〜承〜episode2
「グオオオオオオ!!!」
恐竜は雄叫びをあげる。
「なんだよ、あれっ!?」
「暴龍ジュラロックだ!!いいから早く下がれ!!ここは私に任せるんだ!!」
「任せろったってお前、丸腰じゃねぇか!」
ジュラロックは、巨大な身体を回転させて、ゴツゴツとした、岩のように太い尻尾を薙ぎ払った。
「やっべ‥‥!!」
流石に剣聖と謳われた俺も、恐竜とは戦ったことがない。
俺は急いで立ち上がり、逃げようとした。しかし、彼女はその場から動かずに、立ち尽くしていた。
「な、何してんだ!そんなんじゃやられーー」
彼女とジュラロックの尻尾との距離が僅か数十センチとなった時、彼女は呟いた。
「"ソーサリーリングを解放"魔力構築を開始する」
すると彼女の右手から赤い光が灯った。それは一気に勢いを増し、ジュラロックの尻尾を吹き飛ばした。
「ぐっ‥‥!」
強力な風が吹き荒び、俺は身体を踏ん張り吹き飛ばされないようにする。しかし、見上げるほどの巨体を持ったジュラロックでさえ吹き飛ばされるほどの強風。俺の身体はずりずりと後ろへ後退していく。
ジュラロックは体勢を立て直すと、威嚇するように身を屈めた。
「なんだ‥‥あのわけわかんねぇ力は‥‥!」
彼女を見ると、全身に赤色のオーラが纏われていた。
右手を見ると、人差し指に指輪が嵌められ、そこからは紅い光が放たれている。
「ここからは本当に危険だ!私に任せてあなたは逃げるんだ!!」
(いや‥‥俺は腐っても"剣聖"と呼ばれた男だ‥‥!娘っ子一人残してこの場を離れられるかよ‥‥!)
俺も応戦しようと、腰に下げている剣を引き抜こうとした。
しかし‥‥。
「‥‥‥‥あ!?!?」
「ひゃっ!!‥‥びっくりしたぁ‥‥急に何だい大きい声を出して」
無い、無い無い無い!!?
剣が‥‥無い!!!
「まさか‥‥あの男が‥‥!?許さねぇ!!!」
「ていうか、早く逃げなよ!?」
「グアアアアアアアアオオオオオ!!!」
ジュラロックの雄叫びで、俺は正気に戻る。
(くっそ‥‥!いくら俺でも丸腰で、ましてや見たこともない巨大生物と戦うなんて出来ねぇぞ!?)
すると彼女は、静かに言葉を発した。不思議なのだが、ジュラロックの雄叫びが続いている今も、彼女の囁きは俺の耳に届いた。
「赤の魔力、構築」
その時、彼女の纏っていた赤のオーラが、炎のように激しくなる。次の瞬間、彼女は天高く跳躍し、ジュラロックの頭部目がけて手を振りかざした。
「"赤光烈弾"!!!」
彼女がそう叫ぶと、手のひらから巨大な赤色の光を放つ球体が発生し、それは勢いよくジュラロックに放たれた。
速度は加速し、ジュラロックの額に触れた瞬間、大爆発を巻き起こした。
「あれは‥‥魔法‥‥」
つい最近見たことのある光景。どういう事だ?魔法が使えるのは、あの男だけではないのか?それとも‥‥俺が異常なだけなのか?
俺が呆気にとられていると、彼女は華麗に着地し、ふぅ、と力を抜いた。それと同時に、赤いオーラも消える。
「!‥‥まだ居たのか!?‥‥全く、危ないと言っただろうに‥‥」
「な、なぁ、今のって‥‥魔法‥‥だよな‥‥?」
「?、そう、だが‥‥初めて見るわけでもないだろう?それがどうしたんだい?」
「いや、まぁ、確かに初めて見るわけじゃあないんだが‥‥その、やっぱ、みんな使えるもんなのか‥‥?」
「?当たり前だろう。どうした、やはり頭でも打ったのか?」
「当たり前‥‥」
やはりこの反応‥‥俺は、自分の中にある仮説が生まれた。
俺は、"あの男"によって、異世界に飛ばされたんじゃないか‥‥と。
‥‥馬鹿馬鹿しいな。俺もそう思う。しかし、現実に目の前で魔法なる物が使用されたのだ。この仮説は、十分に信憑性がある。
「‥‥ん?君、ソーサリーリングが無いみたいだが‥‥無くしたのか‥‥?」
「ソーサリー‥‥?」
「だからさっき、叫んでいたんだね」
「いや、それは俺の剣がーーって、ああっ!?」
そうだ!!剣が無いんだ!!あの剣だけは何としても見つけ出さないと!!しかも、今はあの男に狙われているという事もある。
「なぁ!さっき、俺はここで倒れてたんだよな!?」
「ん、あ、ああ。そうだけど‥‥?」
「でさ、周りに剣とか落ちてなかったか!?」
「剣‥‥?」
すると彼女は途端に、表情が険しくなった。
「いや、無かったが‥‥というか、無いはずだ。」
「‥‥?」
彼女の表情、そして言い回しがどうにも引っかかるものがあった。
「どっちにしろ、そんなものは見なかったな」
「くっそー‥‥、じゃあもしかしてあの男に取られたんじゃ‥‥」
「‥‥」
彼女は考え込むように、顎に手を当て、俯いていた。
(‥‥一体、どういう事だ‥‥?まさか、"今になって"剣を所持しているということなのかな‥‥)
彼女がそんなことを考えているなんて、知る由もなかった。
「もし、君が本当に剣を持っていたと言うのならば、『シャーベット王国』へ行けば良いだろう。私たちは今、任務のためにそこで待機している。良ければ連れていこう」
「!本当か!‥‥すまん!」
「今、仲間に連絡する」
彼女はそう言うと、俺から少し離れ、携帯電話らしき機械を取り出す。彼女がそれに触れると、画面が光り、電源が付く。
ここまでは普通だ。
彼女がそれをしばらく操作すると、画面の少し上に魔法陣が展開され、そこから光が放たれ、モニターのようなものを作り出した。
そして、そのモニターからは人が映し出される。しかも、超立体的に。これは3.5次元みたいな感じだ。
「もしもし、私だけど、至急来てくれないか?」
いやいやいや、それ通話してんの!?
『分かりました。今すぐ向かいます』
男の人がそう言うと、モニターは消える。
「すまないね。もうすぐ来るから」
「い、いや今のって‥‥」
「あ、来た」
「速!?」
彼女の見上げる方向を見ると、布のようなものがひらひらと飛行していた。
「あ、あれってもしかして‥‥」
「ん?ああ、私達は大人数で移動することが常だから、特別に受け渡されているんだ。もちろん、普段は箒だがな」
「箒‥‥!?ってことはやっぱあれって‥‥」
「ん?空飛ぶ絨毯だが、何か?」
やっぱ、俺は魔法の使える世界に居るようです。
見たことのない怪物。赤い波動を繰り出す少女。3.5次元の携帯電話に、空飛ぶ絨毯。
仮説は、確信に変わった。
「そう言えば、まだ名前を言っていなかったな」
彼女は俺に向き直って、言った。
「私はラウラ・シリリア。ラウラと呼んでくれよ」
ラウラは、微笑んだ。