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魔女のいとこのユズル君





 夏休みの日に「魔女」のところへやって来た男の子。

 名前は「ユズル」君。小学6年生。

 お父さんにきいたら、正確には「魔女」のいとこの息子、だそうだ。

 最初は「魔女」に小学生のいとこがいると思って、とてもびっくりした。ユカリは会ったことはないけれども、「裏山の魔女」は、小学生のいとこがいるぐらい若い、というイメージではなかったのだ。

 だって、色々と薬のことにくわしいし、シロップやお酒もつくる。大人じゃないのにお酒をつくるのは、いくら「魔女」でもだめだと思う。

 ユズル君は、今年、私立の中学校を受験するそうだ。親が長期の出張をするとかで、夏休みの間は「魔女」に預けられることになったという。

 中学校受験なんて、ユカリにはまったくぴんと来ない。この「奥の集落」からいける中学校は一つしかない。それに、試験を受けても合格する気がしない。でも、こんなユカリとはちがって、きっとユズル君は、ものすごく頭がいいんだろう。だって「魔女」のいとこの子どもだ。

 あの疲れた顔は、きっと一日中部屋にこもって勉強するからにちがいない。

 たぶん体育の成績だけは、ユズル君に勝てる気がする。

 夏休みも、早朝から起きて農作業だ。うだるような暑さになると、家で宿題をする。算数のドリルがとてもしんどい。漢字もめんどうくさい。

 めんどうくさいけれど、最初の日につくったスケジュール通りに、がんばる。

 がんばれるのには、理由がある。

 お父さんが、魔女から言伝をもらってきたのだ。

「きちんと計画を立てて実行できる子には、魔法使いのそしつ(・・・)がある」

 それを聞いて、ユカリは計画表を作ることに決めた。

 親せきに魔女や魔法使いなんていないけれども、シロップの魔女がそういうのなら、試してみる価値はある、と思ったのだ。

 そうして、だいたい十日がたつ。

 今のところは、ユカリの宿題は順調に消化されている。そう、今のところは。

 ……大問題が残っているのだ。

「理科の自由研究が、思いつかない……」

 いっそ、理科の問題集とかなら、毎日何ページと決めてがんばれるのに。何をやってもいいだなんて、逆に何をやったらいいのか、ちっとも分からない。

 野菜の成長記録は、3年生まで毎年使った手なので、そろそろ通用しないような気がする。第一うちの畑でつくる分は、ほとんど見てしまった。

 もう4年生で、上級生なのだから、もう少しかっこうをつけたい。

 でも、そう考えたところで、良い案はそうそう思い浮かばない。ユカリの理科の成績は、算数に次いで良くないのだ。




 自由研究の題材に困っている、と正直にうち明けると、お父さんが「『先生』にきこうか」なんて言い出したので、ユカリはびっくりぎょうてんした。

 お父さんが「先生」と呼ぶのは、学校の先生でなければ「魔女」だ。

「魔女にきくの?」

 ユカリがそう聞き返すと、こら、と小さく額をこづかれた。

「そうよぶのなら、魔女先生、だ。魔女だなんて呼び捨てにしちゃいかん」

 はぁい、と返事をするけれど、やっぱり実感がわかない。

「だけどシロップをもらって、宿題まで質問するなんて、あつかましくない?」

 ユカリの言葉に、お父さんは少し目を見開いて、それからうれしそうに、くしゃっと顔をくずした。

 そういうことが考えられるのは、とてもいいことだ。

 お父さんがそう言ってくれたので、宿題のことはひとまずおいて、得意な気分になる。いい子、とほめられるのは、とても誇らしい、うれしいことだ。

 胸を張ったユカリの頭を、ぽんぽん、と軽くたたいて、お父さんは言った。

「四日後が満月なのは、知ってるな?」

「うん。カレンダーに、おっきく花丸つけてたよね」

 たしか、これも「魔女」の言ったことにしたがった結果だ。農作業を、月の満ち欠けにあわせて実行すると、何とかカントカ……とりあえず、良いらしい、と。

「実は四日後の夜に、魔女先生が来る」

 ユカリは、おどろきすぎて、とっさに息が止まってしまった。

「ええええ?」

 何呼吸かおいてから、声を上げる。

「本当? それ、本当なの?」

 にわかには信じられなくて、何度も「本当」ときいてしまう。

 お父さんは気を悪くするふうもなく、「本当だ」といってうなずいた。

「毎年、夏休みの後半は、草引きが少なくなっているだろう?」

 そう逆にたずねられて、ユカリは首をかしげた。たしかに、夏休みも後半に入ると、ユカリはいつも、前半ほどには草引きをさせられない。

「宿題がおいこみに入っているから、じゃなかったの?」

 そうきいたら、ははは、と笑われて、またこづかれてしまった。

「夏休みの真ん中ぐらいの満月の夜にな、魔女先生に、いつも草刈りをお願いしてるんだ。『奥の集落』の田んぼや畑、全部回ってもらう」

 ユカリはぱちくりと、目をしばたたかせた。

 奥の集落、全部の田んぼや畑。まだ、ユカリでさえ、その全部を見たことがない。

 それだけ広い田畑の草を、「魔女」はたった一人で、満月の一晩で刈ってしまう、というのだろうか。

 だとしたら、それはものすごい「魔法」だ。

「見ていいの?」

 ユカリの質問に、お父さんは笑ってうなずいた。




 満月まで、ユカリはそわそわしながら過ごした。

 いちばんの理由は、もちろん「魔女」の「魔法」を見ることだったけれども、二日目から、もう一つ理由ができた。ユズル君のことだ。

 二日目、スケジュール分の宿題が終わると、まだ三時を過ぎたところだった。

 それでユカリは、近所の川まで遊びに行くことにした。

 夏の太陽は、さんさんと暑く照っているけれど、川で遊んだら間違いなく涼しくなる。集落の川はまだ上流だから、とても透き通っていて、冷たくて気持ちがいいのだ。

 学校の水着を服の下に着て、ユカリはばんそうこう(・・・・・・)やぬり薬をいれたポシェットを下げ、家を出発した。もちろん、タオルと水中めがねも忘れない。

 石がごろごろした河原におりる。この河原は、たいていはユカリ一人の遊び場だ。「奥の集落」に子どもが少ないのが、一つめの理由。もう一つは、近所の集落からはバスに乗らないと来られない、という不便さのせいだ。2時間に1本のバスを乗らなくても、みんなの近所にも川は流れている。

 そういうわけで、先客がいるだなんて、ゆめにも思わなかった。

 川のふちに突き出した岩の上に、少し背中を丸めて、男の子が座っていた。

 一瞬、誰だろうかと思ったけれども、この集落より奥から出てきたなら、それは「魔女」のいとこのユズル君しかいない。

 そう思ったユカリの目の前に、証拠のような生き物があらわれた。

 男の子のかげから、ユカリが今までの人生でも見たことがないほどに、とても大きくてふさふさした、茶色いしま模様の猫が、姿を見せたのだ。

 お父さんが「ユカリぐらい」大きいといったのは、間違いではなかった。その猫は、頭からしっぽの先まで、たしかにユカリの身長ぐらいあるように見えた。

 堂々とした様子であらわれた猫は、ユカリの姿を見つけると、ゆったりと岩に腰を下ろして、そして短く「ニャ」と鳴いた。

 その鳴き声で、じっと川面を見つめていた男の子が、顔を上げた。

「……ゆかり、ちゃん、だっけ?」

 ユカリはおどろいたけれど、よくよく考えて、彼が自分の名前を言い当てた理由を見つけた。最初の日に、お父さんがよんだ名前を覚えていたのだ。

「えっと、ま……『先生』のとこの……」

 思わず「魔女」と言いそうになって、でも念のためにだまった。ユカリたち「奥の集落」の人間は知っているけれど、ユズル君本人は、いとこが魔女であることを、知らないかもしれない。




 なんとしゃべったらいいのか、言葉を探しているうちに、向こうから口を開いてくれた。

「僕は、ユズル。前は、あいさつしなくて、ごめんね」

「ううん、いいよ!」

 疲れてたんでしょう、とは、さすがに続けられなくて、とりあえず距離をつめる。巨大な猫は、近づいてみると、とても穏やかで物静かな目をしていた。

「アーサー、ありがと」

 猫の頭の後ろをなでて、ユズル君はそう話しかけた。ごろごろ喉が鳴る音がする。

「……その猫の名前、アーサーっていうの?」

「うん。かっこういいでしょ?」

「すごく! すごく似合ってると思う!」

 外国人みたいな、いやにもったいぶった(・・・・・・・)名前だと思うけれど、この巨大な、いかにも外国の猫、という感じには、ぴったりのような気がする。

「なんだか日本の猫とはちがう感じだよね」

 そう伝えてみると、ユズル君は小さく笑って、うなずいた。

「アーサーは、メインクーンっていって、元はアメリカの猫なんだよ」

 アメリカ! なるほど、それならこんなに大きいのも納得だ。地図で見るアメリカは、日本の何倍も大きい。テレビで見るアメリカ人も大きいし、食べ物も山盛りだった。猫も大きいのか。

「だからこんなに大きいのね」

「エリカさんが言うには、アーサーはメインクーンの中でも、特に大きいみたいだけどね」

 ユズル君の口から、聞き慣れない名前が出た。

 たぶん、その「エリカさん」が、ユカリのシロップの魔女なのだろう。

 そんなことを考えながら、じっとアーサーを見ていると、ユズル君は勝手に説明をはじめた。

「メインクーンは、メスが4キロから6キロ、オスが6キロから8キロになる。けど、アーサーはもう少しで11キロにもなるんだ。特大なんだよ」

「太ってる、とかじゃないの?」

 思わずそうきくと、ニャー、とアーサーは不服そうな声をあげた。

「ちがうってさ。怒ってるよ。あやまらなきゃ」

 ユズル君が、楽しそうに笑いながらいう。

 ユカリの目にも、アーサーは、実に不満たっぷりな顔をしているように見えた。まるで人間みたいだ。

「……ごめんなさい。体格がいいのね?」

 そう話しかけると、今度は「そのとおりだ」と言うように、短く「ニャ」と返事がきた。

 会話が出来るだなんて、さすがは「魔女」の猫だ。

「太ってるってことはないよ。アーサーはすごく働き者だし、僕と毎日トレーニングしてる」

「トレーニング?」

「釣りざおの先にネズミをつけたので、猫じゃらしするんだ。1時間も」




 1時間も、この巨大な猫と猫じゃらしで遊ぶ、というのは、とほうもない労働だ。

「毎日やってるの?」

「もう、毎日だよ。おかげで、来てしばらくはずっと筋肉痛だった……最近ようやく、痛みがましになってきたけどね」

 そういうと、ユズル君は細いうでをまくって、ふんっ、と力を込めた。

 集落の男の人たちどころか、女の人たちと比べても、まだささやかではあるけれど、それでも小さいながら、力こぶができる。

 おお。あんなに疲れた顔をしていたのに、とユカリはおどろいた。

「元気になったんだ」

「え? あ、ああ……初日たぶん、僕はひどい顔だったよね……」

「そうだよ。なんかまるで死にそうな顔でさ。心配しちゃったんだよ」

 そう言いつのると、ユズル君は少しうれしそうに、はにかんだ。

「あはは……ありがと……あの後、エリカさんといっぱいおしゃべりして、気はまぎれたよ。それに、ここはすごくいいところだし、とても落ち着く」

 自分の村をほめられるというのは、ユカリにとってうれしいことだった。なにせ、校区の中ではいちばんに不便な集落だ。すてきな部分もたくさんあるけれど、それを伝える以前に、そもそも人が来ない。だから来た人がユカリが思っているように、いいところ、だと思ってくれるのは、とても貴重で、すばらしいことだと思われた。

「いいところでしょ?」

 にやにや笑って、そう重ねて問えば、うん、という返事がきた。

「勉強もはかどるけど、勉強より大切なものが見つかる場所、な気がする」

「勉強よりだいじなもの、って、何?」

 お父さんの話によれば、ユズル君こそ勉強をしないといけないはずだ。だって、私立の中学校を、今年、受験するのだから。

「うーん……まだよく言葉にできないけど……魔法? みたいな?」

 ユカリの心臓が、とびあがった。胸から飛び出していくかと思った。

「魔法?」

「こういうと語弊ごへいがある……ああ、えっと、かんちがい(・・・・・)をさせちゃうかもしれないけれど、エリカさんって、すっごく魔女みたいなんだ」

 魔女みたいもなにも、魔女だよ。

 と言いたいのを、ユカリはがんばってこらえた。

「薬草とか、何でもくわしく知っているし、作ってくれるご飯は美味しいし……まるで魔法でも使えるみたいでさ。それに、アーサーなんて、すごくかしこい猫もいるし」

 どすんと座ったままのアーサーは、ふふん、と得意そうにヒゲを動かした。






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