プロローグ
「おっちゃーーん!」
子どもたちはそろってそう叫び、彼の元へと走りかけていく。
「んあ‥‥もう朝か‥‥」
子供たちの声に気がついた彼は、目を覚ます。眠り目をこすりながらも、のっそりと上体を起こし、手前にある窓の外を見る。
そこには見慣れた子どもたちの姿。
思わず彼は、嬉しくなってしまい、ふっ、と笑をこぼした。
「おい!糞ガキども!!朝からうるさいぞ!」
不覚にも彼は、自分が喜んでしまった。その照れからか、敢えて怒鳴り声で子どもたちにそう言ったのだった。
「おっちゃん!やっと起きた!早く稽古つけてよー!」
「そーだよ!早く早く!」
子どもたちは曇りない笑顔で言う。
「ちっ‥‥‥‥しゃーねぇな」
彼は後ろ髪をボリボリと乱雑に掻くと、のっそりとベッドから降り、外出の準備をするのだった。
✱✱✱
それから数十分後、彼は家を出た。戸締りはしっかりと行ったことを思い出し、注意深く確認した上で、ドアの鍵を閉めた。
「おらガキども。さっさと木刀取ってこい」
「よっしゃあ!!おっちゃん鍵!」
「おら」
彼はポケットから自分の家の裏にある倉庫の鍵を取り出すと、乱雑に子どもに向けて放り投げる。
「よし!いこーぜタカヤ、シュンスケ!」
「おお!」
「うん!」
男の子三人は、ノリノリで倉庫へと駆けて行った。
「おう、クミにアサリ。お前らも来たんか」
「うん!おっちゃんに会いたかったから!」
「私も!」
すると彼は顔を真っ赤にして、
「バッ!!な、なに恥ずかしいこと言ってんだお前ら!!」
「わー、おっちゃん照れてるー」
「10歳のロリに照れてるーあはは。ろりこんだー」
「だからいつまで経っても彼女が出来ねーんだよ」
「うおっ!?よ、余計なお世話じゃタカヤ!!」
彼が声を上げると、子どもたちははしゃぎながら彼から逃げる。
そんなこんなでいつも通り、彼の稽古が始まった。
「おーいケイジ。腰が入ってねぇぞー。もっと力強く剣を握れ」
「お、おう!」
「タカヤ、お前はがむしゃらに振り回しすぎだ。もっと丁寧にだな」
「はぁい‥‥」
彼は、ケイジとタカヤの模擬試合でそれぞれの指摘をする。的確に、正確に。
ふと、彼の視界の隅に素振りをしているシュンスケの姿が入った。
彼はシュンスケの確かな剣の才能を感じていた。シュンスケは常に冷静で、彼との模擬試合の時も臆さず、謙虚ながらも勇敢に立ち向かっていた。その瞳を彼は忘れなかった。
(シュンスケ‥‥お前がきっとこの街を背負って立つ男になるんだな)
それから日が真上に登った頃、とある人物が訪れた。
「みんなー!そろそろ時間だよー!」
「あっ、キョーコおばさんだ!」
「おばさんゆうなっ!まだ30超えてないから!」
子どもに対してムキになっているのは、(自称)20代後半の女性、高嶺キョーコだ。彼女は年不相応の容姿で、10代に見えるほど美人である。
「おう、キョーコ。今日もこいつら頼むわ」
「あっ、リューちゃん。軍隊長がこの町にいらしてて、リューちゃんを呼んでたよ。町長の家へ行ってね」
キョーコがそう彼に伝えると、子どもたちを引き連れて去っていった。
「軍隊長が‥‥?一体、こんな時期に何の用なんだってんだ」
これから起こりうる未知の不安を感じる彼だった。
✱✱✱
コンコン
「失礼します」
「おお、来てくれたか」
目の前には整った口髭を持つダンディな男性が一人と、町長が座っていた。
「お久しぶりです、神楽軍隊長」
「いやいや、そんな固くならずに。ささ、こちらへ」
「あ‥‥はい」
身分の高い人物に会うこととなると、流石の彼もいつも通りのラフな格好で出かけるわけにはいかなかった。
慣れないスーツに違和感を覚えつつも、彼は軍隊長の向かいのソファに座る。
「それにしても本当に久しぶりだな。もうあれから15年も経つのか」
「そう‥‥ですね」
「時の流れとは速いものだ」と町長が言う。
「君もすっかり良い大人になって、私は見違えたよ」
「はぁ」
そんな思い出話はどうでもいい、早く用件を言え。
そんなことを心に思いながらも、相槌を打つ彼。
「さて、そろそろ本題へとうつろうか」と軍隊長が言った。
(やっとか‥‥)
「実は、君に依頼したいことがあるのだ」
「依頼‥‥ですか」
「ああ。君が見事に勝ち取ってくれた15年前からの平和を乱そうとする輩が、最近勢力を増してきている」
「輩とは?」
「マフィアだ。それも、15年前の数十倍の規模だ」
軍隊長の言葉を聞いて、思わず彼は取り乱してしまう。
「数十倍!?‥‥なぜそんな勢力を持つ組織をほったらかしにしてたんだ!?」
「‥‥まぁ落ち着いてくれ。我々も勢力を持たぬうちに殲滅しようと試みた。だが、奴らは常人の力を遥かに超越した力を持っている」
それから軍隊長はカップを持ち上げ、コーヒーを啜る。
「マフィアの筆頭を始め、その幹部二人の、合計三人に我々国家直属軍隊は半分の勢力を失うという大損害の状況に陥ったのだ」
「半分‥‥!?」
「このままでは、世界が奴らに支配されてしまう。もちろん、この街もだ」
軍隊長のその一言で、彼は電気が身体にほとばしる感覚に陥った。
軍隊長は、ゴホンと咳き込んでから口を開いた。
「そこで、君の力を借りたい」
「‥‥」
「"剣聖"のね」
彼はソファに思い切りもたれる。そして、瞳を閉じた。
その脳裏に浮かぶのは、子どもたちの顔。そして、キョウコの姿だった。
「‥‥わかった。今回に限って俺が、現役復帰してやるよ」
「!‥‥すまない‥‥」
「ならば、アレが必要かな」
町長は、二人の話がまとまったところで、割り込んできた。
「‥‥出してくれんすか?」
「うむ。緊急事態だからね」
町長はデスクの上に置いてある電話の受話器を取る。それから数分後、秘書がやってきた。
「地下の金庫からアレを持ってきなさい」
「かしこまりました」
そう言って秘書は町長室を出ていった。
「では、本格的に全面戦争となる日程だが、おそらく一週間後になるだろう」
「一週間後‥‥」
その間に15年のブランクを取り戻さなければならない。
「失礼します」
秘書が戻ってきた。
「おお、ご苦労だったな」と町長が言った。
秘書は長細い箱を町長のデスクの上に置き、部屋を出ていった。
「‥‥久しぶりかな?」
「当たり前っすよ。なんせ、15年ぶりなんだから」
「久しくアレを見れるとなると、私も心が弾んできたよ」
軍隊長はにっこり微笑みながらそう言った。
彼は箱に触れる。
そこから感じ取れたのは、あの時の感覚。
ゆっくりと、丁寧にその箱を開け、布に包まれているそれを手に持った。
「‥‥久しぶりだな」
彼は慎重に布をめくる。そして、その中身から現れたのは白銀の剣。
"龍殺しの剣"
「かつて巨大な龍を切り伏せたと言われる英雄、ジークフリートの使っていた剣。やはり、その輝きは15年たっても変わらない‥‥か」
軍隊長は心底感心しながら言った。
「鞘は?」
「おお、ここにある」
町長は箱から白銀に輝く鞘を取り出した。
彼はそれを受け取ると、剣を鞘に収める。刃擦れの音が心地いい。
「さて、ではそろそろ私も仕事があるのでね‥‥失礼することにします」と軍隊長は言った。
「じゃあ俺も」
彼はそう言ってあくびを一つ。
「一週間後、君の活躍を祈るよ」
「‥‥」
彼の人生はこの時、この瞬間から動き出す。
そして、彼の物語はここから始まる。
人は人生の分岐路に立たされた時、どう足掻くのか。
生か死か。人間は生を求めて足掻く。そして、彼も―――。
これは彼の物語。
人生の記録を一部始終語ったものだ。
「はっくしょい!!‥‥あー、誰か噂してんなコンチクショー」
と、彼は言った。