鳥は、自分の発言が信じて貰えるか不安であった。
荒唐無稽な話であることは、自分でもわかっていたからである。
「そうさなあ……」
どう誤魔化すか考える素振りを見せる飛鳥だったが、レーラの目を見るとすぐに考えを改めた。
「来たっていうのは正しくない。いつの間にかここで寝てた。日本の東京の世田谷区の映画館から、いつの間にかここにな。変な化け物兵隊に襲われるわで大変だったのは覚えてるんだが……古い映写機に吸い込まれそうになったところで記憶が途切れている」
自分が真摯に聞いているというのに、相手は誤魔化す。飛鳥からすればそんな事をされるのが嫌であったし、自分が嫌なことは誰であろうとあまりしたくはなかった。
それに下手に嘘をついても、怪しまれるだけでメリットがないと思ったのだ。
その発言に、驚愕の表情を見せるレーラ。
「こちらとしても信じられない話だが、それが俺の経験した本当の事なんだから仕方がない。嘘か誠かを判断するのはそっちに任せるぜ。……いやマジですよ? 本当の話だから信じてくださいお願いしますよ」
「え、ええ。そうでしたか信じられない話ですが、映写機から。そうですか……」
考え込む素振りを見せるレーラ。それをまじまじと観察する飛鳥。
「今ので何かわからん事はあるか? ちゃんと俺の言ったこと、一言一句、全部理解してるか?」
「……バカにしてますの? ちゃんとわかってますわ」
飛鳥の物言いに、不機嫌な顔つきになるレーラ。
誤解させてしまったと理解し、飛鳥は落ち着いて弁明する。心臓は、バクバクと緊張しているが。
「いやよ。映写機や映画館が何なのか、わかってるんだな、と、ちっとばかし不思議に思っただけだ」
それは、もしこの映画の中の世界であったら、出てこないはずのワードである。なんで知ってるかは飛鳥にはわからなかったが、機嫌を悪くしたなら謝ろうと口を動かそうとしたが。
「――――あ」
その前に、まんまとハメられてしまったと、焦りの表情を浮かべるレーラ。
「おう?」
対して飛鳥は予想外の反応に、懐疑的な目で見始める飛鳥。
そういった単語を聞き逃していただとか、後で聞こうと思っていただとか、そういった反応が帰ってくると思っていたのだ。
目を逸らしたレーラは、お茶を飲んで落ち着こうとしたのだろうが、飲み干してもまだ目が泳いでいる。
「……ドッキリ、だったら嬉しいんだが」
淡い希望を抱きながら、親指で窓の外を指さす飛鳥。
「違いますわ!」
立ち上がり机を両手で叩くレーラ。あまりの剣幕に、飛鳥は思わずたじろいでしまう。
「いやスマン、こればっかりは俺が悪かった。そちらさんからすりゃ真剣に話をしてるっていうのによ」
「…………」
少しは落ち着いたのか、レーラは椅子に座り直す。
しかし、顔は先ほどの朗らかな笑みとは打って変わり、険しいモノになっている。
「では、次はまたこちらの質問で――――」
その時だ。
街から爆発音が聞こえ、何やら崩れ落ちる音まで聞こえてきた。
「なんですの!?」
慌てて鎧戸に近づくレーラ。
「その様子だと、祝福の花火ってわけじゃあなさそうだな」
飛鳥は棚のソフト帽を手に取り、外を睨みつけるように見下ろす。
先ほど見えていた城壁が上から崩れ落ちており、炎が燃え上がっている。
――――そして聞こえる、人々の悲痛な叫び。
「おっと、随分とハードだなオイ」
苦笑いを浮かべるしか、今の飛鳥にはできなかった。
作者は簡単な英語の一文もよく理解できていません。
ですので正しい文を教えて下さる人がいれば、感想欄にお願いします。