〜承〜episode1 彼の物語の始まりー
彼はしばらくして、微動だにしなくなった。あまりのショックで気を失ったのだろうか?
南を見ると、街から起こった火事で空が赤く染まっていた。
「いやぁ、まだ死んでもらっては困りますよ」
彼にはもっと苦しんでもらわなければならない。彼のおかげで、私の計画は崩れたのだから。
とは言っても、龍殺しの剣の力を元に戻す事など、時間をかければ造作もないこと。
「いつまで寝ているつもりだ。はやく起きるんだ」
私は彼を起こそうと、ダインスレイフを彼に近づけた。
すると次の瞬間、ピクリと彼の右腕が動いた。
「やっと起きーー」
「ああああああああああ!!!!」
彼は叫んだ。その声に応じるように、龍殺しの剣が白く、光った。
「お、おお‥‥これは‥‥まさか‥‥」
刹那、私の展開した次元空間は消滅し、白の光が私を覆う。
「ぎ、ぎゃあああああああ!!!」
全身が痛む。
間違いない‥‥これは‥‥。
"神の力"
爆発が巻き起こった。これは間違いなく、龍殺しの剣の力だ。いや、最早龍殺しの剣は神殺しの剣へと昇華したはずだ。
辺りに煙が巻き起こる。モクモクと視界を覆い、私から彼の姿を隠した。
私は即座に次元空間を展開した。
「"次元吸収"」
次元空間は砂埃を吸収し、視界は一気に晴れる。
「む‥‥!」
私は前方の眩い輝きに思わず目を覆った。
私の目の前には、先程まで次元空間に囚われていた彼の姿があった。
しかし、その姿形は全くの別物になっている。
剣は煌々と白く輝き、それを握る彼からは白いオーラが放たれている。真っ黒だった瞳は白く輝き、その存在感は常軌を逸するものだった。
「何故、最初からその力を見せなかったんですかね?」
「‥‥」
「確かに、今のあなたは神に近い存在となっています。しかし、所詮はその程度。今まさに神に成ろうとしている私には敵いません」
「‥‥」
「さぁ、早くその剣を渡しなさい。そうすれば、痛みをある程度は抑えて殺してあげますよ」
「‥‥」
彼は一向に口を開こうとしない。微動だにしない。その反応が、一々私の癇に障る。
「‥‥黙りを続けるつもりなら、力づくで奪わせてもらう。生命魔力を構築、出力は"3"」
私は剣に力を込める。ダインスレイフは赤黒く、仄かに光った。それに応じて私の身体からも、赤黒いオーラが纏われる。
「今、私の体にダインスレイフの化身を纏わせました。あなたのそれと変わりないものですよ」
「‥‥」
私には分かった。一瞬、ほんの一瞬だけ、彼の瞳が動いたのを。
次だ。次に彼と衝突する事となるだろう。
私は地面を蹴る。
コンマ数秒の出来事だっただろう。
彼と私の剣がぶつかった。それは莫大な衝撃波を生み出し、周りの地面を隆起させ、空気を振動し、雲を払い、世界を動かした。
圧倒的な力と力の衝突に、金属と金属のぶつかる音が鳴り響く。
それから私は彼の右腕を狙った。
つばぜり合う剣を右にいなし、突き出された彼の右腕を斬りつける。
ーーだが、私が彼を斬りつける前に、彼が私を斬りつけていた。
「な‥‥に‥‥」
神である私にですら見えなかった。
彼はそれから十数の斬撃を放つ。私は研ぎ澄まされた神経と感覚で、何とかその斬撃を防ぐ。‥‥が、その衝撃は強く、私の身体は後ろに吹き飛ばされた。
「くっ‥‥!!」
彼は剣を瞳の位置まで持っていき、こう呟いた。
「"ラグナロク"」
「!?‥‥生命魔力を使った魔法展開だと‥‥!?何故貴様がそれを使える!?」
空を見る。巨大な魔法陣。
そこから降り注ぐのは、隕石。それはまるでーー
神の怒りを模した物のようだった。
ドドドドドドドドド!!!!
『私は神殺し。この者の魂を借り、今まさに神を狩った』
呟いたのは、彼でも、私でも無かった。
✱✱✱
俺が見ていたのは、昔の夢だった。
小さい頃に親に捨てられ、孤児として拾われた。
その家は温かく、こんな俺でも歓迎してくれた。その家の一人娘がキョーコだった。
キョーコは年代も近く、年下ということもあり、俺にとっては妹みたいな存在だった。誰よりも、大切な‥‥。
街のみんなは優しい人ばかりだった。よそ者の俺をのけ者にしなかった。
しかし、ある日、戦争がたまたま俺の住んでいた街の近くで巻き起こった。そして、その日はたまたま、キョーコの両親が旅行から帰ってくる日だった。
ーー即死だったそうだ。
不運。そう言ってしまえば、それだけで済んでしまう。
でも、俺は納得いかなかった。戦争で死んでしまったことじゃない。何も出来なかった、自分にだ。
それから、俺は軍に入った。大切な"両親"を失わせた、戦争を終わらせるためにーー
「目が覚めたか」
「‥‥ここは‥‥」
俺はあれから、意識を失っていた。確か‥‥俺の街が破壊されて‥‥
「!!そうだ‥‥早く助けに行かないと!!」
俺は寝ている身体を起こした。すると‥‥
ゴンッ!!
額に硬いものがぶつかる。
「いって‥‥」
「いったぁ‥‥」
俺はヒリヒリする額を擦りながら、同じように額を擦る銀髪の女性を見た。
「あ、あんたは‥‥?」
「あ、ああ、ごめん。私は王国軍の者だ。一応、二軍の指揮官をしている。」
王国軍。なんだ、それ‥‥?
俺は周りを見渡す。見たことのない土地だ。あの男の"魔法"とやらで飛ばされたのだろうか‥‥?十分、有り得る話だ。
「なぁ、ここってどこか分かるか?」
「ええと、ここは北アーガルド平野だ。偶然、そこで倒れていた君を見つけてーー」
「いや、え?き、きたあーが‥‥なんだって?」
「だから、北アーガルド平野。君、どこの出身なんだい?」
「いやいや、何それ。そんなファンタジックな地名聞いたことも見たこともねぇよ。ふざけてんのか?」
「私はふざけてなんかいないよ。君、頭でも打ったんじゃないかい?」
なんだ‥‥おかしい。この女性が言っていることはもちろん、おかしいのだが、相手は真剣そのもの。かと言って俺がおかしいわけでもない。
しかし俺は、ついさっき、非現実的な出来事に遭遇した。
まさか‥‥
と、次の瞬間
「危ない!!」
「おわっ!?」
彼女は俺を抱き抱え、前へ倒れた。その背後で、"何か"が通り過ぎる。
「そこでじっとしていろ。"魔物"が現れた」
「‥‥‥‥は?」
有り得ない。俺は今日、死ぬのかもしれない。どうか、夢であってくれ。
俺の目の前には、巨大な恐竜が居た。