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第17話 守るべきもの

唯葉を転生させた本人が登場します。

このあたりから、終盤戦に向けた準備的な話が続きます。



 目を開けると、俺は一面真っ白な世界に立っていた。


「……」


 地平線がない無限の白い平面の上、星もないのに暗さを一切感じさせない無機質な黒い空の下___この場所には覚えがある。一度だけ来たことのある精神世界だ。

 体を見下ろすと、案の定半透明の霊体だった。胴体から下が無くふよふよと上半身だけが浮かんでいるように見える。


「よっ、久しぶりだな片桐唯葉」


 前触れなく背後から掛けられた声色も、記憶にある通りだった。

 俺はおもむろに振り返り、ふわふわ宙を漂いながら耳をほじっている四枚翼の褐色少女に向き直った。


「天使さん、ご無沙汰ー」


「相変わらず目上の者に対する態度がフリーダム過ぎんなお前は。そういうのも嫌いじゃねーがよ」


「いや天使さんは登場が唐突すぎると思うよ」


「前兆とか出してたら神々しさが薄れるだろうが」


 愛くるしい容姿から想像もつかない男盛りな口調を零しながら、彼女は耳屎を指先で弾き、ぴょんと地面に飛び降りる。

 彼女こそが___俺を異世界に転生させた張本人、ルシの生みの親でもある天使・セラフィさんである。

 既にして神々しさの欠片も残っていない、それでも必死に威厳を保とうとしている姿が微笑ましく見えてくる幼女さんだ。

 銀髪に歯車のような輪を浮かべ、質素な白いワンピースが褐色の肌に映える少女。これで翼がもふもふの羽毛だったら文句なしなのだが、残念ながら爬虫類っぽいコウモリみたいな翼だった。

 ひとまずそれはそれとして、


「……えと、ここにいるってことは俺、まさか死んだ?」


 いきなり空から飛んできた正体不明の攻撃……あのタイミングは正直理不尽すぎると思うのだが。

 天使は人差し指で頬杖をついて思案顔になる。


「んー……そうだな。死に掛けであることは間違いない」


「フリアは?」


「彼女なら無事だぜ。お前が盾になったのと……滑り込みでルシの障壁魔法が衝撃波をほとんど防いでたな。ただ、遮断できなかった高熱でお前の背中すげえ悲惨なことになってんぞ」


「おう……また傷が増えるのか」


「ま、お前の相棒の頑張り次第で持ち直すだろうから心配すな」


 やはり、気を失う間際に聞こえた声はルシのものだったのだ。

 さすが俺の相棒。俺の危機に必ず駆けつけてくれる。

 俺の体はすでに全身火傷だらけな状態であるし、いくらか傷跡が増えたところでさして変わらない。一応死にかけらしいが、ルシが治療に当たっているならすぐに治るだろう。

 ひとまず、フリアが無事だったのでよしとしよう。


「なら、俺はなんでここに?」


 半透明の手をぐーぱーしながら、俺は天使に問うた。

 すると天使は腕組みして尊大っぽい態度になり、


「そのことなんだがな……今、お前がいるアルトゥンハ村の周辺で魔獣たちが異常に活性化してるだろ?」


「あーうん、繁殖期がどうとかって話だけど」


「そりゃちと違うぜ、あいつらは凶暴化してる訳じゃねえ。強制的に狂わされてる状態なのさ」


「……強制的? そりゃまた物騒な」


 少々きな臭い単語が転がってきた___と思ったら、漆黒の空にビシリと亀裂が走った。天使はそれを面倒そうな顔で見上げ、


「……思ったより時間がねーなぁ。お前魔獣の言葉が分かんだろ、結界の外でうろついる古龍にでも話聞いとけ。あいつも今狂ってる状態だが、そこらの魔獣よりはまだ理性を保ってるはずだ。仮にも俺様の片割れだからな」


「俺に分かるような言葉で……ちょっと待って、古龍って言った? ドラゴンいるの? え、結界の外に?」


「ちなみにお前が食らった黒い流星群な、古龍のヤツがぶっぱしたブレスを竜獣人のヤツが弾いたときに飛び散った破片だ。村長とか言ってたか? そいつも火傷で負傷したようだがな」


 ぽんぽんと意味不明な言葉を羅列しないでほしい。

 話を聞く限り、どうやら俺やラウルだけでなく村長まで出陣するような大事になっているようだが。


「いくらあのチビの魔力がクソ多くても、古龍のブレスをまともに食らえば、選別結界だってひとたまりもなかっただろう。いずれにせよ、アレはしばらくブレスは吐かん。今のうちに魔獣どもを迎撃する準備を整えろ、いいな」


「……りょ、りょーかいしました」


 ペタペタと褐色の素足で地面を歩き、天使は俺の鼻先数センチのところまで顔を近付ける。


「いいか……俺様の『全知全能の神眼』が正しければ、まあ正しいんだが、ここが未来の分かれ道になるだろう」


「……」


 底知れぬ光を宿した紫の双眸が、至近距離から俺を睨む。

 過去から未来からありとあらゆるものを見通す、プライバシーもへったくれもない力、神眼。

 これこそが天使の持つ最大の能力なのだ。


「獣人の村でキャッキャウフフするのもいいが、何のために俺様がお前をあの世界に転生させたのかを忘れるなよ?」


「……要するに、あの魔獣の群れをどうするかで世界の崩壊云々の未来が変わるってことかな」


「平たく言えばそういうこった。理解が早いヤツは嫌いじゃねー、お前の幼馴染は今まで通り守ってやろう」


 うんうんと満足げに頷く天使さん。

 今まで通りということは、俺が死んでも幼馴染はしっかり生きてくれているようだ。嬉しい反面……どこか寂しくもある。

 あとは俺が自分のすべきことを果たすだけか。


「そですか。それで、戦う準備を整えたあとはどうすれば?」


 と、腕をぶんぶん回してやる気を見せつつ聞いてみると、天使はなぜか困ったように首を傾げて、


「これが分かんねーんだよなぁ……」


 その言葉で、俺は腕をぶんぶんするのをやめた。


「全知全能の何とやらって言ってなかったっけ」


「うるせー! 視える未来が複雑に絡み合ってて、何をどうすれば最善に繋がるのかが分かんねーんだよ! それだけ不確定な分岐点っつーことだ察しろ馬鹿」


 天使は至極不機嫌そうな顔でぽかりと俺の頭を引っ叩いた。

 それに同調するように一際大きく世界が震動し、次元のひび割れが不吉な音を立てる。

 俺と天使が立っている所にも崩壊が及びつつある。


「そうさな。……お前は、お前の思った通りに動け」


 出し抜けにそう言った天使は、なぜか頬を赤らめていた。


「何たるアバウト」


「ちょっと黙ってろ。お前みたいな天才肌で不思議ちゃんなヤツが筋道立てて未来を転がそうとした所で落とし穴に嵌った挙句その先がマグマ溜まりで全部溶けちまうのがオチなんだよ。感覚派は直感で突っ込め。当たって砕けるつもりでな」


「俺が砕けちゃったら世界も崩壊しちゃうんじゃ?」


「ええい揚げ足を取るな! とにかくお前は自分勝手に動いてりゃいいんだよ、つまりはいつも通りでいいっつーこった!」


 天使がジタバタと地団駄を踏んだ瞬間、空間の裂け目が広がって俺と天使の足元を二分した。

 徐々に天使の足場が崩れていくが本人は全く気にせず、ふわふわと再び浮かび上がってゆっくり落下を開始する。精神世界の崩壊が加速度的に進む最中、天使は最後にじろりと俺を睨み付けて、


「それと、ルシから『生命の飛躍』っつー魔法について話を聞け。お前の『力』の正体が掴めるだろうよ」


「やっぱいい人だね天使さん」


「お前に死んでもらっちゃあ困るんだよ勘違いすんな!」


 うぎーと翼を逆立てて唸る天使が微笑ましく見える不思議。


「あと数ヶ月後にもでかい未来の転換点がある! 死なねーようにちゃんと鍛えとけよ馬鹿! もう助けてやれねーからなっ!」


「はーい。またねー」


「ホントに分かってんのか___っ!!」


 天使の姿が闇に呑まれると同時、俺の意識は吸い込まれるように精神世界を離脱し、現実世界へと浮上していった。



 ***



『「「「___っ!!!」」」』


「おうっ!?」


 二度目の目覚めは、酷い耳鳴りとセットになってやってきた。

 至近距離で炸裂した少女たちの叫び声が頭の中を反響する。俺は顔をしかめつつ再び目を開けてみた。

 霞む視界に映ったのは、先ほどの殺風景なモノクロ精神世界ではなく、リナやノエリア、フリアの泣き顔だった。


「あ、あれ……? どうなって、痛っ」


 体を起こして周囲を見回してみると、うなじに突っ張ったような痛みが走る。手で探ると瘡蓋のような感触が指に触れた。ついでに服も脱がされていた。治療をされたのだから当然か。

 きょろきょろと目だけ動かし、ここがサナトリウムであるという状況把握までしたところで___


「ゆ、ゆ、ユイーっ!」


「ユイさんの、馬鹿ーっ!」


「ごふっ!?」


 ノエリアとフリアのパワフルな二連頭突きが鳩尾にクリティカルヒット、何とか受け切ることに成功する。二人はそのままぐりぐりと腹に頭を押し付けて、えぐえぐと泣き始めた。

 心配してくれるのは嬉しいが、泣くほどのことだろうか。会って間もないフリアにまで泣かれるとは。


「ん? ……リナさん?」


「……何も言わないで」


 終いにはリナまで懐抱される俺。絹のように白く滑らかな柔肌を通して、彼女が震えているのが分かった。

 どうやら背中の火傷がよっぽど酷く見えたようである。

 ルシが治療したのだから死ぬはずがないだろうに。


「な、ルシ。……ルシ?」


『うわああああああああああああんマスターぁあああああああああ死んじゃったかと思ったよぉ! うえぇええええええんん!!』


 既に陥落していた。最後の砦しっかりしてください。

 号泣しながら俺の周りを高速周回する魔導書。頭を抱えたい思いに駆られつつ俺はやれやれと肩を落とし、


「とりあえず、状況を……いやそれより服___」


「___あんたの服はこれだよ。ほれ」


 いきなり上から硬い物が降ってきて『わぷ』と変な声が出た。

 それを摘み上げてみると、何か、面積の大部分が飴状に固まって捻じくれた謎の布切れが手の中に収まった。


「何コレ?」


 視線を上げると、熊獣人がはるか高みから俺を見下ろしていた。相変わらず凄まじい威圧感のアウローラさんである。


「あんたの服の成れの果てだ」


「……この炭化した雑巾みたいなのが?」


「そうさね。蒸発しなかっただけマシな方だろう、何しろ竜の炎に焼かれたんだからね」

 

 俺は呆然と布切れに目を落とした。何故か左腕を失ったときよりずっとショックだった。

 思えば、転生する前も後もずっと身に付けていたものだ。

 愛着が湧いてしまっているのかもしれない。


「ってか……服が溶けるぐらいの火力受けてよく生きてたな俺」


 ぼそりと呟くと、リナがぱっと顔を上げて俺を睨んだ。


「さっきまで呼吸も心臓止まってたくせに、何が生きてたよユイの馬鹿っ! し、死んじゃったかと思ったんだから!」


 呼吸停止に心臓停止って何その絶望的状況。

 思っていたより遥かに重傷だったらしい。


『治癒魔法何回も掛けて、人工呼吸もして……なのに、全然、回復してくれなくて……もうダメかと思ったよぅ。うぇぇええん』


 高速周回するルシの声がドップラー効果で変に聞こえる。

 目覚めなかったのは半分天使さんのせいでもあると思うのだが。

 こめかみを抑えつつ、俺は小さく肩を落とした。


(……はーぁ。自分が嫌になるな)


 少し、呑気に考え過ぎていたのかもしれない。

 未来を見通す天使に『持ち直す』と言われ、一人勝手に納得して生と死の瀬戸際にいたという事実を深く考えようとしなかった。


 ___ああ、思い出した。


 俺の死後、天使が見せた幼馴染の慟哭。

 自分で言うのもなんだが、俺は感情の起伏が浅い人間だ。

 だから、幼馴染と永遠に離れ離れになると分かっても、割と早く立ち直れたのだ。そのくせ服の一つ二つでショックを受けたりするものだから自分の心がよく分からない。

 ただ、俺の死後、幼馴染が泣いている姿を見て、俺という存在が彼女にとって大切なものであることを知った。

 何の事はない___俺にとっても、幼馴染が大切なものであったというだけの話なのだ。こうして再び死に相見えた今、俺はやっと彼女が自分の中でかけがえのない存在であったことを自覚した。

 おかしなこともあるものだ。

 一番大切なものを失っていたというのに、今まで気付きもせず、心にぽっかり穴を空けたまま過ごしてきたのだから。


「……ごめん」


 何だか無性にリナたちが愛おしく思えてきた。

 小さな声で呟くと、狼少女はぎゅっと俺にしがみ付き、幼女二人は頭をぐりぐり押し付け、魔導書は俺の頭の上に墜落した。




お読みくださり、ありがとうございます。

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