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第8話 食うか食われるか

これから徐々に、人間味が感じられるような展開……にしていくつもりです。


その辺りも楽しんで頂ければ幸いです。




 リナにとって、今日のように父親と思いっきり喧嘩したのは実に久しぶりのことだった。

 お世辞にも純粋とは言い難い内容であったが、少なくとも以前のような事務的口調での議論ではなかった。

 なんとなく、今日は親娘らしい喧嘩ができた気がするのだ。

 結局ラウルの誤解を解くことは叶わず、唯葉と一緒に暮らすことを撤回しなかったためかえって疑いが深まってしまったが、そんな些事が気にならないほどリナの気分は良好だった。

 最終的にはラウルと喧嘩別れした形に終わったものの、次に会うのが苦痛でない感覚は本当に久しい。

 であるから、自分をほっぽって勝手に森へお出掛けしていた唯葉たちが帰ってきたときも『なんで私を置いてったのよ!』と子供のように噛み付くこともなく、素直におかえりなさいと迎えることができたのだが……。

 彼らの方に問題が発生しているとは思いもしなかった。

 唯葉は複雑そうな表情をしているし、ルシは気もそぞろな様子で主人の周りを回ってるし、ノエリアは怯え切った顔で唯葉の背中に張り付いてるしで、高揚した気分もすっかり冷めた。

 その後、驚異的な粘着力でくっつく幼女をどうにか引っ剥がした唯葉は魔導書も一緒にリナへ押し付けて、


「すぐ戻るから」


 という、何だか死地に向かう兵士のような台詞と微笑みを残して密林に戻ってしまっている。

 一人で採取の仕切り直しに向かったのかと思うが、いずれにせよここら一帯の山菜や薬草は取り尽くしてしまっているので無駄骨だと思われる。

 実際、茸一本しか見つからなかったようだし。

 しかしそんな事情を抜きにしたとしても、とりあえずリナは彼に一言物申したいことがあった。


(この微妙な雰囲気をどうにかしてほしいのだけど……)


 手持ち無沙汰にログハウスの掃除をしていたリナは、がくりと肩を落としてため息をついた。

 ノエリアはゆりかごに丸くなり、ルシは玄関前をうろうろ、誰も会話しようとしない謎の異空間が場を支配している。

 まったく、居心地が悪いったらない。


『マスター、どうしちゃったんだろ……』


 ふよふよと落ち着かなげに浮遊するルシがぽつりと呟く。

 リナは窓からちらりと森の方に視線を走らせ、おずおずと魔導書に声を掛けてみるが、


「……ねえ、ルシ」


『なんだいリナちゃん』


 返ってきた言葉は相も変わらず素っ気ないもので、リナは思わず頭を抱えたくなった。

 さっきからずっとこんな調子なのだ。

 ノエリアは未だ恐怖に取り憑かれたかの如くだし、ルシはなぜかリナに刺々しい態度を取る。にっちもさっちもいかないリナは彼女たちから事情を聞きそびれていた。

 いつまでも手を拱くというのもアレだし、リナは少ない語彙力を精一杯駆使して何とか会話を食い繋ごうとする。


「ルシは、その、私のことが嫌いなのかしら。忌み子の私が、ユイと仲良くなるのが……気に入らない、とか?」


 知らず知らずのうちに声が上ずってしまうが、これは兼ねてから疑問に思っていたことだった。

 唯葉はなぜだか先入観ゼロで自分に接してくれているが……彼のパートナー的存在であるルシは、これをどう思っているのか。

 当の魔導書はどうでも良さげにふんと鼻息を立て、


『自分のことを「忌み子」呼ばわりするのは感心しないな。ボクもマスターも、そこらの差別主義な人間族とは違うし』


「……じゃあ、私の何が気に入らないの?」


『お腹を減らしたマスターが密林にまで脚を運んで食べ物探してたっていうのに、リナちゃんはちっとも協力してくれないんだなって思ってただけだもんね、ふんだ』


「それはちょっと理不尽じゃない……?」


 アルトゥンハ村に住むのなら衣食住は自分で確保する。

 彼自身が呑んだはずの条件ではなかったか、というリナの思考を目ざとく見破った魔導書はますます不機嫌になる。


『それとこれとは話が別だよ。リナちゃんもこっちの家に移り住むんでしょ、ならボクたちと同じ穴の狢だからね』


「……」


 理不尽さは拭えないが、それはそれで一理ある。

 リナはハタキをひゅんひゅん振り回しながら、ねぐらに干し肉がいくつか残っていたのを思い出した。

 非常用なので味も品質も良いとはいえないが、このままだと唯葉の朝ご飯は茸一本だけという悲惨な事態になりかねないし、リナにしても、ここで景気良くお腹を膨れさせたい思いがなくもない。

 私が『一肌』脱ぐべきか……と考えたとき、


《人肌に包まれる心地よさを改めて再認識したというか___》


 唐突に何を思い出してるのよ私っ!?と一人連鎖反応を起こして馬鹿みたいに赤くなる純情狼少女。

 残念ながら、彼女もすでに毒されているようだった。


『……リナちゃんから不純なニオイがするぅ』


 リナはにじり寄る魔導書から目を逸らす。


「な、何でもないわよ。それより私の家に保存食が少し残ってるのを思い出したわ今から取ってくる」


 早口にそう捲し立て、チクチクと刺さる魔導書の視線から逃げるようにリナは自分の家目指して走り出した。

 動揺を隠そうとしているようだが、掃除用のハタキを持ったまま走り出しちゃってる時点で隠すもくそもないのだった。



 ***



 ___場所は変わり、密林某所にて。


 俺は今、元来た道を辿って密林の中を歩いていた。


「………」


 アルトゥンハ村の選別結界は、無属性以外の有属性魔力を拒絶し受け入れない。

 ただその例外として、極めて保持魔力量が少ない生物や物質などにおいては『選別外』とされ、結界内に入ることができる。空気も魔力を含む物質の一種であるから、完全に遮断してしまうと酸素の循環が無くなってしまうし、雨雲などはそれなりの魔力を溜め込む場合がある。あまり選別を厳しくすると雨まで弾いてしまう。

 故に、制限をどの程度まで緩和するかは『選別結界』を築く上で必須とも言える重要事項なわけだ。

 ルシから教えられた知識を反芻しながら、俺は息を吐く。

 魔力完全欠損体質の俺は、選別の対象外どころか大前提からして論外である。魔導書・ルシは多様な魔法を扱えるが、それは彼女が少ない魔力を最大限に生かす技を心得ているからであり、実際問題ルシが持つ魔力は雀の涙ほどしかない。

 だからこそ、俺たちは選別結界に『引っ掛かる』ことがない。

 そして、そういった例外を除いていけば、結界内に入れるモノは自ずと限られる。虫や小動物、あるいは発芽前の種子。

 ___そう、おそらくは。

 俺が斬り殺してしまった魔獣『ノアールトゥレント』の幼体も、結界内に入り込んだ種の一つだったのだ。


「………」


 地面に転がる魔獣の死骸は、意外なほど小さく見えた。

 まだ幼体だからか、樹皮は柔らかい。俺の刀でも問題なく切り裂くことができる硬度だった。

 それでも刀が折れてしまったのは、あの『声』を聞いて太刀筋がブレたからだ。あの時の感触は今も手に残っている。


《ひっ……たすけ、てっ》


 ルシやノエリアの様子から察するに、おそらくあの声は俺だけに聞こえたものだろう。実際心当たりはなくもない。

 俺は髪の毛を一本抜いてみる。

 色を失い、きらきらと鈍い虹色を反射する白い髪。肉体の色素を代償に得た『異世界の言葉を理解する』能力___この力が、魔獣の言葉に対しても効果を発揮すると考えれば、筋は通る。


(んー……)


 ノアールトゥレントは特殊な香りを放つ擬似果実をぶら下げて、寄ってきた獲物を触手で捕らえる。

 この魔獣の捕食方法は少々特殊なんだそうで、頭から齧っていくのではなく、微細な管を相手の体内に侵入させて魔力を吸い取ってしまうらしいのだ。通常の常識からして、ノエリアが捕らえられた時点で討伐行動に移った俺の判断は間違っていない。

 だが、本当にあれでよかったのだろうか。

 俺は魔獣の意思を知ることができる。魔獣の力を遥かに凌駕する力も持っている。ならば___


(………助けられた、かもしれないんだよなぁ)


 死骸のそばにしゃがみ込んで、色艶を失った赤い擬似果実を手に取り眺めてみる。

 そも、魔獣はなぜヒトを害するのか?

 この世界の定義では、魔獣はヒトという生物が持つ濃密な魔力を求めて本能的に襲い掛かってくるものとされ、そこに知能や意思は介在していないと言われている。だからヒトがそれを迎撃するのは当然で………仕方のないことなのだ、とも。

 ルシもそう言っていた。俺も信じて疑わなかった。

 ___そして今、現実を目の前にして、俺は自分がどうすべきか分からなくなってしまった。

 虚ろな複眼が俺を責めるように見上げている。

 しばしそれを見返してから、俺は陰鬱な気持ちを振り払うようにすっくと立ち上がり、赤い実を一口齧る。


「……うーん、まーべらす」


 見た目に反して恐ろしく暴力的な果肉の酸味に渋い顔をしつつ、村へ続く道を辿って歩き出した。

 どうも俺は、こういう弱肉強食の世界に直面すると難しく考えてしまう傾向があるようだ。動物好きの影響なのかもしれない。

 前の世界でも俺たちは弱き者たちを食し、生きてきた。そういう世の中なのだから、受け入れるしかないのだろう。気まぐれな情を魔獣に抱くのはやめておいた方がいい。

 ___けれど、わがままを言わせてもらうのなら。

 意味のない殺生や、まだ弱すぎる子供に対してだけは、気まぐれを起こしちゃってもいいよねと考えてしまう辺りが……俺の考えの一貫性のなさを如実に知らしめているのだった。


(まあ、人ってのはそんなもんだろうな)


 ログハウスが視界に入る頃には既に、ノアールトゥレントの赤い実は芯だけ残して俺の胃に収められていた。



 ***



 我が家に戻ると、リナとラウルたちがいなくなっていた。

 結局ラウルとティモは何のためにここに来たのだろう。俺に用があるとか言っていた気がするのだが。

 それとリナ、ルシとノエリアをほっぽってどこかにお出掛けとはいい度胸である。留守中に強盗とかが家を襲撃してきたらどうするつもりだというのか。ただでさえ今は扉がぶっ壊れて誰彼関係なしにウェルカム状態だというのに。

 後で叱っておかねばなるまいと脳内メモに追記。


「……そうだ」


 家の中に入ろうとした所ではたと思い当たり、俺はログハウスの裏庭に回り込んだ。

 ここらの雑草などは基礎工事を始める前にまとめて駆逐したはずだが、早くもにょきにょきと再起し始めているようだ。

 すっかり昇った太陽でぽかぽか暖かい。


「んー……ここら辺でいいかな」


 一人頷くと、俺は口に赤い実の芯を咥え、窓枠のちょうど真下に当たりを付けて地面を掘り始める。

 瞬く間に一メートルほどの洞が出来上がったところで、俺は実の芯を底に置いて、ばっさばっさと土を被せていく。最後に折れた刀を抜き、なだらかな塚の上にすとんと突き立てて墓標にした。

 ちっぽけなお墓であるが、ないよりはマシだろうか。せめてもの供養になればよきかなと思うことにする。

 最後に手を上げてナムナムと黙祷。


『……何やってんのマスター』

 

 降りかかった声に片目を開けて視線を上げると、窓枠からルシがひょっこり顔を出していた。


「よ、ルシ。ただいま」


『うん、おかえりなさい。それでマスター、さっきから裏庭で何をしてるのかな?』


「ん……まあ、ちょっとな」


『言いたくないのならそれで構わないけど、外で変な音がするってノエルちゃんが怯えてるから、早いとこ安心させてあげてよ』


「あらま」


 それは申し訳ないことをした。掘削作業が近所の騒音になりうることは前世でもよく知られていたことだというのに。

 窓枠を乗り越えてログハウスに帰還すると、ノエリアはゆりかごの中で長髪を震わせて泣いていた。

 魔獣に食われかけたのが相当尾を引いているようである。


「よしよし、ごめんなノエル」


「……ゆ、ユイぃー」


 抱き上げてやると、ノエリアは俺の胸に顔を押し付けてうゆうゆ泣きじゃくる。

 彼女の涙やら鼻水やらがカッターシャツにシミを作っていくが、甘んじて受け止めることにしよう。


「ほらノエル、かわいい顔が台無しだぞ」


「うぅ……魔獣さん、いないですか」


「うん、とっても怖かったよな。よーく分かるよ」


 ぐしょ濡れの顔をぐしぐしと拭ってやる。ノエルはされるがままにぐすぐすと鼻を鳴らした。


「でもな、いきなり襲われて怖かったのはノエルだけじゃないよ。魔獣さんも同じだったんじゃないかと思うな」


『……』


「……う、うゆぅ?」


 戸惑う幼女の背中を撫でつつ、俺はゆっくり言葉を選ぶ。


「俺は、ノエルを助けるために魔獣さんを殺してしまったけど……生きたいって気持ちは魔獣さんにもある。分かるかな?」


 ノエルはこくりと頷き、窓枠の外を見てぽつりと呟きを零す。


「魔獣さんも……怖かったのでしょ、か?」


「そう。まだノエルと同じ子供だったし……うん」


 目を閉じ、改めて魔獣の最期の声を脳裏に思い浮かべる。

 俺にしか聞こえなかった、あの声。

 生きるための力を身につけた大人の魔獣であったならまだ罪悪感も薄れるところだ。魔獣に自立云々の概念があるのかどうかは謎だが、あのトゥレントは少なくともまだ幼体だった。

 や、そういう問題でもないか。

 頭では分かっている。どんな魔獣にしても生半可な情を持てば、いざというときに殺されかねないだろう。

 だが、なんとなく、ここでノエリアに『魔獣は余さず敵』とか、そんな認識を植え付けてはいけない気がした。


「魔獣さんの赤い実。あれを裏庭に埋めたから、後で一緒にお参りに行こう。ちゃんとごめんなさいすれば、魔獣さんの痛みや悲しみも和らいでくれるはずだから」


「ほ、ほんとーですか?」


「もちろん。俺が嘘ついてると思う?」


「……思わないでしゅ」


「信じてくれてありがとう。じゃ、ノエル、もう大丈夫かな」


「あい」


『…………な、なんかすごく手慣れてる……』


 あっという間に泣き止んだノエリアを見て、ルシが呆然とした声を出していた。ま、前の世界で色々あったのですよ。

 小さな幼女は俺の腕から降り、目尻の涙をぐしぐし拭う。

 ちゃんと持ち直したようで何よりだ。


「さて、ノエルも元気になったところで」


 一つ問題がある……と言葉を続けようとしたそのとき、俺の腹が地響きのような音を立てた。

 代弁してくれてありがとう腹の虫。


「……うーむ。お腹減ったな」


「私も、泣いたらお腹ぺこぺこになっちゃいました」


『そういえば、さっきリナちゃんが干し肉を取りに戻るとか何とか言ってたよ___ほら、噂をすれば』


 と、ルシがふわりと浮かび上がる。釣られて俺も上を見上げると天井のわらぶき屋根がトトッと軽い音を立てた。

 屋根上から飛び降りて玄関前にスタイリッシュに着地したのは、言わずもがな我らが狼少女。


「よっと。あ、帰ってたのね、ユイ」


「きたー!」


「うゆー!」


 ぱちこーんとノエリアとハイタッチする。

 その謎のノリについてこれないリナが目を瞬かせる。


「何、どうなってるの?」


『天然同士のスキンシップもといただの茶番だと思うよ』


「……ルシも大変ね。ともあれ、お邪魔するわよ」

 

 空虚な雰囲気を漂わせつつ遠い目をする魔導書。

 そんなルシを尻目に入ってこようとする狼少女だが、しかし今、お邪魔するといったか。

 個人的に気に入らない言葉の一つだ。


「む、リナ、ちょっと待て」


 俺はリナの肩を抑え、ぐいぐいと押して外に追い出す。


「はい、やり直し」


「え、えっ………な、なに? わ、私……」


 俺が言っている意味が分からないのか、リナは小虫の集る小袋を抱えたまま泣きそうな表情になっておろおろし始めた。


「お邪魔します、じゃなくてただいまでしょ。お分かり?」


「へ……た、ただいま?」


「そう。監視役って建前もあるけど、これから一緒に暮らすんだし堅苦しいのは止めにしよ。それじゃ元気良くもう一度」


「…………ただいま」


「んむ、よろしい。おかえりなさい、リナ」

 

 リナは終始不思議そうな目で俺を見つめていたが、不意にきゅっと切なそうに目を細め、下唇を噛み締めて俯いた。

 ……そんな反応をされるとこっちまで恥ずかしくなってくる。

 邪に魔といういかにもダークサイドな字面の挨拶より、ただいまの方が幾分心地よいものだろう___何故にそれだけで照れ全開の表情になっちゃってるのか。

 悪い男に簡単に釣られちゃいそうで心配だ。


『ぶー……仲良いねぇ君たち』


「またか。何をいじけてんだお前は」


 俺はさりげなくリナから目を逸らし、こちらも何故か機嫌の悪い魔導書さんを宥める。


『だってマスター、ノエルちゃんにもリナちゃんにも優しくしてるのに……ボクだけ仲間はずれだし』


「そういう個人的な特別扱いはしない主義なんだけどな」


『うー、じゃあボクにも優しくしてよ!』

 

 ぷんすかお冠なわがまま魔導書に、俺は頭を掻く。

 だから特別扱いはしてないと言うとるに。


「分かったよ。また今度な」


『むぅ……言質取ったからね、約束だよ』


「はいはい」


『本当に分かってるのかなぁ』


 むすっとした声を発しつつも大人しくなったルシは、魔法陣から鎖を出して安定の腰位置に収まった。

 俺はやれやれと首を振り、リナに視線を戻す。


「それでリナ、どうしたのその袋」


「あ……その、これ、ご飯」


 リナはなぜかカチコチとした動きで袋を差し出してきた。

 なんかリナが片言になっているが、そんなことより。


「ご飯と申したか」


 俺の口調もおかしくなっているが、そんなことより。

 ノアールトゥレントの果実を入れたきりの胃袋が、きゅるきゅると情けなく訴えかけている。

 

「ただの、干し肉だけど……食べる?」


「食べゆっ、うゆぁ!」


 元気良く返事しようとして舌を噛んでしまい、ノエリアみたいな声が口から飛び出た。口の中に鉄っぽい風味が広がる。

 しばらく口を押さえて悶絶した後、俺は涙を浮かべつつリナから干し肉を受け取る。い、今すぐかぶりつきたいのに舌の痛みが邪魔をする……この板挟み状態、辛すぎる。


『世話が焼けるなぁ、まったくもう』


 すごく嬉しそうな口調で呟いたのはルシである。

 水色の魔法陣が出現し、青い光が俺の俺の口内に入っていった。昨日リナのたんこぶを治療したのと同じ、回復魔法だ。

 舌の痛みは瞬く間に消えていた。


「うい、さんきゅ、ルシ」


『えへへ。もっと褒めてくれてもいいよ?』


 先ほどまでの不機嫌さはどこへやら、超ご機嫌な様子ではにかむ魔導書。どんだけ世話好きなのだろうか。


「それじゃーいただきます」


 ともあれ、腹が減っては戦はできぬ。今はご飯にありつこう。

 今や訴訟を起こしかねないレベルで騒ぎ立てる胃袋を宥めるように、俺は干し肉に噛りつき、咀嚼し、飲み込んだ。

 もちろん素手だが、もうサバイバルで慣れっこである。

 二ヶ月前までの密林生活では魔獣の一匹も狩らなかった(ルシの魔法を使えば狩れなくもないが、捌いている間に他の魔獣が横取りを狙ってきたり、血の匂いに反応して上位魔獣が寄ってきたりするので無理だった)ため、ほぼ二ヶ月ぶりの主菜になるのだ。

 少し塩っ辛いタンパク質を夢中で堪能する。


「うゆぅ……」


 一心不乱に肉を貪る俺を、ノエリアが指を加えながら見つめる。


「ノエルの分もちゃんとあるわよ。食べる?」


「食べゆっ………うゆゆゆぅ!?」


 俺と同じく舌を噛んだらしい幼女が涙目になっていた。

 間髪入れずにルシの青い魔法陣が再度出現、リナが苦笑しながら干し肉を手渡しする。

 しばしの間、誰も喋らず、しかし和やかな雰囲気のランチタイムがログハウスを流れていくのだった。


 ちなみに俺が採ってきた茸は、後でお墓にお供えした。

 ノエルと一緒に南無阿弥陀仏をする。

 これで、安らかに成仏できればいいのだが。



お読みくださり、ありがとうございます。

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