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第5話 脱却!根無し草

感想と指摘を頂きました。

非常に参考になります。

今後、既に投稿してある話にもいくつか修正などを加えていきます。活動報告に修正点を書こうと思っておりますので、よろしければご覧ください。


 ___そんなわけで、ログハウスを建ててみました。


「んー……」


 わらぶき屋根の上で寝っ転がりながら、すっかり夜が更けた星空の輝きと、そこに浮かぶ双子の月を眺める。

 アルトゥンハ村の西側の郊外に存在した空き地は、もはや空き地ではなくなっていた。

 労働力は俺とルシの二名。所要時間は約五時間。丸太組み方式と置き石基礎を併用した特殊な工法。ルシの演算に基づく正確無比な八十平米のワンルームタイプ。耐震構造や断熱性は考慮していないが、密林の強靭な木材を使用したため建物の強度は比類ないという常軌を逸したログハウスがどすりと腰を据えている。

 某劇的ドキュメンタリー番組風に工程を紹介してもよかったのだが、ルシの匠を一つ一つ紹介していくと日が暮れるので割愛。

 まあ、そもそもが仮居住宅だ。

 新築の一軒家……と呼ぶにはすでに少々ボロいというか、急拵えな蛮族の根城に見えなくもないログハウスなのだが、暮らせる規模の家が割とあっさり造れてしまっていた。


『ふいー。さすがに、錬成魔法の連続使用は疲れるね』


 パラパラと風が煽るままにページをはためかせる魔導書は、俺の腹の上でのんびり言う。

 その声色に微かな疲労感が滲んでいるのが聞き取れる。


「無理させたか……ごめん。エーテル作ろうか?」


『んーん、疲れたけど楽しかったから大丈夫だよ、マスター』


 ルシはそう応えて、再び風に身を揺らした。

 不可能を可能にした要因としては、彼女が使う『錬成』の魔法が大きいだろう。地水火風陰陽の六属性全てを制御、操作、あるいは改変すらしてしまう魔導書の秘技。

 陸奥守吉行を見てもらえれば分かるだろうが、ログハウスの木柱の切り出しや矯正はもっぱらルシがやってくれた。

 とりわけノッチ部分の加工は中々興味深いものだった。

 俺はと言えば、ルシの指示に従って木材を組み立てるだけの簡単すぎるお仕事である。密度ある重さの大木を担ぎ上げての往復作業だが、ぶっちゃけ息切れもしなかった。


『……あのね、いつも言ってると思うけど、ボクは君に仕える立場なんだよ。そんなに気を遣わなくてもいいのに』


「んあー……またそれか。仕えるだの何だのってお前も頑固だな。それについてはもう話ついてるだろ」


 あくび交じりに言葉を返すと、魔導書はしばし沈黙して、


『……頑固なのはマスターの方でしょ』


 ルシはキャタピラのようにページを動かし、俺の腹から胸の方へ移動してぺとりと張り付いてくる。いつもの甘え仕草だ。


「……」


 俺と魔導書はしばらく、ぴったりと寄り添ったまま夜空を眺めていた。取り留めもない思考が宙をさまよう。

 ___他にも、ルシは多種多様な魔法を使いこなす。

 普遍的なもので言えば、彼女がいつも使っている『浮遊』、魔力を感知する『索敵』、物体の本質を暴き尽くす『解析』、物を修復する『復元』。更には、魔導書のページに物質を写し取り記憶する『転写』、それを擬似物質として実体化させる『具現』。これにはサバイバルでも幾度となく世話になったものだ。

 昨日も助けられた『属性錬成』の魔法は、すでに存在する属性へ干渉を行うもので、属性とは名ばかりの反属性魔法である。霊人族とかいう種族が使う『理術』に似ている、と言っていた覚えがあるが、そもそも霊人族が何なのかすら俺は知らない。

 それを言うなら、ルシの使う魔法の大半も仕組みから何から意味不明なのだが。


(落ち着いたら、この世界……イークウィナクスのこと、ルシからもっと教えてもらわなきゃなー)


『……ん? なぁに、マスター?』


「んやぁなんでも」


 ルシは六属性魔法も当然使えるのだが、六属性魔法は概して魔力消費量が多い。単純に突風を発生させることすら、ルシでは一秒弱で限界に達してしまう。

 それほどにルシの魔力は少ない。だからこそ彼女は、魔力消費の少ない反属性の魔法を好んで使っている。

 崖から転落した時にやむなく『血の履行』を使ったのは、ルシが自分の力量をちゃんと心得ていたからだろう。無理に突風を使って減速を図ったりせず、また『浮遊』で俺の体重を支え切れないことすらも瞬時に判断して、最終的に選んだ手段がそれだった。

 あのときルシが俺に謝ったのは、そんな自分の非力さを恥じてのことだったのかもしれない。


(ルシが非力とか……)


 それなら俺は何なのだという話である。

 ページの数だけ魔法を納めてるという話であるし、ルシは他にも無数の魔法を使いこなせるのだろう。

 さらに、異世界の知識面で助けられたのも両手足の指を合わせて数え切れないほど。つまり俺は、あらゆる場面でルシに助けられっぱなしな訳で、何かをお返しできた記憶は皆無に等しい。

 以前、ルシに『何かしたいことはないのか』と聞いてみたことがあるのだが、その時に返ってきたのは、


《何もないよ。ボクは、マスターの隣にいるだけで幸せだから》


 あまりの忠義心の厚さに涙が出そうになった。

 なぜそんなに尽くしてくれるのかと聞けば『んふふ、内緒♪』と楽しげに言ってくる。しかし肝心の俺の方に尽くしてもらえる理由が見当たらないのが問題だ。

 相棒が有能すぎて俺の立場がないぐらいなのだが、それでもルシは俺を『マスター』と呼び続けている。不甲斐ない俺を主人として仕えてくれるなら、いつか彼女を旅行にでも連れていってやりたいものだ。それも全てを終わらせてからになるだろうか。

 俺が転生した目的___世界の崩壊とやらをさっさと阻止して、早いとこルシに恩を返してやりたいものだ。


「……なに、これ?」


 そこまで考えたとき、屋根の下から聞き覚えのある声がした。

 のそりと前触れなく起き上がると、魔導書が『うひゃあ!?』と胸から転げ落ちて屋根の縁から落下してしまった。一瞬間を空けてから、ごちん、と痛そうな激突音。

 屋根から降りたところ、脳天を抑えてうずくまる狼少女と土埃にまみれた魔導書が揃って呻き声を上げていた。


「こんばんは、リナ。ずいぶん遅かったな」


 屋根からひょいと飛び降りて、ぴくぴく揺れる獣耳に声をかけてみると、リナの涙目がきらりと月光を反射していた。


「……い、今のは何かしら。こっち来んなあっち行けっていう拒絶の一撃と考えた方がいいの?」


「いや、違うけど。頭大丈夫か?」


 すると狼少女は涙を引っ込め、目に角を立てて怒り出した。


「どうせ私なんて頭悪いだけの忌み子よ!」


「うん? ……や、だから違うって。そっちじゃなくてこっち」


 どうやら勘違いしているらしいリナに本当の意味を教えるべく、俺は少女のおでこに手を伸ばす。ルシと衝突したと思しき額の部分が腫れ上がり、たんごぶになっていたのだ。

 が、触れる前に、俺の手はばしりと払い除けられていた。


「リ、リナさん?」


「ごめんなさい。でも大丈夫だから」


 ひどく素っ気ない言葉が返ってきた。

 傷を見るついでに、ケモミミをもふらせてもらおうという魂胆が透けて見えてしまったか……身から出た錆というやつだ。

 ああ、体内のもふエネルギーの減衰を感じる。

 そんな俺の表情を見て、リナは少し慌てたように言い直した。


「あ……えと、その、触られるのが嫌とかそんなわけじゃないわ。心配してくれてありがと」


「そのケモミミ触らせてくれたら許す」


「えっ」


 反射的に出た言葉が脅迫っぽくなってしまった。

 あかん、これではもふもふへの道がさらに遠のいてしまうなどと一人慌て始める俺だが、リナはさして気にした様子もなく、自分の頭に手をやって狼の獣耳をさわさわする。

 余談だが、人間と獣人のハーフである彼女には獣耳の他に人間の耳も生えている。ルシが言うには、人間族の間では『化け耳』とか言われて気味悪がれていたりするのだそうだ。

 しかし問題ない。俺はもふもふにすべからく平等だ。

 やがて狼少女は動揺を隠すように尻尾の毛を整え、ちょっと表情を硬くしつつぼそぼそと言う。


「べ、別に構わないけど……」


 いいのか。

 獣耳さんの方はすごく恥ずかしそうにぺたりとへたり込んでいるのだが、このサンクチュアリを犯してしまってもよろしいのか。

 何分二ヶ月もお預けを食らっていたもので、少しばかり激しめのスキンシップになってしまうが、構わないのか。

 よろしいならば戦争だ。


「では、いただきます」


 まあ断られていても戦争なのだが。

 何はともあれ、言質は取った。

 遠慮なくエネルギー供給を開始させてもらうとしよう。

 ちなみにここからはサウンドオンリーだ。


「……」


「ひゃっ!? え、な、なにっ」


「……」


「ちょ、ま……ぁあふ」


「……」


「んぁぅ、ふぁあっ、あっ、あぁ___」


「……」


「す、すとっぷ! 終わり! 止めて!?」


 嘘だドンドコドン、早すぎではないか。

 まだ十秒も経っていないというのに……エネルギー充填率にして三パーセントにも満たない。

 せめて十パーセントは蓄えておきたいところだが、ゴリ押しするともふらせてもらうのはこれっきりになってしまうかもしれないので、我慢する。次の機会を窺うのだ。

 獣耳を愛でるのもいいが、本題は彼女のたんこぶだ。

 肌を紅潮させながらもドン引きした目で俺を見ていた狼少女は、そろそろと下がって俺から距離を取っていた。


『………お楽しみのところ悪いんだけど、お二人さん』


「ふぁっ!?」


 いつの間にか俺とリナの後ろでゆらゆら浮かんでいた魔導書が、背後霊みたいな低い声を出していた。

 さっきからリナがオーバーリアクションだ。


「ルシ、確か『治癒』の魔法も使えたよな」


 魔導書の表紙にこびり付いたホコリを払おうとすると、すーっと上空に逃げてしまった。いじけたような言葉が降ってくる。


『ふーん……リナちゃんのことは心配するくせに、ボクには気遣いの一言もかけてくれないんだ』


「ん? お前は心配するまでもないだろ。俺より頑丈だし」


『それはそうだけど……うぅー、分かってよマスターのバカ!!』


 なぜだか馬鹿呼ばわりされてしまった。が、リナの傷は治療してくれるようで、ルシは水色の魔法陣を出現させる。

 光がリナを包み込み、おでこから腫れが引いていった。


「……へえ、これが人間族の魔法」


 きめ細かな色白の肌に戻った額をさすりながら、リナは魔導書にぺこりと頭を下げた。


「ありがとう、魔導書さん。やっぱりあなたもいい子なのね」


『……ルシでいいよ。言っとくけどマスターは渡さないからね!』


「え……、っと?」


 リナが困ったように視線を送ってきた。


「何を張り合ってんだお前は」


『だってぇ……』


 早く降りてこいと手招きすると、魔導書は不承不承といった様子で降下してきた。

 そこで何を思ったのか、ルシは白い『具現』の魔法陣で鉄の鎖を召喚した。鎖は音を立てて俺と魔導書に巻きつき、腰の後ろにルシが張り付くような形で密着する。ふふんと得意げな声。


『これでいつでも一緒だね! 一蓮托生っ!』


「いや、それだともう魔法使えなくね」


『いいの! 本当に鈍感なんだからこのバカバカマスター!』


 おうふ、二連続の馬鹿を食らってしまった。

 何故に怒っているのかは全く以て見当も付かないのだが、相手にしたらそれはそれで面倒そうなので敢えて無視しておく。

 とりあえず話を戻そうと正面を向き、


「それよりリナ、俺の処分はどうなった?」


 リナはぱちくりと瞬きした。


「ああ、うん……条件さえ飲めば村に居ても構わないそうよ。家もご飯も提供できないって言ってたけど……」


 ちらりと俺のログハウスに視線を送り、リナは続ける。


「……全然問題なさそうね。むしろ村で一番でかいわよこれ。一体どうやって建てたの? 魔法?」


「うん、ほとんどルシがやってくれた」


 腰の後ろで魔導書が居心地悪そうにもぞもぞする。

 むしろほとんどやってくれたのはマスターなのに……とか何とか流れてくるが、構わず話を進める。


「条件ってのは?」


 リナはため息を吐き、爪先で土を掘り返しながら言う。


「具体的には三つよ。まず一つ目、さっきも言ったけど、基本的に衣食住に必要なものは自分で整えること」


「ふむ」


 拠点はちょうど建てたところだし、食糧なら密林にでも出掛けて果物や根菜を採ってくればいい話である。

 アルトゥンハ村に置いてくれるだけでも僥倖だ。

 そんな俺の思いと裏腹に、リナの表情は更なる影を帯びていた。暗愁の漂う言葉がその口から零れる。


「次に二つ目。……あなたには、私の監視下に入ってもらうわ」


「いいよ」


「嫌だと思うけど、やっぱり村の人たちは人間族の居住を許せないみたいだから我慢して……え? いいの?」


 憂鬱そうな表意から一転、リナは度肝を抜かれた顔になった。

 俺は夜空を見上げてあくびする。少し眠い。


「要するに、君がいつも俺と一緒に行動するんだろ?」


「え、ええと……そうなるわね。でも、監視と言うからには徹底的にするわよ? たぶん私もこっちに移り住むことになるし」


 なんと、めでたいことに同居人まで増えるとは。

 このログハウスにしても、俺とルシで生活するには少々広すぎると思っていたところだ。


「おー、大歓迎だ。この村のことは何も分からないから、後で色々教えてくれると助かる」


 こくこくと頷いてあっさり承諾すると、リナは空気を求める魚のように口をパクパク動かした。

 そして摩訶不思議生物でも見るような目を俺に向ける。


「……あのね。私と一緒に暮らすのよ?」


「うん。賑やかになりそうでよきかな」


「あなたの目は機能してるのかしら。この耳と尻尾見える?」


「後でまたもふらせてください」


「モフ……? いや、あのね、私は忌み子なのよ」


「あー、さっきも言ってたなーそれ。察するに差別的な用語っぽいけど割とどうでもいいというか何というか、とりあえずもふらせてくださいお願いします後生ですから」


『……直球すぎて分かりにくいけどセクハラ発言だよね』


 絶妙なタイミングで挟み込まれるルシの呟き。

 俺にだけ聞こえるようにする辺り無駄に器用である。


「…………はぁ。参ったわ、ノエルより手強いなんて……」


 頭を抱えて唸り始める狼少女の背をぽふぽふ叩いてやってから、俺は思い出したようにログハウスに目をやる。


「ああ、そういえばノエルもここに住みたいって言ってたっけな。この際だしあの子も誘ってみようか」


 当の幼女はというと、俺が工事を始めたそばからうつらうつら、最終的には地面に突っ伏して熟睡しかけていたので、即席ゆりかごを作って藁を敷いて寝かせている。

 何気にそのゆりかごが、現在ログハウスに安置されている唯一の家具と言える。姫もさぞかし良い夢を見ていることだろう。

 一方、魔導書は不機嫌そうにため息をついていた。


『……いったい何人囲うつもりなの、マスター』


「同居人は多い方が楽しいでしょ」


『マスターが囲うって意味を履き違えてるのは分かったよ……』


 ルシの表紙を落ち着かせるように撫でてやると、『ぷぅ』という頬を膨らませるらしき擬音が漏れてきた。

 では、最後の三つ目の条件を聞いてみよう。

 

「それで?」


 話の先を促してみるが、少女は頭を抱えたままチラリとこちらに視線を寄越すと首を横に振った。


「……なんか頭痛がしてきたから、明日話すことにするわ。今日はもう帰るわね……」


「それなら仕方ないな」


 そこで俺は顎に手を当て、しばらく思案する。

 もう夜も更けるし、女の子一人を出歩かせていいものか。家までリナを送ってやってもいいのだが、そうすると今度はログハウスでおねんねしているノエリアが心配だ。

 ルシにお留守番を頼むか……いやでもなぁと考えるうちにリナは踵を返して立ち去りかけている。

 ……この際だ、本音を言ってしまうか。


「リナ。よかったら、こっちに泊まってくか?」


『!?』


「ふえっ!?」


 俺の腰にくっ付いていたルシがケータイのバイブレーション振動を彷彿とさせる動きをした。

 狼少女も驚いたように振り返る。


「やー、どうせ明日から監視することになるんだろ。一日早まったってことにすれば問題なし。ほれ、ほれ」


『ちょっとマスター、ボクは反対……ああー!』


 ぐいぐいとリナの背中を押し、我が家へ強制招待。

 狼少女は『ちょ……ちょちょちょ』と言いながらログハウスの中へと拉致される。しかしその頬は、心なしか、わずかながら緩んでいるようにも見えた。

 そして、ついでに俺の頬も緩んでいた。


(……これで合法的にもふもふもふもふもふもふ)


 その脳内はすでに本能で埋め尽くされていたが。


今日は19時過ぎの投稿となりました。

明日からも同じ時刻に投稿しようと思っておりますので、よろしくお願いします。


お読みくださり、ありがとうございました。

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