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第1話 命あっての物種

毎日19時に1話ずつ、全部で30話ほどを更新していきます。

1話あたり5000文字ほどかと思います。


では、よろしくお願い致します。


(2015年3月30日 改稿)



 徐々に覚醒していく意識の端で、じゃらり……という金属同士が擦れ合うような音が聞こえた。


(……んー)


 まだ眠かったので寝返りをうってみると、ゴツンとおでこが何かに当たって跳ね返った。

 俺はのそのそと起き上がり、目をしょぼしょぼさせながら周囲を見回す。暗闇に目が慣れるまで何も見えなかったが、


「……どこだ、ここ」


 端的に言えば、どうも俺は檻に閉じ込められているらしい。

 天然洞窟の袋小路に鉄格子を拵えた、地形を利用した形の牢屋のようだ。当たり前だが窓はなく、洞窟のあちこちに据えられた蝋燭が岩壁を照らし出している。

 おまけに俺の右腕には鉄の輪っかが嵌められており、極太の鎖を介して岩の杭にがっちり固定されていた。

 そこまでは良い……いや良くない。正直この唐突な囚人的状況に物申したい気持ちで一杯だが、しかしそれより___


(……左腕が無い)


 ___肩の切断面に巻かれている血だらけの布切れの隙間から、火傷の痕のような傷跡が顔を覗かせていた。

 布切れに何となく見覚えがあったのでよくよく見てみると、俺の服の左袖だった。根元から千切り取られており、止血のために包帯の代用として使われたのだと分かる。


(まあ、死んでないだけマシと考えれば……)


 とはいえ、二十メートルの崖の上から転落した割に軽傷だ。

 普通ならばまず生きてはいないだろうし、頭の打ち所が悪ければ後遺症が残るか、最悪の場合は植物状態に陥る。脊髄がイカれれば全身不随になっていた可能性もあるのだ。

 腕一本で命が救われたのならば、むしろ幸運な方だろう。

 何がどうなって左腕がぶっ飛んだのかは分からんが。

 前向きに考えつつ、俺は左肩の傷から目を離してじゃらじゃらと鎖を引きずりながら立ち上がる。

 鉄格子から首を突き出してあちこちを見回していると、


『……起きたみたいだね、マスター』


 背後からの声に、俺は振り返ってその主を見る。


「ん、ルシか。無事みたいだな」


『それはこっちの台詞だよ。死んじゃったかと思ったんだからね、本当に……生きててよかったよぅ』


 えぐえぐと鼻声を漏らす魔導書・ルシが、麻縄で縛り上げられて天井から吊るされていた。

 暗闇に目が慣れて、古本が宙に浮いているように見える。

 然程心配はしていなかったが、元気そうで何よりだ。俺は鉄格子の間から頭を引っ込めてルシに向き直る。


「ここまでの経緯を聞いてもいいか?」


『……うん。で、でも……まず最初に、これだけは言わせて』


「?」


 俺は首を傾げる。

 ルシは少し逡巡した後___


『___ごめんなさいっ!』


 いきなり謝罪の言葉が飛び出したものだから、俺は目をパチクリして魔導書を見やった。

 ここで謝るとは……どういう意味なのだろうか。


「……まあ、とりあえず話を聞こうかな」


 俺は地面に座り込み、苔むした鎖を弄りながらルシを見た。




 曰く、二十メートルを落下した俺がこうして生きてられるのは、ルシが一つの魔法を使ったからだという。

 禁呪と呼ばれる魔法で、その名も『血の履行』。

 対象となる人間の肉体の一部を消失させる代わりに、その代価に見合った力をその人間に与えるというものだ。

 ルシは、俺の左手から流れた血を受けて魔法を発動した。

 その結果、俺は左腕まるまる一本を代償に、『普通は死ぬような目にあっても死なないだけの力』を得たらしい。

 気を失う寸前の思考が影響したようだ。

 この『力』というのがルシにもよく分からないそうで、おそらく身体強化の類ではないかと推測されるが、かといって体が超頑丈になってる訳でもない。

 まあ、これは追々調べていけばいいだろう。

 とりあえず俺の体は、原子炉を搭載した十万馬力の鉄腕ロボット並みの出力を出せるようになったとのことである。

 問題なのは、この魔法に対して俺の『魔力を受け付けない』体質が拒絶反応を起こしたことだ。全身にかけての皮膚に、焼け爛れたような火傷の痕が残ってしまったのだ。

 鏡がないのでよく分からないが、顔も結構酷いという。

 眼の周りと頬全体に赤黒い血管が駆け巡っているというホラーな状態らしいのだが、所詮中の下辺りの顔面が下の中にランクダウンした所で大した違いもなかろう。

 こうして、俺は密林へ無事(?)に着陸した。

 

 さて、ところで俺を襲ってきた獣人少女であるが、彼女はやはり根はいいやつだったらしい。

 密林に落ちた俺を、わざわざ探しに来てくれたのだ。

 その時には『血の履行』によって左腕を消失しドバドバ出血していた俺の体であるから、おそらく墜落地点は飛び散った俺の血液でまさしく血の海の如くだったと思われる。

 死体だと思われてもおかしくはなかったが、少女は脈をちゃんと確認し、生存を確認するや慌てて村に運び込んでいったそうだ。

 ちなみにその後、彼女は律儀にも墜落地点に転がったままのルシを拾いに戻ってきてくれたという。

 彼女がアルトゥンハ村の住民であろうことは、凡そ予想がついてはいた。今、こんな牢屋に閉じ込められているのは、まあ、単純に俺が怪しいからだろう。襲われた理由も同上と考える。

 墜落事故からはそんなに時間は経っていないようで、俺は十時間ほど眠った後にこうして目覚めたらしい。


 そんなこんなで、最終的にはそれほど悪くない結果に落ち着いているように思える話だった。

 本来ならあの崖からこの村に至るまで、さらに数日を要する予定であったはずなのだが、あの命懸けのスカイダイビングを決行したおかげでその時間も短縮されたわけだ。

 何事もポジティブに考えればいいのである。

 ……しかしながら、


「それで……何が『ごめんなさい』なんだ?」


 ルシがいきなり謝ってきた理由が分からないままだった。

 縄でぐるぐる巻きにされたまま、空中をぶらぶらと右往左往する魔導書は、少し戸惑った声でもごもごと言う。


『えっと……だってボク、勝手に魔法使って……マスターの左腕も失くしちゃったし……いやあの、血の履行でそこまで「喰われる」とは夢にも思わなくて』


「んー?」


『体が火傷だらけになっちゃったのも、全部ボクのせいなんだよ? だから、その……お、怒らないの?』


「……なんで俺が怒るって?」


 言葉の意味が分からず、俺は首を傾げる。

 確かに散々な目にあったものだが……それはルシのせいではないだろう。むしろ、あの落下中に魔法を使い、機転を利かせてくれたルシには感謝の一つもしたいぐらいだ。

 まあ……無駄に忠誠の厚いこの子のことだから、腕の一本や二本であれこれと責任感を感じていても不思議ではないか。


「怒るったってなぁ。死んでたら怒ることもできないし」


 小さく肩を竦めつつ、俺は言葉を続けた。


「ほれ、命あっての物種……って言うだろう。体がどうなろうと、生きてさえいればいくらでもやりようがあるからな」


 そう言いながら笑うと、ルシは黙り込んでしまった。

 崖から落ちたのは完全に俺の不注意なのだし、そんなにも気負う必要はないよとだけ伝えたかったのだが、なにせ外見は普通の本である。感情の起伏が見えない。

 不機嫌ではなさそうなので良しとしよう。


「ところでルシ」


『ぐすっ……はい、マスター』


「いつまでそんなとこでぶら下がってんだ?」


『……。今更!?』

 

 ルシはぶらりと大きく身を揺らした。

 俺は真面目くさった顔で言葉を続けて、


「早く降りてくればいいのに。楽しいのかそれ」


『降りたいけど降りられないんだよ! マスターはボクを縛ってるこの縄が見えないのかな!?』


「ん…………。ああ、そうか、なるほど」


 ルシは閉本状態だと魔法が使えないことを失念していた。

 そりゃ動けないわけだ、と俺は遅まきながら立ち上がってルシを吊るし上げている麻縄を右手に掴む。

 まずはガチガチの結び目を解きにかかってみる。


「それにしても、俺はともかく、ルシまでなんで吊るされてんの。村で何かやらかしたか?」


『……いや、最初は黙って、ただの本のふりをしてたんだけどね。ここの村の人たちが、マスターを牢屋に閉じ込めたときに、思わず抗議しちゃった……というかなんというか』


 ページをもじもじさせ、なぜか恥ずかしそうな魔導書。

 なんだ、黙ってれば良かったのに。

 わざわざ自分から巻き込まれに行くとは、


「ほー、それはまた、お前もバカだな」


『え、バカなの……? 割と良い話だと思ってるのはボクだけ?』


 ルシが何やら虚しそうに呟いている。

 しかし、この縄の結び目……なんか複雑に絡み合っていて、右手だけでは解けない。左手がないと不便極まりない。

 俺は後頭部をがりがりと掻き、


「……どうしよ。ハサミないかな」


『ここにそんな文明の利器はないってば。……というかマスター、さっきのボクの話聞いてた?』


「ん?」


『君の身体はもう常人のそれじゃないんだよ。体力も、回復力も、筋力も……望めば望んだだけ、力が湧き出るはず』


「……」


 俺は、右腕をくいくいと曲げ伸ばししてみる。

 魔法『血の履行』の反動による火傷の傷はここまで及んでいる。隆起した毛細血管が赤黒い筋となって、網状に俺の腕を走り巡っているのだ。前世では特に運動もしていなかったため、アスリートに比べれば絶望的な筋肉しか付いていない凡人の腕である。

 こんな細腕をいくら強化したところで、大した力も発揮できるとは思えない、が……しかし。


「……そいっ!」


『ちょ、そんな勢いつけ___うぎゃああああ』


 試しにちょっと力を入れて麻縄を引っ張ってみたら、ひどいことになった。

 まるで蜘蛛の巣を引き裂くかのように、縄はあっさりとバラバラに千切れ___勢い余ってルシまで吹っ飛んでいき、鉄格子を突き抜けて向かい側の岩壁に激突。ぼとりと鈍い音と共に落ちる。

 次いで、ギ、ガァン!という鋭い音が洞窟内に反響し、俺の腕に繋がれていた鎖が鉄枷ごとぶっ飛んでしまった。

 蛇のようにのたうつ鎖がスパァッン!と大腿部を引っ叩き、俺はふぐおおおと情けない悲鳴を上げてその場で悶絶する。

 確か、鞭を撃つときに鋭い音が鳴るのは、先端部が音速を超えてソニックブームが発生しているからだと聞いたことがある。

 なるほどだからか超痛い。


(……強化っていうより、進化だなこれは)


 涙目で負傷部分を抑えながら、俺は少し考える。

 幼馴染の書斎に転がっていた物理の参考書によれば、人の筋力は筋繊維の断面積に比例するという。そこから試算してみると、俺の腕はだいたい三百キロ前後の出力を発揮できることになる。

 もっとも、そんな力を日常的に使おうとすれば骨格の方が破断しかねない___故に普段は、脳がリミッターをかけて十分の一程度に力を制限する。俗に言う火事場の馬鹿力というのは、非常事態において一時的に脳のリミッターが外れた状態のことを指している。

 つまり、ヒトの体は潜在性が割と高いのだ。

 と、幼馴染は言っていた。

 何と言うか、今の怪現象には、そう言った人体の潜在性を強引に表へ引き出したような印象を受ける。いまいち分からないが、体のリミッターを外せるとかそういう類の力なのだろうか。

 少し違うような気がするが……。

 しゃがんでしばらくジッとしていると、痛みの峠を越えて今度はじんわりとした熱が大腿に広がっていく感覚を覚えた。患部を見ると、赤い腫れがみるみるうちに引いていくところだった。


(ううむ……)


 人並み外れた回復力である。

 色々と便利すぎるが、この力に反動とかは無いのだろうか。

 ……考えても埒が明かないので置いとこう。


「おーい、大丈夫か」


『うぐ。も、問題ないよぅ、ますたぁ……けほけほ』


 ひん曲がってしまった鉄格子をくぐって外に出ると、岩壁の破片の下から魔導書が這い出てくるところだった。

 埃まみれの表紙を撫でてやると、ルシはぼそりと呟く。


『……今度、その「力」の制御の仕方を調べてみるね』


「そりゃ助かるよ」


 俺は立ち上がり、周囲を見回してみる。

 ……なんだかんだで牢屋の外に出てしまったが、これは見つかるとやばいパターンではなかろうか。

 これではもう半分脱獄しているようなものだ。

 鉄格子もこのままじゃマズそうだし、直しておこう。


「んしょ」


『……何やってるの?』


「いや、これ直した方がいいかなって……あ」


 力を入れすぎたのか、ぐにゃりと鉄の柱が変形した。

 慌てて元に戻そうとするが、なかなか上手くいかない。あちこちに曲げたり歪めたり形を変えていくうちに、鉄棒はポキリと折れて真っ二つになってしまった。

 ……なぜだかこの身体、妙に力加減が難しくなっている。

 脆い紙粘土を弄っているような気分だ。


「んー……うりゃ! あ、なんか全部出てきちゃった」


『……直そうとして全破壊するとは、これいかに』


 押してダメなら引いてみろと、少しだけ本気を出してみたら鉄骨の骨組みが岩の中から芋づる式に出てきてしまって、いよいよ修復不可能な事態に。

 あかん、取り返しがつかなくなってきた。

 いつの間にか片結び状に変形していた鉄の棒を片手におろおろと右往左往していたそのとき、


「『……ん?』」


 俺とルシの声が重なった___ルシは恐らく、接近する魔力反応を捉えたからだろう。俺はただの勘である。

 鉄の棒を右手に握ったままゆっくりと背後を振り返ってみると、岩壁の影からこちらを見つめる一対の真紅が見えた。


(赤い、瞳……)


 あのとき、俺に襲いかかった獣人さんも、赤い目だった。

 全身の毛並みは純白で、髪の毛も白だったから、あれはアルビノと言った方がいいのだろうか……だが、


『……魔力の波長、不一致。マスターを襲った獣人じゃない』


「だろうな。なんかちっさいし」


 こちらを見つめている赤い目の誰かは、あの獣人娘とは根本的な特徴からして異なっていた。

 まず背丈が低すぎる。目測だが、俺の腰下辺りまでしかないのではなかろうか。純白の髪の毛は伸び放題になっており、その先端が地を引きずっている。また、俺を襲った獣人少女にはあったはずのとんがった獣耳が生えていなかった。

 身にまとっているのは灰色の布切れ一枚のみ。その顔立ちや体型から鑑みて、性別は女の子ではなかろうかと推測できた。第一印象は『小動物』といったところか。

 ……と、一瞬でここまで分析できたのは、魔法による肉体強化の恩恵が脳にまで及んでいるからなのかもしれないが、

 

(ちょっと待てよ……?)


 一つ。

 重大なことを、俺はたった今思い出した。

 それはこの異世界において、


「……」


 絶対に、必要不可欠なものであったはずだ。

 幼女は壁から離れると、ぺたぺたと素足を鳴らしながらこちらに歩み寄ってくる。散乱した鉄棒の残骸を跨ぎ、俺の近く、それこそ鼻先数センチの距離にまで。

 零距離から俺の顔を覗き込みながら、幼女はこてんと首を傾げ、爛々とした光を瞳に灯し、その可愛らしい唇を動かした。


「___くりゅdpteaふぁkgvnfjい」


 また当然ながら、


(……なんておっしゃってるんですの?)


 俺にはその言葉の意味が全く分からなかった。



お読みくださり、ありがとうございました。

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