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第22話 神獣

獣人側のけじめがついたところで、唯葉たちが戦闘開始です。

まずは序盤戦、唯葉・ルシvs魔獣の大群。

では、どうぞ!



 右に一体、左に二体……などと某兵長風に状況を把握しながら、ルシのサポートを受けつつ魔獣の合間を縫って刀を振るい、次々と敵を制圧していく___。

 と、いうのが俺の理想的絵面ではあったのだが。


「___ルシ!」


『はいさ!』


 強靭な脚力で弾丸のように突撃してくるウサギ___確か、馬を斬り殺せるほど長く鋭い両耳に因んだ斬馬兎とかいう物騒な名前の魔獣だが、その斬撃は名に恥じぬ強烈極まりないものだ。

 回転ノコギリみたいな速度で迫る耳の刃への恐怖を捩じ伏せて、スライディングしつつすれ違いざまに一撃。

 脚部の腱が切断され、ウサギは地に突っ伏す。

 ……と同時に、そのしなやかな耳に複雑なベクトル量が加わり、不規則に跳ね回るラグビーボールの如く歪な軌道を描いた。

 その軌道上には当然のように俺がいて、


「助けてぇえええええっ」


『お任せあれーっ!』


 結局俺は情けない声で相棒に頼る羽目になった。

 ルシが『具現』で創り出した二振りの刀とウサギの耳とが火花を散らす。俺はバック宙で転がるように後退。やはり俺に人類最強の真似事は無謀すぎたようである。

 お世辞にもスマートとは言えない不恰好な姿だった。

 尤も、残念ながら今の俺には見栄を気にすることができるほどの余裕もないのだが。


「はぁ……ふぅ……」


 額から滝のように流れる汗を拭いつつ、息を整える。

 脳の思考にブーストをかけず、視覚や聴覚に『生命の飛躍』の力を集中。だが入ってくる情報が膨大で頭がパンク寸前だ。四方八方から飛んでくる致死の攻撃に脳の警報は鳴りっぱなしであり、ほぼ直感だけで何とか切り抜けてきた。

 少々状況を甘く見過ぎていたかもしれない。

 結果として現在、圧倒的な物量を以て進軍してくる魔獣に対して大幅な遅れをとっている状態だった。しかも魔獣は、打ち破られた結界の一箇所を目指して今なお増え続けている。

 一応ながら、加速を使わずとも動体視力や反射神経を駆使しての攻撃で魔獣の機動力を削ぎ、ルシも樹を薙ぎ倒して魔獣の行く手を阻んだりして牽制を続けているが、手数が少なすぎる。


(……大丈夫か? これで本当に守り切れるのか?)


 想定ではもっと楽な試合運びができるはずだっただけに、自分の判断に小さな疑念が渦巻く。

 偉そうに大作戦などと息巻いて『時間を稼ぐ』とか無責任に豪語してしまったが、俺の選択は果たして正しかったのか?

 今、避難はどれぐらい進んでいるのだろうか?

 これで戦線が崩壊し、魔獣が村に流れ込めば、本来は生き残れたはずの村人までもが戦いに巻き込まれる。リナやノエリア、或いはフリアが死なない保証などどこにもないのに。

 俺の安易な考えで、彼女たちが危険に晒されたら……


『マスター!』


 めまぐるしく思考を巡らせながら魔獣を三体斬り伏せた時、俺を呼ぶルシの声が聞こえた。


『ここでふんばらなきゃぁ___みんな死んじゃうよっ!』


 それは、ルシなりの発破だったのだろう。

 そんなことは分かっている。だが、他者から、はっきりと言葉で伝えられたことで、千切れかけた心が再び繋がった。


「ルシ、塞げ!」


『了解!』


 打てば響く返事が頼もしい。

 だが俺に余裕はない。何しろここからは___実質上、俺が一人で、魔獣の歩みを止めなければならなくなるからだ。

 ただでさえ少ない手数をさらに減らしてどうするという話だが、ジリ貧になるより先に手を打った方がいい。

 その判断が正しいのかどうかは、もちろん俺には分からない。

 でも信じよう、ルシが信じてくれる自分自身を。


 ___背水の陣大作戦二段階目。


「さーて、こっから先は一方通行だ!」


『いや通しちゃダメだからね!? それに前世ネタはNG!』


「じゃあ通行止めだっ! この先工事中、皆さんできれば迂回してください。ご協力お願いします!」


 特にそこのダンプカーみたいなサイっぽい魔獣さん!

 紫電を帯びた角をこっちに向けないでください!

 などと馬鹿みたいなやり取りで脳と肺が酸素を消費した代わり、俺の精神は若干の余裕を取り戻した。

 視界が元の色に戻り、外へ拡張していくような感覚。


「あっぶね!?」


 が、おふざけがすぎたのか、危うくサイの角に串刺しにされそうになった。電撃は多分即死なので勘弁願いたい。

 近くの樹へ跳躍し、三角飛びの要領で幹を蹴り飛ばして再跳躍。魔獣の後ろ足の腱へ回転斬りを見舞う。ズシュン!と重い手応えが腕に跳ね返り、返り血が俺の服を濡らした。

 だが、支えを失っても___サイの魔獣は倒れない。

 それどころか、重量にして三トンはありそうな巨体が、ふわりと浮かび上がっている。


『……「浮遊」』


 ルシの反属性魔法だ。

 いつも彼女が飛ぶときには半径数ミリぐらいにしか見えなかった魔法陣が、俺の身長より大きな超巨大サイズで出現し、サイを含む無力化された他の魔獣たち、倒れた巨樹や、比較的大きな岩などを一緒くたに宙へ釣り上げている。

 まるで巨大な手に摘まみ上げられたかの如きそれらは、滑らかな動きで空中を横切り、結界の穴付近に移動する。

 そして次々と、重ねるようにして積み上げられ始めた___岩や樹や魔獣が、その穴を塞ぐようにして。


「ふぬ、く……うぉおっ!」


 それに合わせて俺も少しずつ後退し、結界の中へ退いていく。

 ルシが抜けた負担が一気に伸し掛ってきて潰れそうだ。文字通り肉を切らせて骨を断つ覚悟で必死に戦い続ける。手加減する余裕は正直ないので、何体か殺してしまったかもしれない。

 ___しかし。

 ある程度退いてみると、攻めてくる魔獣の数が見て分かるほどに激減した。俺が余裕を持って相対できるぐらいの数に。


《百対一なら圧殺されるが、一対一が百回なら勝機がある》


 世界史だか何だかの授業で、そんな話を聞いたことがあった。

 そこから考えついた、時間稼ぎに特化した作戦。

 あえて結界の内側へ身を引いて戦うことで、引いた分だけ魔獣は進んでくるが、その数は結界の外にいるものよりずっと少なくなるという素人臭い考えに基づいたものだ。

 結界に空いた穴そのものがかなりデカかったため、色々な障害物を使って入り口を少しばかり狭める必要があったのだが。


(ここまできれいに行くとは……)


 上手くいくかどうかはルシの力量にかかっていたのだが、やはり愚問だったようだ。当たり前のように仕事をこなしてしまった。

 うちのワトソン君は敏腕すぎる。

 障害物となる物体が足りない場合は魔獣も使って塞ぐということは俺とルシで相談して決めたことだが、何と言うか……そのときのルシは、若干ながら魔獣に私怨を抱いていた気がする。

 どうやら俺をビビらせた魔獣にまだ腹を立てているらしい。


(……怒らせると頑固だからなぁルシは)


 魔獣にとっては至極不本意な配役だろうが、少し我慢してもらうとしよう。ルシの土魔法や『具現』の大岩などで塞ぐという手段もあるにはあったのだが、消費魔力の観点から『浮遊』が最適とルシは言い張った。……やっぱり魔獣が不憫に見える。

 まあ、こんなものは気休めにすぎない。

 軍勢はまだまだ健在だ。むしろ本番はここからである。

 

『___っ。マスター気を付けて。来るよ!』


「あーもうせっかちさんなドラゴンだな……そういうのキライ」


『呑気!?』


 せっかく態勢を立て直したというのに、いや、だからこそなのかもしれないが、今まで羽を休めていた魔獣がゆったり歩き出した。

 通常とはあらゆる意味で一線を画する超弩級魔獣。

 古龍、ホワイトレス・ドラゴン。

 真っ黒な鱗、真っ黒な眼、真っ黒な角。名は体を表すというが、ここまで禍々しく体現しなくてもいいと思う。


「……」


 冗談はさておき、と俺は刀を構え直した。

 黒というのは収縮色で、遠目から見ると細く小さく見えたりするはずだが、樹々が生い茂る深緑色を背景に見ると、森そのものが龍と一体化しているように見えて、威圧感が半端ない。

 しかし今、選別結界の穴の大きさはこの龍一匹がギリギリ通れるぐらいの大きさなので、後ろにつっかえた他の魔獣は苛立ち紛れに結界に体当たりしていた。

 またルシにぶっ飛ばされるぞ君たち。

 ともあれこれで、俺もルシも余力を以て対応できる。というか、穴を狭めた主目的も足止めだけではなくて___


『随分と、面白い戦い方を……するのですね』


 ___この龍と、サシで話をするためでもある。

 漆黒の牙の間から漏れた息は、凛とした武士のような気品ある声を孕んでいた。俺の肩が緊張で強張った。

 柄を握る右手に力を込めながら、俺は古龍を見上げる。


「俺の言葉、分かりますか?」


『……ええ。そして不思議なことに、貴方も、龍言語を解しているようですが』


 話は通じるようだ。

 龍の言葉を話せる云々は説明しようもないので置いといて、まずは天使から言われた通りの質問をするべく口を開く。

 今でこそ古龍さんも理性を保っているように見えるが、黒曜石のような眼球はやや血走っており、言葉の端々が消え入りそうなほどにか細い。いつ暴走し出してもおかしくはない。

 しかし___古龍は思わぬ言葉で話の機先を制していた。


『その左腕は……天使セラフィ様から賜ったものですか?』


「……!」


 天使を知っているのか。

 なんとなく、ああいう次元そのものが違うような存在は知られていないものだとばかり思っていたが。


「いえ、天使さ……まがくれたのはこの魔導書で、言語を理解する力も『生命の飛躍』の力も、魔導書が授けてくれましたです」


『は、初めまして。不肖魔導書でござるま、ござりすっ』


 ルシの声もガッチガチだった。

 というのも、今、小さく龍が足踏みしたのだが、それだけで後ろの魔獣が静かになったからだ。暴走中であるというのに。

 セラフィさんよりよっぽど威厳がある。


『……そう、ですか』


 そんな威風堂々たる姿と反対に、声はひどく弱々しい。

 やはり、この古龍も限界が近いようだ。龍の血にはあらゆる病を癒す力があるというが、その龍すら狂気に呑まれかけている。

 ……なんだか嫌な予感がする。

 何が彼らをここまで狂わせているのだろうか。


『時間が……ありません。そなたら、名前は?』


「ゆ、えと、片桐唯葉、です」


『ボクは、ルー……じゃなくて、ルシです』


『片桐唯葉に、ルシ。そなたらに、頼みがあります……』


 魔獣の王が、俺とルシに頼み事。

 体を震わす緊張は、次の瞬間別の直感に上書きされた。

 今度は『嫌な』ではなく、『悪い』予感がした。


『私を殺してください』


 ルシが微かに息を呑むのが聞こえた。

 ……不思議なことに、ルシさんも龍の言葉を解しているようなのですが、無論そんなことを言ってる場合ではなかったりする。

 俺は刀を下ろし、古龍に訴えかけるように言う。


「天使さまから話を聞きました。魔獣たちは暴走を強制されているって。殺さずに済むのなら、俺はそうしたい……」


 が、古龍の口の端が歪むようにして吊り上がっているのを見て、声は尻切れとんぼに消えていった。

 殺さずに済む方法が、どこかにあるはずだ。

 そんな俺の思いなど全てお見通し、とでも言うような笑み___そこには、隠し切れない苦悶の表情も覗いていた。


『唯葉……そなたは、優しい人間ですね』


 それは違う。

 優しいなんて大層な人間ではない。


「俺は、ただ……怖いというか、臆病なだけで」


『いえ……目を見れば……分かりますよ。唯葉、そなたは私たちの同胞を殺すことに躊躇いを覚えている……それはとても尊いことであり、同時に、愚かなことでもある』


 古龍は眉根を歪ませて、苦しげに息を吐いた。

 その長い爪が、やや膨らんだ腹を優しく撫でていた。


『私の腹には、子が宿っています。人間族が毒矢を撃ってきた時、罠にかかり……避けることができなかった』


 人間族、毒矢。俺は表情筋が強張るのを感じた。

 それが龍の命を食い荒らしている原因なのか。他の魔獣もその毒にやられて暴走しているのか?

 獣人を迫害し……魔獣をも狂わせて、いったい何のために、何の大義があって、人間族はこんな非道を犯せるのだろうか。


『人間が作った……この、毒は、危険です。私ですら狂わせる……やろうと思えば弾けますが、今は……子に毒素が回らぬようにすることで、精一杯で。この様です』


「どうにも、ならないのですか?」


『ブレスで魔力を吐き出すと、理性が、少しばかり戻るのですが。しかし……もう……戻れないかも、しれません』


 そこで古龍は、小さく笑った。

 楽しさや嬉しさのない、かなり不愉快そうな笑みだった。


『言ってはなんですが、私はかなり強いです』


「……」


『愛する者を守りたいのなら、殺す気で来なさい。いずれ、そなたの優しい心が……道の、妨げになるときが来るでしょう。私を殺すことで、躊躇いの鎖を断ち切るのです』


「でも……あなたの子どもは」


『……案ずることは、ありません。腹の子は……私が、古い理の術で守っています。……もし、私が死んだ後、そなたが』


 古龍は、喉が引き攣ったような声を出した。

 辛そうに目を閉じて、必死に意志を保とうとしている。


『私の、子を……守って、くださるのなら……私のこの身、全て、そなたたちに、捧げましょう。だから___』


「___分かりました」


 それ以上は言わせてはならないと、そう思った。

 殺してくれと懇願させること、子を守ってくれと縋らせること、どれもこの龍にさせてはいけないことだと。

 俺に選べる道は、せめて、龍の覚悟を汲むことだけなのだと。


『…………ありがとう。心優しき人間よ……』


 安心したような龍の声に、俺は歯噛みした。

 何故こんなことになっているのだ。

 俺は、魔獣たちを皆殺しにするためにここに立っているわけではなかったのに。生きるために殺すのは自然の摂理としても、ノアのような意味のない犠牲は無くそうと思ってきたのに。

 こんなのは違う。

 俺の望んだ結末ではない。

 天使も言っていたではないか。俺の思う通りに進めと___ならその通りに、俺は魔獣も獣人も皆救う道を選ぶ。


『では……参ります』


 古龍が翼をゆったりと広げ、その爪に力を込めた。

 道がないなら切り拓けばいいではないか。

 がむしゃらにでも足掻き通して、俺の『芯』を貫こう。


(古龍も、他の魔獣も、無力化する……毒素の中和に関する知識はそれなりにある。何とかできるはずだ)


 そう考えながら、刀を正眼に構えたその直後。



 ___俺は、自分の『愚かさ』を、思い知ることとなった。




お読みくださり、ありがとうございます。

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