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第6話 後朝の別れは騒がしく

序盤はリナメインの三人称単視点です。

若干エロ表現が入ります。

もふもふが行きすぎた結果ぐらいのもので、そんながっつりではありません。


こうした表現はまだ経験が浅いので、意見をお聞かせ頂ければと思います。

ご感想・ご指摘お待ちしております。


 リナ・フォシェルは、ログハウスの窓枠から差し込む朝方の光を眺めながらぼんやり考えていた。


(……なにやってんだろう私)


 いつもはこの時間、リナはボロ小屋のねぐらから起き出して密林に行く。今日の朝ご飯と『納品』の調達、その後アルトゥンハ村を覆っている結界外部の巡回。密林の植物が村を侵食し始めていればそれを整備し、魔獣がいれば排除して皮を剥ぐ。

 リナの『アルトゥンハ村での生活』は、そこから始まる。

 あの日から今日まで五年間、そのルーティンが崩れたことは一日たりともなかった。


「くぅー……」


 そんな彼女の日常を一夜にして跡形もなく粉砕してくれたのは、現在リナを抱き枕にして熟睡する謎の少年だ。

 片桐唯葉、とかいう妙ちきりんな名前と容姿の人間族。


(……全く呑気なものね。自分がどういう立場にいるのか、まるで分かってないみたい)


 彼はいったいどんな教育を受けて育ってきたのだろうか。

 基本的に、人間は獣人を強く差別するものなのに。

 リナは文字が読めないので、人間と獣人の確執については幼い頃父親に教えられた種族摩擦ぐらいしか知らないが、差別化の原因となっているファクターなら幾つか教養程度に知っている。

 獣人族だけが使えない『魔法』。

 獣人族だけが使える『天稟術』。

 この世界ではなぜか、獣人族だけが明らかに突出した異色な力を持っている。自己完結した身体強化を行える時点で、数だけは多い貧弱な人間族が獣人を恐れるのは十分すぎる理由だった。人間族は魔法を編み出し、その物量差で獣人族は敗れ、こんな国の端っこにまで追いやられてしまった。

 差別の根源にあるのは人間族の恐怖なのだ。

 だが父親曰く、獣人族が力で人間族を支配あるいは排斥しようとしたことはないという。だからこそ獣人族は怒る。魔法という力を手に入れた人間族の優越感が、差別、奴隷、そして殺人という形で彼らから自由を奪っていくから。

 片桐唯葉を排そうとした彼らの心理は正当なものだろう。

 ___しかし、リナは彼を庇った。


「はあ……」


 ため息をつくと、リナは目を動かし、片腕両脚で自分をがっちりホールドしながら眠りこけている唯葉を見た。

 リナも年頃の少女であるから、いきなり異性に抱きつかれ寝床に組み敷かれたときはそれなりにドギマギしたものであるが、


『……マスターは、二ヶ月もずっと密林をさまよい歩いてたんだ。ボクじゃ人の暖かみは与えられなかった。人肌が恋しかったんだと思う。そのままにしてあげて』


 そう魔導書に言われてしまえば、心臓の鼓動も冷める上おざなりに突き放すのも憚られてしまうのだった___無論これはあくまで彼女の内面的な話であり、唯葉に組まれた瞬間にリナは懐のナイフを引き抜き、彼のうなじに刃を当てていた。

 ……はずなのだが、彼はそれに気付く様子もなく、幸せそうな顔でリナの尻尾を撫でくり回していた。とてもではないが獣人たちを蹴散らした者と同一人物とは思えない蕩けっぷりだった。

 挙句そのまま寝息を立て始めた少年のゆるふわな表情を見て完全に毒気を抜かれ、さりとて時たま唯葉がもぞりと動くたびに身体が強張ってしまうのは抑えることができず、結局一睡もできないまま朝日を見ることになってしまったリナだった。

 こんな少年を庇った自分が不思議でならないが、


(あのときは……殺されないように庇うので必死だったけど)


 おそらく自分は、唯葉に同族意識のようなものを覚えていたのだとリナはこの一夜で結論付けていた。

 彼は、色々な意味で不思議な人間だった。

 牢屋に放り込んでしばらく放置していたら黒髪黒眼が白髪赤眼に変わっていたり、左肩の傷がほぼ回復していたり、トップクラスの実力を持つ獣人を秒殺したり、巨大なログハウスを数時間で建ててしまったりと奇妙な点を挙げれば枚挙にいとまがない程だが、それはこの際置いておこう。

 そもそも、リナの目が引かれたのはそこではない。

 唯葉の全身を巡る火傷の跡だ。

 実は、リナの背中にも同じような傷がある。五年前に犯した罪の罰として刻まれた、永遠に消えることのない贖罪の焼印だ。

 リナが背負い続ける罪咎の証。

 おそらく少年が負った傷にもそれなりの経緯があるのだろう、とリナは勝手な想像をしていた。獣人族と人間族のハーフという最も忌まわしい存在に臆することなく、積極的に接触してこようとする唯葉の行動も、その過去に由来するものなのだと……容姿を偽っていたのは、あの傷を隠すためだとすれば筋も通る。

 あれだけの戦闘力、それに本のカタチをした喋る式神がいれば、一人で森を彷徨い歩くこともできるだろう。

 昨日は警戒が先行してろくな態度も取れなかったが、今日からは唯葉と素直に接したいと考える。村の鼻つまみ者であるリナの話し相手はもっぱらノエリアしかいなかったのだ。

 唯葉のおっとりとした口調が、耳の奥で再生される。


(あんな話し方する人、初めてだったな)


 自分と話すとき、大人からも子供からも概してゴミを見るような視線が付いて回ったものだ。あの幼女がいなければ今ごろ精神的に病んでいたかもしれないと自分でも思う。

 でも、唯葉は違う___それだけで十分だった。十分すぎた。

 出会ったばかりの少年に胸をときめかせている自分に気付いて、リナは寝不足の頭を振った。心の中で苦笑する。

 これでは、人肌を求めているのは自分の方ではないか……


「……っ、んあっ!?」


 唐突に異様な感覚が体を貫き、リナは現実に引き戻された。

 ぴくぴく体を震わせながら正体を見てみると、少年がリナの狼耳をはむはむと甘噛みしていた。

 ぞくりとした快感がうなじを這い回り、ついぞ経験のない痺れるような官能が下腹部周辺をじくじく疼かせる。

 なんだこの得体の知れない感覚は?


「ちょ……っと! 離しなさっ……あっ、んんぅ」


 自分の口から漏れた声が思いのほか艶やかさを帯びていて、リナは頬が紅潮するのを感じた。

 身を捩って少年から逃れようとするが、それが更なる事態の悪化を招く。抱き枕の遁走を阻止すべく無意識に動いた少年の手がリナの胸部に当たり、ふにふにと揉み出したのだ。

 声を必死で噛み殺しながら思う。こいつ本当に寝てんのか。

 彼の狸寝入りを本気で疑いつつ引き離そうと振り返ってみたら、超至近距離に唯葉の顔___正確には唇があった。

 予期せぬ事態に身体が硬直し、喉奥から変な声が漏れる。


「っ、ひうっ」


 ぴしりと固まりながらも思考は止まらず、よくよく見ると少年の顔が幼さを孕みつつも中々端正に整っていることに気付いてしまうに及んでどんどん気分が変になってくる。

 火傷跡で一見不気味に見える彼の寝顔はどこか心幼げで、リナの母性本能を大いに刺激するのだ。

 追い打ちをかけるように、少年が鼻をすんすん鳴らしたかと思うと、あろうことか顔をぐいっと近寄せてきた。慌てて顔を逸らすと唯葉の舌先がリナのうなじに触れて、恐ろしいことに甘噛み地獄の第二ラウンド(胸揉みセットのフルコース)が始まった。


「ぃ、ぅ、んぁ………だめユイ、そこは___ひゃぁぅぅぅ……」


 それからログハウスの戸が叩かれるまで、リナは唯葉にされるがままのおもちゃと化した。

 片桐唯葉は、凄まじく寝相が悪かった。



 ***



 ドンドンドンというノックの音が、俺の家を揺らしているものだと気付くまでに少し時間を要した。

 何しろずっと密林で生活していたものだから、赤茶けたわらぶきの屋根裏が薄く視界に映り込んだ時は何事かと思ったぐらいだ。

 その割に、思考はまったり鈍いままだが。


「んー……」


 ログハウスのドアを叩く音はまだ続いている。いまや留め金ごと吹っ飛びかねない勢いだ。

 しかし扉の方に目をやる前に、ふゅゎとでも表現すべき好ましい感触の何かが手の平を押し返しているのに気付いて、俺は目線を下に落とし___思わず体を仰け反らせた。

 荒く息衝きながらぴくぴくと妖艶に身体を痙攣させる狼少女が、俺の真下に横たわっていたのだ。

 半分白い毛並みに覆われている頬は紅色に火照り、純白のまつ毛の奥に光る血色の瞳は切なげに潤んで俺を見つめている。半開きの唇から蕩ける吐息、隙間から覗く薄桃色の舌先。

 心臓がばくんと弾んだ。慌ててリナの胸から手をどける。


「な、なん………っ!? や、ごめん、ね、寝ぼけてた」


「んぅ」


 激しく乱れたリナの服を整えてやると、彼女の体の各所が粘着質な液体でテラテラと怪しく光っているのを発見する。

 寝惚けてよだれが垂れることなんぞ誰でもよくあることだと思うが、リナの全身にかけてテラテラがあるってどういうことだ。

 冷や汗を掻きながら確認していると、うなじを呼気に撫でられたリナの体が跳ねるように反応した。敏感な己の体を恥じらうように少女は目を閉じ、俺から顔を背ける。

 いや、ちょっと待ってほしい。

 その事後っぽい反応はいったい何だというのか。

 昨夜は確か、狼少女のやーらかい尻尾と毛並みを抱き枕代わりに眠りについたはずだ。それ以降の記憶はない。

 となると。

 ……何がどうなってこうなるんです?

 にゃんにゃんがにゃんにゃんすぎた結果こうなったのか?

 前の世界では幼馴染が一緒に寝てくれて、よく抱き枕にしていたものだが、翌朝こういう事態に直面した経験はなかった。

 いや、そうじゃなくて、ええと。


「___出てこい寝坊助どもがァ!!」


 しかし、幸いと言うべきか、起き抜けの緊急事態にこれ以上頭を悩ます必要はなくなった。

 痺れを切らしたような轟音と共にログハウスに激震が走り、扉がこちらに吹っ飛んできたのだ。刹那で意識が自動的に戦闘モードへ切り替わりアクセラレーションを開始、息が粘気を帯びる。

 朝日を受けた粉塵がきらきらと煌めいていた。


「っと」


 自分で建てたログハウスが一日で倒壊する事態は避けたいので、脹脛と大腿筋の力は抑え気味に爆発させる。

 黒豹じみた丸い体勢から、しなやかに全身を駆動。

 先んずるは扉。斜めに傾いだ厚い木版の下に体を滑り込ませて、低姿勢から右腕を上方へ射出。重い塊を掴み取り体ごと軌道を円運動に変え、反動を利用して高速移動。部屋の空気を丸ごと薙ぎ払うように旋風した扉を盾にし、飛び散った木片がゆりかごの眠り姫に降り掛からないようまとめて弾き飛ばしておく。

 扉を吹っ飛ばしてログハウスの中に乗り込もうとしていたらしき獣人の影が、散弾じみた速度で跳ね返ってきた木片の逆襲を受けて唸りながら飛び退いていった。

 加速が終わり、俺は扉を背に担ぎながら息を吐く。


「……ドア相手に何本気になってんだ俺。リナ、大丈夫?」


「……ぅ、うん。全然平気………あれ? どうなってるの」


 きょとんとした声の後、リナは不思議そうに目を瞬かせる。

 どうやら今の一連は見逃していたらしい。それならそれでいいやと軽く流し、ドアを片手に担ぎつつ玄関を見る。

 我ながらよくもまあ今の攻撃に反応できたものだと思う。


「ん? ルシ、どこ行った?」


 寝る前は鎖で俺の腰にくっついていた魔導書が、いつの間にか鎖ごと消えていた。

 そういえばあの鎖は『具現』で召喚したものだったか。寝ている間に実体化の限界が来て消えてしまったのだ。


『むにゃ……おはよー、ますたー』


 ふよふよと眠たげに蛇行する相棒がそばに寄ってきた。

 白い魔法陣が出現し、再び召喚された鎖が俺とルシをがっちりと結び付ける。俺はされるがままに、


「お前は相変わらず朝に弱いな」


『あぅー。ごめんなさい……』


 そう言って、魔導書はまた寝息を立て始めた。全く、この状況で二度寝とは呑気なものである。

 まあ……昨日は立て続けに魔法を使わせてしまったし、疲れたのかもしれない。たまにはゆっくり休ませてやるか。

 さっさと本題を片付けてしまおう、と俺は玄関の縁をくぐり、


「おはよーございます」


「……チッ」


 朝っぱらから舌打ちとはご挨拶である。

 敵意の入り混じった視線をこちらに向けてくるのは、ライオンのようなたてがみの獣人だった。木片の散弾をまともに食らったのか全身に血が滲んでいる。

 見るだけで超痛そうだが、大丈夫だろうか。

 その隣でポリポリ頬を掻いているのは……確か昨日、獣人たちのログハウスで尋問された際にいた獣人だ。『ぬぅん』って俺を威圧してきた狼っぽい顔の人である。

 んむ……とりあえず用件を聞こう。


「俺に何か用かな?」


 壁にドアの残骸を立て掛けながら問い掛けてみると、即座に反応したのは獅子獣人の方だった。


「おう大有りだともクソ人間。今からおどれをここから追い出して森ン中に戻っ___ぐおぅ!!」


 すぱこーんと響いた痛烈な音が、俺に向けた暴言を中断させる。

 狼獣人が獅子獣人の頭を思い切り引っ叩いたのだ。


「感情を暴走させてんじゃねえよティモ。子供じゃねえんだから、ちったあ頭冷やして考えやがれ」


「ぐぬ……け、けどよラウルさん」


 尚も口答えする獅子獣人もといティモだが、ラウルという狼獣人は一睨みでそれを黙殺。ティモのたてがみが萎んでいく。

 やおら、こちらを向いた狼獣人は頭を掻いて、


「こいつはティモってんだが、まだ若くてやたら血気が盛んでな。みっともないとこ見せちまったか」


「いや、面白かったからいいよ」


 そう言って手を振ると、狼獣人は小さく口元を緩めた。


「……話に聞いた通りだな。俺はラウル・フォシェルってんだが、お前さんはユイって名でいいのか?」


 かなり柔和な口調にほっとしたものを感じつつ、しかし俺は首を傾げていた。


「ん……ああ、そうだけど。フォシェルって」


 聞き覚えのある姓名。記憶を掘り返して答え合わせをする前に、後ろから狼少女の声が飛んできた。


「ええ、私の父親よ」


 リナは俺の隣まで来ると立ち止まり、ラウルの方を見る。

 彼女は狼獣人と人間のハーフだと言っていたが、父が獣人ということは、母方が人間なのか。

 客観的な印象としては、リナとラウルは似ていない。

 この村の獣人族は基本的に『ヒトの形をした獣』である。あくまでベースは獣であり、ラウルなどは四足歩行が二足歩行に変わっただけの狼にしか見えないのだ。肌というよりは毛皮だし、歯並びも爪も目付きもまさしく獣のそれだった。

 一方、リナは『ケモノが混じった人』だ。普通の獣人と同じように獣耳や尻尾こそあるものの、顔立ちは人間のもので、毛皮っぽいところもあるが全体的に人肌の柔らかさがある。

 骨格そのものが違うのだ。

 モフモフ効果で言えばリナがやや劣るかもしれないが、抱き枕的養痾効果では彼女に軍配が上がるだろう。実体験済みであるし……などと逸れていく思考を無理やり現実に引き戻す。

 ……今朝のアレは見なかったことにしよう、そうしよう。

 と、無駄に脳みそを回して二人を分析している間に、


「……昨夜から姿が見えねえと思ったら」


「一日早いけどユイの監視の任についただけよ。悪い?」


「いや、悪かねえけどよ……」


 何と言うか、ずいぶんとキワドイ雰囲気になっていた。

 リナの瞳が絶対零度の冷気を帯びている。少なくとも親に向けるべき威力ではない。ラウルも苦々しげな表情だ。

 ど、どうなっているのだろう。

 親娘ならもう少し暖かい朝の風景があるものではないのか。


「ユイを呼びに来たのね。本当にやらせる気?」


「……ああ。村長がもう決めちまったから変えようがねえ」


「外道」


「っ……お前、本当に考え直す気が___」


「もう聞き飽きたわ。いつまでも偽善者の仮面をぶら下げて保護者ぶるのは止めてほしいものね」


 俺の目がリナとラウルの間を往復する。

 会話の先も根っこもまるで五里霧中であるが、二人の会話は進むごとに険悪さを増していく。

 なんかライオン獣人のたてがみも再燃し始めてるし、かといって親娘の仲介役など俺にとても務まるものではない___


「うゆぅー……ユイ、おはよぅですー」


 ___そんな土壇場で、最強の癒し要員が参戦した。

 リナもラウルも口をつぐみ、ログハウスからとてとて姿を現した幼女に目をやる。

 ねぼすけお姫様は全身に自分の長い白髪を絡ませながら、胡乱とした足取りで俺の脚にぶつかって、


「けんかは……ダメなのでしゅ。んむぅ…………」


 という、如何ともし難い現状を一瞬で崩壊せしめる発言を残して再び夢の中に落ちていった。コアラのように回された幼女の両腕がしっかり俺の脚に抱きついていて離れない。

 ……ルシといいノエリアといい、二度寝するときは俺に巻きつく習性でもあるのだろうか。

 ともあれ幼女の一言で刺々しい空気は四散したが、歯がきしきしするような居心地の悪さが場に残る。


「……ユイ、ここでお別れね」


「ん?」


 出し抜けの発言に、俺は隣の狼少女の顔を見る。

 しかし、リナは俺から視線を逸らしていた。


「私、やらなきゃいけないことがあるから」


 淡々とそう告げたリナは、表情を隠したまま歩き出した。自分の父親には目も合わせず脇を通り抜けて、密林の方へ。

 俺は反射的に声を掛けていた。


「リナ!」


「……………、なに?」


  狼少女は立ち止まり、今にも泣きそうな顔で振り返った。

 ……が、何も考えずに引き止めたものだから、何て言ったらいいのか分からない。俺とリナは黙ったまま見つめ合う。

 いや___よくよく考えれば。

 俺を監視するんじゃないの、とか、やらなきゃいけないことって何だ、とか、いくらでも言いようはあったはずなのだ。しかしここで、あーでも昨日のもふもふさせてくれたお礼も言ってなかったなと考えてしまったのがマズかったのかもしれない。

 そして、どうしよどうしよと必死に頭を右往左往させて最終的に引き出せた言葉は次のようなものだった。


「き、昨日の夜はありがとう……最高の抱き心地だった。おかげで久しぶりに、気持ち良く寝れた気がする」


 空気が凍結した。


「おいユイ、お前さん、そりゃどういう意味だ。詳しく教えろ」


「え? あー、んーと……昨日、リナと一緒に寝たら、身体の底がふんわりあったかくなるような感じがして……何と言うか、人肌に包まれる心地よさを改めて再認識したというか___」


「ぅぁ……ちょ、い、いきなり何言い出してんのよバカ!」


 そこでようやく、俺は自分がたった今核爆弾を設置してしまったことに気付き慌てて口を閉じるが、残念ながらその導火線は烈火の如く燃え上がったリナの頬が既に着火済みだった。

 どこか所在無げに立つ獅子獣人の前で、それは爆発する。

 俺とリナ、二人の動揺を目にしたラウルは一つの真理と言うべき結論に至ったようだった。


「そうかそうか。くくっ、昨晩はお楽しみだったってわけだ」


「うおぉラウルさん!? 目が死んでんぞオイ!」


 かくかくと出来損ないの人形のように笑い始めたラウル。

 ティモがベチベチと往復ビンタして狼獣人の正気を取り戻そうとするが、直後ラウルの腕が高速でブレた。

 ゴキリという骨格破砕音と共にぶっ倒れる獅子獣人。


「邪魔すんなティモ……俺は今からあの人間族の小僧を吊るす」


「うぇ!? ご、誤解だってお義父さん!」


「得体の知れねえ不審者に娘をやれるかってんだ___あぁん!? てめぇこら今お義父さんつったな極刑確定だぶっ殺す!」


「何で煽ってんのよ馬鹿なの!?」


「調子乗ってました! ごめんなさい助けて!」


 狂気を帯びた赤い眼が俺をロックオン。やばい死ぬ。

 俺はタジタジと後ずさる。戦えば負けないはずなのに、なぜだか今のラウルには勝てる気がしない。

 感情を暴走させているのは彼の方ではなかろうか。

 狼獣人はガチで俺を捕らえて吊るし上げるつもりなのか、本物の狼のような四足姿勢になっていた。ギリギリと引き絞られた筋肉で血管が浮き上がり、ラウルの本気を体現する。


「短い間だったがさらばだ小僧、死にさらせぇ!!」


 狼の脚が一際膨張し、飛び掛かって……くるかと思いきや。

 その巨大な顎から爆撃じみた音を響かせて『火球』が噴射され、白い彗星の尾を引きながら飛来する。

 え。

 ファイアブレスってドラゴン専用の技じゃないの?

 加速感覚が訪れているが、それすらも忘れて唖然と火球を眺めているとリナが俺を庇うように飛び出していた。

 危ない、と思う間もなく少女の脚が灼熱の色をまとう。


「こ、の、バカ父さんっ!」


 流星の如く閃いた飛び蹴りで、火球が爆発四散。

 巻き起こった硝煙をまともに吸って咳き込んでいる俺を尻目に、狼親娘はガルルと唸り合う。


「場所と相手を考えなさいよいきなり『不知火』とか馬鹿なの!? ユイが消し炭になったらどうするのよ!」


「どけ娘よ、そいつ殺せねえッ!!」


「父親がヤンデレとかそんな新しいジャンル誰も求めてないわよ、いい加減さっさと正気に戻れこのすかぽんたん!」


 俺は、二人のいがみ合いを止めることなく眺めていた。

 止めようにも喧嘩のレベルが高すぎてついていけないのだ。


(……ルシに聞かれてたら三つ巴の乱戦になってたな)


 そんな思いが脳裏を掠める反面、すやすやと寝息を立てる魔導書に助けを求めたい気持ちもあったりして。

 何とも言えない顔で、俺は立ち尽くしていた。



そういえば今日はエイプリルフールですね。

だからといって、二話更新とかするほど私はイベント好きではないですが。


……いや本当ですよ?

20時ごろにサプライズ更新!とかそんなんあるわけないじゃないですかっ(怒


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