第24話 獣人たちの戦場
中盤戦、獣人族vs古龍です。
ではどうぞ!
血みどろちんがいな自分の体を見下ろしながら、俺はかなり陰鬱なため息を吐いていた。
「リナに失望された……あー死にたい」
「あうう。元気、出して、ユイさん」
「むしろあの顔のどこが失望に見えたのかしら。どう見たって発情した女の顔だったでしょうに……はい、それより治療」
確かにちょっと顔が赤かったかもしれんが。
しかしその直後に見せた表情は、私が守らなきゃいけないぐらい弱かったのねユイ、という感じに見えなくもなへがっ!?
「治療するって言っているのですが。返事は」
「ふ、ふぁい……」
ぶん殴られた鼻を押さえつつ、ふがふがと返事をする。
壁をぶち抜かれた我がログハウスの中にいるのは、俺と女獣人、その隣にいるフリアだ。
こうして見ると分かりやすいのだが、彼女たち二人はたぶん親子だ。ピンク色のアホ毛とか容姿の共通項が多い。
加えて言えば、親と思しき女獣人の方は、俺がアルトゥンハ村を訪ねた初日に集会所で襲ってきた猫獣人さんだった。彼女はどこかバツの悪そうな表情になっている。
名前は確か、サラとか言ってたような。
別に根に持ってるわけではないのだが……あの時のことをネタにすれば、後で猫耳をもふらせてもらえるかもしれない。
フリアもセットで親子丼とかどうだろうか。
(……あかん)
考えてることが変態そのものである。
なんか思考回路がおかしい。
未だ鈍痛の続く右眼と、今しがたへし折られかけた鼻以外は大体治ったし、ぶっちゃけ治療はいらないと思っていたのだが、やはり頭のネジを締め直してもらった方が良さそうだ。
「えと……じゃ、治療よろしくです」
「じっとしていなさい」
サラはそう言うと、俺の頭をがっしり掴んで目を閉じた。
え、ネジを締め直すってそういう?
物理的にゴキッとやる感じなのだろうか。
不意に、ラウルがティモを絞め落としたときの骨格破砕音が耳奥に蘇ってきて、何となく背筋に寒いものを感じた。
「……」
まあ当たり前というか、そんな荒療治はしないらしい。しばらくするとサラのアホ毛が発光し始め、サラの手から俺の頭の内部に何か熱いものが流れ込んできた。
なんだろうか。獣人族特有の魔法というやつなのかもしれない。髪の生え際が後退しそうなほどの熱が頭で揺れている。
は、禿げないことを祈るとしよう。
(……あれ、そういえば)
ふと思い出して、フリアの方に視線を向ける。
「なあ、フリア。ノエルは?」
「ほえ?」
祈るように両手を組みながら、母と同じように目を閉じてアホ毛を瞬かせていたフリアはぱちくりと瞬きした。
……いやちょっと今、フリアのアホ毛光ってなかったか。
彼女が目を開けた瞬間に消えてしまったのだが……。
「あれ……そいえば、ノエルさん、どこか行っちゃった……?」
「ノエルなら、ルカと一緒に家の裏庭に行っていました。それより集中できないから黙ってなさい」
「あ、はい、ごめんなさい」
俺は素直に脳天を焦がす熱に身を委ねることにした。
姿が見えないのでちょっとだけ心配だが、大丈夫だろう。
なんだかんだ言って、あの幼女。
俺よりもずっとしっかりした子だし。
***
獣人族だけが持つ無属性魔力。
その特異な性質もさることながら、彼らの魔力量は天使族に次ぐ規格外の総量を誇る。
この世界の守り神たる天使の血を引く天使族、初めて魔力を使う方法を編み出した霊人族、卓越した発想力で魔法を生み出した人間族、古来に魔力から創り出されたとされる妖精族、人の技と魔の力を一つに融合せしめた小人族。
六大種族___より魔力と密接に関わり合った種族がいるのにもかかわらず、獣人族の魔力はこの中でも破格のものだ。
それだけではなかった。
獣人族はみな、その莫大な魔力を使って、天稟術という別次元の力を発現できるだけの能力を持って生まれる。
なぜこうにも獣人族は特異であるのか。
知っているのは、恐らく天使セラフィだけだろう。
天稟術を扱うには、相応の魔力操作の練度が必要になる。
故に、天稟術に熟達した獣人は、その前段階とも言える身体強化の術もまた高いレベルで発現することが可能だ。
村長のように生まれながらにして『王獣』の域にいる獣人族ならともかく、ラウルやアウローラのように単一の攻撃系統しか持たぬ獣人においては、魔力操作一つ取るだけで、総合的な戦闘力に天と地ほどの差が出る。
力も速度も手札の数も。
もちろん、先天的な魔力量なども影響するが、よほど極端に魔力が少なかったりしない限りそれも微々たるものだ。
獣人族だけが使える天賦の力は、見合った努力をして初めて自分だけの『術』となる。___ごく稀に現れる天性的な才覚の持ち主にすれば、その限りではないが。
そんなわけで、絶対的なスペック差により他の獣人を置き去りにしてきたラウルと村長・アウローラ、そしてリナであったが、ここにきて追いついてきた獣人が数人いた。
未熟ながらも武器の補助付きで天稟術を顕現できる、村の次世代を担う若い獣人たちだ。
「……おい、リナ」
「何?」
「てめえ、いつから天稟術使えるようになった?」
この到着時間の差が、そのまま実力の差とも言える訳なのだが、いつの間にここまで自分と差がついたのか___遅れてきた獣人の一人、エドゥアルドはリナにそう問いかけた。
巨大な槍を携えた猿獣人に一瞥もくれず、リナはしゃがみ込んだまま事も無げに答えていた。
「ついさっきよ」
「……真面目に聞いてんだが」
「嘘は言ってないけど?」
エドゥアルドは、リナの全身に纏わり付く陽炎を食い入るように見ていた。その目には微かな嫉妬の色がある。
実際、リナも嘘は言っていない。
自分の脚を『武器』に見立てた不完全な天稟術なら前々から発動できたものの、完全な制御下に置けたのは___と言っても、漠然と『できる』と感じただけなのだが、それもつい先ほどのことだ。
「いずれ追いついてやる。調子に乗るな」
「あら。村一番の天才さんが、随分と焦ってるのね」
「……天才ってのは、お前みたいなヤツのことを言うんだ。元々、俺にゃ不釣り合いな呼び名だった」
そう言って、巨躯の猿獣人は槍を引き抜き正面を向いた。
渦状の透明な魔力が、螺旋を描くように槍の表面を覆っていく。捻れくれた刃で敵を抉る『渦雷』。
以前リナが見たときより、発動速度も魔力安定性も全くの段違いだ。唯葉にこてんぱんにされたのが余程堪えたのだろう、やや鋭くなった物腰にどことなく努力の跡が窺える。
あとは……あるべきものを見つければ、天稟術もあっという間に制御下に置けるだろう。
「それには同意するけど、私も天才じゃないわよ」
「ハッ、ならこの世に天才はいねえな。そうだろうが?」
「……どうかしらね」
リナは、地面に手を当てたまま動かない。
彼女の目の前で、古龍と熾烈な肉弾戦を演じるアルトゥンハ村のツートップ。リナは遊撃手を担当しているのだが、実は古龍以外にも抑えるべき敵がいる。
彼女も戦いを続けているのだ。
村に入り込んできている魔獣は古龍だけではない。
恐怖性の束縛は、時間の経過と共に薄れ行くもので___古龍が使った『神威』の陰属性魔法によって金縛りにされた魔獣たちは、再び狂気に呑まれ始めていた。
だがリナは、硬直状態にあった大量の熱源が動き始めているのを先んじて感知していた。今、天稟術で結界の穴を封鎖中だ。
やたらでかい謎の塊が穴の周りに放置されていたところを退かすのに、少々時間がかかってしまったが。
「何体か入り込んじゃったわね。そこの暇そうなゴリラ、ちょっと行っといて」
「それは俺に言ってんのか? 殺すぞ」
「殺せるだけの実力を付けてから言うことね」
「……チッ! 何体だ」
「百体くらいかしら」
「ふざけてんのかてめぇ!? いくらなんでも多すぎんだろ!」
「他のみんなが到着するまでの辛抱よ。殲滅しろとまでは言わないけど、まさか止められないなんてことはないわよね?」
「だ・れ・に・物を言ってやがる、俺一人で十分だッ!」
怒髪天を衝く勢いで言い返すや猛然と走り出し、エドゥアルドは古龍たちの戦いを回り込むように迂回して森に消えた。
一人とは言っていたが、実はリナより感知能力に優れるゾランが既に足止めに向かっていたりする。まあ、あの狐獣人は戦闘能力が突出している訳ではないので、どちらにせよエドゥアルドの支援は必要なものだった。
馬鹿は単純で助かるわと言わんばかりに首を竦めてから、リナは誰に言うでもなくぼそりと呟く。
「……天才ってのはね、ユイみたいな人のことを言うのよ」
主たる戦場は、獣人族の優勢に傾いていた。
古龍が短く息を吸い込んだ瞬間に、完全に同調した動きで村長とアウローラが退き、前に出たラウルが火球でブレスを相殺する。
続けざまに振るわれる黒い爪を全て紙一重で回避、或いは魔力を集中させた掌底で受け流し、その隙に側面へ回り込んだアウローラと村長が天稟術を駆使した連続攻撃を仕掛ける。
その度に古龍はじりじりと後退する。
強い絆を感じさせる連携が古龍の動きを封殺している。
一見して善戦しているように見えるだろう___しかしそれだけでは、まだ足りないのだ。
それだけで倒せる相手ではないことを、先ほど一撃を加えた時にリナは痛感していた。恐らくラウルも村長もアウローラも、古龍を倒すには誰が必要なのかを悟っているはずだった。
(ユイ……)
ラウルの天稟術『不知火』は古龍の翼を撃ち抜いた。
村長の天稟術『白虹貫日』とアウローラの天稟術『極光』は古龍の両爪を弾き飛ばした。
リナの天稟術『不知夜』は古龍の頭を地に叩き落とした。
あの先制攻撃には、各々の全身全霊が込められていたはすだ。
なのに古龍は傷一つなく再起した。
否、傷はあるが、それはリナたちが負わせたものではない。
指間膜から腕の半ばまで斬り込まれた斬撃痕。粉々に砕けた黒い右角の残骸。誰によるものなのかは聞くまでもない___唯葉以外の他に、誰がいるというのか。リナたちがここに来た時にはすでに古龍はかなりの深手を負っていたのである。
今更彼の変態みたいな戦闘力に驚いたりはしないが、唯葉の力がこの戦いの鍵を握っていることは間違いないだろう。
「……こんなとこかしら」
結界の穴の応急処理を終え、リナは立ち上がる。
唯葉がいなければ、古龍を倒すのは難しい。頭では分かっていたが、リナはこれ以上彼を戦いに巻き込むつもりはなかった。
彼は強い。猛烈に強い___だが脆い。
恐らく片桐唯葉という男は、鋼のようなものなのだ。焼き入れをした直後で靭性がない、まだ鍛えられていない鉄。唯葉には災厄を立て続けに受け止められるだけの柔軟さが備わっていないのだ。
いつも、全てのことに正面から体当たりしていく。
気質が真っ正直すぎるのだろう。
猛火に焼かれて瀕死になってから一日も経たずに血塗れになった先ほどの唯葉の姿を見て、リナはそう感じた。
(ユイは……死なせない)
リナはおもむろに自分の手を見下ろした。
結界の修復作業をしつつ、彼女は自分の天稟術の正体と扱い方を探っていたが、残念ながら唯葉ほどの出力は出せそうにない。
通常、天稟術はある特定の形状をもって顕現する。例えば村長の天稟術『白虹貫日』は無数の剣から形を成す群体であり、一本一本が主の意思に従って動くのだ。
あれでも村一番の剣の達人たる彼が、千の剣を自在に操るというのだから、脅威度に表せば古龍にも匹敵しよう。尤も秒間当たりの攻撃数が凄まじいだけで、瞬間火力こそラウルの『不知火』の方が圧倒的に上回っていたりするのだが。
リナの新たなる力『不知夜』は、どちらかと言えば直接戦闘よりも支援向きであった。
不可視不規則に変化する魔力の塊を操り、自分の体や他のものに纏わせて攻撃・防御・機動力を補うことができる。費やす魔力の量で密度や体積、効果範囲を広めたりと、流動性ある応用がきくのだが、その分強度や威力はやや劣ってしまうのである。
しかし、唯葉を守ることに不足はない。
あの龍は自分たちだけで仕留める。ラウルの天稟術をリナの力で増強できれば、あの甲殻だって突破できるだろうし、古龍の咥内に魔力を撃ち込めば内側から喉笛を食い破れる。
一人で突破できないのなら、力を合わせればいいのだ。
唯葉が戻る前に、方を付けよう。
「むっ!」
「チッ、飛ばれちまったね」
「逃げんなコラァ!」
好機を窺っていると、唐突に戦況が変化した。
短い溜めからの小ブレスを地面に撃ち、獣人たちの包囲を崩した古龍が空に舞い上がったのだ。村長は少し顔をしかめ、アウローラは面倒そうに唸り、ラウルは子どものように拳を振り上げる。
ラウルの火球を左翼に受けた後に見せた巧みな身のこなしから、古龍の本領が空中戦にあることは明白。
だからと言って退くわけにもいかないが、相手の土俵でまともに戦えば、いつ綻びが生じるか分からない___故に、
「私とアウローラでヤツをしばらく食い止める! リナ、ラウル、ヤツの動きを封じるか地面に叩き落すか、どちらでもいい、方法を考えろ! 三分、それ以上は保証せん!」
獣人側が選ぶべきは短期決戦。
ここで競り負ければ古龍はアルトゥンハ村ごと獣人族を滅ぼし、競り勝てばその後の集中砲火で古龍を討ち取れる。
勝負の分かれ目となる時が来たのだ。
「___行くぞ!」
数本の白い剣を重ねた即席の足場にアウローラと村長が乗って、古龍の後を追うように浮上していった。
残った狼の親子の片割れ、リナはやや不服そうに眉をひそめつつ父の方を見る。ラウルはちらりと娘の視線を受け止め、
「……作戦だってよ。どうすっか」
「私たちに任せるべき仕事じゃないわね」
「そうも言ってられねぇだろ」
ラウルは浅く早く呼吸しながら、歯を食い縛っていた。
どうにも様子がおかしいことに気付いたリナは、じっとラウルの様子を窺った。ラウルは胸を押さえていた。
「……不知火の使いすぎね。本来ならあんな短い間隔で連発できるものじゃないでしょ?」
「ご明察だが、まあアレだ……それだけじゃなくてだな」
「じゃ、身体強化の無理が祟ったってとこかしら」
こめかみから流れる血を拭いながら、ラウルは忌々しそうに自分の体を見下ろした。上衣はボロボロに千切れて無くなり、至る所に生々しい傷が刻み込まれている。
攻防に優れた『白虹貫日』や『極光』と違い、ラウルの天稟術は一撃必殺のものである。連続で撃つこともできない、使い所が限定された力___長きに渡る戦いの経験から、彼はできるだけ天稟術を温存し、身体強化の術のみでの戦い方に特化していった。
この戦いにしたって例外ではない。
古龍の攻撃を、ラウルは生身で捌き続けていたのだ。
腕や脚への局部強化まで正確に行う習熟した魔力操作と集中力と判断力、その全てで、彼はここまで古龍と渡り合ってきた。
魔獣襲撃の第一波から最前線で戦い続けていることもあり、彼は肉体的にも魔力的にもかなり際どい状態だった。
「……だが、俺だけじゃねえ。村長も限界のはずだ……あのブレスを受けた時の傷が開いてやがった」
ラウルは上空を見上げる。
白い剣が古龍を包囲するように展開され、四方八方からの攻撃、足場としても機能し、手数が半減した竜獣人を補うように熊獣人が爪に魔力を流し込んで怒涛のように攻め立てる。
今やアウローラの『極光』は、古龍のそれに劣らぬサイズにまで巨大化していた。
「一回で……決めるしかねえだろうな」
リナの方に視線を戻し、ラウルはそう言っていた。
「次、俺がヤツのブレスを相殺した後だ。爪も俺が何とか止める。お前が突っ込んで決着を付けろ」
「……とどめの一撃、私に任せていいのかしら」
「ああ任せる。できないとは言わせねえよ? なんせ」
そこでラウルは言葉を止め、リナを見つめた。
彼はしばらく口を開けたまま何も言わず、リナが不審そうに眉を吊り上げた所で、空の向こうで激しい衝撃音が響き渡った。天衝くかの如き黒龍の尾が撓り、それを無数の剣と巨大な爪が真正面から受ける。両者一歩も引かない気迫___だが。
踏ん張りのきく地上と異なり、質量差が如実に現れる空中戦では拮抗すらままならず、竜と熊の獣人が吹き飛ばされた。
少し見ない間に剣の数は目に見えて減っており、アウローラの爪も数本にひびが入って割れていた。
「……と、そろそろ出番だな」
「いや待って、引っぱりに引っぱって寸止めはないでしょ」
「まあ別に大したことじゃねえからよ……」
「言いなさいってば」
ラウルは、一瞬だけ盗み見るようにリナの目を見た。
それから唐突に手を伸ばし、彼女の頭を荒っぽく撫でた。
「わ、ちょ、何すんのよ」
「お前の俺の娘で、俺はお前の父親だ。そんだけだ」
リナはきょとんと目を瞬かせた。
それ以上何も言わず、ラウルはリナから離れて上空を見上げる。次の標的を定めた古龍が狼の親子を見下ろしていた。
「来るぞ。構えろリナ」
「……分かってるわよ」
何なのよと一言呟いてから、リナも構える。
龍の顎に、再び周囲の魔力が集約されていく。森がざわめき雲が渦巻き大地が軋む、その音を聞きながら、ラウルもまた大きく息を吸って体の中に大自然の魔力を取り込んだ。
己の魔力のありったけを注ぎ込み、吸入した魔力を出来得る限り圧縮、さらに最速で撃ち出すための魔力も同時に練り込む。
莫大な破壊力を誇る龍のブレスを撃ち破るために。
ブラックホールの中心点、極限まで凝縮された魔力。その分外へ拡がろうとする反作用も凄まじいものになる。
その反動は当然のようにラウルの肉体へ跳ね返ってくる。更なる負担に、彼の全身の傷口から血煙が噴き上がった。
「ぐ、が___ァアアアアアアッ!!」
内側から弾け飛びそうな体を強引に捩じ伏せて、ラウルは全てを籠めた一撃を咆哮と共に撃ち出した。同時に放たれた古龍のブレスとが大気を灼き、黒白が再び相見える。
吹き散らされる爆風。
同等の破壊力に優劣は付かず、互いに相殺。
「……っ!? リナ、待……げほごほっ!」
「頼りにならないわね! 後は私一人で、十分っ!」
瞬間、狼少女が地を蹴った。
陽炎の魔力を階段状に展開し宙空を一直線に駆け抜ける。
自らの手で、この戦いの終止符を打つために___
「え?」
衝突の余波で巻き起こった爆煙を切り抜けて、集束させた魔力を古龍の喉に撃ち込むべく前に突き出した右手。
その先に、漆黒の火球が見えた。
ラウルの『不知火』で相殺されたはずの黒いブレス。
連続で放てない大技であり、ブレスのあと古龍は必ず急接近から近接戦闘を仕掛けてくる___そう思い込んでいた。
それは事実だが、しかし、ブレスを連続で放つための手段がないわけではなかったのだ。
打ち消されたはずのブレスが何故、まだ目の前に存在するのか。一瞬停滞して空白が生まれた彼女の思考は、
「___てっつってんだろうが、馬鹿野郎ッ!!」
すぐ後ろから聞こえてきた父親の声を最後に、途切れた。
お読みくださり、ありがとうございます。




