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ひまわり畑のライオン

作者: 大野アサ子

 広い大きなひまわり畑の東側に、一匹のライオンが暮らしていました。大きな顔のまわりには立派な黄金のたてがみがあります。けれどお腹や背中は骨の形がはっきりと分かるくらいに痩せています。それでもライオンは穏やかな顔をしています。ひまわりの花に寄ってくるチョウやハチを眺めたり、草の上をゴロンゴロン転がるのが好きなのです。

 ひまわり畑の西側から楽しそうな声が聞こえてきます。

シマウマやガゼルたちがぴょこんぴょこん跳ねて遊んでいるのです。

 痩せライオンはその光景をいつも静かに眺めているのです。シマウマやガゼルにとってはライオンは恐ろしくて危険な存在です。ですからシマウマやガゼルたちに気づかれないようにじっとしているのです。

 ひまわりはそんな痩せライオンの姿をうまいこと隠してくれます。ひまわりとひまわりの間に痩せライオンがひょこっと顔をのぞかせれば、たてがみがひまわりの花びらのように見えるのです。

 痩せライオンは一日の明るい時間の殆どをこのひまわり畑で過ごします。


 痩せライオンはいつだってお腹が空いています。ひまわり畑を越えてシマウマやガゼルを襲えば空腹は満たされることでしょう。けれどそれは痩せライオンの望むことではないのです。痩せライオンは空腹を満たすよりも、この穏やかな光景を壊したくないと考えているのです。もし一時でも痩せライオンがひまわり畑を越えてしまえば、この素敵な光景はもう見られなくなってしまうでしょう。


 ぐぐぅと痩せライオンのお腹が鳴りました。遊んでいたシマウマやガゼルの動きがぴたりと止まりました。

「今の音は何?」

「ぐぐぅって聞こえたよ」

シマウマとガゼルは耳をぴくんぴくん動かしながらあたりの気配をうかがっていました。痩せライオンは、しまったと急いで目の前にあったひまわりをむしゃむしゃと食べました。ほんの少しだけ、お腹が満たされました。

 しばらくしてシマウマとガゼルたちは何事もなかったかのようにまた遊び始めました。

 痩せライオンはいつも激しい空腹に襲われると、ひまわりを一本食べてはなんとかしのぐのでした。それでも気分は満たされているのです。


 ある時、いつものように痩せライオンがひまわり畑で穏やかなひとときを過ごしていると、鋭い視線を感じました。

「どこかで何かが…」

痩せライオンがあたりを見渡すと、一匹のメスライオンがひまわりの間から一点を見つめていました。痩せライオンが目線の先を見ると、そこには草をむしゃむしゃと食べるシマウマがいました。メスライオンはシマウマを狙っているのです。

 痩せライオンは焦りました。あのメスライオンがシマウマやガゼルの群れの中に飛び込んでいったら、大好きな光景を見ることができなくなってしまうからです。

「あのメスライオンと闘う力が自分にあるだろうか」

この楽園を見つけてからというものの、食べ物はもっぱらひまわりや木の実のため、体は痩せ細り闘う力など残っていないのです。

「でも、みんなを守らなきゃ」

痩せライオンは考えました。闘う他にみんなを守る方法はないのだろうかと。

 メスライオンは空腹でここに来ているのだから、その空腹を満たしてあげればどこかへ行くのではないかと考えました。痩せライオンは、メスライオンのお腹を満たせそうなものを探しました。

 ひまわりや木の実はあるけれど、普通のライオンはそんなものは食べません。肉といっても、肉を調達できるような力は残っていませんし、軽はずみにメスライオンの前に姿を現すと喰われてしまいます。そうなればこの楽園を守ることはできません。

 痩せライオンは、メスライオンに見つからないようにたてがみにたくさんのひまわりを付けて、ゆっくりとメスライオンに近づきました。そしてありったけのうなり声をあげてメスライオンを引き付けました。メスライオンはすぐさま攻撃体勢に入り、うなり声のする方を見つめたところ、なんと、とてつもなく大きなライオンが目の前に居たため、一目散に逃げていきました。

 痩せライオンはひまわりのおかげで体が何倍にも大きく見えたのです。痩せライオンは大きな顔をふるっと震わせ、気を引き締めて次のことを考えました。

 メスライオンは去りましたが、次は何頭も引き連れてやって来るかもしれません。そんなことになれば同じように驚かすことは難しいでしょう。

 痩せライオンはあたりを見渡しました。ひまわり畑の北側と南側には大きな川が流れています。痩せライオンはそれらの川をじっと見つめ、鼻をひくひくさせました。そしてひまわり畑に沿って溝を掘り始めました。深く広く、痩せライオンは前足を忙しく動かしました。掘って掘って掘り続けて、痩せライオンはもうくたくたです。お腹もぺこぺこでしたが、次の襲撃に備えてひたすら掘り続けました。

 夕方近くになって、痩せライオンの前足が止まりました。痩せライオンは大きなため息をつき、汚れ弱った体で川と溝との境にある土の壁を残り少ない力で、えいっと引っかきました。

 すると川からの水が勢いよく溝に流れ込みました。これでメスライオンが仲間を連れてやって来たとしても、水の嫌いなライオンたちは楽園へ踏み込むことはできません。

 痩せライオンは疲れて立ち上がることができません。しばらくぼうっと自分のつくった川の向こうを眺めていました。

 それからメスライオンが仲間を連れて来たのかどうか、目がうつろで定かではありませんが、痩せライオンは満ち足りていました。体は以前よりも痩せ細り、腹ぺこで立ち上がることもできないけれど、心は以前よりも穏やかであったのです。

「何だか、とても良い心地だ」

 痩せライオンの背後からは、いつものようにシマウマやガゼルたちの楽しそうな鳴き声や足音が聞こえてきます。

 痩せライオンはやさしい顔をして目を瞑りました。

 痩せライオンは夢を見ていました。大好きなひまわり畑でシマウマやガゼルたちがぴょこんぴょこん飛び跳ねているのです。痩せライオンもその近くで草をむしゃむしゃ食べています。草をほおばりながらふと足を見ると、それは見慣れた黄土色の毛並みではなく、白と黒の縞模様でした。痩せライオンはシマウマになって楽園を走り回っていました。それはとてもすてきな夢でした。長い長い夢でした。


 痩せライオンの体はいつのまにか黄金色に輝くひまわりの花々で覆われていました。誰にも気づかれることなく、ひっそりと、静かな眠りについたのです。

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