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第一話 始まりの映画

 映画館のエントランスに来ていた飛鳥武蔵は、首をかしげていた。

 蔵入りとなった映画が見れると聞いて、休日に一人でその映画館に来たのだが、人の気配がない。

 休日とはいっても、それは飛鳥にとっての話であり、世間的には平日のお昼過ぎであるはずだ。これで客の足取りが悪いのは分かるが、人っ子一人いない説明にはならない。マイナーな映画館であったとしても、営業をしていれば何かしら人の気配がするはずなのだ。

 グッズ等を売る売店や、チケット売り場、ポップコーン売り場に従業員の姿もなかった。呼び鈴を探してもそんなものはなかったし、声を出して呼んだりしたけども、誰も出てくる様子はなかった。

 古い造りながらも綺麗に掃除してあったので、少なくとも人はいると考えていた飛鳥だったが、清掃業者の反応すらもないとはどういうことなのかと頭を捻らせる。


 もしや定休日なのではないかとスマホや映画館の予定表を何度も確認したが、そういうわけでもない。だいたい、未公開のはずだったお宝映画を見に今日という上映日にやってきたのだ。間違えるはずもない。


 はてさて、どうしたものかと右手で白いソフト帽をかぶり直す飛鳥。


「お待ちしておりました。飛鳥武蔵さま」


 唐突に、背中から声をかけられた。それは、野太い男の発する声。

 飛鳥は驚いて振り向くと、黒い燕尾服に黒いシルクハット、更には黒い仮面を付けている男の姿があった。


「……あー、予約した覚えはないんですが」


 言外に、なんで自分の名前を知っているんだ、と問いかける飛鳥。


「ええ、わたくしめもそういったサービスをしてはおりません。そういったものは不得手でして」


 飛鳥の意図を汲むことなく、言葉のままに意味を受け取る黒仮面の男。


「未公開フィルム、『ローレライの騎士 最終章』は、すぐに上映されますので、こちらへどうぞ」


 何も言っていないのに、自分の名前どころか誰にも継げていない目的まで言い当てる黒仮面の男。

 飛鳥の頬に、嫌な汗が流れる。飛鳥でなくとも、この黒仮面の男の異様な不気味さは感じ取れることができるだろう。

 その次に、嫌な予感が頭をよぎった。このままこの男のスペースに乗せられてしまえば、取り返しのつかないことになるんじゃないのだろうかと。

 だが飛鳥は、見るのをやめるだとか、見に来たわけではないと否定するつもりはなかった。

 この男はいかにも怪しいが、それだけで巨匠が作った未公開映画を見逃すのは、とても惜しいと考えたからだ。

 そこでふと、もう一つ気になることが思い浮かぶ。


「すいません、キャラメルポップコーンとお茶を買いたいんですけども。どうすればいいですか? あとチケット」


 そう、彼はまだチケットすら買っていなかったのだ。

 ちなみに彼はパンフレットを映画を見た後で買う派だが、未公開映画の上映だということでこの映画のパンフレットはない。


「……合計で二千五百三十円となります」


 手品のようにキャラメルポップコーン、お茶、チケットを取り出す黒仮面の男。

 その場でお会計を済ませ、そのまま劇場内へと案内された。


   ○


 座席を見渡すと、どうも平坦という印象を受けた。坂はあるにはあるのだが、どうも緩やかで階段がない。昔ならではの映画館では、さして不思議なものでもなかった。

 自分以外の客というのが誰一人としていなかったが、あまり神経質になるのも駄目だと思い、気楽に自分の座席に座った。


 ここで飛鳥の見に来た映画について説明しておこう。彼の見に来た映画『ローレライの騎士 最終章』は元々はハリウッドで大々的に公開されるはずの王道ファンタジーの映画であった。

 四つの作品を経て、この映画でシリーズの最後を飾るはずだったのだが、現場での不幸が続きすぎて、あまりにも不気味だと客層から見られてしまい、編集はすんでいたモノの会社の判断でお蔵入りとなった、という経緯がある。

 監督がカメラを抱いたまま死んでいるだとか、映画関係者が続々と行方不明になっていたりだとか。他にもいろいろあるが、有名所なのがこの二つだろう。


 中世ヨーロッパのようないかにも騎士、魔法、と言った機械などないベタな世界観が、飛鳥好みの世界観であったため、最終章が見れないというのは悲しい出来事であった。

 しかし、こういった場で上映される機会があり、飛鳥は胸のときめきを抑えずにはいられなかった。


「……いやあ、でもよくお蔵入りされた映画が上映されるもんだ」


 始まる前からポリポリとポップコーンを頬張り、ポツポツと独り言を呟く。


 そうしていると、時間がたつにつれ人が入り始めた。

 名作の未公開作品だ。有名な話ではなく、都市伝説に近い話であったが、それを信じているのは飛鳥だけではなかったらしい。


 照明が暗くなり、映像が映し出される。

 飛鳥はこういった映画のコマーシャルはどんなものなのか興味があったので、少し目をからしてみていた。

 画面に映ったのは先ほどの黒仮面の男。飛鳥だけではなく、他の観客も首をかしげている。

 黒仮面の男が客席の方に視線を向け、その目に赤い灯火が宿った。


『こんにちは。今日は皆さまに、私の為に集まっていただきました。お知らせしていた映画は上映いたしません』


 声も先ほどの黒仮面の男のもので、その内容に観客たちはざわめく。

 この時から、観客たちは嫌な予感を感じ取っていた。とても不穏なことに巻き込まれてしまうのではないかという、恐怖が心の中に渦巻いていた。

 そんな彼らの動揺にもお構いなしで、黒仮面の男は話しを進めていく。


『何を言っているのかさっぱりでしょうが、どうぞお構いなく。私が勝手に、持っていきます』


 画面の中の黒仮面の男は、観客に向かって手を伸ばす。

 すると黒仮面の男に先導されるかのように、異形の兵士たちが画面に現れた。

 白と黒のコントラストに包まれた鎧に、赤色の眼光。


「ローレライの騎士シリーズに出てくる敵兵?」


 人々が首をかしげるのもつかの間、ガラスが割れたような音を響かせ、画面の中から飛び出してきた。

 異形の兵士は近くの男を掴むと、画面の中に放り込む。すると観客は、恐怖に声を震わせながら、泥沼に落ちているかのように画面の中に入り込んでいってしまう。


「た、助けて! 嫌だ! 死にたくない!」


 その悲鳴に扉へと逃げ出す観客たち。助けを求める男の手を握る者はいなかった。


「……あー、聞いてらんねえ見てらんねえ」


 ただ一人、飛鳥武蔵を除いては。

 異形の兵士達を掻い潜り、男の手を取る飛鳥。


「あらよっと」


 一本背負いの要領で男を画面から引き抜く。

「大丈夫か? ちょっと強引で悪いな」


 あっけらかんと、ウィンクをして平謝りする飛鳥。この場には似つかわしくない、明るいものだった。


「わ、私は大丈夫です。すいません、ありがとうございました」


 呆けていた男だったが、反射的礼をする。


「いいってことよ。それより早く、ここから逃げ出さないとな。どうにもイベントってわけでもなさそうだしよ」


 そういいながらも、飛鳥は掴みかかってくる異形の兵士の手を受け流し、その腹に足を叩き込んで吹き飛ばす。

 他のいくつかの異形の兵士もなぎ倒され、一筋の道ができる。


「さ、早く逃げな」

 男の背中を押しバイバイ、と手を振る飛鳥。男は頭をもう一度下げて、扉へと逃げ出した。


「んでよ、お前ら何がしたいわけ?」


 腕を組み、余裕を見せながら異形の兵士達に問いかける飛鳥。

 異形の兵士達は何を言うわけでもなく、腰にたずさえていた剣を引き抜いた。

 無論、武器を取り出すという事は、戦うということであるわけで。

 これにはさすがの飛鳥も苦笑い。異形の兵士達から距離を取り、できるだけ不敵な笑みを浮かべる。


「話し合う余地は無しか。いやはや、こいつはどうするかねえ。参ったわー」


 右手で後頭部を掻き、一考する飛鳥。

 あたりを見回せば、捕まった観客たちは次々にスクリーンへと放り込まれている。

 さらに奥を見てみれば、扉を開けようと叩いたり蹴とばしたりと躍起になっている観客たちの姿があった。

 開けてくれと、ここから出してくれと、わめきながら何とかして扉を開けようとしていた。


「……あちゃあ、マズいな。俺一人じゃどうにもこうにもならねえ」


 じりじりと劇場の隅に追い詰められながら、飛鳥は考えを巡らせる。

 自分達はスクリーンの中から出てきた異形の兵士達によって、わけのわからない恐怖を味わっている。

 捕まればスクリーンの中に放り込まれてしまい、他人の手を借りなければ出ることはかなわない。

 逃げようにも扉は開かず、逃走は不可能。ほとんどがパニック状態に陥っている。

 これらの状況を覆すには、どうすればいいか?

 そう考えると、飛鳥の頭の中に名案が浮かんだ。

 成功するか分からないし、根本的に間違っているかもしれない。

 だがやってみないよりはましだと、飛鳥は決意した。


「一か八か、やってみるか!」


 ソフト帽を手に取ると、異形の兵士達に向かって走り出す。

 剣を振りかざそうとする目の前の異形の兵士。飛鳥はその顔に帽子を投げて視界を塞ぐ。

 お構いなしに剣は振り下ろされるが、視界がふさがっていては当たるわけがなかった。

 走り出した勢いを殺さず、帽子ごとその頭を鷲掴みにする飛鳥。掴み取るのと同時に、高く飛び跳ねた。

 結果、異形の兵士の頭上で一回転し、そのまま勢いよく飛び出すことに成功したのだ。


「余裕だぜ、っとォ!」


 勝利のVピースを見せつけて、そのまま劇場の後ろへと走り出す。

 飛鳥が向かっているのは出入り口の扉ではなく、映写室だった。とはいえ、わざわざ映写室の扉を探すほど余裕があるわけではない。

 幸い、この劇場は坂が緩やかだったので、映写機の光も他の映画館と比べて低い位置にある。

 なので、飛鳥は跳び蹴りで映写機の光を覗かせる枠をぶち抜いた。


「ヒャッホォー!」


 元気よく映写室に転がり込む飛鳥。舞い散るガラスの破片は痛いが、それに気を回している暇はない。

 映写機が目に映りこむと、それを止めようと手を伸ばす。


「これを止めれば、アイツらもどうにかなんだろ。っと」


 慣れた手つきで、映写機を止める。すると、異形の兵士達は最初からそこにいなかったかのように姿を消した。

 スクリーンの中に放り込まれていた人たちは、全員がどうかはわからないが、飛鳥が見る限り出られていたようだった。


「とりあえずは一件落着だが……どういう仕組みだこりゃ」


 操作方法としては、従来のデジタルシネマ用のプロジェクターのそれであった。

 しかし、それだけであんなものがスクリーンから出てくる理由にはならない。


「さてどうしたもんかね」


 飛鳥が首をかしげていると、不意に聞きなれた音が聞こえる事に気がつく。

 音のする方を振り向けば、今捜査していたのとは別の映写機があった。

 デジタルシネマ用のプロジェクターではない。フィルムを差し込む旧式のものだ。

 よくよく見てみれば、フィルムがすでにセットされてあり、更には見慣れぬコードで止めたプロジェクターとその映写機がつながっていた。

 さらには、その映写機はガタガタと揺れながら、飛鳥の方に向きを変えている、


「……下手なホラー映画みたいだぜ。B級か何かで? それとも年代間違えた?」


 逃げるか、どうにかして止めるか。それを考えたのが、命取りとなった。

 映写機の光は飛鳥を包み込み、ブラックホールの様に吸い込もうとする。

 慌てて近くのモノを掴んで難を逃れようとするが、掴んだものが軽かったのかあっさりと吸い込まれてしまった。


「くっそ!? 何が一体どうなってんだ!」


 薄れゆく意識の中、飛鳥が吸い込まれた先で見たもののは、フィルムの夜空であった。

 星々の代わりに、長く伸びる映画のフィルム。

 だけれども、それはどれも輝いていて。

 なんだかそれが、美しく感じて――――。


 届くはずのない距離だけれど、飛鳥は思わず手を伸ばした。

 それが何かを確かめてる前に、意識は暗闇へと沈んでいく――――。

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