〜起〜episode2
戦場は俺の住む街からずっと東に進んだ、人も動物も、森も山も無い荒野だった。
天候は曇り。予報ではこの後雨が降るらしい。
俺は目の前に横にずらっと並ぶ戦車の後ろで、すこし早めの昼食を取っていた。
「戦の前だというのに随分と呑気なのだな」
軍隊長は呆れたような笑いをこぼし、俺にそう言った。
「戦って言っても、相手はそこまで戦力があるんすか?こっちはこの量の戦車だ。相当な戦力を持っていない限り、こっちが圧倒できると思うんすけど」
すると軍隊長は顔をしかめてこう言った。
「確かに、こっちの戦力はかなりのものだが、相手の組織はこれを超える戦力を持っていると言われている」
「そうなんすか?」
「我々は幾度となく奴らにスパイを送り込み、勢力の調査を計ってきたが、ことごたくそれに失敗してきた。スパイが毎回あぶり出されるのだ」
それから、そのスパイの末路や、政府側の対応の酷さを辛そうに語り始める軍隊長。その中にはかつての戦友もいたそうだ。
「……。俺は、なす術なく死んでしまった彼らの想いを祓ってやりたくて今回の戦争に出た」
「…人の死ほど悲しいものは無いもんすね‥‥」
「ああ」
それから少し沈黙が続いた。
軍隊長は思い出したかのように言う。
「奴らは数々の街や村を襲い、全焼させたそうだ。その中からたまたま生き残った人から聞いた話がある」
少し間を空けてから再び口を開いた。
「奴らは、"妖術"を使うと言っていた」
「妖術?」
「ああ。それが今回の戦争で、最も不確定要素となりうるものだ」
およそ数十台にも及ぶ戦車の数をもってしても、勝ちを確信できない"妖術"と呼ばれた力。あくまで噂であるが、組織の幹部格以上の者たちが、手から炎を発したり、水を発したりなどの話があったそうだ。
「……にわかに信じられるような話じゃぁないっすね」
「確かに、私もそうは思う」
あまりにも現実味の無い話に、正直頭がついていかなかった。
「しかし、それを真実だと前提した上で戦いに挑まなければ、最悪、全滅となりうる。……たとえ、君がいても、な」
風が吹く。
冷たく、強い風だ。
伸びきった俺の髪を揺らし、微かに瞳に触れようとする。邪魔くさくなった俺はそれを手で押さえる。
「いんや。それは無いっすね」
俺は言った。
「どれだけ最悪の状況になったとしても、全滅は免れる。ーー俺は"剣聖"だ。絶対に死なねぇ‥‥っす」
ニヤリと笑って言ってやった。それにつられて軍隊長も笑う。
「ふふっ、頼もしいな。それに、君は昔から変わっていない」
その言葉に、不意に俺は衝撃を受けた。
…そうか。俺は昔から変わっていないのか…。
どれだけ戦いを忘れようとしても、その味を一度知ってしまえば、二度と忘れられないものだと、今、俺は思い知った。
***
「ーーそうか、分かった。すぐに迎撃体制に向かってくれ」
軍隊長は連絡機を通して偵察隊にそう言った。
「今、連絡が入った。どうやら奴らが攻めてきたらしい」
「いよいよっすか。相手の戦力は?」
「どうやら、戦車が約六機と、その後ろに兵士が乗っていると思わしき車が何台もあるそうだ」
「なるほど。ーーじゃあ、行ってきます」
「…大丈夫なのか?」
「昨日しっかり訓練しましたから。感覚は戻ってる」
そう言って俺は戦車の前に出た。
地平線からうっすらと戦車が見えた。もう迎えに来たようだ。早い早い。
「迎撃体制よーーい!!!」
こちらの兵士が大声で叫んだが、俺はそれを腕を挙げて静止させた。
「まぁ、ここは俺に任せろ」
俺は腰に下げた剣を手に取る。
「余興だ。まずは俺があいつらに一泡ふかせる」
そして一気に引き抜いた。
金属が擦れ合う音が綺麗に鳴り響いた。この音を聴くのは久しぶりだ。
太陽の光が無くとも白銀に輝く竜殺しの剣は、刃こぼれ一つしていない。
ドォン!!
相手が一発、砲弾を発射した様だ。
遠方から大砲の弾がこちらに向かってくるのが見える。
俺は腰を低く下げ、脚に一気にチカラを入れ地面を蹴った。
空高くジャンプすること、約十メートル。剣を光の速さで滑らせると、弾は真っ二つに切れ、爆発した。
「おお!」
「すげぇ…」
「あれが剣聖…」
鈍ってない。‥‥いける。
それから立て続けに砲撃が三発ほど。俺は剣を納刀し、前進した。
「大砲で相殺してくれ!!」
俺はそう叫んだ。
ここにいる部隊は精鋭ぞろいだ。それくらいは出来るものだと、こちらも前提している。
もちろん、答えは「了解」だった。
ドドドォォォン!!
爆発音が耳を刺激する。俺と戦車との距離は約三十メートル。
あの戦車の大群を破壊できればこちらのもんだ。
「軍隊長、彼を一人で走らせてもよろしいのでしょうか?」
一人の兵士が言った。
「構わない。彼は一人で戦艦を相手にしたことがある。戦車など、赤子同然に切り伏せるだろう」
軍隊長は、余裕の笑みを浮かべて彼を見た。
少しすると、戦車の前方に歩兵が銃器を持って現れた。
「ま、そう来るよな」
想定の範囲内。構わず俺は走った。
それから三機ほどの戦車が砲撃標準を俺に向けてきた。一斉砲撃で一気に仕留めるらしい。
「ーーんなもん、効くと思うか?」
同時のタイミングで砲撃してきた。
俺は地面を蹴り、思いっきり跳躍した。砲弾は地面で爆発。
爆風の流れに乗って、俺は空中で一瞬、停滞した。
するとその隙を狙っていたのか、歩兵がこちらに発砲してきた。
パパパパパ!
「へぇ、発砲の腕はなかなかじゃねぇか」
確実に当たるように狙撃してある。‥‥が。
俺は素早く剣を振るい、すべての銃弾をいなした。
「!?っな、なんだあいつは!?」
「化物だァァ!!!」
歩兵は銃器を捨て、戦車の後ろへ逃げようとする。
「逃がすかよ」
俺は着地すると同時に、一瞬で歩兵の元へと駆け、通り過ぎると同時に切り捨てた。
「ぐあああっ!!」
「ぎゃあああ!」
間髪入れず、俺はそのまま前進。とりあえず真ん中の戦車を一刀両断した。
「うあああっ!!」
中から操縦者が出てきたが、遅い。戦車は大爆発を起こす。
それに連鎖して、隣の戦車も爆発した。
「おー。絶景だなこりゃ」
連鎖が連鎖を重ね、横に並ぶ戦車すべてが爆破した。
「す、すごい‥‥」
「相変わらず化物じみた腕だ」
軍隊長は汗を頬に伝わせながら言った。
「我々も彼に続け!」
そう指示すると、政府側の戦車が全機稼働した。
砲撃を繰り出しながら、ゆっくりと前進する。ここまでで優勢なのは、明らかに政府側である。
「おっ、ようやく動き出したみたいだな」
俺は前方を見据えた。
更に戦車が数台見える。
「よぉし、まだまだ長くなりそうだな」
そう言って俺は、一歩踏み出した。