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第4話 狼少女

少し試してみたいことがありまして、次話から投稿を19時10分ごろにしてみようかと思います。

ひとまず今話はいつも通り更新。


では、どうぞ。


 鎌を振っていたのは、獣耳に黒い毛が混じった狐の獣人。

 大剣をぶん回していた方は猫の獣人、頭から飛び出ている桜色のアホ毛が目に映える方である。

 村長に引き続き、二人目のアホ毛ちゃん。個人的には本物の猫耳が非常にエクセレントだ。今すぐ顔を埋めてもふもふしたい。

 まあ、今は猫獣人も狐獣人も失神中なのだが。


「んーむ」


 それにしても、峰打ち一発で双方共にダウンしてしまうとは……獣人って案外弱っちい。

 俺が異常なだけなのだろうか。例の『力』のおかげか。


(……間違いなく後者だな)


 鍔がなく丈も短い急拵えの刀をひゅんひゅん素振りしていると、腰にぶら下がるルシが引き攣った声を出した。


『ま、マスター……さすがにやりすぎじゃ』


「……んー、そうだな」


『だよね! ならこの辺にして、そろそろ止めた方が___』


「やっぱ居合とかってさ、かっこいい掛け声があってこそだよね。なのに『にゅ』ってなんだよ『にゅ』って。何かツクシとか生えてきそうな擬音じゃね」


『まだ気にしてたの!? あえて答えるならボク的に居合斬りって無音の境地にあってこそのものだと思うけども!』


「なるほど、ならこの刀の銘は『陸奥守吉行』にしよう。やっぱり剣には名前があった方が気合入るよな。これならばっちし居合斬りできそうな予感……ちゃんと見てろよルシ」


『何がなるほどなのか分からない上にやる気満々!? とりあえず文脈繋げようかマスター! ってか陸奥守吉行って坂本龍馬の佩刀でしょ、ゴミから作った廃刀と一緒にしちゃダメだって!』


 ルシのツッコミがキレッキレである。

 ちなみに、ルシが幕末の英雄を知ってるのは俺が話して聞かせたことがあるからだ。時代劇の話とかは大受けだった。

 とか何とか考えていたら、刀が手からすっぽ抜けてノエリアの隣にドスリと突き立った。

 幼女は『うゆー!』とか叫びながらその場から逃げ出して俺の脚に抱き着き、責めるような涙目で見上げてくる。俺は謝罪しながら刀を引っこ抜いて白鞘に納めた。


「あなたって……一体何なの?」


 その後ろの方で、地面にぺたりと女の子座りした少女が、お口をあんぐり開けて俺をじっと見つめていた。

 ワンピース型の服がぺろんと捲れて太腿が丸見えだ。

 はしたないですよお嬢さん。


「何なのってお前ひどいな、ヒトですよ一応。ツクシじゃないよ? せめて何者なのって聞いておくれ」


「い、意外と細かいところを気にするのね……」


 少女はまじまじと俺を見つめると、口を閉じてお尻を汚れを払いながら立ち上がった。

 その純白の尻尾が左右にふりふり揺れているのを目で追いつつ、俺は右腕を刀の柄に乗せて真顔で頷いた。


「でも確かに、人外じみて見えても仕方ないか。一般人は鉄格子を捻じ曲げたりドアノブ引っこ抜いたりしないもんね……でもツクシじゃないかんね」


『ずいぶん引っ張るねツクシネタ』


「いやなんか語感が良くて」


 漢字にすると『土筆』というど根性草っぽさも良きかな。

 うん、どうでもいいことだ。

 なので睨まないでください少女さん。


「……そんなことより、村の戦士たちを数秒で屠った実力のほうがよっぽどすごいと思うんだけど」


「あれはたまたまでな」


「あなた全てにおいてちょっと意味が分からないわね」


 どうでもいいが、戦闘が始まってから俺はほぼ移動していない。せいぜいゴリラに撃ってみたエセ抜刀術の数歩のみである。

 しかしたまたまであることは事実だ。

 ゴリラ獣人を瞬殺したのを見たからか、次に斬りかかってきた猫と狐の獣人は凶暴ながら慎重な攻撃を仕掛けてきた。

 ……のだが、気付けば二人とも南無三状態。

 だって本当に何となく『こうすれば当たるかな』的な勘を頼りに刀を振ってみたら獣人さんが自らそこに突っ込んでいって、勝手に吹っ飛んで気絶してたんだもの。

 というわけで、倒せたのは正真正銘たまたまである。


「……はあ、まあいいわ。それよりどうする?」


「ん?」


 ぷいっと俺から顔を背け、少女はログハウスの方を見やる。

 そこに立つ残り三人の獣人は、じっとこちらを……正確には俺を見つめたまま動かない。

 ふむ、様子見といったところだろうか。


「あそこにいる三人は、アルトゥンハ村でも指折りの実力者なの。そこのゴリラとかより遥かに格上よ」


「へー……」


 白眼を剥いて気絶しているゴリラ獣人を足で小突きつつ、少女はこちらに目を移し、


「で、あなたはどうするの? その剣で彼らをも斬り伏せるのか。ここらで一旦退くのか。それとも」


 そこで俺は、ふわりとした熱気を頬に感じた。

 

「……私と戦ってみる?」


 少女から立ち昇る灼熱の上昇気流。

 崖の上でも見た、マグマの如き光が少女の脚に渦を巻いている。爪先をとんとん鳴らしつつ、少女は挑戦的に目を光らせた。

 どうやら彼女も中々に血気盛んな性格であるらしい。


(かわいいケモミミ女の子なんだけどなぁ……)

 

 ノエリアを撫でくり回しながら、俺は横目になって少女の全身を改めて眺めてみた。

 少女の強気な姿勢をそのまま体現したとんがり獣耳はもちろんのこと、完璧な流線型の尻尾は魅力的の一言に尽きる。頬は半分ほど純白の毛皮に覆われ、その他にも二の腕や鎖骨周辺・脹脛、太腿の内側などに白い毛並みが生え揃っていた。

 毛並みと言っても触るとちくちくする類のものではない。

 滑らかで鋭く、それでいて空気を多分に含み、ふわふわしているという無類かつ至高の存在感。

 やや吊り上がった切れ長の目尻、赤く煌めく瞳の奥にはチラチラと不思議な光彩が踊っているように見える。その端整な顔を縁取る白い髪は、肩の辺りで毛先がピンと跳ねた癖っ毛だ。

 以上の考察から結論を述べてみよう。


「徹頭徹尾まで俺の好みを追求したらこうなるかな……」


「……は?」


『なん……だと……?』


 少女は怪訝そうな顔になり、腰の辺りからルシの絶望に満ちた声が聞こえてきた。

 まあ、元々俺は極度の動物好きだ。とりわけ抱き締めると暖かさが伝わってくる動物は神聖視すらしている。

 かなり昔の話だが、子猫を飼っていたことがあるので、恐らくはその影響を引きずっていると思われる。

 他にもイヌとか鳥とかウサギとかハムスターとか、動物によって良し悪しがあるわけだが……この少女はそんな俺の理想を体現していると言っていい。白くてもふもふで暖かくて柔らかそう。

 おっといけない涎が垂れてきた。

 もちろん、されるがままに撫でられてとろーんとした顔になっているノエルのような小動物的雰囲気の幼女も好み……

 ……あれ? 


「何の話だっけ」


「ふざけてる場合じゃないんだけど!?」


 こてんと傾げられた俺の頭を、少女の平手が引っ叩いた。

 けっこう痛い。じんじんするおでこを抑えながら俺は思考回路を切り替え、とりあえず少女の発言を思い返してみる。


「……んーと……君と戦うかどうかだっけ。それなら遠慮しとく、なんかもう面倒臭いし」


「面倒って……あ、あなたねぇ」


 あ、少女のケモミミがぷるぷると震えてらっしゃる。あと尻尾の毛もびびびと逆立ってる。

 眼福とはこういうことを言うのかもしれない、などと考えながら眺めていると、幼女が袖をくいくいと引っ張ってきた。なでなでを止めないでと切実そうに目で訴えている。

 リクエストに答えて、俺はまた幼女の頭を撫で回し始めた。

 少女は毒気を抜かれたような顔で肩を落とした。


「……ほんとーに調子が狂う……まあいいわ、戦わないならそれでいいし。正直あなたには勝てる気がしないもの」


 そんなもんだろか。

 彼女も相当なツワモノだとばかり思っていたのだが。

 なんとなく、直感でだが。

 

「私とやる?ってけっこう自信ありげな台詞だったけど、負け戦を挑むつもりだったのか」


 高熱を帯びた両脚が元の色合いに戻っていくのを眺めつつ呑気な口調で言うと、少女は顔をしかめてそっぽを向いた。


「うるさいわね……ほっときなさい。とにかく、もう戦う気がないならさっさと行って。後は私が話つけとくから」


「待て待て、行くってどこに行けばいいんだ」


 そう言い残してさっさと踵を返した少女を慌てて引き止めると、ジロリと横目に睨まれた。


「あのね。あなたの帰る場所なんで一つしかないでしょうが」


 そう言って、少女は牢屋のある洞窟の方を指差す。

 少女と洞窟とを交互に目を移しながら、俺はその言葉の意味を頭の中でよーく噛み砕き、


「……え、牢屋に逆戻り?」


「嫌ならどこか空いてる敷地にほったて小屋でも建てなさい」


「マジかい」


 そんな無茶振りがあっていいのか。

 俺一人で家を建てろと?

 無理に決まってんだろ……と一瞬思うが、直後に俺は自分の体が重機を凌駕するほどに強化されていることを思い出す。

 ルシの『錬成』も併用すれば、小さなログハウスぐらいは造れるかもしれない。最悪屋根さえあればしばらく暮らせるだろう。牢屋に戻るのは御免だし、ダメ元でやってみるか。


「……空いてる敷地か。どこら辺ならいい?」

 

「んー、そうね、向こうの村の外れならどこでも……って、あなたまさか本当に造る気!?」


 ギョッとした顔で振り返る少女に、俺は首を傾げて、


「自分で建てろって言ったのは君だろ。あと建築に必要な木材とかは森から勝手に調達するけど大丈夫?」


「う、うん……あなたがそう言うなら止めないけど」


「分かった。なら善は急げだ」


 少女からの許可も頂いたし、早速行ってみよう。

 とりあえず、先ほどから俺の脚に抱き付いている……いつの間にかうとうとし始めていたノエリアをだっこして、俺はすたすたと村の外れの方に向かって足を踏み出す。

 しかし数歩も行かないうちに、俺は足を止めて振り返った。

 少女のほっそりとした手が制服の裾をちょこんと掴み、俯き気味に表情を隠したまま俺を引き止めていた。


「……うん?」


「あっ、えと……その……」


 首を傾げてみると、少女は慌てた様子でパッと手を離した。

 何かを言いかけて口を閉じ、また開いては閉じ……を十二回ほど繰り返した後、ようやく少女が口にした言葉は、


「……名前」


「ん?」


「……あなたの、な、名前。聞いてなかったわ」


 そういや言ってなかったっけ、と俺は少女に向き直る。


「片桐唯葉。ユイでいいよ」


 ノエリアの時と同じく、さっくり自己紹介。

 しかし少女はどこか様子が違った。


「……リナ・フォシェル。人間と、狼獣人のハーフよ」


 どこか硬い口調でそう名乗ったリナは、表情を伏せたまま、獣人たちの方へ歩いていった。


(狼少女、か。訳ありなのかな?)


 少し強張ったように見える背中をじっと見送りながら、俺は呑気に首を傾げ、ルシと一緒にその場を後にした。



お読みくださり、ありがとうございました。

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