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第11話 ケモミミに誓う恩返し




 感染病の治療法……引き受けたはいいものの、探すも試すもまずどこから始めるべきなのか。

 色々考えてはみたが、皆目見当もつかなかった。

 知恵熱で沸騰しそうな頭を抱え、俺は両耳から蒸気機関みたいな湯気を出して我が家の床に突っ伏していた。


「ダメだ……何をどうすればいいのか全然分からん」


 ルシが居なくなった途端に無能に成り下がる俺って一体……と、内心自分の能力の無さに絶望しながら寝返りを打ち、わらぶき屋根の天井裏を眺める。

 直後、俺の顔面にノエリアがはしゃぎつつダイブしてきて、頭部が床板にゴリッと擦過した。悶絶することしばし、


「うゆぅ。ユイ、元気を出すのですよ! 村の皆さんを救えるのはユイだけなのですから!」


「痛い、痛いってノエル、分かったよ頑張るから髪引っ張んな……いでででっ! くぁ……頭皮千切れるかと思った」


 幼女を顔から剥がしてリナにパスしつつ、俺は顔をしかめながら体を起こした。まったくノエリアは、どうしてこう俺に飛び付いてばかり来るのだろうか。

 懐かれて悪い気はしないが、先ほどの感染病の惨状を見てから、どこか明るく振舞おうと無理しているように見えるのだ。

 いや、幼気な少女にまで気を使わせてしまうとは、俺も萎れてる場合ではない。気合を入れ直さねばなるまい。


「でも、ユイって頭良いんでしょ? 何とかなるわよ」


 リナはそう言いつつ、受け取った幼女を抱っこであやす。

 片手にハンマーを握っているのは、玄関のドアを直してもらっているからだ。俺がやると言ったのだが『村の獣人が壊したんだし』とリナは頑なに主張した。なのでやってもらうことにしていた。

 俺は後頭部の擦過痕にそろそろと手を伸ばし、毛根の無事を確認しながら長くため息をついた。


「……俺に優等生キャラ根付かせようとしてるのは誰?」


「ルシから聞いたわ。昨日の夜」


「やっぱりお前か相棒……何考えてんだか」


 しかし、医学だ。

 やはり気合でどうにかなる問題でもない。

 うとうとし始めたノエリアをゆりかごに寝かし、ログハウスの扉の修理作業に戻ってトントコ金槌を振るリナを眺めながら、ここにはいない相棒に思いを馳せてみる。


 ___ルシは今、牢屋に幽閉されている。

 初日に俺が閉じ込められた天然洞窟のアレである。いつ攫われたのか全く気付かなかったが、どうやらルシはかなり抵抗したらしく捕らえるのに苦労したとラウルは言う。

 何とか魔法攻撃を凌ぎ切り、ルシが魔力切れを起こしたところを縛り上げたそうである。

 俺の知らぬ間にそんな戦闘が行われていたとは。

 一見して古本に見えるルシだが、仮にも『神器』なだけあって、この世界で実現し得る最大の攻撃力を叩き込んでも破壊されないという性質を持つ。なので獣人に彼女がどうこうできるとは思えないし、ルシだって一人前の相棒であるから、俺に助けを求めなかったということは自分で何とかするということなのだろう。

 それで捕まってしまったのだから自己責任としか言えないが、村にも事情があるとのことだった。

 曰く、獣人族は『魔法を使う存在』を信用しない。

 リナも言っていたが、これは人間族の中でも常識として知られていることらしい。偽装魔法で獣人の姿に化けた人間に子供の獣人を攫われたり爆炎魔法で村ごと焼き払われたり、随分と辛酸を舐めた過去がお有りのようである。

 回復魔法を受け入れていた辺り、リナはそういうのを気にしないようだが、他はそうもいかなかったということだ。

 そんなこんなで、ルシは囚われの身となり。

 俺は自力での条件クリアを強いられることになったわけだが……


「……いたっ!」


 玄関口から飛んできた声で俺は我に返った。


「どうした?」


「っ……ううん、な、何でもない」


「何でもなくはないだろ」


 さっと左手を隠したリナだが、苦悶の表情が隠し切れていない。たぶん金槌で左手叩いちゃったとかそんなとこだろう。

 リナの横に回り込み、白い細腕を捕まえて眺めてみると、


「な、何するのよ…………ぅっ!」


「うわっと、ご、ごめんリナ」


 爪が割れて指先が真っ赤になっていた。

 予想外に重傷で少し動揺する。

 や、やっぱり日曜大工は男の仕事だっただろうか。


「と……とりあえずルシ、回復魔法を___」


 ___と、そこで俺は動きを止めた。

 何が『とりあえず』だ。今、ルシはここにいない。

 そうして彼女に頼ってばかりだから、俺はいつまで経っても成長しないのではないのか。

 俺は目を閉じ、ゆっくりと記憶を掘り下げる。


(……消毒に使える樹液と、止血剤になる葉っぱがあったはず)


 正式名称は忘れたが、特徴は覚えている。樹海でサバイバル生活してたときにも何度か世話になった。

 殺菌効果のある液体を根に蓄え、外敵から身を守る樹……アレは村の近くでも見掛けたので後で取りに行くとして、しかし止血剤の葉っぱは加工が必要なものだ。

 具体的には、押し花よろしく圧力をかけて乾燥させ、いくつかの薬草から抽出した液体に浸して……などと手順を踏まなければならない。要するに今すぐ用意することはできないのである。

 俺は目を開き、リナの細い指を改めて見、


「……あむっ」


「ぴゃぁ!」


 ぱくりと咥えてみると、リナが奇声と共に飛び上がった。

 唾液には殺菌作用のある成分が含まれているが、それ以上に歯周病などの病を誘発する菌も多数存在する。

 しかしまあ、化膿したりするよりはマシであろう。

 傷に触らぬよう気を付けながら舌を動かす。


「ちょ……ちょ、ま、待ってユイ。何してるの?」


「ひけふ(止血)」


「な、何言ってるか分かんないんだけどっ」


 まだ痛みがあるのか、リナは涙目で俺を睨め付けていた。

 ひとまず応急処置として血は舐め取っておこうと思っただけなのだが、何か問題でもあっただろうか?

 幼馴染にはよくしてやったし、してもらったものだが。


「んー…………っむ、こんなとこかな。ちょっと待っててね」


「ふぇ、あ、はい……」


 だいたい綺麗になったところで口を離し、俺は窓から飛び出して消毒液を探しに行く。リナは目を白黒させていた。

 三分後、無事に樹液を確保してログハウスに戻った俺は、リナが周囲をきょろきょろ見回したあと指をぺろっと舐めて顔を真っ赤にしている現場を目撃した。


「……何やってんの?」


「ぴゃぁ!」


 またしても奇声を上げて飛び上がったリナは、真っ赤な顔のまま左手を隠した。まだ出血が止まってないのかもしれない。

 早急に手当てせねば。


「リナ、手、こっちに出して」


「……」


 子鹿のように脚をぷるぷる震わせつつ、リナは素直に従った。


「よしよし。動くなよー……ほーれ、どばしゃー」


 そう言いつつ、俺は竹モドキ(内部構造が竹そっくり、切断するとコップみたいな形にできる)の中に入れてきた樹液をリナの指にぶっかけた。ちょいと染みるがご容赦である。

 

「ぴゃぁあああああああっ!!?」


「こら、暴れるなって」


 案の定暴れ出したリナを羽交い締めにし、傷口をよく洗い流していく……が、洗い過ぎると傷を塞ぐ酵素まで滅菌してしまう。

 表面上問題ないと判断したところで止めると、リナはぐったりと床に転がってしまった。


「うぅ……もうお嫁に行けない……」


 血の涙を流さんばかりのリナに、俺は能天気な声で応じる。


「お嫁さんかぁ。ラウルが絶対行かせないんじゃないか」


 今朝の火球ブレスを思い出しつつ、千切れた左袖の余りを破って患部にくるくる巻き付ける。

 リナはじろりと目を動かして左手を見やり、


「……いまさら親の真似事されたって迷惑なだけよ」


 手当てが終わると、リナはぽふりと体を横に倒して俺の膝に頭を預けてきた。いわゆる膝枕状態。俺は少しどぎまぎする。

 そういう不意打ちはやめて頂きたいのだが。


「そ、そういえばリナって獣人と人間のハーフなんだっけか。父親はラウルで……人間族の、母親の方は?」


「城下町で、妹と一緒に暮らしてるとか言ってたわ」


「妹? リナって妹がいるのか」


「双子だったのよ。私が姉」


「ほぇー……一卵性双生児ってやつか」


 すなわち、この愛すべきケモミミがもう一人いるってことだ。

 是非二人とも嫁にほしい。彼女らともふもふツイスターができるのならラウルの火球など余裕で耐え切れる(意訳:双子を二人とも愛でられるなら死んでもいい)。

 しかしながら、城下町と言えば王都のお膝元だ。

 獣人の血が流れる少女が住むにはちと危険ではあるまいか。妹様には夜道に気を付けてもらいたいところだ。


「でも、ラウルは……私を捨てたのよ」


 などとまだ見ぬ双子の片割れに思考を漂わせていたとき、リナが抑揚のない声でそう言った。

 俺は目をぱちくりさせてリナに焦点を戻す。

 捨てたとはどういうことだろうか。


「それはその、可愛い子には旅をさせよ的な感じではなく?」


「違うに決まってんでしょ。私の背中、見てみる?」


 背中。素肌ということでよろしいです?

 ますます狼狽しつつ、コロリと寝返りを打ったリナのお召し物を捲って___俺は絶句した。


「これは……」


 リナの背中には、焼き印とでも言うのだろうか、六芒星と円形を組み合わせたような火傷がミミズ腫れとなって残っていた。


「ラウルが焼き付けたのよ」


 言葉を失った俺に、リナは自嘲気味に言う。


「数年前……この村で事件があってね。村が壊滅状態になるぐらい酷い事件。その引き金を引いちゃったのが私なの。この傷は、その罰として付けられた罪人の証」


「……」


「聞きたい? 私が、何をしたのか」


 俺は狼少女の服を元に戻し、その赤い目を見据えた。

 奥底に宿る光が、どこか不可思議なチラつきを見せている。何を考えているのかまでは分からない。

 だから、俺はただ、静かな口調で答えた。


「リナが、聞いてほしいのなら」


「……」


 白い少女はしばし目を閉じたあと、俺から顔を背けるようにまた寝返りを打ち、脚の間に顔を埋めてきた。


「じゃあ、やめとくわ。……ユイには、嫌われたくないもの」


「……そっか」


 力なく萎れた獣耳を撫でつつ、俺はなんとなく思う。

 おそらくリナは、村では俺以上に爪弾き者だ。

 そして、そんな立場だと言うのに___俺を助けてくれた。


(……彼女に報いるためにも)


 感染病治療、やれるとこまで頑張ってみよう。

 そう考えたときには既に、俺の思考は加速し始めていた。



お読みくださり、ありがとうございます。

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