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第20話 出すべき結論は

あと数話を終えたら戦闘話に移行します。

主人公無双→強敵出現→主人公ピンチ→ヒロイン助太刀という王道路線まっしぐらの展開ですが、話に飽きないよう描写はそれなりにがんばりました。

お楽しみいただければ幸いです!



 アルトゥンハ村を覆う選別結界西側境界部で、一人の少年と一冊の魔導書が戦火の渦に身を投じるより少し前の時刻。

 村長から集合命令が出されてから一時間が経ち、ほぼ村中の獣人が東側に集まり切ったところだった。ノエリアとフリア・彼女の兄ルカもその中にいたが、彼女たちを見守るべき狼少女の姿はそこに無い。リナは側にある背の高い樹のてっぺんに立っていた。

 ここからそう遠くない場所___サナトリウムにいるはずの少年を感じ取ろうと風に肌を澄ませていたのだ。


(……ユイが戻ってこない)


 まだ血の気が戻り切っていない病み上がりの顔に心配そうな表情を浮かべて、彼女は唇を噛んだ。

 火属性魔法が得意であった母方の魔力を引き継いでいるリナは、獣人特有の身体強化を行うときに肉体増強・質量増加の他、全身にかけて高熱を帯びる。それ故の負担も少々大きいためそれほど多用できるものではないのだが、この特性は応用がきく。

 物理的攻撃力への変換___或いは遠方にある熱源の探知。

 他の獣人には真似できないこの索敵術は、リナが一人生きてきた今までの経験から磨き上げられており、現在では十キロ前後の範囲であれば個人レベルで正確に捕捉できる。

 とりわけ唯葉の場合は分かりやすい特徴を備えているので判別は容易だ。獣人と比較すると彼は少しだけ体温が低いのだ。


(……でも、不思議と)


 密着するとぽかぽか暖かいのよね___とか考えている自分の頭を自覚した途端、身体強化するときよりも体の芯が熱くなるような気がして、リナはばたばたと手で顔を扇いだ。

 このまま熱でぶっ倒れてまた唯葉に看病されるのは色々な意味で勘弁願いたいところである。

 混線しかけた思考を元に正すべく、リナは唯葉の行方を辿ろうと肌の感覚を研ぎ澄ませながら髪飾りに指を伸ばす。

 彼からもらった初めてのプレゼントだ。渡されるのが唐突すぎてろくなお礼もしていなかった。感染病を治してくれたことや、指の治療をしてくれたこと。まだ何も言えていない。それなのに少年はまたどこかへ姿をくらましてしまった。

 あのふわふわした少年のことだ、リナが目を離している隙に風に吹かれてあの世へ飛ばされてる可能性も否定できない。一時間前にしたって何の前触れもなく死にかけていたし……何度心臓が止まるような思いをしたことか。病床のときなどは看病という名目の下に全身の色々なトコロを弄られて心肺停止に陥るかと思っ___


「……ッ! ……ッ!」


 ガッゴッ!と木幹に額を打ち付けて脳内思考を物理的にリセットしにかかる狼少女。考え事に少年が絡んでくると何故そっち方向に回路がシフトしてしまうのか自分でも分からない。

 もう少し彼女が獣人の習性に詳しければ、親密な異性にそういう感情を寄せてしまう傾向こそがまもなく訪れる獣人の発情期の前兆であると気が付いたかもしれない。魔獣たちの繁殖期が過ぎた頃に始まるその期間は今までリナにとって無縁なものだった。

 身体的に未成熟であったし、そもそも好ましいと思える異性が村にいなかったからだ。


「ああもう、どうしようもないわね私……」


 せめて気を紛らそうと、リナは目を閉じて感知を再開。

 と、すぐに覚えのある熱源が二つこちらの方へ近付いてくるのを感じ取り、リナは視線を眼下に向けた。

 竜の獣人と熊の獣人、村における獣人族序列一位と二位が険しい表情で歩いてくる。リナはしばし二人を見つめた。

 途中からルカのお見舞いにサナトリウムを離れたリナたちだが、その場に残って唯葉と何やら話していた村長とアウローラであれば彼の行方を知っているはずだ。

 それほど迷わずそう判断を下し、樹の頂上から飛び降りる___瞬間、予期せぬ現象が空中のリナを襲った。


「ひゃっ!」


 いきなり髪飾りが眩い光を発し始めたのだ。怯んだ拍子にリナの重心が少しズレる。

 崩れた態勢を立て直す間もなく、次いでバチンと得体の知れない力に弾かれるような感覚。真下に向かっていたリナの体に変な方向へのベクトルが加わって錐揉み回転しながら落ちていく。

 それでも着地時には脚を下にして耐衝撃態勢を整えていた辺り、彼女の運動能力の高さが窺えるところだが、


「ごぅわっ!?」


 流石に___不意打ちで転移させられたラウルは咄嗟にそこまでの機転を利かせることはできなかったようだ。

 リナとは反対側に弾かれる形で空中に飛び出した狼獣人は、何が何だか分からないまま顔面から地面に突っ込むという豪快な着地を見せていた。生きているのだろうか。

 リナは目をぱちくりしながら髪飾りを手に取った。赤い宝石の中にうっすらと二つの八芒星が漂っている。

 どうやら唯葉は、髪飾りに何か仕掛けを組み込んでいたらしい。

 リナはぴくぴくと痙攣している父親をちらりと見やる。


(転移魔法ってやつかしら……何のために?)


 確かラウルは唯葉をサナトリウムへ運んだ後、さらに他の獣人を助けるべく村の端から端まで奔走し、魔獣に襲われていた獣人たちを片っ端から助けに回っていたはずである。

 その途上で唯葉と何らかの接触があってここに飛ばされてきた、と考えるのが妥当なところか。


「うゆ、お空からリナが分裂して落ちてきたのですよう……あれ? こっちはラウルです?」


 地面に刺さった状態のラウルの近くにしゃがみ込んで脚をつつくノエリア。その隣でフリアがまじまじと狼獣人を見つめている。


「わ、わ。すごーい……顔、地面に、埋まってるー」


「おいフリア、村長さんとアウローラさんが来た。行こう」


「はわわー」


 兄にずるずると引っ張られていくフリア。それを目で追いながらリナは髪飾りを元に戻し、服を整えて立ち上がる。

 それとほぼ同時、ラウルの腕がぐるりと動いて地面に手をつき、ぎゅぽんという奇妙な音と共に地面から頭を引っこ抜いた。

 ラウルはそのまま地面に大の字になって寝っ転がり、


「クソが……死ぬかと思ったぜ。あの野郎」


 心底恨みがましそうな声で何やら呟いている。

 それにしても、魔法を嫌う獣人によくもまあこんな真似ができるものだ。度胸があるのかないのか、相変わらず掴みどころが無い雲のような少年だとリナは思う。

 そして『あの野郎』というのも間違いなくその雲のような少年のことだろう。リナはラウルに詰め寄って問いかける。

 

「ユイに会ったのね?」


「ん? おう、リナか……ああ思い出すだに腹が立つぜユイの奴。腹突いてきたかと思えばいきなり変な魔法使いやがって___」


「あなたがどんな目に遭おうとどうでもいいわ。それよりユイは? どこで何をしていたのか教えなさい」


「……チッ。へいへい、姫の仰せのままに」


 有無を言わさぬ口調の狼少女に、がりがりと頭を掻きながら体を起こしたラウルは、しかし___ちょうどやって来た二人の獣人の姿を認めるやリナを押し退け、前に進み出た。


「どいてろリナ……よぉ、会いたかったぜ村長」


「ちょっとラウル! ユイは___」


「あとで助けに行く。だから今は、少し、黙ってろ」


 怒りを、懸命に抑え込んだような口調だった。

 ユイと一体何があったのか、あとで助けに行くとはどういう意味なのかと喉から出かかった言葉をリナは呑み込んだ___髪飾りがまたしても発光し始めていたからだ。慌てて髪から外そうとするが既に遅く、遅れて転移してきた担架の束が宙に吐き出され、反動でリナは尻餅をつき、それらの下敷きになりかけたノエリアは涙目になりながらフリアとルカのところへ走っていった。

 ぷるぷる震える幼女をよしよしと撫でる猫獣人を脇に置き、村長は担架の山越しにラウルを見やる。


「……ふむ。どうやらあの少年に色々と吹き込まれたようだな」


「否定も撤回もなしか。そりゃ村長なりに考えた上での判断だとは思うが……病人放置して逃げるってのはどういうことだ!」


 牙を剥き出して吼える狼獣人を前に、しかし村長は動揺すらせず片眉を上げるだけだった。


「どうも何も……そのままの意味だが」


「ほぉそうか。一発殴らせろ」


 殺気を迸らせながら前へ進もうとするラウル。しかしそれを遮るように熊獣人の巨体が身を乗り出した。アウローラだ。


「まーだ人間を信じる気かい……その気概は相変わらず尊敬ものだがね、お人好しも過ぎれば身を滅ぼすよ」


「ユイには信じるだけの価値がある。感染病から村を救ってくれた恩人だぞ!」


「そうだな。それで終わってくれれば良かったのだが」


 含みのある言い方だった。

 ここでがなり立てて村長を責めるのは簡単だ。

 しかし村長もアウローラも馬鹿ではない。状況を見極め、必要とあらば私情を捨てて最善の選択を定めることができる、少なくともラウルと同等かそれ以上に優れた獣人。

 あくまで感情的に突っ走ろうとする己の心を押し殺し、ラウルは深く息を吸っていた。


「言い訳なら聞いてやる。さっさと言え」


 村長は冷ややかな視線をラウルに浴びせた。


「おかしいと思わないか? まもなく感染者全員が回復するというこの時に魔獣が暴走し、結界が破壊されようとしている。ラウル、いつもならば我々はこの時どんな行動に出る?」


「……戦うに決まってんだろうが」


「人間族もそう思うだろうな。村の戦力を総動員すれば魔獣の軍勢ぐらいは止められよう。だが……そこに古龍が加わるとなれば話は別だ。奴は魔獣の枠を超えた規格外の存在だ。よしんば止めることができたとしても少なくない犠牲が伴う。体力も消費する。抵抗力の弱まった我々は、人攫いにとって格好の的になる」


 村長の言いたいことを察したのか、ラウルが瞠目する。

 説明を引き継ぐようにアウローラが言葉を続ける。


「おそらくあの少年は、どこかで我々の村が感染病に侵されているという情報を聞いたんだろう。自分の姿を偽り、村に侵入し、病を治療して信頼を得る。そこで偶然を装い魔獣を暴走させ、私たちの抵抗力を奪い、弱ったところを内側から一網打尽にする……こんなところか。怖気がする計画だねまったく」


「な……ん、だそりゃ。根拠もねえ邪推じゃねえか!」


 ラウルは大声で怒鳴り返したが___村長はそこに含まれた一瞬の動揺を見逃さず、猛禽類のように襲い掛かる。


「揺れたなラウル。今の話を裏付ける何かを少年から聞いたのではないか? 人間族は概して詰めが甘い。目的の達成を目の前にして自ら墓穴を掘るような発言をする者が大多数だ」


 村長は決め付けるような声でそう言った。

 それこそ『根拠もねえ邪推』に過ぎない糾弾であって、いつものラウルであれば猛反発する言い草だ。しかしその言葉に思い当たる節でもあったのか、彼は情けないほど狼狽えていた。


「あれは、違う……」


「あれとは何だ? 心当たりがあるのなら言え。人間には信頼より疑心を以て接しろと言ったはずだが?」


 反論すらできず、ラウルは黙り込んだ。狼獣人の言葉の『芯』がいとも容易く打ち崩されていく様が目に見えるようだった。

 村長は失望したような表情で言葉を続けた。


「……以前のお前ならば、そんな生半可な心構えで『信じる』などとほざくこともなかったと思うのだがな。一体誰がお前をここまで落ちぶれさせたのか」


 そこで村長はちらりと目線をずらし、ラウルの背後を見た。


「当事者に意見を聞いてみるとしようか?」


 村長の視線の先、むすっとした表情で腕組みをする狼少女。

 慌てて振り返ったラウルだけでなく、激しい口論から様子を見に来た周りの獣人全員の視線を一身に受けながら、リナは少しだけ眉をひそめて村長を見返した。


「……私の意見を尊重するなんて、珍しいわね」


「村長だけに尊重……うゆむぐ!?」


「今は真面目な話してんだから静かにしてろ馬鹿!」


 リナのさらに後ろで幼女と猫獣人の兄が漫才をしているがそれはさておき、村長はさも当然といった風体で肩を竦める。


「尊重も何も、貴様が提案したことだろう? ___意図的に病に感染し、あの少年の油断を誘い、一瞬でも我々に危害を加える気配を見せたら即座に殺害するという案は」


「……」


 リナは無表情になり、ラウルは強く歯噛みした。

 一週間前、唯葉がこの村にやってきて、ログハウスを建てていたちょうどその時に、唯葉に課せられることとなる三つの条件の他に提示されたもう一つの条件。

 またしても人間族を庇ったリナに、もう一度チャンスを与えると同時に、もし唯葉が『悪い人間』であったときには彼女自身の命を以て償えという、死の宣告とも取れる条件だ。

 そのときにはまだ、リナには唯葉が危険でないという確信も何もなかった。にもかかわらず、彼女はそれを呑んだのだ。

 

「だがこの状況になって、リナ、お前はどう考える? あの少年を最も間近で観察してきたのはお前だ。また、村を滅ぼしたくないのなら……出すべき結論は一つだと思わないか」


「うゆ、私も近くに居ましたよ! ユイは良い人でむぐぅ」


「おい頼むから黙ってろってーっ!?」


 リナの思考回路はいつになく冷静だった。

 すでに魔獣が集結し、避難を始めるべき時刻に至ってもまだ続く獣人族上位陣の甲論乙駁に、他の獣人たちも不安な表情だ。

 以前のリナなら、こんな多人数の視線を浴びると心身が硬直して頭が真っ白になっていたものだが。

 時々入るノエリアの茶々のおかげかもしれない。


「リナ……」


 身動ぎ一つせずに平静さを保つリナの前で、ラウルが何とも気弱そうな顔で娘を見ていた。


「出すべき結論、か。そうね、確かに一つしかないわ」


 極めて平坦な声でリナは村長にそう返した。

 それから顔を上げて、目の前の狼獣人を見てにこりと微笑み、


「___恥を知りなさい」


 次の瞬間、ラウルの鳩尾にリナの拳が叩き込まれていた。




お読みくださり、ありがとうございます。

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