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第19話 生命の飛躍




 ルシの禁呪『血の履行』によって手に入れた謎の力。

 今まで特に意識せず使ってきた能力は、肉体強化から再生強化、また思考速度の加速___これは使い過ぎると代償として更なる血を払う必要がある(ただし鼻血)___ようだが、主に身体能力を向上させる力として使ってきた。

 体を強化する、という単純な性質であるが故の応用幅の広さにはこれまで何度も助けられた。戦闘はもちろんのこと、感染病の治療においては思考加速が大活躍してくれたのだ。

 ただし、肉体の治癒能力の強化については限界があるらしいことも分かった。古龍のブレスの欠片を食らった時、再生が追いつかず危うく死ぬところだったからだ。ルシの回復魔法で持ち直せたのだが、無茶は禁物と釘を刺された気分である。

 そしてつい先ほど、天使との会話を経て俺は自らが得た力の正体を知った___『生命の飛躍』と呼ばれる魔法を。


 人間の生命力にブーストをかける、それがこの魔法の力だ。


 ここでいう生命力の定義とはつまり『人間の持つ生得的な能力』のことである。運動能力、細胞の治癒、脳の思考___つまり俺が無意識下にブーストしていた身体要素が代表的であろう。

 他に挙げられるのは、視力・聴覚などといった五感、細菌・毒に対する免疫力、或いは生存本能や危機察知力など人が生きるために持って生まれる先天的能力。

 知識や体術などは外部的な情報であるから、ブーストをかけるにはそれを自力で体得する必要がある。

 もちろん記憶力には最初からブースト付与が可能なので、普段と比べて、あらゆる技術・知識を身につけるまでの手間を大幅に短縮することが可能だ。

 さて、ここまで聞くと何それ便利すぎだろチートやチーターやと非難轟々になりそうな優良スキルだったりするのだが、残念ながらこの魔法にはリスクが存在する。

 ___生命力のブーストに伴う相応のエネルギー消費。

 元来の魔法で生命力を強化するには、大量の魔力が必要となる。

 それは一個人が賄える量を遥かに凌駕しており、先の一週間思考ブーストなどは獣人族全員の魔力を捧げてようやく維持できるようなレベルだ。燃費が悪ければ維持が難しくなる。

 では、俺は一体何をエネルギー源にして『生命の飛躍』を使っているのか?

 実はすでに答えは出ている。

 ルシの禁呪『血の履行』の副作用により左腕を一本丸ごと失った俺だが、実は『生命の飛躍』自体を発動するにあたり払った代償は血液を数滴のみ。左腕の大部分は、俺が『生命の飛躍』を行使した場合に消費するエネルギー源に還元されたのだ。

 物質とエネルギーは等価である___これは前の世界でも有名な話であるが、要するに俺の左腕が『消滅』した分だけのエネルギーが『生命の飛躍』を使うための源泉になっている訳である。

 成人男性の腕一本分の質量は、約四キログラム。

 それが丸ごと消滅した時のエネルギーが膨大であることは、物理を齧った人間なら誰しも察する所だろう。

 物質の消滅とは、核反応でも用いられているエネルギー生成方法であり、一グラム以下の消滅でも街一つが壊滅するほどの大出力を得ることができるのだ。

 本来物質が消滅するには『対消滅』と呼ばれる反物質との衝突が不可欠条件となるのだが、俺はその過程を『血の履行』でスキップし、推算では、太平洋戦争に使われた原子爆弾の一万倍に匹敵するエネルギーを体内に内包することとなった。

 この言い方だとまるで俺が異世界崩壊を引き起こす爆弾みたいな感じがするのだが、もちろんそんなことはない。

 あくまでこのエネルギーは『生命の飛躍』で生命力にブーストを掛けるための源なのだ。俺自身が起爆したりすることはできないしそもそもそんなことしたくない。また、全てのエネルギーを使ってフルブーストした所で俺の生命力の方が耐え切れずに崩壊するだけである。無理に刀を振るったことで腕骨が折れ、また限界を超えた思考速度を発揮した代わりに大量の鼻血を噴く羽目になったように___体への負担は正直でかいが、相当の見返りはある。

 リスクを背負い、無尽蔵とも言えるエネルギー源を得て初めて、俺は『生命の飛躍』で無双できるという訳だ。

 つまり、


「俺の時代が来たってことか」


『ボクの懇切丁寧な説明がかなり強引な一行でまとめられた!?』


 現在、選別結界が張られている境界線の一歩手前。

 そこで俺は、綺麗に整えられた二本の長枝に縄を使ってボロ布を張っているところだった。その横で枝に伸し掛かり大きくしならせつつ良いリアクションを返すのは無論、俺の相棒である。

 歯を使ってぐいぐいと縄の結び目をきつく縛りつつ、俺はルシの方をちらりと見る。


「ん……やっぱり能力の本質が分かると応用もききやすいからな。色々助かったよ、ありがとうルシ」


『ど、どういたしまして……や、うん、本当は「生命の飛躍」って無意識に源泉から力を引き出して身体強化に充てられるお手軽能力じゃないはずなんだけどね。応用云々以前に』


「そうなのか? 割と普通に使えてたけど」


『そこはもうマスターが色々とアレなだけかと……魔力とは異なる高次元なエネルギー源だし、天使でもない限り扱うのは難しいはずなのだけどなぁー。あ、もしかしてマスター、セラフィ様から何か変なものもらったりしてない?』


「……変なもの、か。んー、心当たりはないかな」


 左胸に刻まれた『転生者の烙印』が不満を訴えるようにちくりと痛んだ気がしたが、これについてはまだ秘密にしておく。


『そっかぁ……まーとりあえず、できる範囲で調べてみるよ』


「おう、助かる。魔獣を止めるために俺が頼れるのは、この力しかないんでな」


『できれば、マスターには危険な目にあってほしくないんだけど。たぶんもう何を言っても無駄でしょ?』


「そだな。古龍ってやつも一目見てみたいし」


 もちろん村を守ることが第一目標ではあるのだが、せっかくだしドラゴンさんにもお目にかかってみたいものだ。

 ボキリと大きな音がして、太い枝がまた一本手元に落ちてきた。その枝に布を張り縄を結んでと作業に耽っていると、ふと、ルシが小さく笑うのが聞こえた気がした。


『……んふふ、相変わらずだなぁ』


「うん?」


『んーん、何でもないっ! マスターはそのままでいてね』


「……? おう」


 どこか楽しそうなルシの言葉に、俺は首を傾げたまま頷いた。

 と、一見して平和そうな空間に居座る俺とルシだが、残念ながら選別結界崩壊まで一時間と差し迫ってものんびりさせてくれるほど甘い状況でもなかったりする。

 結界の外側、見えない障壁をガリガリ引っ掻いているのは大量の魔獣___村の西側に集結中の大軍勢だ。

 最初こそ血走った目で俺を見ながらドカバカ結界に体当たりしていた大群にビビりまくっていた俺だが、ルシが『ボクのマスターを怯えさせるとか良い度胸してるね君たち?』と何故か半ギレになり見たことのない魔法で大型魔獣を吹っ飛ばしていたのを見た後では怖がるのも馬鹿らしくなっていた。

 もっとも、魔獣が狙っているのは腹の足しにもならない魔力欠損体質の俺ではなく、結界の淵に撒いておいたエーテル薬だ。

 月光草を始めとした薬草を特定の手順で調合することによって、莫大な魔力を秘める薬を作ることができる。それこそがエーテルであり、本来は水に薄めて服用することで魔力を回復ないしは大抵の病の治療にも役立つとされている万能薬である。

 残念ながらコリカラ病に効果はない。だが薬草資源の乏しい王都周辺ではかなりの高級品だ。

 今回は魔獣を誘き寄せるため、水には薄めず原液をそのまま大胆に撒いてみた。結界の縁なので魔獣にも感知されやすいはず、とは思っていたが……こんな一杯来るとは思わなかった。ざっと見ても百体は余裕で超えているし、しかも全員絶賛暴走中。

 ……俺とルシで止められるだろうか?


(今更不安になってきた……)


 いそいそと縄を結ぶ手を止めて、俺は左肩から垂れる白いシャツの袖に目を落とす。

 ___『生命の飛躍』。

 ルシの反属性魔法『復元』により一切の欠損なく完全に元通りになった俺のシャツであるが、体の方はそうもいかない。再生能力には限界がある……あくまで人体が可能な範疇での回復強化。

 それが証拠に、俺の頭は未だに鈍痛を訴えている。貧血はすでに回復できたようだが、脳に掛かった重篤な負担は回復できずにいるのだ。これ以上の無茶は危険だと、これもまた強化された生存本能が警告を鳴らしているのが何となく分かる。

 自分の秘めたる能力を自覚したからか、今の俺は体内を巡る力の流れのようなものを感じ取れるようになっていた。


(……加速はまだ使えないな)

 

 ここで脳へ負荷を掛けるとマジで死にそうな気がする。

 だがそれだけではない。力の正体を自覚した今、他の様々なことに『源泉』を応用できる気もする。五感強化による擬似的加速状態への移行、または限界突破……腕を粉砕する勢いでの一撃から瞬間再生という感じで捨て身の特攻もできそうだ。

 正直これはいざという時にしか使いたくはないのだが、こうして選択肢の幅が広がるのは正直助かった。

 対古龍戦に臨むにあたって、一つ切り札的なものが欲しかったのである。最低でも古龍のブレスを相殺できるような……これも勘になるのだが、ルシの魔法+『生命の飛躍』の最大出力で迎え撃てばあのブレスを打ち消せる出力を発揮できるはずだ。

 ……たぶん右腕が消し飛ぶぐらいの反動は覚悟しといた方がいいかもしれないが。

 ルシから話を聞いた限りでは、俺とルシだけで古龍を殺すことは不可能だ。だから時間稼ぎに徹するのだ。

 古龍はそれで何とかするとして、他の魔獣たちはルシの牽制・俺の遊撃で留めるつもりである。これほどの数の魔獣を押し留めるにあたっては『加速』が使えないのはかなりの痛手だった。

 一応これに関しても次善の策は考えてあるが、これも上手く行くことを願うしかない現状、


『……? マスター、手が止まってるよ?』


「ああ、ん、ごめん」


 何分行き当たりばったりなので余計に不安が膨らんでしまう。

 最終手段として用意した切り札は『生命の飛躍』全力全開以外にもう一つ『転生者の烙印』を解放するというものがあるが、コレも中々穏やかなモノではなかったりする。

 なので、こうして自分の手札を考えてみると……


(どうも自己犠牲前提な手段しか心当たりがないな)


 俺が傷付くことで泣いてしまう人がいると知った以上、安全第一で戦いたいところなのだが。

 今回の戦闘は割と冗談でなく死にそうで困りものだ。


「___おい、ユイ! なんでこんな所に居やがる!」


 辞世の句でも考えとこうかなーなどと色々末期な思考を巡らせると、背後から聞き覚えのある狼の声が飛んできた。


「おうラウル、よっすー」


 姿を見せた狼獣人に向かって呑気に手を振ってみるが、ラウルは鬼気迫る表情で俺を見下ろして怒鳴った。


「よっすーじゃねぇよこの野郎! もうすぐ避難が始まるってのにこんな所で何してやがる、さっさと行くぞ馬鹿!」


「ん? 村長から聞いてないの、俺とルシで魔獣止めるって」


「は……? 何言ってんだお前?」


 いやまさかあの二人、俺の言い回しを本当に理解し切れずにいたのだろうか。ここは俺に任せて先に行けと。

 獣人族は頭の回転が遅いとかラウルが言っていたが、もしかしてマジだったのかもしれない___

 ___いや待て、と俺は一旦思考を中断する。


「……もしかしてラウル、村長の案を受け入れたの?」


 背水の陣大作戦の肝に理解が及ばなかったのなら、村長は元々の計画、感染者は残らず置いていくという少々過激すぎる原案を彼に伝えたはずであろう。

 だが先ほど、ラウルは『避難が始まる』と言った……つまり彼は村長の発案を鵜呑みにしたということになる。

 そして俺は一人無駄死にする羽目になっていただろう。

 ……今度から重要なことは、遠回しに試すような言い方ではなくはっきり言葉にして伝えるようにしよう。


「だから霊人族の集落に逃げるってんだろうが。もう時間がねえ、つべこべ言わずに……」


「感染者全員置いていくことになってもいいってこと?」


「……なんだと? どういうことだ」


 仲間想いなラウルがあの強硬策を承知するはずがない、という俺の予想は幸いなことに当たってくれたらしい。

 一から説明するのも面倒なので要点だけ伝えておこう。


「えとな、感染病が治ってない人たちはまだ自力で歩けないだろ。村長は彼らを置いて避難を始めようとしてるの」


「な……んだそりゃ!? 聞いてねえぞんなこたぁ!」


「そりゃ聞かなきゃ言わないだろうなぁ村長も。俺は感染者たちを置いて逃げるのは嫌なんでな、ここに残って魔獣たちを足止めすることにしたわけで……ほいラウル、これ持ってって」


 そう言いながら、俺は今の今まで作製していた大量の担架の束をまとめてラウルに放り投げた。ぬごぉ!?と奇声を上げて下敷きになった狼獣人は目を白黒させてそれを見る。


「てめぇ、こんなくっそ重いもん投げて寄越すんじゃねえよアホ! 何だよこのカビくせえ木の束は」


「見れば分かる……分かんないか。患者を運ぶ器具だよ、二人一組で端と端を持って布の部分に患者を乗せて移動する。上手くやれば揺れをかなり抑えられるから使っとけ。百……担架数える時の単位って何て言うんだっけ?」


『む。人を乗せる道具なら「台」が適切じゃないかな』


「そのまんまか。まあともかく、全部で百台くらい作っといたから一気に移動できると思うよ。避難終わったら……そうだな、不知火だっけか、アレを空に打ち上げて俺に合図してくれ」


「お……おい、おい、ちょっと待て。待てって!」


 処理能力がオーバーヒートしかけた感じのラウルが大声を上げて俺を遮る。刀の刃を点検しようとしていた俺は面倒そうに、


「なんだよもう……時間ないって言ったのはラウルだろ。早く避難始めた方がいいんじゃない?」


「分かってらぁ! 分かってるがよ……くそ、頭がこんがらがる」


 ラウルは頭を掻き毟ったあと、しばらくぶつぶつと独り言をし、やおら勢いよく顔を上げて俺を睨み付けた。


「お前さん、あの魔獣どもを止めるとかほざいてたろ。どうやって止めるつもりだ」


「そりゃーコレと、あとルシの魔法だろ」


 くいと刀を持ち上げてルシに合図すると、すぐにすっ飛んできた魔導書が俺の腰の後ろに張り付き、魔法陣から具現化した鎖で互いを結び付ける……ぬお、ルシさん少し鎖緩めてキツイから。

 鎖の隙間に鞘を差し込み心地を確かめていると、ラウルが怒気を含んだ声で説教を始めていた。


「……お前さん、何も分かっちゃいねえ。確かにユイは強ぇがな、その強さに慢心して死んじまったら下の子もねぇだろうが!」


「じゃ何、みんな見捨てるのか?」


「違う! 俺もここに残って戦うっつってんだ! ただでさえ暴走しまくってやがる魔獣が相手なんだぞ___」


「___んにゃ、それは違う」


 静かにしかしはっきりと、俺はラウルの言葉を否定した。

 激情を迸らせていたラウルは鼻白んだように瞬きして言葉の先を詰まらせた。そこに俺の声がするりと滑り込む。


「彼らは暴走してるわけじゃない。それを強要されてるだけ」


「な、に?」


「魔獣たちの声を聴くことができるのは俺だけだ。だから助ける。村の獣人も森の魔獣も、全部まとめて」


 刀身を抜き、一切の歪みや毀れのない芸術品のような鈍色の煌きに目を走らせながら俺はのんびり言う。一週間、ほぼ毎日のように振るい続けたにも関わらず全く劣化が見られない斬鉄剣だ。

 手入れは最低限しかしていなかったのだが、流石はルシのお手製といったところだろうか。

 ただ、柄の部分が少々黒ずみ始めている……後でシミ抜きしとこっかなーなどと考えつつ俺は刀を鞘に納め、


「でもラウルがここに残ったら、患者さんの避難すらままならない状態になっちゃうわけで……今の俺じゃ魔獣の相手で精一杯だからな、そっちまで手が届かない。ていうかそれ以前に、ラウルには俺より守らなきゃならんものがあるでしょーが」


 刀を杖のように地面に突き立て、おもむろに立ち上がる。


「ルシ。ラウルを《飛ばせる》か?」


『……あー、なるほど。うん、できると思うよ』


「おいちょっと待て! また意味不明な言葉並べて煙に巻こうって腹積りか? まだ俺は納得してねえぞ!」


 ふわりと腰の鎖の一部が緩み、魔導書のページがはためく。

 拳を固めて断固拒否の態勢を取るラウルをちらりと一瞥しつつ、俺は鞘の先端でトントンと小さく二回地面を叩いた。


「残念ながら転移は強制なんだなーこれが。ほーれ行ってこい」


「っ、んだこりゃあ___おぶ!?」


 鞘の先端部分から突如として馬鹿でかい魔法陣が出現したことに面食らう狼獣人。その腹を不意打ち気味に鞘でどつくと、そこから転移魔法の陣がラウルの体を包み込んだ。

 展開した魔法陣は最後まで抵抗していたらしいラウルの断末魔を呑み込み、とある場所に刻印されているもう一つの『召喚』魔法陣に向けて彼の体を転送。そのまま足元の担架の山を小突くと同じく向こう側に転送され、陣も光の塵となって消えた。

 くるりと刀を回して鎖部分に差し、俺は一つ息を吐く。魔導書が後ろで面白そうな声を出した。


『あの転移魔法陣……リナちゃんにマーキングしたやつでしょ」


「ま、いざってときに俺が使おうと思ってたんだがな。思わぬ所で役に立つもんだ」


 反属性魔法『転移』と『召喚』___起動キーとなる魔法陣と、もう一つ別の場所に刻まれた魔法陣の間に一方通行の道を創り出すという二つでセットになった魔法である。

 要するに片道切符の瞬間移動ができるという代物だ。

 今のはルシが起動した魔法陣に俺が発動キーを差し込む形で発動した転移。生物無生物問わず距離を無視して飛ばせるのがメリットだが、かなり大きな魔力を消費してしまうのが難点と言える。

 魔力総量の少ないルシでは、普段使うことすらできない魔法でもあったりする訳だが、


「魔力にはまだ余裕ある?」


『伊達に一週間洞窟に篭って魔力練ってたわけじゃないからねー。もちろん、まだまだ行けるよっ!』


「そかそか」


 洞窟に監禁されていた間に『練気』で魔力を貯めまくったルシは限定的に、高消費の強力な魔法を使えるようになったらしい。

 先ほど浴びていた余りのエーテル分も加え、蓄積した膨大な魔力を最高の効率で扱う魔導書。これから魔獣と戦うというのに、全力が出せない状態の俺では完全に足手まといな気がしなくもない。

 ……なんかちょっと緊張してきた。


「あ、そうだ。魔獣の言葉が分かるって話はこの戦いが終わったらちゃんとするからな。今まで黙っててごめんよ」


『……んーん。マスターなりに悩んでたんでしょ? ならボクから言うことは何もないよ』


「そか、ありがとう。他に言っといた方がいいことはなんかあったかなー……あ、ノエルには手出してないよ?」


『ソレできれば言ってほしくなかったかなー。なんでそんな不安を煽るような言い方なのかナー不思議ダナーボクワカンナーイ。でもボクが一番気になるのは例の狼少女との関係の進退状況かなー?』


「リナか? 別に何も……」


 そこで何に思い至ったかはあえて明記しないことにする。


「……も、黙秘権を行使します」


『ちょぉお待てぃ一体何をやらかしたマスター!?』


「双方の合意はあったので罪には問われないとは思う」


『既成事実!?』


 互いにいつも通りの調子での会話。

 柄にもなく強張っていた肩の力が抜けるのを感じる。が、そこで脳の本能らしき部分がぴりりと警報を発した。


「……っと?」


『む……。ちょっと早いけど』


「親玉のお出ましか」


 まだ結界が破壊される様子はないが、こうして危機を事前に察知できると色々便利だ。生命の飛躍様々である。

 俺は刀を改めて抜き放ち、ルシも鎖を緩め魔法陣を展開。


 ___直後。

 周辺一帯の世界が『変質』した。


 俺たちが見据える選別結界の先で、絶えず攻撃を続けていた魔獣の群れが……ぴたりと全員動きを止めていた。

 続けて、大地の振動音。巨大な金槌でも地面に振り下ろしているかの如きそれは、群れの只中を割ってこちらへ歩いてくる化け物の足音。びりびりと時間と空間を震わせ大気すら威圧するその吐息はまさしく魔獣の王に相応しい桁違いの生命力を感じさせる。

 名を『ホワイトレス・ドラゴン』。

 目の前に現れたのは、文字通り無垢を失い邪悪に染まった悪魔の化身の如き黒い龍だった。その血走った双眸が結界越しに俺とルシを捉え、微かな唸り声が口の端から漏れる。

 圧倒的な絶望を体現する黒龍。だがその声はどこまでもか細く、俺の耳に届いていた。


『……私、から……逃げなさ……い……』


 悲痛な響きに満ちたその声を、確かに受け止めて。

 俺はルシと___前へ。

 同時に放たれた古龍の漆黒の火球、俺を瀕死に至らしめたそれとは比べ物にならない威力を秘めた一撃が選別結界を砕き割る。

 雪崩れ込む魔獣の大群、相対するは大天使が産み落とした魔導書と、身に余る力を授かったただの転生者。


 アルトゥンハ村の命運をかけた一戦の火蓋が、この時点を以て、切って落とされた。



お読みくださり、ありがとうございます。

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