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第27話 力を合わせて

寝過ごした……。

更新遅れまして申し訳ありません。


最終戦になります。



 絶対に退けない。

 ノエル、サラとフリアの親子、村長とアウローラ、感染病の患者たち、何より……父を失ったリナがいる。

 リミッターが外れて源泉から迸る『力』___その奔流が、俺の体の「誰が渡すもんですか!」中で狂ったように暴れている。それは俺の腕や脚が折れる度に外へ噴き出して傷を塞ぐ。

 人体の耐えうる制限を優に超えた速度で動いているため、皮膚が殆ど遊離しかけている。内臓器官に至っては慣性力に振り回されてスクランブルエッグ状態だ。空気を吸っても肺に送られている感じがしない。古龍と一合斬り結ぶ度に全骨格が軋む。超高速で斬撃を繰り出すその動きで、腕や脚の末端部分に血液が逆流しそうな程の負担が掛かる。脳が沸騰しそうな熱。

 起爆寸前の爆弾にでもなった気分だった。


「ふ、ゥ……ッ!!」


 俺は古龍の動きを『視ない』。

 愚直に執拗に、ただひたすら剣を振るって攻める。

 手数も力も重さも劣る俺は、敵に『攻めさせない』ことで自分の優位を保つ。例えば今この瞬間に、古龍が俺にカウンターを狙ってきたとしても___俺はそれを防がない。

 この間合いであれば、刀が龍の心臓を貫く方が速い。

 古龍もそれは承知の上か、防御に徹している。


(いや……幾ら何でも消極的すぎる。これは……っ!)

 

 古龍は決して反撃に転じようとはしない。

 掠める違和感。その正体に、俺はすぐに気付いた。

 そして、古龍はもっと早くに勘付いていたようだ___そもそも攻める必要がないということに。

 いくらサラの魔法で脳の後遺症を回復したとはいえ、全力全開で戦い続けていれば俺はまた自爆する。

 古龍はそれを待てばいい。

 ゆっくり甚振られているかのような感覚。


「ッ……う、おォあああああッ!!」


 ぞくりと走った悪寒を強引に振り払う。

 俺の他に、まともに戦える状態の者はもういない。

 俺が負ければ皆死ぬ。

 わずかな焦りが俺の脳裏を焼いた。

 或いはそれが、古龍の狙いだったのだろう。


 突然、俺の脚が動かなくなった。


 視野の狭窄……とでも言うのだろうか。

 俺が魔法を警戒し、あらゆる死角に五感を研ぎ澄ませていたことに、古龍は気付いていたのだ。意図的に焦燥感を誘発させられ、俺の姿勢は前のめりになり意識は古龍に集中した。

 がら空きになった足元。

 そこから黒い触手のようなものが脚を搦め捕っていた。

 俺が硬直した一瞬で、古龍はすでに態勢を立て直し、俺に止めの一撃を加えようと爪を大きく振り被っていた。


「_______________ッ!」


 その時俺を突き動かしたのは、轟く狼の咆哮だった。

 俺を縛り付けていた影の呪縛を見覚えのある白い剣が片っ端から切り裂き、直後に振り下ろされるギロチンのような黒い爪。

 解放された脚。反射的に踏み込み横へ回避___逃げ遅れた髪が数本千切れて鈍色の光が散る。


 そして次の瞬間、更に驚くべき現象。


 俺を拒絶していた刀、ノアからの反発力が消えた。

 ほんの一瞬、俺とノアの意思が共振した。

 ノアに導かれるままに俺の右腕が弧を描き、横薙ぎに一閃。

 斬撃が古龍の腕を斬り飛ばす。


(いや、あかん)


 しかし、それは明らかに悪手だった。

 片腕を切断しても、古龍にはもう一方の腕があるのだ。

 大振りの一撃を加えたことで俺の態勢は崩れている。

 次の攻撃を防げない___。


「ユイに……触るな」


 しかしそこには、魔狼がいた。

 すぐ隣で古龍のもう片方の爪を受け止めていた狼少女を見た瞬間冗談抜きでそう思ってしまったのは、おそらく、彼女の纏う濃密な純白の魔力が巨大な狼の顎を形作っているように見えたからだ。

 激烈な闘志を身に馳せて、リナが再び参戦した。


「ガァッ!!!」


 リナの次の動きを予感した俺は即座に後方へ跳んだ。

 と同時に、魔力を乗せた狼少女の足が真下の地面を踏み抜く。

 いつぞやに見た飛び蹴り___地面にクレーターを作る威力だけでも相当なものだが、今度は規模が違う。

 古龍の巨体が一瞬浮いたのだ。

 それはつまり、地盤そのものが沈下したということだ。

 リナを震源地とした小規模な震災が起きた。

 耐震対策などそっちのけで建てた俺のログハウスが倒壊する音が遠くに聞こえたが、リナは更に恐るべき行動に出た。その動きをも不思議と察知できた俺は、今度は真上に向かって跳躍する。

 わずかな間、滞空して身動きが取れない古龍の腕を掴んだまま、リナは体の向きを反転させる。

 それは、彼女にとっては即興の技。

 だが俺はそれが何という技なのかを知っている。

 背負い投げだ。


 古龍の巨体が宙を舞った。


 冗談を飛ばしていられる状況でもないのだが。

 何と言うか、もう変な笑いしか出てこないような光景だ。そしてこれを直感し跳び上がった俺も俺である。

 千載一遇の好機だった。

 仰向けに倒れ伏した古龍の胴。

 そこへ、落下のエネルギーと筋力の爆発的加速力とを加算した刀が突き刺さった。天地を焦がすかの如き古龍の絶叫。

 心臓を貫く嫌な感触が腕に跳ね返ってくる。


「リナっ!」


 叫びつつ、刀を引き抜いて再度大きく後ろに跳躍する。

 名前を呼んだだけで意図を汲み取ってくれるか。

 俺の想いに___リナは当然のように応えてくれた。


「せ、ァあッ!!」


 リナはそのまま体を捻り、またしても信じ難い膂力を発揮した。古龍を俺の方にぶん投げたのだ。

 無論、同じ手を素直に食らってくれるような相手ではない。

 古龍は翼を使い、そのまま上空へ逃げようとする。

 しかしそれより速く、リナの白い魔力が極太の鎖となって古龍の体を縛り上げ、再び身動きを封じていた。鎖の先端が地面や遠くの樹々に繋がり古龍を空中に固定する。

 そして、俺はついに捉えた。

 無防備にこちらへ晒け出された古龍の頚部。

 一枚の鱗が逆さになって生えていた。


「___」


 明鏡止水。

 激しく脈打つ俺の心臓。しかし心は澄んだ湖面の如く。

 暴れ回る『生命の飛躍』の力が、一瞬だけ、完全に調和する。

 無意識のうちに取った構えは『居合斬り』だった。


 音はなかった。


 気付けば……俺は刀を振り抜いた姿勢で空中にいた。

 目の前にいたはずの古龍はいつの間にか背後で血を噴いていた。俺は両眼を閉じたままだった。斬った瞬間の感覚も朧気だ。

 しかし、俺は確かに、大地を蹴り、空を駆け___そして古龍に全身全霊の一撃を叩き込んでいたのだ。


 ___ただ。

 それがどれ程の威力を秘めていようとも。

 逆鱗を捉えていなければ、何の意味もない。

 俺は宙空で叫んでいた。


「……外したッ!!」


 古龍は健在だった。

 直後、龍の雄叫びと共に暴風が周囲を薙ぎ払った。

 身体強化で極限まで引き上げたリナの力でも、古龍の死に物狂いの抵抗を抑えきれなかったのだ。斬りつける直前にリナの白い鎖が砕け、俺の斬撃は逆鱗を捉え損ねた。

 残念ながら、過ぎたことを悔やんでいる暇はないらしい。

 地面を転がるように着地し、俺は低く身を伏せながら古龍の方を見る___その顎に収束する黒い魔力の塊。


(ブレス攻撃___!)


 リナを庇うラウルの姿が否応なく瞼の裏に蘇る。

 我も忘れて絶叫し、俺は前へと足を踏み出していた。人の限界を超えた『力』が全身を駆け巡り、皮膚上に刻まれた火傷跡に沿って幾筋もの紅い燐光が浮かび上がる。

 古龍の双眸が俺を睨み、俺もまた有らん限りの意思を込めた眼光でそれを睨み返す。これが最後の勝負だ。


「ァああああああああああああああッ!!!」


 極大のレーザー兵器の如き閃光が古龍から放たれた。視界を灼く殺意の波濤を、俺は真正面から迎え撃った。

 凄まじい反動。同時に俺は少なからず驚愕する。

 これは今までのブレスのような『火球』ではない。照射状に形を変えた熱線だ。瞬間火力で俺の腕をへし折るのは容易いが、俺にはそれを補って余りある再生能力がある。古龍は俺を確実に殺すために、連続火力で圧殺することにしたらしい。

 だからと言ってそれをそのまま即座にブレスへ反映させることができるなど、馬鹿げてるとしか言いようがない。


「ふ、ぐ……ッ!」


 ノアの刀は、細身であるにもかかわらず不思議と広範囲に渡ってブレスの熱線を跳ね除けていた。が、その範囲から外れている俺の脚が、高熱に晒され赤熱し始めている。

 もはや痛みなど感じない。このまま俺の再生力を上回る熱量で脚を焼かれ続ければ、いずれ俺の脚は炭化し崩れ去る。

 そうなれば全て終わりだ___どうする。


(負けて……たまるか)


 どうすればいい?

 途絶えることのない黒き猛勢。

 防ぐ、弾く、押し返す。


(絶対に止めるって約束した。守るって決めたんだ)


 ……どれも不可能だ。

 どうすればいいのか分からない。

 この状況を打破せしめる方法が見つからない。


(だから、だけど)


 その先で、俺はうっすらと悟っていた。

 俺は、古龍に勝てない。このブレスを凌ぎ切れるとは思えない。古龍の魔力が尽きるより先に、俺の命が磨耗し切って消える。

 そして、ブレスの残光が村を焼き尽くすだろう。

 俺の力なんて所詮そんなものだ。あらゆる手段を用い、どれだけ手を尽くしても古龍には到底届かない。片桐唯葉という個人が龍に勝つことは不可能だ。それはもはや決定事項なのだ。


(なんとなく……分かった)


 絶対に、永遠に届かない敵。

 今更ながら、俺は何を相手取っているのかを知った。

 感覚のない足で大地を踏みしめ、血の味しかしない口の中で歯を食い縛り___そして不敵な笑みを浮かべる。


(これはきっと、俺が一人で為せることじゃない)


 思い返す。

 ノアとの同調感覚、リナとの共同戦線。

 遥か高みにいる存在を討つためにはどうすればいいのか。

 ここまで来れば俺でも分かる。


 もう、一人で戦うのは止めにしよう。


「……悪い、みんな。力、貸してくれ」


 情けない頼みに応じる最初の光芒。

 それは古龍の頭上で明滅する魔法陣の輝きだ。


『せーの___っ!!』


 何とも気の抜ける声と共に、魔導書がくるくる回りながら古龍に突撃。その無防備な背中へ馬鹿正直に体当たりする。

 ブレスを『吐き続ける』必要がある古龍は、その体当たりを回避することができない。もちろんそれ自体の威力は龍にとって蚊ほどのダメージにもならないものだ。

 ただし。

 俺は知っている___俺の相棒が、この局面で無駄な一手を打つわけがないということを。

 古龍のうなじに、赤い魔法陣が咲いていた。

 発動したのは『痛撃』の反属性魔法。展開した魔法陣が接触した部位を破壊する。破壊の定義がいまいち分からないが、少なくともそこにベクトルや強度の差異の要素は介在しない。

 ただ、触れたものを破壊する魔法。


 バキンと小さな音がして、逆鱗が割れた。


 古龍のブレスがわずかに揺らぐ。


『___いけっ!』


 その一瞬、降り注ぐ莫大な光量を押し返すべく腕に力を込めると共に、至極不機嫌そうなノアの声と、それに混じって何故かノエルとフリアの声までもが刀から流れ込んできた。

 柄が発する拒絶感が消え、俺と刀の意識が再び共鳴する。


「___行けっ!!」


 そこに、哮る魔狼の一撃が重なる。

 ありったけの魔力を注ぎ込んだリナの拳がノアの刀身と交差するように叩き込まれ、黒いブレスを大きく押し返す。

 互いの吐息が分かるほど密着したリナの肌は焼けるような高熱を帯び、顔は必死の形相に歪められている。彼女もこの一撃に全てを懸けているのが分かる。


『___行けっ!!!』


 そして目の前には、いつの間にか相棒の姿があった。

 俺の右手に握られたノアと、リナの左拳、そしてルシが発動した特大の魔法陣が一つに融け合った。

 白い十字架の中心から雷が噴き出したような幻覚を見た。


「いっ……けぇえええええええええっ!!!」


 ブレスの余波で焼け爛れて崩壊寸前の脚に喝を入れ___俺は、鬨の声の最後に己の叫びを重ね合わせていた。




 どんな闇より深くどんな夜より暗い真黒き暴威に、一筋の亀裂が走り、内側から紫電を纏った光が覗く。

 重圧が荒れ狂い、それを押し潰そうとする。

 それは、まるで桁違いの重力に閉じ込められようとしている星芒のようだった___とある少年の幼馴染が見ればきっと『重力崩壊寸前のお星様みたい』などと妙に科学的かつメルヘンチックな感想を漏らすだろう。

 あながち間違った見地でもない。

 重力崩壊を起こした星が、次の瞬間どうなるか?




 力の限りを尽くした果てに、底が抜けたような感覚。

 超新星爆発のような凄まじい光が視界を塗り潰していた。

 雷鳴のような轟音、大気が鳴動している。


『見事です』


 鼓膜が裂けそうな震動の嵐の中で、柔らかな声音がそっと耳奥に響く。どこか満足そうな古龍の声だった。

 全ての感覚が飽和する。

 体の境界が消え、内側に光が流れ込んでくる___柔らかな余韻と残響に、意識がゆっくりと呑み込まれていった。



お読みくださり、ありがとうございます。

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